デジタル化がもたらす製造業への衝撃

開催日 2018年9月27日
スピーカー 河瀬 誠 (MK & Associates 社長)
モデレータ 吉田 泰彦 (経済産業省通商政策局通商交渉官)
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開催案内/講演概要

デジタル化は、組織における仕事の進め方を大きく変革した。またデジタル化は、これまで主に情報を扱う第三次産業に大きな影響を与えてきたが、これからはモノを扱う第二次産業にも影響力を拡大していく。今回のセミナーではMK&Associatesの河瀬誠代表が、特に製造業に焦点を当て、モノづくりやエネルギーの観点から、迫りつつあるデジタル化のインパクトを紹介した。また、日本企業がデジタル化の波を乗り切るためのポイントとして、経営者の意識改革とリーダー人材の育成が急務であることを指摘した。

議事録

デジタルの破壊力

河瀬誠写真産業革命以後、人類は製鉄や化学工業、また自動車やエレクトロニクスといった、今までなかった「破壊的技術」の登場によって、新しい産業を創造していくという歴史を重ねてきました。現在の破壊的技術の基礎はデジタルです。デジタルはムーアの法則、つまり10年で1000倍、20年で100万倍という「指数関数的スピード」で進化しています。産業がデジタルの波に乗った瞬間、すべてがそのスピードで変化していくので、今ある産業の形は破壊されてしまいます。指数関数で変化する世界では、今を見ても未来は読めません。われわれは、どうしても線形で未来を予測してしまうのですが、デジタル化した世界では、現在到底不可能だと思われることが、いつの間にか普通にできてしまいます。産業や技術の未来を予測するときには、現時点では難しいことも、5年後、10年後にはは当たり前にできている、と考えなければなりません。

これからの Internet of Things(IoT)の進化によって、今は取れない「森羅万象の情報」が取れるようになります。今は1万円する中央演算処理装置(CPU)のチップも、10年後に1〜10円になればペンや衣服のボタンなどにもどんどん入ってくるはずです。そうして集めた情報は、クラウドで処理されます。例えばGoogleは、日本のサーバー出荷数の20年分に相当する1000万台のサーバーで情報を処理しています。GAFA+BAT(Google、Amazon、Facebook、Apple + Baidu、Alibaba、Tencent)は、こうした巨大な情報処理能力を駆使して、人工知能(AI)の一種である「深層学習」を進化させています。

従来のAIでは、人がロジックを設計していました。例えば、顔認証の場合、顔が正面にあればそれが猫かい犬かは、ロジックで判別できます。しかし、写真の端に猫がいたり、シッポだけ見える場合には、対応できません。あまりにロジックが多様になるからです。しかし、人であれば子どもでも猫がいれば分かります。Googleは人の脳の構造をベースに1000万枚の猫の写真に深層学習を適用し、写真から猫を発見することに成功しました。

こうしたパターン認識は、自動音声認識や自動翻訳にとても有効です。
現在では、英語と中国語はほぼ完全に音声認識できます。また英語と中国語は構文も非常に似ているので、自動翻訳の精度も非常に高いようです。昨年開かれた国際カンファレンスに出た友人も「複数話者の話す背景の画像に、リアルタイムの英語と中国語の翻訳が流れていた」と話していました。日本語は、かなり難しい言語で開発も数年は遅れていますが、数年先には自動音声認識と自動翻訳が当たり前になるはずです。

深層学習はロボットにも有効です。日本は20世紀、ロボット大国でしたが、ロボットを動かすにはプログラミングが必要でした。しかし、深層学習でロボットを動かせば、人や動物が歩くのを覚えるのと同じように、歩行や運動を学習します。ボストン・ダイナミクス社のロボットが、雪の上を歩いたり、箱を追いかける映像(会場にて紹介あり)を見ればわかりますが、これを全てプログラミングするのは無理です。機械学習があって初めて実現したのです。このように、深層学習はロボットの世界を相当変えつつあります。

「AIによって半分の仕事が消滅する」とよくいわれますが、当然のことです。産業革命以来、多くの仕事が消えました。150年前には日本の人口の8割が農民でした。50年前の工場には大勢の工員さんが働いていました。こうした労働は、機械化・合理化で生産性が高まると共に、消えていったのです。技術革新で今ある仕事がなくなるのは当然であり、機械が安く効率的にできる仕事を、人がしてはいけないのです。

これからは「専門性が高いがパターン的な、知的労働」が消えていきます。例えば、コールセンターが当てはまります。しかしコールセンターの仕事は、知識が必要な割に精神的にきついですし、対価も安いです。こうした労働は機械化すべきですし、その方が待たされない利用者も満足します。また医師の診断業務も機械でサポートされます。レントゲン画像等の診断では、すでに人間の医師より機械のほうがずっと正確に診断できるようになっています。株式トレーダーも、専門性が高いがパターン的な知的労働の代表例です。ゴールドマン・サックス証券のニューヨーク本社には、かつて600人のトレーダーがいました。しかし、ここでも機械の方が良い成績を出すことが分かり、現在残っているトレーダーのはたった2人です。

深層学習はパターン認識をしているだけなので、意思を持ったり、価値観を考えたり、直感を含む総合判断をすることは不可能です。いわゆる「AI経営者」というものは当面登場しそうにありません。しかし、主にパターン認識的な仕事をしている知的専門職は、これから「AI管理者・AI専門職」に置き換わっていく、怖い世界を迎えるかもしれません。

激変するモノづくり

デジタル化は、これから第二次産業に対しても、大きなインパクトを与えていきます。

ひとつは「製品のデジタル化」です。「家電立国・日本」の時代、テレビやビデオなどのエレクトロニクス製品は、すべてアナログ信号技術に基づく機械でした。アナログ製品は「摺り合せ」が必要なので、日本のモノづくりは圧倒的に強かったのです。ところがが、デジタル化した製品は、スマホでもテレビでも、パネルと基盤を「貼り合せ」れば良い世界です。「貼り合せ」が強いのは韓国です。アメリカでも東南アジアでも、売場に並ぶのは韓国のサムスン電子とLGエレクトロニクスのテレビばかりです。「電子立国・日本」はデジタル化によって破壊されたといえるでしょう。

次が「製造工程のデジタル化」です。プラスチックを3Dプリンタで直接立体印刷することが出来るようになり、日本の産業を支えてきた金型産業の中小企業には大きな影響があるでしょう。さらに現在は、金属材料を3Dプリント可能です。すでに米国GE社では、立体印刷したジェットエンジンがベストセラー商品になっています。また、産業用ロボットも進化しています。今まで、職人芸を産業用ロボットにプログラミングすることは非常に困難でしたが、今では画像認識で仕事を「目で見て盗む」ことで覚えたり、関節の動き「手取り足取り」学んだりするロボットも登場しています。プログラミング不要な安い製品として、普及が始まっています。予備品についても、その場で3D印刷すれば、不要となる在庫は多いでしょう。先進的なのは米軍で、空母の艦載機の修理に必要な部品の多くはすでに船底に設置した3Dプリンタで製作しているそうです。海兵隊も同様とのことです。また20世紀は、日本も韓国も台湾も中国も、安い人件費を武器とした「加工貿易」で最初の成長を果たしました。しかし、加工に人件費が不要となれば、長い搬送時間の必要となる加工貿易の半分ぐらいは消滅する、との予測もあります。また、3Dプリンタは誰でも印刷できるので、将来的にコンビニで立体印刷するのも当たり前になります。

それから、量子コンピュータもモノづくりに大きな影響があります。今まで分子構造の計算には莫大な計算量が必要でしたが、量子コンピュータの性能(量子ビットの長さ)が上がると、一発で解を出せる可能性があります。長年の知見の蓄積を強みとしてきた日本の素材産業も、この流れに対応する必要があるでしょう。

無料となるエネルギー

中東の原油の発見でエネルギー消費が爆発的に伸びた20世紀、別名「石油の世紀」も終焉を迎えつつあります。エネルギーの世界の破壊的技術とは、自然エネルギーです。太陽光発電や風力発電は、近年まで高価で非力なオモチャのような存在でした。一番安い発電用のエネルギー源とは長らく石炭であり、単価はおよそ10円/kwhですが、現在中東で建設中のメガソーラーの単価は、約2円/kwhまで下がっています。風力も石炭同等の9円/kwhまで下がっています。関連して必要となるバッテリーの破壊的技術です。価格はどんどん下がっています。自然災害の多い日本はそこまでは難しいですが、世界の主力は破壊的技術である自然エネルギーとなります。自然エネルギーの生産量は、倍々ゲームで成長しています。この分野で先行したのは環境問題に関心が高いドイツですが、現在最も利用が拡大しているのは中国とアメリカ、特にテキサス州で最も成長しています。石油州のテキサスでも最も安いエネルギー源として急成長しているのが、自然エネルギーなのです。

自然エネルギーが主役になると、エネルギーは定額制になります。太陽光パネルも蓄電池も風力も、設備を設置すれば勝手にエネルギーを産出するので、比例費がかかりません。インターネットで国際電話が無料になったのと同じ仕組みです。容量以内ならば、いくら使ってもエネルギーは同じ値段、実質的に無料、という世界がやってくるでしょう。

ところで、太陽光パネルもリチウム電池も、当初開発したの日本企業です。10年前には日本企業が両方共トップに立っていましたが、今では太陽光発電の世界トップ10に日本企業は入っていません。市場が急拡大するところで、大規模投資ができなかったのです。技術が優れていても、経営判断を間違った事例だといえます。

エネルギーの世界は、自然エネルギーの台頭で、この2〜3年ですっかり違う様相に変わりました。
日本企業および日本国も、この変化を正面から受け止め、ぜひとも21世紀の「新しい現実」に即した戦略を取ってほしいです。

日本企業の経営課題

「日本企業は技術では勝っている。中国はまだまだだ」という言葉をよく聞くのですが、技術は手段であり「技術で勝っている」だけでは仕方がありません。技術をいくら磨いたところで、それを活かす戦略が間違っていたら、勝てるわけがないのです。

そもそも技術で勝っているのか、というのも今では疑問です。中国の通信企業・華為(Huawei)は、10年前は誰も知りませんでしたが、今では日本企業は手も足も出ません。技術にも負けているのが現実です。技術開発投資の金額も桁が違います。

しかし技術開発以上に、私が最大の問題と認識しているのは、経営者の力です。日本企業は、例えると「軍曹」がそのまま経営者になっている会社が少なくありません。経営者と軍曹は違います。軍曹は、戦術や戦闘に長けています。敵が強かろうが弱かろうが、とにかく突撃して果敢に成果を上げることが仕事です。一方、経営者は、限られた武器と人員、つまり持っている技術やお金、また技術者という資源をどこに集中させ、勝っていくのかという「戦略」を考えることが仕事です。戦場(市場)を見て、攻めるべきところは果敢に攻めますが、戦略に関係ないところでは無駄に戦って資源を浪費してはいけないのです。ところが、日本の企業の多くでは軍曹が経営しているから、すべて市場や技術において「頑張れ」とか平然と言います。

経営者がすべき最大の仕事は、事業の構造転換です。「問題児(新規事業)」「スター(成長事業)」「金のなる木(成熟事業)」「負け犬(衰退事業)」からなる、ポートフォリオ・マネジメントというフレームワークを聞いたことがあると思います。今のポートフォリオを転換し、未来のポートフォリをどう創造するか考え、決めることこそが経営です。「金のなる木」がある間に、きちんと次世代の「スター」を育てることが経営者の務めです。しかし今、多くの経営者がしていることは、昔のスター事業である、「負け犬」事業の延命です。実際にポートフォリオを書いてもらうと、多くの企業が、負け犬にお金も人材もつぎ込んでいて、スターを生み出すことが全くできていません。

日本の経営者の多くは、新たな事業を育てるイノベーションとは「技術開発」のことだと信じています。これは間違いです。本来、イノベーションとは事業創造・構造改革のことであり、技術はあくまで手段です。日本には「モノづくり」の優良企業が、たくさんあります。しかし、彼らの海外進出も新規事業は、あまり成功していません。なぜなら彼らの多くは、真面目に技術開発をすることしか考えてないからです。そもそもお客さんがどこにいるのか分からないまま開発を続け、作っても売り先さえ分からない。現地のニーズが分からないまま海外進出して、とにかく物だけを持っていく、ということが随所で起こっています。経営戦略を考えたことがない、といっても良いでしょう。

イノベーション(新規事業)とオペレーション(既存事業)とは、まったくの別物です。オペレーションは、成功する方法が予め分かっていて、それを愚直に正しくやり続けるもの。失敗は基本は許されません。それに対し、イノベーションは成功する方法を見つけることが仕事であり、最後のそこに辿り着くまでは失敗を続け、チャレンジするしかないのです。高度成長時代には、何もないところから事業を立ち上げた経営者がたくさんいました。かれらは失敗を通じて新たな事業を作ってきたのです。でも、そういう経営者がリタイアし、今では「言われたことを一生懸命やります」「お客さんを1から100まで回ります」という人が会社を経営していることがほとんどです。イノベーションの本質を理解する経験のない経営者は、既存事業の頭で考えて、新規事業をことごとく潰してしまいます。

では、教えれば良いのですが、教える側にも大きな問題があるのです。ハーバード大学のマイケル・ポーター教授等が確立した古典的戦略論とは、徹底的に調査分析を行い、フレームワークを使って精緻に分析して、精密な財務予算を立て、Plan-Do-Check-Act(PDCA)を回すものでした。しかし、この頭でっかちな方法論は、経営の現場では全くうまく動きませんでした。アメリカでは現在、古典的経営学が1980年代に米国企業を弱体化させた。これは経営学の失敗だった、と総括されています。現在の経営学は、ほぼ全面的に、「適応戦略(アダプティブ戦略)」に切り替わっています。変化に対応するため、状況を素早く判断し、仮説シナリオをどんどん変えて、実行から学んでいく、という方法論です。ところが、日本では古典的経営学が全盛の頃に学んだ大学教授や経営者が、今では失敗作だとされている古い方法論を金科玉条のように信奉し、教え続けていることが多いのです。

日本企業に最も必要なのは、リーダーたる経営者の育成です。多くの企業は、マネージャー(管理者)とリーダー(経営者)の違いをほとんど分かっていません。マネージャーとは今のことを一生懸命やる人です。社内の9割はこういう人で良いのです。しかし、否応なく変化する事業環境の下、同じ業務を続けている会社は衰退・消滅します。新たなビジョンを目指し、今あるものを変えていくことこそがリーダーたる経営者の使命です。マネージャーは、他人が決めたルールの下で真面目に頑張ればオーケーです。しかし、マネージャーのメンタリティのままの経営者も少なくありません。経営者こそ、自分で道を開いていくことが求められるのです。日本には優秀なマネージャーがたくさんいますが、マネージャーがいくらいてもイノベーションは何も起きません。日本企業に必要なのは、ひとえにリーダーなのです。ぜひともリーダー育成を大きなテーマとして掲げてほしいのです。

質疑応答

Q:

デジタルにできない分野を教えてください。

A:

無理だろうといわれていたのは生物でした。ただ、ここも遺伝子情報等がデジタル化に乗りつつあり、15年ぐらいたつと全然違う世界になるでしょう。もう1つは芸術系です。ゴッホやピカソの「まね」はできても、新しい芸術はパターン認識ではまだまだできません。それから、新しい思考をつくることはまだできないはずです。ただ、この辺はまだ議論が続いています。

Q:

AIやロボットが行う領域が増えると、責任の扱いがかなり難しくなると思います。その点で何か考えていることはありますか。

A:

例えば自動運転であれば、自動運転を設計した会社に製造物責任(PL)が適用されるが基本です。それから、責任を持った判断というのは、まだまだ総合的です。パターン認識ですから、機械の出力には例えばガンの確率が出るだけです。「あなたはガンだからこういう治療をすべきです」というのは、今のところ人間がすべき判断です。

Q:

AIによって知見が得られたときに、知的所有権の保護はどうなりますか。

A:

今のところ、ソフトウエアを作った人のものになる可能性が大きいと思いますが、正直分かりません。これから議論になっていくはずです。

Q:

リーダーはどうやって育てたら良いのでしょうか。

A:

組織の責任を負う覚悟(マインド)がものすごく大事です。こういうスキルがあるから、リーダーになるというものではないのです。そのためには、小さくても実際にリーダーとなる経験を積み重ねることが大切だと思います。

Q:

量子コンピュータは、要素技術などで日本の職人芸的な部分を生かせるのではないかと思います。実用化が進むとすれば、どれぐらいのタイムラインと考えれば良いでしょうか。

A:

日本の技術が使える分野は多いと思いますので、せっかく良いものを持っているのであれば、受け身のままではダメで、開発を進めている会社にどんどん売り込みに行くべきです。タイムラインには諸説ありますが、かなり足は長そうです。10年くらいかな? しかし、開発できたら破壊的なインパクトがあります。

Q:

日本が大きな壁にぶつかっている最大の理由は、自然科学よりも人文科学を軽く見ていることだと思います。先生は具体的にどうすれば良いとお考えですか。

A:

少なくとも経営者教育をもっとまともにやるべきだと個人的に思います。マネージャーはとても優秀なので、リーダーさえ変わればまったく変わっていくと思います。

Q:

日本企業には失敗を許さない側面があります。今後どうしていけば良いでしょうか。

A:

イノベーションに失敗は必須ですので、教育で何とか認識転換するしかないでしょう。

Q:

エネルギー分野において、どういう機能を持った人たちが重要な役割を果たすようになるとお考えですか。

A:

発電に関しては、新しいプレーヤーがどんどん出てくるはずですし、使う側もエネルギーが定額制になると電気自動車等を活用した新しい移動のサービスなどが登場し、用途が大きく広がる可能性があります。ただ、送電システムは今のところ独占状態ですし、なかなかここは変化したくさそうなのですね。

モデレータ:

日本企業は今後、何を切り口に考えていけば良いのでしょうか。

A:

これからは多品種少量、カスタマイズの世界になっていくので、オタク的できめ細かな、超ニッチの部分で強みを発揮するのが良いと思います。そこで出てくる市場を、いかに早く見つけられるかです。

ただし、付加価値の源泉がどんどん移ってきていくなか、モノづくりだけで勝負するのはきついと思っています。産業全体のポートフォリオも変遷していくので、古い産業を守ろうとするより、自分の強みを活用してどう新しい産業を育てていくかを考える方が生産的だと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。