福島復興の現場から-官民合同チームの取組について-

開催日 2018年10月5日
スピーカー 角野 然生 (経済産業省関東経済産業局長)
モデレータ 新居 泰人 (経済産業省経済産業政策局審議官(経済社会政策担当))
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

福島第一原発事故により被災された地元事業者には、余儀なく廃業された方、避難先で事業再開したものの新しい商圏で苦労されている方、故郷に戻って事業を再開すべく奮闘されている方などさまざまな事業者がいる。これらの事業者の方を避難先も含めてすべて個別訪問し、経営支援を行う「福島相双復興官民合同チーム」が3年前に発足した。これまで5,000以上の被災事業者を訪問し、1,000以上の経営コンサルティングを実施するとともに、農家の訪問やまちづくりにも活動範囲を広げ、成果を上げてきている。本セミナーでは、官民合同チームの創設時から本年夏まで、現地で復興活動の指揮を執ってきた角野然生氏を講師に迎え、福島復興の最前線の現状や、今後の復興に向けた課題と可能性について報告していただいた。

議事録

避難指示解除の現状

角野然生写真本日は、「福島相双復興官民合同チーム」の現場とりまとめ役として現地で経験したことを踏まえ、東京におられる皆様に情報共有をしたいと思っております。

まず福島復興に関する全体像をご紹介いたします。分野としては、オンサイトの廃炉・汚水対策、オフサイトの避難指示解除、復興、賠償の4つに分けられます。私は後者のオフサイトに主に従事し、官民合同チームとしては特に復興に深く関わってきました。

避難指示の解除については、原発事故の3年後から順次実施されました。除染、インフラ整備、住民との合意を経て解除に至るわけですが、昨年(平成29年)に浪江町、富岡町で避難指示が解除され、約7割の地域に住民が戻って来ました。まだ立ち入りが制限されている地域もありますが、住民の生活の中心となる場所については、平成29年5月に成立した改正福島特措法により除染作業が進められています。

解除後の居住状況については、比較的早いうちに解除が実施された広野町、田村市都路町、川村町では約80%、楢葉町では約50%の住民が戻ってきています。一方、5年を分岐点に、それ以降に解除された地域では住民の帰還がかなり少なく、特に若い世代では避難先で新しい生活の拠点を築き始めたことを理由に帰還数は少なくなっています。

官民合同チームの概要

官民合同チームは3年前、まだ解除地域も少ない厳しい状況の中、総数8,000人の被災事業者を個別訪問し相談型支援を行うため、国、福島県、民間の3者の構成でスタートしました。官民2人1ペアとなり、被災者の方を個別訪問して支援するというプロジェクトです。現在は285名、うち常駐228名体制ですが、創設当時は140名体制でスタートしました。各地域に支部を設けて、そこから訪問員が被災者を訪ねていました。

現在の構成員として、今では農業の再開も支援していることから、農林水産省や県からも人材を頂いております。またコンサルティングについては地元の金融機関や大手企業からも人材を頂くことができました。

スタート時の困難と現在までの実績

お互いに会ったこともない140名を束ね、被災事業者を1人1人訪ねて支援をするとなった際に、私はまず共通の価値観を持ち、それを徹底することが大切だと考えました。そこで考えたのが「官民合同チーム五箇条」です。

一、被災者の立場に立って取組む
一、とことん支援する
一、聞き役に徹する
一、チームワークを大切にする
一、地域の復興への高い志を持つ

これを壁に掲げ、毎朝唱和しながら活動を続けていったわけですが、これは非常に効果があったと思います。寄せ集め部隊だったチームが1つになって、被災者に寄り添うという基本線をぶれずに、苦しい時期を乗り越えられたのはこの五箇条があったからだと思っています。

最初の頃は手探りで活動を始めていきました。マスメディアの反応も厳しいものがありました。当初は信頼がなく、事業者からも「今更何をしに来たんだ」というような声もありました。そんな中どうにか連絡先を入手し、連絡を取って、訪問するということを繰り返したわけですが、最初はやはり訪問先でも厳しい反応が多くありました。チーム員に強く伝えていたことは、「どんな要求や意見があってもその場で否定せずに、まずは持ち帰って検討するように」ということです。一歩でも後ろへ下がれば、たちまち信用されなくなってしまうからです。前に倒れる覚悟で、被災事業者の方々に寄り添い、誠実を旨として支援していきました。中には「既に廃業しているので来なくていい」とおっしゃる方や、そもそも連絡がつかない方もいましたが、3年間で計5,200事業者をそれぞれ複数回訪問しました。その結果、約170人が休業から事業再開、約110人が移転再開から帰還再開を果たされました。

事業者の自立等支援策

具体的な支援としては、まず予算の確保に努めました。初めの数カ月のうちに2,000人以上の事業者を訪問してヒアリングし、原発被災地ならではの声や意見を基に予算案を作成して、240億円の予算を確保しました。それから各事業者を再訪問し、予算が確保できたこと、それに伴う具体的な支援内容についてお話しするうちに、「本気で何かしてくれそうだ」という期待感、信頼感が生まれていったように記憶しています。

コンサルティング支援、事業再開等補助金、人材確保支援、販路開拓支援、つながり創出支援、事業再開・帰還促進事業、創業支援などさまざまな支援を通じて、今では「補助金などに頼らない自立した経営を目指すようになれた」「黒字化を達成し経営の自立に繋げることができた」など前向きな声を頂けるようになりました。自立を支援することで、長期的な復興支援ができているのではないかと思います。

主な支援事例

具体的な事例として、A社は避難先の仮設店舗で直売所を再開しましたが、苦戦していました。そこで官民合同チームがコンサルティング支援を実施し、現場で一緒になって販売促進、オペレーション効率化、自主イベントの企画・開催や新メニューの開発、売り場の改善などを支援した結果、半年で黒字化、今では自力で客数を伸ばし、安定した経営をしています。

またB社は食品製造業で、風評被害のせいで売れないのではと心配していましたが、私たちのチームが東京で飛び込み営業をしたところ、好評となり契約が拡大していきました。風評被害の問題についても、こうした個別の商品で直接消費者に訴求していくことで販路拡大できる、良いものは必ず理解してもらえるのだと思います。

知見蓄積・展開プロジェクト

このようにさまざまな事例が蓄積されてきたわけですが、各コンサルタントの暗黙知に留まっていては勿体ないということで、知見蓄積・展開プロジェクトを立ち上げました。知見を体系化し、事業者支援に携わるコンサルタントの業務品質の向上・平準化を図るスキームを構築することが本プロジェクトの目的です。

官民合同チームでは、まずチーム内の復興コンサルタントが事業者を何度も訪問してヒアリングします。次に課題を特定して支援方針を決定していくのですが、ここが一番重要なプロセスです。ここで決定した支援メニューと進め方に基づき、外部専門家が専門的な支援をしていきます。

この復興コンサルタント支援で特に大変だったのは、課題を特定したとしても、事業者の方がなかなか納得されない、あるいは本人が理解しても家族や従業員が納得しないということが多いことです。そこで何を(What)だけでなく、それをどのように行うか(How)のプロセスコンサルティングが大事であることに気づき、そこのノウハウを蓄積することにしました。現在は、支援の進め方のノウハウ集をまとめ、どういったときにどんなコンサルティングをするべきかについて、マニュアルをまとめているところです。

こうしてノウハウをまとめてみると、福島の被災事業者の方々へのご支援を効果的に行えるようになるのは勿論、どんな地域の中小企業支援においても役に立つのではと感じています。こうしたノウハウを形式知化していくことで、効率的に支援していくことが可能になるのではないかと考えています。

被災農業者の営業再開状況について

こうした取り組みを1年間繰り返し、2年目にはある程度の信頼を獲得することができました。そうした中で、主要産業である農業にも個別訪問して欲しいという声が挙がるようになりました。そこで2017年4月から農業支援も開始しました。まずは1万戸の農業者にアンケートを実施し、回答のあった約1,400世帯を訪問しました。再開済み、または再開の意向のある農業者は4割と少数でしたが、再開の意向のない方のうち7割は土地を貸しても良いと言ってくれました。従って、農業をする意向のあるところに意向のない方の土地を集約して大規模農業を営むという、全国のモデルケースにもなるような取り組みを今進めているところです。

もう1つの課題はやはり風評被害です。これに対しては、作った野菜を段ボールに詰めてもらい、それを東京のレストランなどに売り込んでマッチングを実施しています。農家の方からすると、収穫した野菜・果物を段ボールに詰めて宅配便で送るだけなので、非常に手軽だと好評になっています。これは8月までに50事例が実現しています。ご協力いただける飲食店には、その証としてステッカーを掲示していただいています。飲食店側も食べてみるととてもおいしいということで、農家の方にその声を届けることで自信をつけ、さらなるモチベーションに繋がっているようです。

まちづくり専門家支援事業の概要

被災地の自治体からも、まちづくりのためのコンサルタントを派遣してほしいという声が挙がるようになりました。現在は12市町村に専門家を派遣したところです。現場にコンサルタントが常駐し、まちづくり会社の立ち上げや公共施設等管理運営計画の策定などさまざまな支援を実施しています。

福島イノベーション・コースト構想の更なる推進

廃炉研究、ロボット、エネルギー、環境・リサイクル、農林水産分野等を重点分野とする「福島イノベーション・コースト構想」が進んでいます。ロボットテストフィールド等の拠点整備にあわせ、地元企業が参画する研究開発プロジェクトに対する支援を実施しています。地元の製造業者のモチベーションもかなり高まってきています。この推進に向け、福島イノベーション・コースト構想推進機構が立ち上がり、官民合同チームと緊密に連携を進めています。

またフロンティア・ベンチャー・コミュニティ(FVC)として、創業希望者と先駆的な起業家などが、Facebookを通じて知り合い、創業希望者にとって多様なビジネスのアイディアや生活情報を提供しています。これにより、東京から創業者を新たに被災地に呼び込んでいます。

目指す将来像

官民合同チームのメンバーとともに、目指すべき将来像を共有しながら取り組んでいます。例えば、持続可能で自律的な経営、将来の生計についての安心感、風評被害の払拭と適正価格での農産物の販売など、目標を共有することで意識を高く活動を続けていきたいと思っています。

質疑応答

Q:

これまでのご経験、特にコンサルティング支援を通じて、中小企業政策や地域復興政策にどう役立てていけるのか、またご自身がどのように展開されていくのか、考えをお聞かせください。

A:

行政がどんなに補助金制度を整えても、中小企業の経営者の方々からすれば、日々の経営の中でなかなか行政の取組を考える余裕もない、考えてみたとしてもどこへ行けばいいのか分からないといったように、行政にたどり着くまでの道のりが長いことがあります。従って、行政が経営者と一緒になって解決策を考えていくようなことができれば、中小企業政策の有効性は高まっていくと思います。

例えば、ある地域をモデルとして官民合同チームのような活動を実施し、さらには品質管理を徹底する。そして成功事例を作ってから横展開していくこともありえると思います。実際に具体的な方策はこれからしっかりと考えていくことが大事だと思っています。

Q:

3点ほど教えてください。まずは当初記者クラブから厳しい反応とありましたがどのようなことがあったのでしょうか。次に300億円の予算の中にはチームの人件費も含まれていたのでしょうか。

A:

1点目について、全体としてしっかり情報開示がなされていないという行政に対する不信感のようなものがベースにあったように思います。それを払しょくし信頼関係を作ることが非常に大事と思い取り組んだ次第です。2点目について人件費はそれぞれの親元が持ち寄りました。

Q:

先ほど1万人の農家の方に手紙を送って、1,000人から返事があったとありましたが、残りの9,000人の方への対応はどうされたのでしょうか?

A:

再開することを諦め、新しい土地で新たな生活を築いた方も多いようです。一方で、先述の通り、自分では再開を希望しないけど土地を貸しても良いという人もいます。現在使える土地を有効活用できるよう、アプローチを進めているところです。

Q:

自身も福島出身なのですが、周りの友人も、不便なところには戻りたくないと言っています。モビリティなどの整備も必要かと思うのですが、現場の声はいかがでしょうか?

A:

まだまだ不便な点も多いですが、一方で、先ほどのイノベーション・コースト構想のように、新しいことを始めようという意気込みに満ちた人もいます。ドローン走行やロボットテストフィールドなど、他の地域に比べ、新しいことに対する地域合意はむしろスムーズな場合も多いです。課題をバネに、新たなことに挑戦しようという機運が高まっているように感じます。

Q:

コンサルティング支援以外にも、銀行、流通など、ステークホルダーの働きによる効果があったのかをお聞かせください。またコンサルティングの結果、どうにもならないといったような苦戦した事例があれば、どう対処したのかを教えてください。

A:

銀行のOBや食品流通のプロの方にも来ていただいたことは、非常に大きな助けとなりました。銀行の方は、コンサルティングで数字に強いことが強みとなりました。また食品流通のプロの方から教わることで官の人間もバイヤーと交渉ができるようになりました。

コンサルティングでの困難については、たくさんありました。難しいケースでも経営者と向き合って一歩ずつ丁寧に進むしかありません。事例としては、廃業を決めた事業者の方へ、ファイナンシャルプランナーとともに余生の生活設計支援を実施したケースもありました。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。