アントレプレナーシップの経済学:初期条件は重要か?

開催日 2018年7月30日
スピーカー 本庄 裕司 (RIETIファカルティフェロー / 中央大学商学部教授)
モデレータ 石井 芳明 (RIETIコンサルティングフェロー / 内閣府企画官 (前経済産業省新規産業室新規事業調整官))
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開催案内/講演概要

2013年6月の第2次安倍政権発足後にスタートアップ企業の開業率10%台を目指すという政権公約が掲げられたように、アントレプレナーシップが日本経済活性化に貢献することへの期待はますます高まってきている。そのような中、日本のアントレプレナーシップの現状はどう捉えられ、どのような施策が取られているのだろうか。RIETIファカルティフェローで中央大学商学部教授の本庄裕司氏は、諸外国との国際比較から、日本におけるアントレプレナーシップのレベルが全体として低いということを浮き彫りにする。また、起業家、市場環境、創業支援政策というスタートアップにおける初期条件の重要性を論じるとともに、今後のアントレプレナーシップの進め方についても言及する。

議事録

アントレプレナーシップとは

本庄裕司写真今回はアントレプレナーシップ、創業、またそれらにそれに伴う経済成長などについてお話いたします。

アントレプレナーシップというのは分かりにくい言葉だと思います。さまざまな定義がありますが、「新しくビジネスをする」「リスクを取る」または「イノベーションを起こす」などのキーワードが中心にある言葉だとお考えください。

アントレプレナーシップはスタートアップだけを指す概念ではありません。しかし、統計的に調査を実施しやすいため、学術研究においてはスタートアップに着目したアントレプレナーシップ研究が数多く行われています。私が知る限りでは、アントレプレナーシップ研究の多くが創業や起業などに関連したテーマを取り扱っていると理解しています。そのため、今回の話も「新しくビジネスをする」という点を中心としています。

アントレプレナーシップ研究には、産業組織論という分野から発展した流れがあります。産業組織論では、新しいプレイヤーが市場に参入することで競争が働き、結果として資源が効率的に分配されると一般的に論じられています。例えば、Tesla, Inc.は新たに自動車業界に参入し、今後は電気自動車分野を開拓していくといわれています。この新規参入に対応するため、トヨタ自動車などの大手自動車メーカーはこぞって電気自動車へシフトする方針転換を行い開発競争が進んでいます。

このように、産業組織論において新規参入は既存企業に対する競争圧力として捉えられています。他方、経営学の視点も含めたアントレプレナーシップ研究では、スタートアップはイノベーションや雇用の創出など、経済活性化の担い手と捉えられています。

とりわけよく注目されるのがハイテクスタートアップです。サイエンス型産業という、技術を中心とした産業の育成にはハイテクスタートアップの参入が重要と考えられています。大企業だけに期待するのではなく、ライフサイエンスやICTなどの分野にベンチャーが参入し競争を高めて、こうした企業が産業あるいは経済の活性化の担い手として期待されています。

エコシステムへの期待

最近ではアントレプレヌールエコシステムと呼ばれるものにも注目が集まっています。スタートアップ企業は規模が小さいため、経営資源もそれほど有していないし、知識も足りないことが多い現状があります。そこで、経営資源や知識を欠く部分を既存のプレイヤーと一緒にタッグを組んで、新たなアントレプレナーシップの流れを作り出すことが期待されています。このようなフレームワークがアントレプレヌールエコシステムと呼ばれるものです。

労働市場から優秀な人がアントレプレナーとなって、そこに投資家が資金提供して、場合によっては事業会社と協働します。また、技術開発などでは大学と組む場合もあります。さらに、資金調達のバックアップとして金融機関がエコシステムの一員になることもあります。このような体系が、理想的なエコシステムだと考えられます。

バイオスタートアップを例に挙げてみましょう。バイオスタートアップが単独で成長するのは非常に難しいものがあります。とりわけ臨床試験を経た後の承認申請を自社で行うことは困難なことが多いです。そのため、通常は臨床研究のフェーズ2〜3あたりで、ライセンスアウトという形で製薬メーカーに売却して、そこから先は製薬メーカーに進めてもらいます。

また、バイオスタートアップはベンチャーキャピタルから多くの融資を受けているケースがよくあります。このように、バイオスタートアップを中心に、大学、ベンチャーキャピタル、製薬会社の間でつながりを持ちながら新たなイノベーションを起こすというエコシステムが期待されています。

最近スタートアップに関心が集まっている理由の1つには、急成長スタートアップ企業に対する期待があります。一口にスタートアップといっても、親が事業をやっていてその息子だからやらざるを得ない、時間が空いているから片手間にビジネスを始めたなど、多種多様なケースがあります。その中のごく一部に、「新たなビジネスで成功したい」という野心を持つスタートアップがあり、そのような企業が将来的な経済の牽引役として期待されているわけです。そのような企業は100社中1社か2社ぐらいという、きわめて低い割合ですが、大きな経済成長を生み出す可能性があると考えられています。

日本のアントレプレナーシップの現状

ここで、Global Entrepreneurship Monitor(GEM)の国際比較データを紹介します。GEMでは、アントレプレナーシップを「スタートアップ(新しい事業をはじめる(準備段階を含む)))」「広義のスタートアップ((起業しないが)新しい事業をはじめる)」「ニュービジネス(事業をはじめて3.5年以内)」の3つの視点から調査しています。今回紹介する調査結果は「スタートアップ(新しい事業をはじめる(準備段階を含む))」のみに関する結果です。

スタートアップの比率に関して、2001年から2013年の調査を基に確認すると、サンプルとして選択した30数か国のうち一番高いのはインドでした。100人いれば、20人の人が今新しくビジネスを行っていると回答しています。その他の上位は中国、メキシコなど、ここ数年で急激に経済成長している国がランクインしています。

日本は残念ながら下から数えた方が早く、ヨーロッパの比較的成長が止まった国と並んで、下位を争っている状況です。国際的な比較から、日本のスタートアップの比率は低いということが分かると思います。

時系列の比較ではバブル景気の時代でスタートアップが実は活発で、その後低調な傾向が続いていました。ただし、ここ数年に限れば回復傾向がみられます。

スタートアップが回復基調にある理由の1つは、リーマンショック後の景気回復が一番大きな理由ではないかと考えられます。景気とスタートアップとは明らかに正の相関があるため、景気回復でスタートアップが増えたのではないかと思います。

2つ目の理由は会社法の施行です。2006年5月の会社法の施行により、株式会社は1000万円、有限会社は300万円の資本金が無ければ設立できないという最低資本金制度が撤廃されました。資本金の規制がなくなり、会社を設立しやすくなったということです。また、同法により有限会社が無くなり、合同会社が新たな会社形態として制定されましたが、この合同会社が浸透し始めたことも回復基調の理由だと考えています。

その他の理由として、ここ数年活発になってきている創業支援政策の効果があります。例えば、2014年の日本政策金融公庫の新創業融資制度の第3者保証人徴求廃止を機に、融資額は増大しました。このような政策的な後押しもスタートアップの回復に寄与していると考えられます。

遺伝子(経営資源)か環境(市場環境)か

続いて初期条件に関するお話をさせて頂きます。スタートアップ研究者の切り口として「創業者」と「環境」の点に着目することが多く、今回もその2点を中心にお伝えします。

生物学では「遺伝子と環境のどちらが重要なのか」という話があります。生来的に持っていたDNAがその後のパフォーマンスを決めるのか、それとも外部要因である環境がパフォーマンスを決めるのか、という議論ですが、これと同じようなフレームワークでスタートアップを捉えることができます。すなわち、経営資源が重要なのか、市場環境が重要なのか、という考え方です。

ただし、生物学と異なる点があります。生物の場合は生まれることを自分で選択できませんが、スタートアップの場合は、資源と環境が整っていてもビジネスを始めないという選択ができることです。

研究者がよく使うスタートアップの選択モデルがあります。これは、簡単に説明すれば、スタートアップしたときの期待利益と、サラリーマンなど被雇用を選んだ際の期待賃金の大小関係を比較して、自分でビジネスを始めた方が儲かるのであれば起業家となるだろう、という考え方です。こうして、生物学とは異なりスタートアップの前にワンクッションがあるのです。

スタートアップを選択しやすい人には、どのような特徴がみられるでしょうか。例えば、年齢は世界的に30代の人が一番創業しやすいという調査結果が出ています。20代あるいは40代、50代は確率が下がっていきます。また、ほとんどが男性で、失敗の脅威を感じない人などがスタートアップを選択しやすい傾向があります。

日本特有の特徴として、男性の起業家が極端に多く、女性起業家は少ないことが挙げられます。また、あまり学歴との相関がみられません。諸外国では学部卒、さらに大学院卒の人の方が起業する確率が高い傾向にありますが、日本の場合はそのような傾向がほとんどないということです。

基準値からのスタートアップ数の倍率を示したオッズ比で比較してみましょう。日本はアメリカを基準として約0.3倍と低い水準です。韓国は0.8倍、台湾は0.6倍、シンガポールは0.5倍であり、アジア諸国・地域と比べても低いことが分かります。

しかしながら、調査において「知識・能力・経験がある」と回答した人に限ってみると、アメリカを基準として2.0倍となります。知識・能力・経験があると認識している人に限れば、日本のスタートアップ数は高い傾向にあるということです。

次に環境について、資本市場に限定してお話します。スタートアップは、必要な資金を負債(デット)もしくは純資産(エクイティ)のどちらかの形で調達します。デットの調達先は銀行や政府系金融機関です。エクイティはベンチャーキャピタルや個人投資家が調達先として挙げられますが、実際のところほとんどは自己資金です。

実際の資金調達を利用頻度の観点から見れば、そのほとんどは起業家自身の、もしくはその家族や友人からの資金といえます。この傾向は、アメリカなどの調査でもあまり変わりません。実際のところ一番の資金調達源は自分ということです。ただし、資金調達の金額から考えると、諸外国と比較しても日本は金融機関からの借入金が非常に大きいです。なお、ベンチャーキャピタルやビジネスエンジェルと呼ばれる個人投資家からの資金調達はごくわずかで、利用頻度は低いです。

デットファイナンスに大きく依存しているのは日本のスタートアップの特徴で、設立後もデットファイナンスに頼る傾向にあります。一方で、プライベートエクイティの活用は非常に限定的です。

日本では、プライベートエクイティが未発達で個人投資が盛んではないという状況があります。GEMの調査によるエンジェル投資のランキングでは、日本は毎年最下位で、個人投資が盛んでない国の代表格です。ただし、例えば周りで起業している人を知っているなど、起業ネットワークを持っているという人に限定すれば、エンジェル投資の比率はアメリカの1.8倍になっています。要するに、非常に狭い分野では投資が活発に行われているが、そのような人たちの数は少ない、というのが日本の現状とご理解ください。

日本のプライベートエクイティが盛んでない理由の1つとして、エグジットの手段が限定的である点があります。海外ではM&Aが主流ですが、日本では売却が難しいため、IPOに頼り切っている現状があります。このことも日本のプライベートエクイティにおける問題点と指摘されています。

ハイテクスタートアップを育成するためにはエクイティファイナンスが重要といわれています。なぜならば、ハイテクスタートアップの研究成果が一般には分かりにくいもので、どのような技術か企業の外部に伝わりづらいためです。そのため、金融機関の融資対象として適切でなく、プライベートエクイティをエグジット戦略で回収するというビジネスモデルが有効になってきます。このことから、日本はよりプライベートエクイティを活用していく必要があります。

創業支援政策の効果

経営資源、市場環境の次に、創業支援政策についてお話します。一定のパフォーマンスを期待できる潜在的な起業家に対して、スタートアップを選択してもらって、それを支援し、それによって経済効果を生み出すことが創業支援政策の目的です。

創業融資制度、あるいはエンジェル税制が創業融資政策の代表格だと思います。日本の場合、日本政策金融公庫が創業融資制度に基づいた支援を多く実施しています。特に新企業育成貸付は合計融資金額が年々上がってきています。ここ数年、年間数千億円で貸し付けが行われているほどです。こういった制度は近年非常に充実しています。

そもそも中小企業を含めて政策の効果を分析した研究はあまり多くありませんが、その中で私が行った研究を紹介します。1つは中小企業新事業活動促進法(中小創造法)に関する政策効果です。創造法の認定を受けた企業は補助金や低利子融資などの支援を受けられるのですが、そのような認定を受けた企業と受けていない企業の違いを調査しました。

すると、中小創造法認定企業は資産を成長させる傾向がみられました。ただし、それが売り上げの成長や雇用の成長にはつながっていませんでした。長期的なデータで検証しなければ結論付けられませんが、少なくとも短期である限り、投資は増えるが売上や雇用までは増えなかったということです。

また、最低資本金制度に関連した政策効果を研究したこともあります。1991年の4月から2006年4月までは、1000万円なければ株式会社は設立できませんでした。その期間中に設立した企業と、その後、2006年5月からの企業を比較して、資本金の効果がどの程度あったかを分析しました。

結果として、基本的にエクイティの比率が高い方が倒産しにくいという傾向があることが分かりました。ただし、最低資本金制度が存在した期間に設立したスタートアップ企業の方がエクイティの比率の効果はあまり確認できず、最低資本金制度が撤廃された後の方が資本金の効果が非常に大きかったのです。

ということは、うがった見方かわかりませんが、最低資本金制度によってエクイティを歪められていたことが示唆されるということです。

アントレプレナーシップを進めるには

政策的な議論に向けてどのようにアントレプレナーシップを進めるかを考えると1つはスタートアップを選択したときの期待利益を高めることにあります。そのためには経済成長、イノベーションが必要かと思います。実際、開業率が高かった時期は高度経済成長時でした。急激に経済成長を遂げているインド、中国も開業率が高いわけです。しかし、問題はどのように経済成長やイノベーションを実現するかということです。経済成長こそがスタートアップを高める一番の特効薬だと思いますが、そもそも経済成長をどのように進めていけばいいのかについては、より大きな議論になってくると思います。

他には、相対的な視点の必要性にも着目すべきです。スタートアップは被雇用とペアで考えなければいけないということです。一方に極端にリスクが低く、しかもある程度賃金が得られるのであれば、労働や資金のシフトは発生しません。そのため、本当にスタートアップや開業率を高めたいと考えるのであれば、今まで非常にゼロに近かったような被雇用のリスクを高めてスタートアップの方にシフトしなければいけないのではないかと思います。また、スピンオフ、コーポレートベンチャーキャピタル、社内ベンチャー、あるいは民間銀行など、既存の組織を巻き込んだアントレプレナーシップを考えていくことも重要です。

質疑応答

Q:

スタートアップ増加を政策的に推進するのは、雇用吸収力の発展から考えるとどのような効果があるのでしょうか。

A:

雇用への効果という観点で言えば、本当に一部の企業が貢献するのみだと考えられます。100社のスタートアップがあれば、そのほとんどが起業家自身、家族、その他数名の規模で運営されています。したがって、残りわずか数社が雇用をいかに吸収するかということになります。ICT分野のスタートアップなどでは、その数社が何百人何千人という単位で雇用していることもあるので、その数社を生み出すために政策を進めていくということになると思います。

モデレータ:

David J. StoreyのUnderstanding the Small Business Sectorという論文では、「新しく創出される雇用の3〜4割は上位5%の成長企業から生まれてくる」と論じられています。実際、Google、Facebook、Amazonの3社が非常に多くの雇用を生み出していることが米国の調査で分かっています。日本では、経済産業省経済産業政策局が成長企業へのアプローチを行っていて、中小企業庁は比較的幅広い政策を打ち出していると思いますが、100社のうちの98社も大事で、同時に残りの2社にもアプローチしていくことが必要なのかと思います。

Q:

日本で起業というと、例えば1000万円貯金して開業したラーメン屋など、飲食店や理容院のようなビジネスの方が盛んなイメージがあり、しかし他方でハイテクスタートアップのような企業も多くあるのだと思います。そのようなラーメン屋といったビジネスとハイテクスタートアップのような企業は、政策を考える上でも区別する必要があるのでしょうか。

A:

実際の開業の数をみると個人サービスや建設業も多く、必ずしも成長産業だけではないというのはおっしゃるとおりです。具体的な政策論についても、あまり成長しないけども地域密着型の企業、それから成長してグローバルを目指す企業はある程度分けるという部分があると思います。

Q:

高学歴で教育年数の長い人の方が起業しやすいのは日本には当てはまらないとのことですが、日本で高学歴の人が起業しにくい理由について、どのようにお考えですか。

A:

高学歴の人や能力の高い人がリスクをとらない状況ことが一番大きいのではないでしょうか。自分の職種に当てはめると、論文を20年間書かなくてもクビになることはほとんどありません。やはりそういう社会だと、どうしてもそのような行動を選択しやすい状況になると思います。高学歴の人や能力の高い人がスタートアップを選択するインセンティブが小さいのではないかということです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。