『正規の世界・非正規の世界』(エコノミスト賞受賞)

開催日 2018年5月31日
スピーカー 神林 龍 (一橋大学経済研究所教授)
モデレータ 伊藤 禎則 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局産業人材政策担当参事官)
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2017年度のエコノミスト賞を受賞した『正規の世界・非正規の世界』は、日本の労働市場の実相やその背後にある構造変化を明らかにしようとした労作だ。日本の労働市場において、正規社員は世間でいわれているほど減少しておらず、非正規社員が増加していることが判明。その背景には自営業者の減少があり、正規社員の世界の形成原理である「労使自治の伝統」が根強く残っていることを同書は指摘している。今回は、著者である一橋大学経済研究所教授の神林龍氏を招き、発刊時以降の最新データを交えながら著書の主張を解説していただくとともに、自営業者が増加に反転するためのポイントを示していただいた。

議事録

『正規の世界・非正規の世界』のメッセージ

神林龍写真拙著『正規の世界・非正規の世界』の中でも主要なメッセージとしてまず掲げたのは、日本的雇用慣行の少なくともコアの部分は現在も残存しているという点です。1990年代以降の日本は長い不況に見舞われ、日本的雇用慣行は過去のものといわれますが恐らくそうではないでしょう。

では、日本的雇用慣行が残っているとすれば、なぜ非正規労働者が増えるのかという疑問が生じます。答えは簡単で、「非正規労働者の増加」の対偶は「正規労働者の減少」ではないからです。日本の労働市場には、インフォーマル・セクター(自営業・家族従業者)のような第3のカテゴリーがありますが、正規労働者が維持されて非正規労働者が増えた背景には、インフォーマル・セクターの減少があるのです。以上から、正規労働者、非正規労働者、インフォーマル・セクターの3つのカテゴリーで労働市場を考える必要があります。

日本的雇用慣行の残存

当時の私の研究では2007年までのデータしか使っていなかったので、リーマンショック以降を含む2012年までのデータを使って分析してみました。大学卒業者の10年残存率の推移を見ると、1982年当時25〜29歳だった大学卒の男性が10年後も同じ企業に勤める確率は約70%でした。これが時系列的に徐々に減少していき、2012年のデータを見ると、低落傾向が継続することが分かります。この傾向は30〜34歳、35〜39歳の階層でも同様です。

ここでポイントとなるのは、2002〜2012年の間にリーマンショックが起こっていることです。つまり、リーマンショックをまたいでも、10年残存率は7〜8割の間にあったことを示しています。リーマンショックは基本的に非連続的な影響を及ぼしていないのです。

次に、初期時点で勤続5年以上の人にデータを限定してみました。すると、データを2012年まで延ばして見ても、基本的に2007年までのデータと似たようなトレンドを持っていることが分かります。

従って、10年残存率が低落傾向にあるとすれば、それは若年層や女性、あるいは勤続5年に届かない人たちに限られることが読み取れます。逆に言えば、ある会社に入って5年勤めた人に関しては、20〜30年前と状況はほとんど変わっていないのです。勤続5年以上をコア層とすると、職場内のコア層の人材に関する長期雇用慣行は、ほとんど揺れ動いていないと理解できるだろうというのが本書の主張であり、さらにデータを2012年まで延ばしても、その主張は大きく変わりません。

「非正規労働者の増加」の対偶は「インフォーマル・セクターの減少」

非正規労働者の増加の背景にインフォーマル・セクターの減少があることは、18〜54歳人口(現役階層)の構成の変化が象徴しています。基本的に1982〜2007年の間、正規労働者の18〜54歳人口に対する比率は40%台後半とほぼ変わっていないことが分かっています。それに対し、非正規労働者は1982年に4%だったのが2007年には12%に増えています。確かに非正規労働者は増えています。

通常、非正規労働者の割合を計算する場合、労働契約を持っている人たちの中で非正規労働者の割合は何パーセントかという数字が報告されます。その数字では、雇われている人たちにおける非正規労働者の割合が増えると、正規労働者の割合は必ず減少します。しかし、人口全体に対する比率はそうではありません。具体的な数値も、正規労働者の人口比はずっと一定で、足元は少し増えつつあるのがトレンドです。

では、非正規労働者が増えた部分はどこから来たかというと、就業率自体は変わっていないので、第3のカテゴリーが急速に減少していることで賄われていることが分かります。この傾向はデータを2012年まで伸ばしても変わっていません。正規労働者の比率自体は変化しておらず、非正規労働者は増えたけれども、それは自営業が減少したからだという傾向が続いているのです。

労使自治の原則の伝統

拙著では、正規の世界が強固に残存するのは、労使自治の原則の伝統があるからだと考えました。日本の労働市場に資する労働法で最も重要な法原理の中に、解雇権濫用法理と就業規則不利益変更法理があります。両方とも現在は労働契約法で定められています。

判例や実際の事件に当てはめて考えてみると、「あなただけを解雇します」と言われたときに、「なぜ自分が?」という反応を示すような不公平な解雇であれば問題になります。そういう不公平な解雇だと思わせないように、手順をきちんと踏むように誘引するのが解雇権濫用法理だと解釈しています。

他方、契約原理は両者が合意して初めて変更できるわけですが、自らの労働契約を変更しなければならないときに、その内容が合理的であるかぎり、被用者が明確に変更に反対したとしても内容の変更を許すというルールが就業規則不利益変更法理といわれるもので、賃金調整などのときに多用されます。

こうした法理は、現場で合意すれば、それを裁判所や行政が追認する形を、日本の労働法は強固に持っていることをいみしています。これを本書では二者間関係と定義しています。簡単に言えば、「おまえと俺」という二者で合意していれば他の人が口を差し挟む余地はないのが、日本の労働法のルールなのです。

日本には戦前からそういうルール形成の仕方が成立していたと思います。このため、日本において「正規の世界・非正規の世界」は基本的に変わりませんでした。ただ、これからも変わらないかというと、実は足元で変化の兆しがあります。この件について、3つの論点を挙げてみました。

技術革新による変化の兆し

第一に、実際に技術革新は起こり、技術革新によって労働市場が変化していくことは避けられないと考えています。

日本の全職業をタスクと呼ばれる概念で5つに集約し、1960〜2005年の推移を分析したところ、日本の労働市場は非常に単調に変化していて、定型的なタスクが減少し、非定型的なタスクが増加しています。これは世界各国で見られる現象です。もう1つの特徴は、身体的な非定型タスク(その都度の状況に応じて肉体を使って行う仕事)のシェアが継続的に増加していることです。

一方、米国は1980年以降、定型的タスクが減少し、非定型タスクのうち頭脳的タスクが増加する傾向が見られます。それに対し肉体的な非定型タスクは継続的に減少しています。これが日米の大きな違いの1つです。

もう1つの違いは、1960〜1970年代のITよりも前の時代、アメリカでは定型的なタスクがいったん増加しました。一般に熟練の解体といわれる現象で、機械が職場に入りました。その次にベテランをカットして若い人を入れ、若い人には単純工として同じことだけをしてもらう形で労働者を代替しました。それが、ITが入ることで関係が逆転し、むしろベテランをそのまま使うようになっています。アメリカの職場では、1960〜1970年代に機械を入れたときと1980年代以降にITを入れたときで対応が全く違っているのです。日本の場合はIT時代のアメリカと同じで、ポジティブに評価すれば時代を先取りして動いていたといえます。これがこの先も続くのかというのが1つのクエスチョンになります。

第二に、インフォーマル・セクター(自営業)が衰退してきた理由は何なのかを考えなければならなかったのですが、その原因が判明しませんでした。この件については、今後の研究課題です。

従来とは異なるシステム

第三に、従来とは異なるシステムのプレゼンスが拡大し、「おまえと俺」という二者間関係では済まないような場面が幾つか見え隠れしています。例として最低賃金と派遣法を取り上げました。

例えば「時給300円で働きませんか」と言われて合意したとします。労使自治の世界であれば、「おまえと俺」で済むので、300円で合意となるのですが、そこへ労働基準監督署が登場し、「300円ではけしからん。958円にしなさい」というのが最低賃金の世界です。「おまえと俺」で合意していても、第三者から監督・指導されるのが最低賃金の持つ仕組みです。

通常、若年層、徒弟制、訓練期間にある人たちは最低賃金から除外されるのが各国の制度ですが、日本の最低賃金には例外規定が一切ありません。従って、雇用契約であれば必ず最低賃金の支配下に入ります。昔は最低賃金のレベルが低かったので実態として存在するとは認識されなかったのですが、現在は最低賃金に引っかかる人たちが増えてきて、プレゼンスが高まってきています。

もう1つの派遣法は、派遣先と派遣元、派遣される労働者の3者で構成されます。通常、労使関係は使用者と被用者の2者で構成されますが、第3の存在である派遣元を組み込んだのが派遣法の特徴です。派遣法に乗るかぎり、派遣元は派遣される人のエージェントとなり、派遣先と交渉する役割を負わされる制度になっています。そういう制度を入れたことで、これまでの「おまえと俺」で済む世界から逸脱できると考えられます。

このように、今までのやり方が通用しないようなことが起きていることが示唆されます。

問いかけたかった課題

こうしてまとめると、自分が本書を著したときに問いかけたかったことが垣間見えます。1つは、なぜ正規の世界は労使自治のルールにこだわるのかということです。これはよく分かりません。ここでは、労使自治の対極は第三者介入だと定義しました。全く関係ない人が現場に出ていって、外側からルールを決めるのが第三者介入です。どちらの方が生産性が高いのかというのは、それほど自明ではありません。

しかし、政府や第三者の力を非常に重視していた大陸欧州諸国(フランスが典型)では、第三者介入をやめて労使自治に任せようとしており、日本のトレンドと全く逆のことが起こっています。そのため、第三者介入と労使自治のどちらが上かというのは簡単に言うことができません。今後きちんと考えていきたいと思います。

もう1つは、インフォーマル・セクターの縮小がなぜ続いているのかということです。歴史を眺めてみると、折に触れて10年に1度ぐらい、「雇われる働き方は過去のものだ」とずっといわれていて、2000年にはダニエル・ピンク氏が『フリーエージェント社会の到来』を著しましたがその後何も起こっていません。

ただ1つ状況が違うのは、インフォーマル・セクターの就業者比率が1982年に25%もあったことです。これは発展途上国並みの数字です。1980年代といえば、1985年のプラザ合意でバブル景気がもたらされ、日本的雇用慣行は優れたものだと理解されていた時代です。

そのとき、労働市場の多くを自営業者が占めていて、以降はずっと減少しています。通常、自営業者の就業者比率は、先進国では景気循環に対する反応を表します。順相関になるのか、逆相関になるのか、議論はまだ分かれるところですが、不景気になると自営業者が増減し、景気が良くなるとその逆が起こるのが通例です。しかし、日本の場合、景気循環に全く関係なくこの30年ずっと減っているのです。

ただし、直近の10%という数字は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均程度であり、自営業者の比率としては欧米各国と似た水準です。これがもしボトムで、自営業者が今後減少しないとすれば、真の人手不足が始まり、非正規労働者の供給先が枯渇するかもしれません。外国人労働者を入れるという話が急速に展開しているのは、その証左だと思います。

インフォーマル・セクター反転の兆し

では、インフォーマル・セクターが反転する兆しはあるのでしょうか。経済産業省によると、フリーランス(副業形態等を含む)の人口は約1000万人とされていますが、これを分析するのは難しいのです。なぜなら、世帯当たりの所得が減少したときに追加就業するという理由で副業が増えるのであれば、景気が好転して所得が増えたときに彼らはいなくなるからです。

もう1つの大きな問題は、実態把握が非常に難しいことです。アンケート調査だとあやふやですし、恐らく租税データを使うしかないのですが、私たち研究者にとっては指一本触れることができません。

インフォーマル・セクターの衰退を考えたときに、1つあり得る論点は、日本社会が持っている特徴として、インフォーマル・セクターがうまく動かないような仕組みがあるかもしれないということです。つまり、効率的な「プラットフォーム」が形成できないということです。プラットフォームは単純にマッチングすればいいだけでなく、自営業者やフリーランスが一人前に働けるようにするために、公正なルールの策定と介入手段を備えた中立的な役割を果たすことが必要になります。

プラットフォーマーの役割は、ある企業とある人が取引したとして、その取引の水準が公正かどうかを見定めたり、ルールを作ったりすることですが、日本では取りあえず労使自治や当事者だけで何とかして、それがデフォルトになるので、緩い中間団体がプラットフォームとしてルールを作成するのは非常に下手でした。これをもう少しうまく動かすことが課題だと思います。

競争法と労働法の交錯

プラットフォームをうまく形成できない要因として指摘したいのが、労働法が持っている法原理と、競争法が持っている法原理が真っ向から対立する可能性があるということです。日本の労働法が持っている金科玉条は、労使自治です。つまり、「おまえと俺」で合意すればそれでいい世界です。しかし、競争法はそれが全く通用しません。公正競争を維持するには「おまえと俺」だけが合意するかは問題ではなく、社会全体、市場全体として公正かどうかが問題になるからです。

そうした競争法と労働法が交錯する典型例が兼業です。小川建設事件は、企業側が兼業を規制できることを示す裁判例の1つとなっています。つまり、兼業の制限は就業の自由の制限になるので基本的には認められないけれども、労務提供上の支障と企業秩序への影響の2つの条件があるときは、企業は兼業を制限できると判断したのです。

しかし、そこに公正な競争という視点は全く入っていません。企業が副業を禁止できるかどうかは、「おまえと俺」の世界で決めるべきという判例になっています。ある企業が副業を禁止することで、その副業者が仮に副業できたときに起こっていたであろう市場競争がどうなるかという観点は全く入っていないのです。

これを競争法で解釈すると、むしろ企業秩序は関係ないわけです。その当該副業が市場競争に対して及ぼす影響が第一に判断原理として出てきます。それにより、これが非常に大きな違いであることが分かると思います。この線引きをきちんとすることによって、恐らくフリーランスの世界がどれだけ維持されるかが変わってくると思います。

質疑応答

Q:

経済センサスで把握できる個人事業主は209万人で、租税データによると事業所得のある個人は約400万人ですが、今日のお話では684万人の自営業セクターがいるということでした。この違いをどう見ればいいのでしょうか。

A:

684万人というのは、自営業主だけでなく家族従業者も含まれます。恐らく家族従業者は、個人事業主や事業所得のある個人としてキャプチャーされていないと思います。自営業主だけを取れば、多分、個人事業主の200万人に近い数字が出ると思います。

Q:

個人事業主の下げ止まりラインを10%と見ていらっしゃるのですか。

A:

別に根拠はありません。先進国であれば何となく10%ほどいるのではないかということです。企業活動で新しい会社を興したりすることもあり得るので、ある程度出入りを考えれば常に10%程度いてもいいと思います。全くもって適正な水準は分かりません。

Q:

同じ正規でも、中小企業の正規と大企業の正規ではかなり色合いが違うのではないでしょうか。

A:

こういう研究をするときには1つのカテゴリーを前提として考えているので、大企業と中小企業との差があることはもちろん今後考えていかなければならないと思っています。解雇権濫用法理の適用範囲についても労働契約法で定められているので、中小企業だからといって除外されるわけではありません。

なぜ中小企業で解雇権濫用法理が適用されていないかのように見えるかというと、誰も訴えないからです。訴えないということは、首を切られた人が不公正だと思っていないのです。あとは、バックペイで決着がついている場合です。不公正だと思う人が裁判に出てくるので、中小企業の場合は、解雇があったとしても紛争として表に出てくる比率は小さいといえます。

中小企業の場合、大企業と違って紛争が起こりにくいのは、職場が小さいので情報共有が非常に早いという点もあると思います。1970〜1980年代に解雇事件が起こった企業をインタビューすると、大抵の場合、30〜40人の中小企業で、なぜか意見の相違があります。典型例が営業職と製造職の間です。営業は自社の製品が売れていないことを分かっていても、製造は在庫はわからず毎日ひたすら作っているだけです。だから、「俺たちは残業しているのに、売れていないとはどういうことだ」ということになり、何か情報の齟齬があれば紛争が起こってしまうのです。中小企業の場合、大企業に比べてそういうことが起こりにくいので、紛争になる余地があまりなかったと考えています。

Q:

これからは、正規であってもあまり長くいることのインセンティブは起きないと思いますが、なぜ正規労働者は減らないのでしょうか。

A:

要因は3点あると思います。1点目に、有期正社員が少しずつ増えていることは間違いないと思います。2点目に、年功賃金との関係では、確かに年功カーブの傾きは緩やかになっていますが、1990年代後半にどの企業も傾きを緩くした後、2000年代に入って、そのまま傾きを緩くしてフラットに近くしている企業と下げ止まる企業に分かれているのです。1990年代後半から2000年代にかけて起こった年功賃金の調整の背景には定年延長があるので、40〜50代の賃金を抑えた結果だと思います。3点目に退職金も大きいです。退職金制度をなくしてしまったら、かなり流動化するだろうと思いますが。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。