世界・アジア太平洋地域経済見通し-安定した成長への試練

※このBBLセミナーは引用禁止です。

開催日 2018年11月22日
スピーカー 鷲見 周久 (国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所所長)
モデレータ 太田 三音子 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
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2018年10月に公表されたIMFの世界経済見通しでは、世界経済の成長予想を2年振りに下方修正し、大きな注目を浴びている。また、10月以降、米国と中国の貿易摩擦の激化や、サウジアラビア人記者殺害事件に端を発する緊張の高まりなど、地政学的な不安材料が増している。今回のBBLセミナーでは、鷲見周久国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所所長が登壇。IMFによる世界、特にアジアの経済・金融の現状分析と今後の見通しについて、詳しい解説を行った。

議事録

巡航速度を保ちつつも不確実要素が見られ始めた世界経済

鷲見周久写真IMFでは世界経済見通しを4月と10月に発表し、さらに7月と1月にマイナーアップデートをしています。これからご説明するのは10月に公表された世界経済見通しで、9月中旬時点でのデータで分析しました。

最近の動向ですが、世界経済は基本的には順調です。ただ、世界経済は加速していくと見ていましたが、その点では怪しくなってきており、モメンタムにばらつきが出てきました。世界貿易も2017年には急成長したものの、2018年上期には伸びが収まり始めた状態です。

原油価格は、統計を取った後にサウジアラビアの記者殺害事件が起こり、不確実性は相当程度増しています。エネルギー価格が上がり、世界中で総合インフレ率が上がっていますが、コア・インフレ率は割と制御できています。

金融環境は、アルゼンチンやトルコなどでタイト化してきましたが、全体としては引き続き緩和的です。

市場心理は、9月の段階では概ね良好で、その後で地政学的なリスクが高まり悪化したということです。

見通しですが、2018年は3.7%程度です。先進国地域は米国を中心に順調ですが、中期的には成長率の低下が認められます。新興国と途上国も、基本的には安定していますが、経常収支が危ないと思われている国はマーケットから厳しい見方をされています。

リスクのバランスは下振れ方向です。

前回の見通しとの比較では、あまり大きな動きはありません。どちらかというと新興国、途上国が少し下で、先進国はある程度モメンタムをキープしているというのが読めます。貿易に関しても、概して大きな動きはありません。

金融環境は、米国の調子が9月末までは良かったものの、その後少し悪くなっています。ユーロ圏や東京は、今年に入ってからはほどほどの動きです。新興国では中国だけが落ちていますが、株価指数は2017年の半ばよりは高い水準で、大きく驚くような状態ではありません。

ファンダメンタルが脆弱で政治リスクの高い新興市場国としては、アルゼンチン、トルコ、南アフリカなどが注目されています。

金利差(対米国)は、アジアが比較的落ち着いた動きなのに対して、ラテンアメリカ、特にアルゼンチンが大きく拡大しています。欧州では、ポーランドで金利が上昇傾向です。アフリカは全体的に相当程度上がっています。

エマージング・マーケット・ボンド・インデックス(EMBI)で途上国の債券利回りが基本金利に比べてどの程度高いかを見ると、やはり経常収支の赤字が大きい国ほど金利の上昇幅が大きく、特にトルコとアルゼンチンが大きく上がっています。

もうひとつの大きな影響は、世界的なドル高です。日本は落ち着いていますが、新興市場国の通貨は押し並べて下向きで、中でもトルコとアルゼンチンの(通貨の)下落が際立っています。

先進国、新興国ともに、センチメントは比較的良好な水準で、消費者信頼感指数も2017年から2018年にかけての上昇基調は変わらず、「全般的に世界経済がうまく回っているという感覚」はあまり変わっていません。

IMFが気にしているのは、世界のGDPの10%を占める45カ国の新興国や途上国が、中期的に先進国の平均成長率を下回っている点です。世界の所得格差が少しずつ縮小して欲しいと思っているのですが、この10%の国々に関しては、悪くすれば落ちこぼれて行ってしまう懸念があります。

成長予測は全体で3.7%となり、前回より0.2ポイント下方修正されています。国別に見ると、米国は調子が良く、日本もまあまあです。ドイツはメルケル体制に対する不安感などから調子が悪く、それに引っ張られてユーロ圏全体も前回から大きめの下方修正がされています。中国は6.2%で、中国の水準からすれば低い数字を見越しています。インドも7%代前半であまり変わらず、ASEANは相変わらず5%を超える調子の良い成長を見込んでいます。

地政学的には、サウジアラビアを含めて各方面でトランプ大統領の発言が緊張を高めており、特に注意をしているところです。

貿易摩擦による下振れリスクは甚大

貿易摩擦による下振れリスク(資料「世界経済見通し」20ページ、35ページ)というのが今回新しい分析なのですが、青色の線が「鉄鋼、アルミニウム、米国における中国からの輸入品(500億ドルと2,000億ドル)に対する25%の制裁関税(中国の対抗措置を含む)」を踏まえた影響です。9月中旬の本分析のデータ締切日直後に飛び込んできたシナリオが赤色の線の「米国における中国からの輸入品に対する25%の追加関税」を踏まえた影響です。

この2つの段階でも、中国のGDPは来年1年間で1.3%ポイント程度減ります。中国は経済的な下支え政策などを打つため、先ほど見た6.5%がそのまま1.3%ポイント下がる訳ではありませんが、制裁が無い場合に比べてそれくらいの影響が出ます。米国自身もコンマ数%のマイナス影響を受けます。

世界的には、黄色の線が示す通り、自動車、トラックに対する制裁まで発動されてしまうと、かなり大きく影響を受けるようになります。この辺りは、アジアに関しての資料で詳しく説明します。

リーマン・ショックの後も、アジアには相当資金が流入し、比較的高い成長を続けてきました。その資金の流れが今後どうなるかがアジアにとっての懸念で、注視が必要な状況です。

世界経済に寄与するアジア

ここから「アジア太平洋地域経済見通し」について話したいと思います。アジアは50年前には世界の最貧地域で、1人当たりGDPはアフリカよりずっと低く、食糧にもこと欠いていました。そこから飛躍的な成長を遂げたのですが、それでも1人当たりGDPは米国と比べて20数%、世界と比べても半分ほどで、まだまだ伸びる余地がある状態です。

そうした中、最近では世界経済の成長にアジアが6割超の寄与をしています。成長率も世界全体の3.7%に対してアジアは5%を超える高い数値です。中国に牽引されている面はあるものの、ASEANも大きく成長しています。

インフレ率は概ねどの国も、2017年も2018年もターゲット内に収まっています。

金融環境のタイト化による短期的リスク

先ほどアジアに大量の資金が流入していたという話をしました。2015年から2017年は、証券の累積流出入が流入超過し、積み上がっていました。しかし2018年は累積で赤字です。国別で見ても台湾、マレーシア、インドネシアなどが流出超過に転じ、金融の状況がタイトになっています。その結果、株価が下落し、国債の利回りが上昇し、特にフィリピン、インドネシアで金利の上がり方が急になっています。

為替レートについては、米国の金利が上がると基本的には、新興市場・途上国から米国に資金が戻り現地通貨安になります。多くの国は自国通貨が下がるとエネルギーや食糧など輸入物価が上がり、政治的な不満が上がるので、外貨準備を使って自国通貨を買い支えようとします。為替レートの変動値に外貨準備高の増減を足すと、外貨で買い支えなかった場合の指標が出ますが、それによるとトルコ、オーストラリアが大きく減価し、インド、インドネシアも20%近く減価しています。

一方、米国は景気が良いうえに減税しています。ここで急にインフレが亢進すると、FRBはマーケットの予想よりも早く金利を上げる可能性が十分あります。仮に米国で金利が上がるとすると、アジアでは来年、全体で予想した5.7%の伸びから0.4%ポイント下がり、ある程度の影響は出るでしょう。

それに加えて、各国の中央銀行は本来なら景気が悪くなると金利を下げて景気を下支えするのですが、自国通貨に対する減価の圧力がある場合はそれができません。その場合、下手をするとアジア全体で景気が0.8%弱落ちる可能性があります。

アジアではこの10年間で家計、企業ともに民間部門の債務水準が高くなっており、特に中国、香港やシンガポール等の企業債務の伸びが大きくなっています。そこへ、金利やドルが上がってしまうと、現地通貨建ての借金返済、利払いの負担が大きく増大しかねないリスクもあります。

ただ1997年のアジア金融危機を経験したアジア各国は、外貨準備を増やしています。経常収支で見ても、2013年、2017年と6%を超える黒字があり、外貨準備も相当程度積み上がっていますので、それほど心配していません。

財政余力も、政府債務のGDP比で見るとアジアの国々は平均的な線よりも下におり、財政はそれほど悪くありません。10年物の国債も、インド、インドネシア、スリランカなどを除き、それほど高い金利を払わないで済んでいます。

貿易摩擦の激化による成長減速の可能性

貿易摩擦について、さまざまな国への関税の影響を表したのが23ページ(資料「アジア太平洋地域経済見通し(REO)」)の表です。赤がベースラインシナリオですが、このレポートを書いた後の進行で、緑の「貿易紛争激化シナリオ」がベースラインになってしまっています。幸いなことに、まだ黄の「自動車産業への関税」までは至っていません。

米国も自分で仕掛けた話ですが、赤、緑の段階では0.3%ほどのマイナス、仮に自動車産業への関税を発動させると、自国への影響がさらに大きくなる試算です。

中国は緑のベースラインで、1ポイントほどと相当深い影響ですが、自動車産業への関税はあまり影響がありません。日本は今の段階ではあまり割は食わないのですが、自動車産業への関税が発動されるとかなり悪い影響が生じます。

アジアの国々でも中国のサプライチェーンに入っている国は、中国がうつむくといっしょにうつむきます。しかしタイのように、ある程度自前の技術力があると、中国の代替としてポジティブな影響を受ける可能性があります。

ただ、そこでは止まらず、コンフィデンスや金融市場への影響が出ます。つまり、たとえタイが1人勝ちしても、その結果トランプ大統領の目がタイに向けられる可能性を考えると、怖くてタイに投資できません。どこに飛び火するかわからないのがトランプ大統領の怖いところなので、世界全体の投資が減少する可能性があります。

さらに、今まで中国で活動してきた企業も株が大幅に下がり、金融市場が混乱します。そういった影響を加味すると、米国などでも1ポイントほどの悪影響が出ますし、中国は1.6%、タイも0.5%ほどのマイナスになります。やはり世界の貿易や成長にとって、貿易摩擦はためにならないのです。

さらに自動車、トラックの部品、製品、部品に25%の関税が掛かると、日本は運輸セクターを中心に雇用の削減に相当程度の影響があると見越しています。米国でも、報復関税の対象となる農業などに大きな影響があるとみています。

アジアは域内貿易を増やして成長を

アジアは今まで世界に物を売って成長し、最貧国から抜け出しました。しかし人口は米国でも3億人を超える程度、ヨーロッパもそれほどでもないのに対して、ASEANだけで6億人、中国、インドにはそれぞれ10数億人です。米国との貿易摩擦が問題となる状況では、アジア域内貿易を増やしていくのが、これから先の道なのではないでしょうか。

潜在成長率がアジアでも下がってきています。資本と労働力の投入が低下しているのみならず、全要素生産性が意外に伸びていません。これをどう伸ばしていくのかが課題です。

生産性の高い新興企業がどんどん出てくれることがダイナミズムなのですが、新興企業の割合がここ10年間で下がってきており、起業が少ない、できにくい状況があります。

他方で、設立から10年以上経ち、かつ金利を払ったら赤字になる「ゾンビ」企業の比率が増加しています。日本は倒産を防ごうとする思いが少し強すぎ、本来なら倒産すべき企業が支援、融資を受けたりしています。ブラックな労働状況で、安い値段でサービスを叩き売りし、その結果まともな企業が儲けられず、賃金も上がりません。失業しても次の仕事が見つけやすい状況のときは、行きすぎた過度な倒産抑制がコスト増になることを申し上げたいと思います。

デジタル革命ですが、アジアは基本的にはデジタル投資やロボットの投資が非常に多いのですが、これは労働力不足を補っているだけで、付加価値を上げることにあまり役に立っていないのが、これからの課題だと思います。

政策への提言

為替は基本的にはマーケットに沿って動かすのが、経済に対するショックの緩和になります。金融政策は国内のインフレ圧力を一義的に見て決めるべきです。逆に言うと、米国がインフレを見て金利を上げる可能性をリスクとして考えておかなければなりません。

それからスルガ銀行の話もありましたが、アパートローンやシェアハウスローンといったことを含めて、金融は暴走することがあります。だからといって金利を全体的に上げると、そうでない全部に影響しますので、マクロ・プルーデンス政策にあるように、銀行に対する不動産融資規制というような政策も選択肢として考えるべきです。

資本流出もできるだけ自由にするのが望ましいですが、危機になった場合には資本流出抑制策などを考えても大丈夫ですよ、というようなことを敢えてIMFは言っております。

アジアは今まで、先進国に大量に輸出することで伸びてきましたが、これからはアジア自身をマーケットとして考え、ある程度自分たちの貿易障壁のようなものを下げていく必要があることを、特にASEANの国々にIMFは一所懸命言っています。

ご静聴ありがとうございました。

質疑応答

Q:

家計、企業ともに各国の債務が増えている中、資産価格全般も両建てて増えてきている感があり、今後金利が上がっていく中で不動産や株価などの資産価格が全般的に持ちこたえられるのか少し危ぶんでいます。需給ギャップが引き締まり名目インフレが上がっていく可能性も感じますが、資産価格の調整という観点で価格が上がりすぎている危険性について、どう見ていらっしゃるのでしょうか。

A:

債務の上昇につれて資産価格が上昇しており、相当部分がモーゲージや不動産関係のものです。

日本は比較的落ち着いた動きで、皮肉なことにかつて土地神話を持っていた日本人だけが、今は逆に土地は下がるかもしれないと思っている状態です。土地に関しては日本人が一番影響を受けにくいであろうと思います。

オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、シンガポールなど、いわば中国の人が投資しそうな所で、資産価格が非常に上昇しています。それ以外でもカリフォルニアを中心としたサンフランシスコ周辺やロンドンなどで、土地の値段が非常に上がっており、不動産市場がある程度バブルみたいなところはあるのだろうと思っています。

われわれとしてはローンの貸し込みで銀行の不良債権が増え、その結果、銀行資本が劣化して金融機関の健全性が損なわれるのは困ると思っています。

国の金融機関の貸し込み方は割と前からチェックしているので、今回の金融資産の上がり下がりに関してはそれほど心配していません。むしろ債務の積み上がり方が金融機関の健全性にどう影響を与えるのかということは、さまざまな中央銀行に前から注意を喚起しているということです。

Q:

アジア太平洋地域経済見通しの資料23ページ左上の関税がアメリカへ与える影響についてのグラフですが、X軸の数値は「年」でよろしいのでしょうか。また、このグラフでマイナス1%とありますが、どのように米国内に影響がでるのでしょうか。

同じく23ページの資料について、貿易紛争激化シナリオの下にコンフィデンスと金融市場への影響が追加され、その影響があると非常に谷が深くなるという図が出ています。中国ではすでにコンフィデンス、金融市場に影響が出ているのではないかと思うのですが、どうでしょうか。また、その影響の大きさを現状、どう評価されているのでしょうか。

A:

グラフX軸の12345というのは、1年ということです。

コンフィデンスや金融への影響は一番測りにくいのですが、中国については相当程度、先読みして動いていると思います。

今、マーケットでは中国の株価だけ大きく落ちています。中国は以前から、一度投資をしたら、なかなかそれを引き出せない傾向があったのですが、それがさらに強化される懸念があり、新規の投資もポートフォリオ投資も手控えが起こっていると思います。それに付随した影響が出ていますが、短期的には中国は財政余力もある程度ありますし、いろいろな面で政策対応能力はあると思っています。

では問題はないかというと、IMF自身は中国の成長が非常に高い融資、貸付の伸びに支えられてきたことに対する懸念を中国当局と共有してきています。中国当局は今年の頭ぐらいから金融を抑え気味にして、成長の質をより重視する方向に舵を切ってくれました。その中で9月の摩擦が起こり、長期的にはダイエットが必要でも、景気に対する悪影響が懸念されるので反対に栄養をつける方向に動かざるを得なくなっています。そうした意味で、やはり中長期的に見たリスク(経済学的な変動要因という意味)は大きくなってしまいます。

Q:

アメリカの潜在成長力は直近ではどのように推移しているのでしょうか。減税や歳出増といった財政で嵩上げしている部分があると思うのですが、一方では赤字増も心配されます。アメリカの先行きを見るにあたって、財政の持続可能性と、潜在成長力が着実に伸びているのかどうかを教えてください。

A:

アメリカは潜在成長率を上回る2%後半くらいで成長しています。今の成長はできすぎで、インフレの懸念があります。潜在成長率は、最後は全要素生産性が付いてしまうので、高い成長が続いていると実績値に引っ張られて高めに出ることがあります。

アメリカの問題は、労働参加率が非常に落ちてきていることです。失業率が歴史的に下がってきていますが、雇用者数はそれほど増えていないのです。失業率とは、失業した人と、働きたいと手を挙げている人の合計ですが、実は手を挙げている人が少なくなっています。自動車産業で働いてきて、組み立てには自信があっても、コンピュータがわからないと雇ってもらえません。求人はたくさんあるが、求職票を出してもだめだと諦めてしまい、働ける年齢なのに働いていない人が多いのです。

そのような労働力を再教育、再訓練して、これからさらに需要が増えても労働需給が締まりすぎないよう、労働供給や労働の産業間移動を増やしていくことがアメリカの課題だと見ています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。