今年の原油市場を占う

開催日 2019年2月8日
スピーカー 藤 和彦 (RIETI上席研究員 / 公益財団法人世界平和研究所客員研究員)
モデレータ 山田 圭吾 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省大臣官房秘書課長補佐)
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2018年の原油価格は、第4四半期に大きく下落し、11月には一時50ドル割れの状態となったが、OPECプラスの新たな協調減産の開始に伴い、再び上昇傾向にある。しかし、中国経済の急減速や米国金融市場の変調などによって、原油市場には暗雲が垂れ込み始めている。原油価格が再び下落すれば、中東情勢の不安定化に拍車がかかることも予想される。本セミナーでは、藤和彦RIETI上席研究員がさまざまなデータを基に、需要・供給の両面で不安要素の多い今年の原油価格について展望し、今年前半は上昇傾向にあるものの、後半は上昇の材料があまりないことを指摘した。原油需要がピークを過ぎれば中東の地政学的リスクは高まることから、日本はエネルギーの供給源を多様化させる必要があると主張した。

議事録

昨年第4四半期の原油価格暴落

藤和彦写真今年の原油価格を占う上で、昨年第4四半期に原油価格が急落した要因を分析する必要があります。

要因としてまず挙げられるのは、米国が発動していた対イラン制裁(原油禁輸)を、日本など8カ国については適用除外したことです。イランの今年1月の原油生産量は5月比で80万バレル減り、着実に落ちています。一方、トランプ大統領に言われてロシアや石油輸出国機構(OPEC)も増産の話があり、5月から10月にかけてロシアは40万バレル、OPEC全体で100万バレル、米国のシェールオイルも100万バレル増え、イランの生産減を差し引くと約200万バレル増えてしまい、結果的に供給過剰になったことも暴落の要因となりました。

私が強調したいのは、米連邦準備理事会(FRB)の量的引き締め政策の拡大です。量的引き締めは2017年10月以降、月100億ドルベースで拡大していましたが、昨年10月ごろから月500億ドルベースに加速させました。2014年に油価が暴落したときも、FRBがそろそろ量的緩和をやめるシグナルを出したことに市場が大きく反応しました。ですから、効果は大きいと思います。

それから、株で最近、アルゴリズム取引によるフラッシュ・クラッシュ(相場の瞬間的急落)がかなり起こるようになりました。昨年第4四半期の原油価格下落局面でも、私が知る限りでスローフラッシュ・クラッシュのようなことが5回起きていますから、また何かのキーワードに反応すれば、あっという間に油価が上下すると思います。

もう1つの要因は、シェール企業の売りヘッジです。シェール企業は財務体質が元々弱いので、生産を拡大するときには必ず将来の売値を確定するため、売りヘッジを行う傾向が強いのですが、生産量自体のボリュームが大きくなったことで、市場に対する下押し圧力になりました。

原油価格の上げ要因

原油価格の上げ要因としてはOPECプラスの協調減産が挙げられます。今年1月から半年間、OPECは全体で日量80万バレル、非OPECはロシアを中心に40万バレルを減産します。1月は、サウジアラビアが100%以上を遵守していて、全体では約70%です。2017年1月の前回の協調減産では、6~7カ月ぐらいで遵守率が100%を超え、原油価格が持続的に上昇していますから、70%ぐらいではまだ押し上げる力はなく、どのタイミングで上がるかがポイントです。

それから、ベネズエラの政情混乱が今月に入ってクローズアップされています。しかし今はベネズエラファクターでは油価がほとんど上がらなくなり、正直言ってどの程度のインパクトを持つかはよく分かりません。ただ、ベネズエラが原油の生産や輸出を減らせば、米国のガソリン価格に大きな影響が出ます。

さらに、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)の米国子会社Citgoは、米国のガソリン供給の8%を占めているので、もしCitgoに対する制裁が強まれば大きな影響を受けます。

今年5月には、米国の対イラン制裁の適用除外の期限を迎えます。米国の特別代表は「5月の適用除外はない」と発言していますが、ガソリン価格が上がることをトランプ大統領が避けるため、適用除外を延長すれば下げ要因になります。

米国の原油生産拡大の影響

一方、下げ要因としてはシェールオイルの増産、米中貿易摩擦、FRBによる量的引き締めの継続が考えられます。

シェールオイルに関しては、米国の1月の原油生産量が日量1190万バレルと過去最高水準で、ロシアやサウジを上回って世界一です。ただ、米国はエネルギーの純輸出国を目指しており、原油の自己調達率を上げるために、2040年ごろまでは世界一の原油生産国を維持するでしょう。

さらに、米エネルギー省によればシェールオイルの採算ラインは、既存油田で1バレル当たり25~40ドル、新規油田でも50ドル以下です。つまり、50ドルを割れば米国のシェールオイル生産はかなり鈍化するといわれていましたが、ロシア投資ファンドは「40ドル割れしない限りはシェールオイルの減産はない」と見ており、採算分岐点は下がっています。

シェールオイルは供給面でいろいろなボトルネックがあり、生産が増えないという見方もありますが、米国のシェールオイルはエネルギー産業として若く、かなり進化を遂げているので、増えるかもしれません。すると、これからの世界のエネルギー構造を考えた場合、米国が世界一を維持し、世界第2位のロシアとサウジが組まなければならない状況は常識化すると思います。

2月に入って、米石油稼働装置(リグ)の数が減っているといわれていますが、シェールオイルの場合、掘削済みの未完成井(DUC)が8700基以上あります。これを完成させるには20ドル程度のコスト追加で済むので、シェール企業が手を付ける可能性もあります。なので、稼働数が減ってもそれほど簡単に生産量が落ちるわけではありません。また、米国最大のシェールオイル産地パーミヤンの輸送インフラ整備が相当な勢いで進んでいるので、この問題はそれほど大きくないでしょう。

次に、シェール企業の売りヘッジの問題です。昨年第4四半期、シェール企業は油価の下落を受けて、防衛的な手段として計1.5億ドル分の売りヘッジを実施しました。その規模は、シェール企業が勃興した2007年と比べ、ヘッジ期間が2倍、生産量が5倍なので、市場インパクトが10倍ほどになります。将来の売りヘッジを出すことで足元の油価も下がるので、シェール企業にとって合理的な行動がマクロではむしろマイナスになるという合成の誤謬的問題が生じます。

先月末からのベネズエラ問題で、油価が50ドルを超えた後、またすぐに売り戻しに遭っています。むしろ55ドルに上がれば、シェール企業が先物をどんどん売ることで結果的に下がることを考えると、1バレル=55ドルの天井が形成されていることになります。サウジを中心にものすごい勢いで減産して油価を上げるシナリオが、シェール企業の行動によってむしろ邪魔されているのです。サウジは必死になって油価を上げようとしていますが、その取り組みが徒労になった場合、果たしてどうなるかという問題があります。

中国の原油需要

米中貿易戦争も下げ要因になると思います。米中貿易戦争が激化すれば、中国の原油需要が落ちるからです。中国の原油需要は日量1200万バレル強ですが、国内生産量は400万バレルと頭打ちです。大慶油田や勝利油田などは老朽化が進んでいるので、なかなかリプレースできていないことを考えると、ますます中国原油の対外依存は増えていきます。

世界の原油需要も押さえておく必要があります。特に高油価だった2005~2010年は、世界の原油需要の5割以上を中国が占めていたので、中国の原油需要が落ちた場合、ネガティブインパクトは相当大きくなると思われます。ただ、中国の原油輸入量は11、12月が日量1000万バレルと過去最高水準だったので、その反動が1月に出るかもしれません。中国の原油輸入量は各国から比べて相当水準が高いのですが、これが落ちればマーケットは激しく動揺するでしょう。

総人口も下げ要因としてかなりインパクトが大きいと思います。米ウィスコンシン大学のレポートによると、中国の昨年の総人口は127万人減りました。すると、原油需要が減少するのは時間の問題であり、2014年からの油価の下落局面ではもっぱら供給側の要因が材料とされていましたが、中国の需要が本当におかしくなれば、油価が下がる要因としてか なりインパクトが大きいと思います。

今年前半の原油価格は上昇傾向か

1月の原油価格は、昨年第4四半期に40%下がった反動で18%上昇し、それを契機にヘッジファンドの買い越し幅も増え始めています。株価も戻ったので、リスク債への買いが広がったため、今は50ドル前半にはなっています。ただ、2016年ごろから油価と株価が相当連動する傾向があるので不透明な状況です。

私の見立ては、原油価格が上昇し、シェール企業の経営が安定すると、シェール企業が発行しているジャンク債市場が安定します。そうなると、信用スプレッドが縮まり、株価が上がります。株価が上がればまた世界の需要が増えるので、原油価格が上昇するというサイクルです。ですから、サウジがものすごい勢いで減産してくれたおかげで原油市場が安定し、世界の金融市場も安定して、今のところ小康状態を維持できていると思います。ただ、サウジの努力がいつまで続くかという問題はあります。

2月末に晴れて米中貿易摩擦が緩和すれば上がるでしょうが、その可能性は落ちてきました。ベネズエラの混乱も、かなり市場が織り込み始めていると思うので、上げ要素は限られると思います。さらに、FRBの利上げ停止は織り込み済みなので、60ドル超えはやや厳しいと思います。

今年後半の原油価格

今年後半は、上げる材料があまりないと思っています。もしWTIが50ドルを割ったとしても、昨年第4四半期から今年1月にかけて将来の売りヘッジを相当しているので、原油収入がある程度見込めばシェールオイルの生産が進むかもしれません。一方、米国のガソリン需要は昨年までずっと伸びていましたが、さすがに今年は横ばいから低調になるでしょう。

それから、OPECプラスの協調原産が果たして年末にかけて続くかという問題があります。また、FRBの量的引き締めの継続によるバランスシートの縮小は、市場関係者に対して非常にネガティブなメッセージになっているので、これがどうなるかという問題があります。

そうなった場合に非常に心配なのは、「ゾンビ企業の蔓延」です。ゾンビ企業とは、インタレスト・カバレッジ・レシオが1未満、つまり営業利益が支払利息より少ない企業のことですが、米国企業では既に16%を超えています。世界平均が12%、日本は1.2~1.3%と超優良なのですが、このゾンビ企業の資金繰りはジャンク債とレバレッジド・ローンです。

レバレッジド・ローンは既に2兆ドル規模に上っていますし、支払能力の審査を全くせずに貸し付けるno doc(no documentation)が横行しています。それから、最近は新種の債務担保証券(CDO)が出てきています。CDOはリーマンショックのときはネガティブワードでしたが、新種のCDOはレバレッジド・ローンとジャンク債を足した合成証書ですので、何となく笑えない感じになっています。

ですから、今年後半にもし本当に世界経済が減速、場合によってはリセッション入りすれば、ブレント価格は35ドルまで落ちてしまうかもしれません。

原油価格上昇が必須のサウジ

私が心配しているのは、原油価格の上昇に必死になっているサウジが果たしてどうなるのかということです。日本の原油需要は日量400万バレル程度ですが、その4割をサウジが供給しているので、サウジの動向は非常に心配です。

原油価格引き下げのために、サウジは米国向けの輸出を意図的に減らしています。米国の原油在庫が減れば、米WTIの価格が上がり、ブレントも上がるので、昨年第4四半期は100万バレル程度の原油を米国に供給していましたが、今は44万バレル程度まで落ちています。

ここまで必死になって油価を上げようとするサウジを見るのは初めてです。かなりテクニカルなところまで、市場の機微にわたった形でオペレーションをしているのはかなり珍しいし、そこまで追い詰められている可能性もあると思っています。

さらに驚いたのは、1月にサウジが初めて原油の埋蔵量を第三者のエネルギー企業に試算させたことであり、その結果は2685億バレルと従来よりも多くなっていました。中東の産油国にとって原油埋蔵量は国家機密扱いですから、それをあえて転換したのです。その上で、ファリハ・エネルギー大臣は原油の生産コストが1バレル=4ドルであることを明らかにしました。シェール企業の生産性がいくら上がっても、自分たちの方が強いということを示したわけです。ただ、4ドルであっても財政均衡価格は80ドルですから、決してサウジが万全であるわけではありません。

原油埋蔵量を初めて第三者調査した理由は、サウジアラムコ株の新規上場(IPO)の問題だと思っています。サウジ政府が2021年までにIPOを実施したとしても、約1000億ドルのお金が手に入る可能性は全く消えてしまったのですから、2021年までは国際的に借金するしかありません。そのため、これまでのタブーを破って、サウジアラムコの企業価値を第三者調査させたのではないかと思います。

最近、サウジはまた新しい産業戦略を発表しました。48兆円と非常に規模が大きいのですが、中身は石油関連が中心になったので、かなり地に足の付いた計画だと思っています。しかし、ムハンマド皇太子は相変わらず「未来都市構想」に執着しているので、それがどうなるのかという問題があります。

2015年1月にアブドラ前国王が亡くなり、今のサルマン体制になってから、サウジはこれまでの歴史上でも相当危ない状況にあると思っています。ムハンマド皇太子が行っている「ビジョン2030」は建国以来の大改革ですから、ある意味で非常にリスクが高まっており、それぐらいのセンシティビティを持って考える必要があると思っています。

「反腐敗」名目で2017年11月から行われていた捜査は、急に終結したといわれています。実際には12兆円を回収したそうですが、その中には不動産や証券が含まれるので、流動性の面では本当にお金が入ったのか疑問です。なぜこのタイミングで汚職捜査を終了したのかは不明であり、実際に発表したのがサウジの検察庁ではなく王宮庁だった点は、疑ってかかりたくなる部分ではあります。

私が分析する限り、他の王族、特にアフマド王子(サルマン国王の弟)がロンドンから帰ってきて、何となくムハンマド皇太子の首が寒くなったという話もありました。しかし、かなり高齢のサルマン国王が亡くなるまでは取りあえず静観の構えのようです。

今のサウジの安定は油価の安定に尽きるわけですから、もし油価が暴落すれば政情が一気に不安定化するでしょう。日本では油価が上がると大変だという話をされますが、中東の産油国の状況を見ると、油価が下がった方がむしろ日本にとっては問題が起こると思います。

もう1つのサウジの問題として、イエメンへの軍事介入があります。停戦が合意されたといわれていますが、相変わらずイエメン空爆を続けています。2017年のサウジの軍事費は世界3位で、かなり財政面の圧迫になっています。最近は、中国の協力で弾道ミサイルを作っているという疑惑報道も出ており、本当にミサイルを作っているのであれば、イランとの緊張も高まるので要注意だと思っています。

原油市場を巡る長期展望

来年以降、原油市場の不透明さが高まる中、1つ押さえておかなければならないのは、世界の原油需要のピークが5年、10年以内に来るのではないかという議論です。そうはいっても1億バレルですから、急に減るわけではありませんが、この数字が止まれば原油価格の長期低迷傾向は強くなるので、中東地域の地政学リスクが急上昇します。日本はサウジから毎年多額の原油供給を受けているので、エネルギーの安全保障を多様化させる必要性が生まれます。場合によっては、伝家の宝刀である国家石油備蓄放出の備えも必要だと思います。

質疑応答

Q:

今までの動きを見ていると、投機筋があるところでどっと株を売ったりして、価格が反落するケースが多かったと思います。当面のところで大きなポイントになりそうな時期や内容を教えてください。

A:

一番根本にあるのは、米シェール企業の売りヘッジが原油価格を抑えていることであり、それに連動する形でアルゴリズム取引、CTAがどのように動くかがポイントですが、次は中国がターゲットになっていると思います。3月には全人代がありますが、中国経済の最後の支えは不動産市場です。政府は価格を抑制するといいながらも、中国の不動産バブルをそれなりに生かしてきたのですが、それが部分的であれ、バブル崩壊を容認するメッセージが出たときに、中国経済がどうなるかという連想でもし動けば、これからは中国をテーマにして投機筋が株価を下げる可能性が最も高いと考えています。

Q:

10年、20年先は石油価格が上がる要素はあまりないという話だったと思いますが、その点で10年、20年先は石油の位置付けは変わるのでしょうか。よほどのことがない限り、150ドルや200ドルまで上がらないと思った方がいいのでしょうか。

A:

長期的に見て上がらないと思いますが、極端に下がることもないと思います。ただ、主要先進国では2006年で石油の需要がピークアウトしています。その後、中国の需要がものすごく増えましたが、中国はサービス経済化に向かっていますし、インドもそれほど増えると思えません。一方で、先進国は省力化やCO2排出削減をどんどん進めているので、多分上がらないだろうと思います。

Q:

FRBの利上げが進むと金融引き締めの効果が出て価格が下がる要因になるというメカニズムが理解できません。

A:

簡単に言ってしまうと、市場心理としてはリスクマネーが減るだろうということだと思います。利上げよりもむしろFRBのバランスシート縮小によってMBSや国債を市場に放出すれば、市場からお金を吸い上げます。それで最初に影響が出るのは商品市場だといわれていて、原油以外はずっと下がっていたのですが、原油だけ昨年10月まで上がっていたのはイランファクターのためであり、そのイラン制裁が肩すかしになったことで一気に同じようなトレンドになったのが昨年第4四半期だったのです。

Q:

WTIの先物市場でバックワーデーション(期先価格よりも期近価格の方が高い状態)になると、原油に買いポジションを持っておこうとするファンドなどが乗り換えるときに利益が比較的出てくるので、原油価格ポジションを持ち続けやすくなります。これをサウジが意図的に創出した面があって、それが原油価格上昇の要因になったといわれています。直近のバックワーデーションの状況はどうなっていますか。

A:

バックワーデーションであれば買いやすい状況ですが、第4四半期に少し戻ったので、ものすごい勢いで足元の価格が下がり、バックワーデーションが相当緩くなっています。なので、なかなか買いにくい状況になっていると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。