生産性 誤解と真実

開催日 2018年11月29日
スピーカー 森川 正之 (RIETI副所長)
モデレータ 及川 景太 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省経済産業政策局調査課課長補佐)
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国内における人手不足の深刻化を背景に、生産性の向上に対して、政策実務者だけでなく、企業や経済界、労働組合でも関心が高まっている。しかし、生産性という概念に対する誤解や根拠の乏しい俗説も多く、例えば「激しい競争下では高い価格設定ができないから日本の生産性は低い」「サービスは無料という消費者意識がサービス産業の生産性向上を妨げている」といった議論がしばしば聞かれる。働き方改革、企業統治、地方創生などについても、エビデンスに欠けた政策論議が散見される。本セミナーでは、森川正之RIETI副所長が、近著『生産性 誤解と真実』の内容に沿って生産性に関する正しい理解について解説するとともに、生産性向上のためには何が必要なのか持論を展開した。

議事録

生産性に対する誤解

森川正之写真労働力不足が深刻化する中で、企業関係者や労働組合では生産性向上に対する関心が高まっています。ただ、生産性にはいろいろな誤解や根拠の弱い通念、俗説があるようです。

日本経済を振り返ってみると、第2次安倍政権発足後、潜在成長率は少し上がりましたが、全要素生産性(TFP)は低下しています。潜在成長率が上がっているのは女性や高齢者の労働参加率の向上や外国人労働力の増加、設備投資を通じた資本ストックの増加が要因であり、TFP上昇率の低下を補っています。

労働力不足が深刻化しているので、企業は労働力を節約して資本への代替を進めています。スーパーのセルフレジ導入がその典型で、労働生産性は上がるものの、必ずしもTFPの上昇にはなりません。労働力不足の中で資本装備率を高めて労働生産性を上げることには意味がありますが、投資は一定の収益率を稼ぐことが大前提ですので、TFPの上昇がなければ、資本装備率だけを引き上げて潜在成長率を高めることには限界があります。

日本のTFP上昇率は世界経済危機以前、主要国の中でも低いといわれてきましたが、危機後は日本とドイツのTFP上昇率が最も高く、一方、イギリスやアメリカの生産性上昇率が落ちて、「長期停滞論」が盛んに議論されています。そういう意味で、生産性向上は日本だけでなく主要国共通の課題になっています。

誤解の1つとして、サービスは無料という日本人の消費者意識が、サービス産業の生産性向上を阻害しているという議論があります。しかし、客観的な統計からも、個人へのサーベイからも、日本人がサービスに対して支払い意思があり、少々高くても質の高いサービスに対価を支払う行動をとっていることは明らかなので、こうした議論は実態を反映していません。

「第四次産業革命」と生産性

生産性を上げる上で最も重要なのが、イノベーションと人材の質の向上です。人工知能(AI)やロボットなどの「第四次産業革命」は、最近の生産性革命の柱になっています。特に医療・介護サービスなど労働集約的な分野へのAI・ロボットの導入が期待されています。ただ、どのぐらい生産性を引き上げる効果を持つのかはよく分かっていません。なぜなら、計測するために必要なデータがないからです。

その点で、企業がAIやロボットをどれぐらい使っているのかという実態に関する情報を政府統計が集めることはとても重要です。アメリカ商務省のセンサス局は2018年から試行的に、製造業におけるロボットの利用実態の把握に着手しました。しかし、いずれにしても量的な効果は不確実性が非常に高いので、マクロ経済運営について考えるときには控えめに見ておいた方が良いと思います。

AIやロボットのマクロ経済的インパクトは、相対価格、産業構造の変化に依存します。IT関連製造業のGDPシェアは、1973年を基準年とした実質値では2010年時点で42%を占めますが、需要が十分に増加しない限り、生産される財・サービスの相対価格は低下するため、名目値のシェアはピークの2000年で3.7%、2010年で2.7%と低下しています。

これは産業構造を展望するときにはかなり重要な点で、価格が下がった場合は成長寄与度が小さくなるという需要側の要素を考える必要があるのです。こうした効果を「ボーモル効果」といいます。医療や介護、余暇、娯楽の分野ではボーモル効果が出にくいです。価格が下がれば需要がかなり増える可能性があるこうした分野でAIやロボットが使われると、マクロ経済的なインパクトは大きくなります。

それから、実際にAIやロボットが人間の労働をどの程度代替するかということについて、技術的な代替可能性の観点から議論されることが多いのですが、それだけでなく需要側の要因にも依存します。保育や介護、教育などのサービスは、人間による提供への選好がかなり強いことが分かっています。AIやロボットによるサービスが人間によるサービスに比べてどのくらい安ければ選ぶかを尋ねた調査では、「3割程度」が平均的な回答でした。従って、第四次産業革命のマクロ的な効果を考えるときには、需要側の要因や産業構造の変化を十分考える必要があると思います。

人的資本・働き方と生産性

次に、人的資本や働き方についてです。女性・高齢者の就労拡大は、最近の経済成長戦略でも数値目標が掲げられています。ただ、潜在成長率を加速する量的な効果はかなり限られています。これまでの経済成長戦略は60~64歳を数値目標のターゲットにしていますが、65歳以上の高齢者をターゲットにすべき時期になっていると思います。

労働投入量と労働力の質について見ると、1990年代以降、労働投入量は成長に対してマイナスに寄与しています。一方、労働力の質の向上による成長寄与度は1990年代以降、労働力の減少を相殺しています。この要因は、主に学歴の向上です。つまり、比較的低学歴の人が労働市場から引退する一方で、新たに労働市場に参加してくる人の学歴が高いからです。

教育水準を上げること、教育の質を高めることはイノベーションと並んで生産性を上げる重要な要素です。特に学校の質、教師の質が重要であることは、ほぼ確立した実証的事実です。教育についてはいろいろな議論がありますが、教員の質を上げること、そのためには処遇改善が決定的に重要です。

ただし、初中等教育では、良い教育を受けた人が労働市場に出てくるのはかなり先のことですから、10年程度の時間的な視野で成長戦略を考える場合には、効果はあまりありません。私が行った研究では、大学院教育の投資収益率が非常に高いことが分かっています。特に、AIやロボットなど新しい技術に対応するには、かなりスキルの高い人が必要なので、大学院教育の充実も重要だと思います。

人材の質を上げる上は、企業内の教育訓練も重要です。労働者に対する教育訓練のストックが2倍になると、生産性や平均値が3%ほど上がるという推計結果でした。製造業とサービス産業を比較すると、サービス産業の方が教育訓練投資の効果が大きく、投資収益率に換算すると数十パーセントになります。つまり、そうした投資を上手にすることで、企業の生産性を上げる余地はかなりあると考えます。

働き方改革において同一労働同一賃金が求められています。非正規労働者の賃金が正規労働者に比べて大幅に低いことは、誰が見ても分かります。しかし、正規労働者の中でも賃金の高い人と低い人がいて、その賃金の差が妥当なのかどうかは単に賃金比較しても分かりません。米国では、女性や黒人への差別という観点から多くの実証研究が行われています。そして経済合理性の観点からは、賃金とその人の生産性が見合っているかどうかを確認すべきことが指摘されています。

しかし、実際に労働者の賃金は分かるものの、個々の労働者の生産性を測るのは困難です。特に、組織の中でチームワークによって働いている場合、簡単ではありません。ただ、企業の生産性は測れますから、例えば非正規雇用者を多く雇っている企業の生産性が高いのかどうかを、平均賃金と比較することができます。ヨーロッパを中心にそうした実証研究はたくさんありますが、対象にしている国・産業、分析方法によって結論はまちまちです。

日本企業を対象に推計すると、パートタイム労働者が増えれば増えるほど生産性が低くなり、平均賃金も低くなります。しかし、生産性と賃金水準の2つはほぼ見合っているというのが事実です。製造業とサービス産業を分けてみても、基本的に同じような結果が得られます。市場では競争があるため、生産性が高い労働者に低い賃金を払っていたら辞めてしまう可能性があるわけです。ですから、企業は少なくとも平均的には合理的な賃金設定をしていて、パートタイム労働者に対する差別があるわけではなさそうだということになります。

だとすると、賃金格差を縮小するための本質的な対応は、賃金をどうするかよりも、非正規労働者の生産性を上げるための人的資本への投資ということになります。同一労働同一賃金を巡る一連の議論では、教育訓練の機会もかなり議論されていて、むしろその方が本質ではないかと思います。

労働時間が長くなると、疲れてくるので生産性が落ちます。しかし、労働時間の中にはパソコンの立ち上げから始まるいろいろなセットアップコストがあり、労働を通じていろいろなことを学んでいくOJTの効果もあります。ですから、労働時間が長いことのプラス効果もあり労働時間と生産性の関係がプラスなのかマイナスなのか、理論的には何とも言えません。実証研究でも、私がサーベイした限り、結論は分かれています。

労働時間が長くなって時間当たりの生産性は落ちたとしても、労働投入の増加を帳消しにするほどは低下しません。仮に時間当たりの生産性が上がるとしても、これが経済成長につながるという議論はかなり無理があります。労働時間の削減自体が労働者にとって意味があるかどうかという観点から議論すべきだと考えます。

ワーク・ライフ・バランスも同じで、ワーク・ライフ・バランスが高い企業は生産性が高いという相関関係があることはよく知られていますが、これは見せかけの相関にすぎず、「経営の質」という要因を考慮に入れると、この関係はなくなるという研究があります。日本企業を対象にした研究でも同じような結果になっています。

ワーク・ライフ・バランスの向上は、伝統的な表現としては労働者の処遇改善ですから、それ自体が労働者にとって望ましいわけです。ワーク・ライフ・バランスを推進したからといって、生産性が下がるわけではないので、労働者にとってメリットがあり、実質的な賃金上昇の効果を持っているという観点から取り組むべきで、生産性と結び付けるのは無理がありそうです。

働き方改革において重要なイシューになっているテレワークが企業の生産性を高めるという研究もあります。その点で、テレワークができる人にはその機会をつくることが重要だと思います。しかし、テレワークが向いていないのは、特にフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションです。テレワークは単純な仕事ではマイナス効果があるけれども、創造的な仕事ではプラスの生産性効果を持つという分析もあります。全ての業務にテレワークが適用できるわけではなく、特に営業のような仕事では顧客との対人関係が重要なので、そう簡単ではないと思います。

生産性と経済政策

日本の潜在成長率は足元1%前後ですが、これを今後引き上げていくためにはTFPの向上が必要になります。生産性上昇率を加速できれば、財政への負荷は軽減されるので、多くの国で楽観的な経済成長率予測が行われる傾向があり、それが財政悪化の大きな原因になっていることが分かっています。

近年の日本の政府経済見通しと実績値を比べると、見通しが実績よりも0.5%ほど高めです。逆に、実績は0.5%下回っていることになり、見通しに楽観バイアスがある状態がずっと続いていることが分かります。現実の成長率は非常に変動が激しいので、景気局面をならして仮に2%の実質成長を実現しようとすれば、景気の良いときには3~4%ないと、平均2%はかなり難しいです。日本の場合はデフレ脱却という目標があるので、名目GDP成長率の場合はより大きな政府経済見通しの上方バイアスが存在します。

中長期の経済成長率の見通しは、TFPをどう設定するかに大きく依存します。今年の「中長期の経済財政に関する試算」では、「成長実現ケース」でTFP上昇率が1.5%まで上昇することが前提になっています。「ベースラインケース」でも1.0%が前提になっています。しかし、足元のTFP上昇率は内閣府の試算で0.4%、日銀の試算で0.2%ですから、1.5%はかなりハードルの高い目標です。ベースラインの1.0%もかなり難しいと思われます。欧米主要国と比べて、足元はそれほど悪くない生産性上昇率ですから、欧米主要国を大幅に上回るような生産性上昇が必要になります。

成長政策で生産性を押し上げる効果を試算するときに、過去の生産性上昇率をベースラインにして、それに対してどれだけ政策で上乗せできるかという形で計算することが多いのですが、これまで10年、20年にわたって成長戦略はたくさん行われてきて、足元の生産性上昇率にプラスに効いているはずです。

そうだとすると、むしろ政策を取らない場合には、政策効果が剥落することで生産性上昇率が鈍化します。そう考えると、追加的な政策で生産性上昇率を上げていくことはかなり難しいことだと思います。イノベーションや人材の質の向上、岩盤規制の改革など、生産性を高めるためのマージンはたくさんありますが、マクロ的に大きな効果を持たせるのは簡単なことではないのです。

金融政策も生産性に大きく関係します。過度の金融緩和が続く場合、銀行の収益といった観点から議論されることが多いですが、生産性にも関係があります。生産性の低い企業が資金調達をしやすくなって、結果として市場の新陳代謝の機能を阻害し、経済全体の生産性を押し下げる可能性があることが指摘されています。

生産性上昇率や潜在成長率を仮に過大評価すると、デフレギャップを大きく見積もることになるので、金融引き締めのタイミングが遅れます。足元、消費者物価指数(CPI)のインフレ率は2%に達していないけれども、非常に深刻な労働力不足という経済状況は、金融緩和が過度に長期化する危険性をはらんでいます。

最近はいろいろなところでサービスの質が下がっていると感じる人が多いようです。労働力不足とサービスの名目価格の硬直化の下、サービスの質の低下という形で、統計に表れない事実上の物価上昇が起きている点にも注意する必要があると思います。

質疑応答

Q:

TFPの伸びがないと持続可能な成長を望めないのはなぜでしょうか。

A:

資本への代替というのは、同じ生産を実現するために人を減らして資本に置き換えることです。そういう意味で、相対価格が変わったときに資本に置き換えて労働生産性を上げることは、非常に合理的な企業行動です。

それは、資本のコストが下がったときも同じです。例えば、税制などで設備投資を助成することで資本コストが下がるので、当然それだけ資本を使って人を減らす効果があります。これが労働生産性を高めるのは確かですが、TFPの上昇がなければ資本の相対価格が下がり続けない限り、設備投資を無理やり増やしても過剰設備がいずれ発生することになります。

設備投資や資本ストックの伸びは、TFP上昇率や労働の増加と一定の比例関係があるのが自然です。それを超えて資本を増やすことはできないので、TFPを上げることによって資本の伸び率も高められますが、その逆はないということです。

Q:

ワーク・ライフ・バランスで、ホワイトカラーでは時短によって集中する時間が増え、実際の生産性が上がっているケースがあると思います。そのあたりはどう評価したらいいのでしょうか。

A:

働き方改革が実際に持っている効果を実証的に評価する必要があると思います。政策論議で気を付けなければならないのは、エピソードベースで政策をつくるのは具合が悪いということです。ワーク・ライフ・バランスでホワイトカラーの生産性が上がるケースがあるかもしれませんが、生産性が下がる人もいるかもしれません。

多くの企業のデータを使った分析の利点は、平均的な効果が分かることです。絶対に効果がないと言っているわけではありませんが、平均的には効果がないという結果なので、あまりそこに期待してはいけません。もし仮に、生産性が上がる人だけにターゲットして、うまくそこを選別できるのであれば、意味がある政策だろうと思います。

Q:

資本の蓄積を進めることは資本収益性を下げるので、TFPの上昇に必ずしも結び付かないのではないかと思いました。

A:

その点で、無形資産投資の役割が重要になっています。企業内の教育訓練投資が生産性を上げると申しました。人的投資は無形資産投資の1つですから、教育訓練投資をすることは人的資本のストックを引き上げ、無形資産を増やす効果を持っています。

機械など有形の資本と比べて無形の資本は過小投資になる可能性が高いですし、そういったところに支援していくことは、経済成長率を高める上で意味があると思います。ただ、注意しなければならないのは、いろいろな政策を見ると、物的な投資は税務署で確定しやすいのです。それに対する減税措置はつくりやすく、R&D投資への税制も比較的できていますが、教育訓練投資は、どういう投資をどのぐらいしたのかを税務署で認めてもらうのが難しい性格を持っています。本来過小投資になっている無形資産投資を促すような政策手段として何が適当なのかを考えることは、とても重要な課題だろうと思います。

Q:

ワーク・ライフ・バランスの政策をきめ細かに打つのであれば、AI分野は思考の継続性を考えた政策に切り換えていかなければならないと思ったのですが、その辺はいかがでしょうか。

A:

基本的に賛成ですし、集中した時間が必要なタイプの仕事は当然あると思います。成果を測りやすいようなタイプの仕事は、柔軟な働き方を入れることが大切だと思います。

Q:

市場の新陳代謝機能を考えると、あまり生産性の高くない企業はどんどん退出した方がTFPの向上という観点からはむしろ望ましく、廃業自体は問題にする必要がないと思います。

A:

基本的には私も同じ考えで、廃業しやすくすることは、新規創業を増やすことと同じぐらい重要だろうと考えます。すると厄介なのは、地域で数少ないお店が廃業するのが日本全体の生産性を上げる上でいいのかというふうに、生産性や経済成長とは別の政策目標や価値観とバッティングすることです。

地域の均衡ある発展、所得分配の公平性といった経済成長以外の政策目標との間にはトレードオフがありえます。安全・安心など「岩盤規制」といわれるもののほとんどは社会的規制です。生産性を重視して、そうした規制をほどほどにしておくといった政治的判断に踏み込まない限り、日本の生産性を目に見える形で上げるのはかなり難しいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。