IMF世界経済見通し (WEO) 2018年4月 - 景気拡大と構造変化

このBBLセミナーは引用禁止です。

開催日 2018年5月17日
スピーカー 鷲見 周久 (国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所所長)
モデレータ 矢田 晴之 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

今回のBBLでは、2018年4月に公表された国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し「景気拡大と構造変化」について、IMFアジア太平洋地域事務所の鷲見周久所長に解説していただいた。2017年の世界経済の成長率は、2011年以降で最高となる3.8%を記録。今後さらに上昇し、2018、2019年には3.9%に達する見込みである。先進国・地域では予想より早く需給ギャップが縮小するものの、中期的な潜在成長率は引き続き抑制が予想される。新興市場および途上国・地域では一次産品輸出国と一次産品輸入国で成長率が乖離するとみられる。総合インフレ率は加速したが、コアインフレ率は引き続き低迷。金融環境は依然として緩和的であり、リスクは短期的には均衡しているが、数四半期以降は下振れ方向に傾くと予測されるという。

議事録

2017年は金融危機以降、最高の経済成長率

鷲見周久写真世界経済見通しは、国際通貨基金(IMF)と世界銀行グループが毎年4月と10月に開催している春季会合および年次総会の際に公表されます。経済の見通しというのは、原油価格や金利の変動など、前提条件によって絶えず変化していきますが、今回は4月時点でのお話をさせていただきます。

資料をご覧いただければ分かりますように、2017年の世界の経済成長率は3.8%と2011年の金融危機以降、最高の成長率を達成しています。これは半年前の10月時点の見通しよりも0.2%上昇しています。また成長予測についても、2018、2019年は年間成長率が3.9%とさらに上昇する見込みです。先進国、または新興市場および途上国のどちらかのみではなく、全世界的に好調であるといえます。

また、最近は原油価格が上昇傾向にあるため、それに引っ張られてインフレ率も上昇しています。しかし日本だけでなくほとんどの国で、インフレ率が中央銀行の設定している目標値よりも下に留まっており、まだ慌てて金融を引き締めなければいけない状況ではありません。金融は依然として緩和的といえる状況です。

好調な経済を支える貿易、投資、鉱工業生産

まずは、経済が何によって支えられているのかを紹介しています。世界の鉱工業生産は、2016、2017年を通して3〜5%のところで安定的に伸びていました。貿易が縮小していくのではないかと懸念していた時期もありますが、蓋を開けてみると2017年は世界貿易量も順調に回復し、GDPの伸びを上回るほどの伸びを続けています。こういった貿易と投資、鉱工業生産に支えられて、経済成長率は2011年以降で最高の伸びを記録しました。

貿易については、先進国地域の貿易量が2016年を底に右肩上がりに回復しているのが分かります。新興市場および途上国・地域でも貿易量はやはり右肩上がりですが、輸出入の伸びの大半がアジアです。ここまで見ると足元までの経済成長は非常に好調であるといえます。これには、緩和的な金融政策に支えられて成長のモメンタムが続いていること、世界金融危機の影響が10年経って薄れてきていることと、昨年末のアメリカの財政政策が影響しています。

ただ他方で、新興市場および途上国・地域には、課題が多く残っています。短期的な課題としては、中国のリバランスや、一次産品輸出国と輸入国の成長率の乖離が挙げられます。政治的不確実性、中東をはじめとした各地での紛争がリスク要因となっています。また中期的なところでは、成長率は現在の水準近傍で安定しそうです。また、途上国・地域の27%では、先進国・地域の所得水準との格差縮小が一層おくれており、いかにテコ入れするかが課題だと考えています。

2017年経済成長率について、先進国は2%台、途上国は5%を少し切るくらいで加重平均を、計算すると世界で4%弱となっています。2018年の成長予測データも、半年前の10月時点に比べて、先進国全体は0.5%増、アメリカは0.6%増、日本やユーロ圏も0.5%増と上向きに修正されています。この2年間に関しては、アメリカの税制、減税の影響が反映され、経済を押し上げているということが見て取れます。

ただし、この財政要因だけに関していうと、短期的な1、2年はプラスですけれども、それ以降は減税措置に対する取り戻しが来るというのがアメリカの状況です。この2年間に、非常に効率的な投資が行われ、経済全体の生産性が上がるということを達成できれば、その後も、引き続き2段目のエンジンロケットに点火することができるでしょう。

新興市場および低所得途上国・地域の成長予測は、前回とあまり変わっていません。ただ、見ていただきたいのは、ブラジルとロシアです。2015、2016年にかけて、一次産品の価格が急激に下がり、さらにロシアに関してはさまざまな制裁がかかったことで、経済成長率がマイナスとなりました。しかし、低い水準ではありますけれども2017年に一転してプラスに変わったということが、世界経済の成長率が2011年以降で最高になった大きな理由です。

一次産品価格は2014年の中ごろから急激に下がった後、2017年に比較的緩やかな回復をしています。これから先も、昔の水準に戻るほどの急な回復はしませんが、じわじわ回復するというのがマーケットの見立てで、私たちにとっても前提条件となっています。

中期的には下振れの可能性

2018年に経済成長率が3.9%となることは絶対ではなく、上振れも下振れもあり得るということです。私たちが経済を見る時には、10ページのグラフの黄色い線で表した需給ギャップを参照します。2008年までは景気が好調に上昇していたのが、リーマン・ショックを境にマイナスに落ち込み、2011年に二番底になりました。ところが、2017、2018年にかけて全世界的に需給ギャップがなくなってきているのが分かります。

こうなると、さらなる成長がインフレを招いてしまうリスクが高まるのが一般的ですが、今回は、必ずしもそうならない可能性もあります。

ドイツを除くユーロ圏の失業率は、今でも10%くらいと高いです。一方で、アメリカで失業率が下がっているのはなぜでしょうか。失業率は、今働いている人の数を、職を探している人の数で割ったものです。つまり、仕事を探すことを諦めてしまった人は失業率にカウントされていないのです。

例えば、アメリカの自動車工場で働いていた人がいます。その人は金属を磨くなどの知識や経験は十分にありますが、最近の求人ではデータの入力など、コンピュータを使わないとできない仕事ばかりが求められます。いわゆる「スキルのミスマッチ」が起こり、その人は最初からそのような仕事はできないと諦めてしまうのです。このように求職市場から退出せざるを得ない人が増えてきているというのは問題です。現在要求されている仕事に対してふさわしいスキルをいかに身につけるか。そのためには、もう一度社会人教育として職業訓練を受けてくことも課題になります。仮に、こうした対策が成功すれば、インフレの心配なくさらに成長を続けられるということになり、これが上振れリスクです。

下振れリスクについては、金融環境が関係してきます。今まで金融環境が緩和的だったため、その間に随分借り入れが増えています。それが急激に引き締まると、お金を返すのが苦しくなります。4月時点の状況では、最近アルゼンチンなどで急激にドルが強くなり、金利が上がる中で、資金がアメリカへ回帰し、途上国から資金が引いていくという懸念が現実化する兆候があるといいます。

最近では、3月くらいから始まったアメリカと中国の貿易に関する不協和、関税措置がリスクとしてあります。リスクは1つ1つで見るのではなく、金融市場を通じて1つのリスクが一度に伝播してしまう可能性があることは、これからの金融化した世界の中で気を付けておかなければなりません。

コアインフレ率の低迷

インフレ率とはサービスのインフレと財のインフレ、2つの加重平均ですが、加重平均を引き上げてきたサービスが2%を超える水準から1%を超える水準に下がってきています。従ってこのコアの財とサービスを加重平均しても2%より低いことが見ていただけます。リーマン・ショックの前後を見比べて一番顕著なのは、サービス価格の上昇率が趨勢的に0.5ポイント以上下がっている点です。これは全世界的にインフレが増進しない1つの理由になっていると思います。

それから、例えば貿易面で、アメリカが鉄鋼やアルミニウムに対して関税をかけると宣言した場合、実際にかけ始めるのはもう少し後で、それを反映して貿易量が減るのももっと後になりますが、株価については最初に打撃を受けることになります。実際よりもリスクの伝播が速いということを申し上げましたけれども、これが1つの例です。

14ページでは、もう1つの下振れリスク、主にアメリカについて特に2019、2020年以降の政策金利予想の見通しが上がっているのが見てもらえると思います。

社債などの債券と国債の利回りの格差をクレジット・スプレッドといいます。それが2016、2017年にかけて急激に下がりました。急に下がったこと自体が問題だと思うのですが、2017、2018年にかけて特にユーロで巻き戻しが見られるということで、企業の資金調達が少し厳しくなるという予兆が見えています。

それが新興市場国にいたってはどういう意味があるかというと、15ページをご覧ください。新興市場国への資本流入は引き続き堅調ですが、リスクを反映したスプレッドの拡大を伴い、減少する可能性があります。左の表は新興国市場への純資金流入のグラフです。青い部分が債券市場への流出入、赤いところが株式市場への流出入で、上に向いているものは流入、下は流出です。途上国目線で見ています。中国株式市場が暴落した2015、2016年、その後トランプ大統領が多くの市場関係者にとって思いがけず当選を果たし、アメリカにインフラ投資が戻ると考えられた米国大統領選の直後などは下を向いています。それ以降はずっと上を向いていますが、最近では新興国市場への債券市場に対する資金流入が止まっており、今後流出していくかもしれないことを示しています。

アジア太平洋地域の経済見通し

今までお話しした世界経済の見通しを踏まえ、アジア太平洋地域の経済見通しについてもご紹介します。

「アジア太平洋地域経済見通し(2018年5月)」は、アジア太平洋局で6カ月に一度公表するRegional Economic Outlook(REO)です。要旨は基本的に世界全体と変わりません。アジアの短期的な見通しは想定通りに好調です。一方で、見通しには多くの不確実性があり、大きなものは金融市場です。金融の状況が引き締まるかもしれません。加えて、貿易のリスクもあります。ついては、各国は慎重な政策を採用し、バッファを構築しつつ、ショックに対する耐性を高めるべきだと考えます。

アジアの人口は世界の52%ぐらいを占めていますが、GDPの比率でいうと4割しかありません。アジアは一人当たりのGDPという点ではまだまだ伸びる余地があります。最近アジアは非常に調子がよく、引き続きアジアが世界経済の成長エンジンである状況は続くと考えています。

アメリカの金利の動きですが、過去の例では、引き締め始めた直後ではなくて、引き締め始めてしばらくしたところで危機が起こっている点に注目してください。また足元でいうと、ドルが徐々に強くなってきています。円に対してだけでなく、さまざまな途上国の通貨に対して強くなってきています。これがなぜ困るかというと、国によっては企業の債務が増えているためです。非金融企業債務は、香港や中国は世界水準で見ても高い。家計債務は、オーストラリア、韓国、ニュージーランドなどを中心に、GDP比が非常に高くなっています。多くの場合、債務は変動金利ですから、これから金利が上がっていった時に、家計などの負債のサービス負担が増していく可能性があります。

もう1つもっとマクロで見ると、今度は2010年と2016年の比較ですけれども、アジアのポートフォリオ投資負債合計は5兆ドルから7兆ドルまで、この6年間で4割ほど増えています。もちろん経済が大きくなっていますから、GDP比だけで見るとそこまで増えていませんが、他の地域の負債がそれほど増えていないのに比べ、アジアの負債の増加が際立っています。

貿易の話をすると、アメリカは中国に対して赤字を計上していますが、中国からの輸入金額が全体に占める割合は大きくありません。他方、中国はそもそもあまり輸入をしていないので、比率にするとアメリカからの輸入は大きくなります。従って、中国がアメリカに対して報復として関税を引き上げるとなると、対象となるのは農業および航空機を主とした輸送に集中します。アメリカが得意とするところに、中国の反発措置、報復措置が集中する傾向にあるということです。

このようなことがエスカレートしていくと、中国がアメリカに対して輸出できないという状況が起こり得ます。さらに、中国からアメリカに輸出している物の約3割は、日本や韓国など他国から輸入した物を加工した製品です。アメリカに対する中国の輸出が減ることは、日本などにとっても対岸の火事ではありません。一方、中国からの輸入が減ると、他国からのアメリカへの輸出が増える可能性もあるので、プラスマイナスどちらの影響があるかは直ちに言えないところです。

最後に、特にアジアを見ている立場から、ぜひアジアに長期的なインフラ・人的投資を行ってほしいとお願いいたします。インフラが追いついていないことなどが、渋滞、物流の停滞、停電といったアジアの経済成長を妨げるボトルネックにもなっています。教育、健康、保健といった人的投資も欠かすことはできません。アジアへの長期的投資は、回り回ってアジアと共に生きていく日本につながっていくはずです。

質疑応答

Q:

「アジア太平洋地域経済見通し」の非金融企業債務について、中国の債務比率が高いというのはよく指摘されているところですが、香港も非常に高くなっています。しかもその上がり方がこの10年間で倍とまではいかないですが、急速に上がっています。この原因をご教示ください。

A:

香港のGDPの規模が小さいことが一因として挙げられます。香港は一人当たりのGDPは高いですが、他国と比べ人口が少ないため、国当たりのGDPはそれほど高くありません。また、実際は中国仕向けだけれども、主体の登記が香港になっていることから、香港に計上されている部分もあると考えます。実際の香港の債務に加えて、その部分が規模の小さい香港のGDPに対して計上されるため、GDP比が高くなっている可能性があります。私たちとしては、香港金融管理局(Hong Kong Monetary Authority)が企業も含め、債務の管理などをしっかり行っているため、香港自体についてはそれほど心配していません。

つまり、中国をどう見るかということが大事になってきます。中国でこれからダイナミックに伸びていくところへ、お金が回っていないのではないかと懸念しています。銀行も設備能力が大きすぎると言われているところへお金を貸す傾向があります。土地といった固定資産の担保、政府需要やギャランティもありますし、個々の銀行にとってみれば良い投資先でしょう。しかし、それは経済全体からすると非効率になります。ミクロで見た時とマクロで見た時のずれが生じているように思います。

中国の現状についてさらに詳しく知りたい方は、5年に一度行われる金融セクター安定性評価プログラム(FSAP)の報告書がIMFのサイトに載っていますので、そちらをご覧ください。

Q:

2点ご教示ください。「世界経済見通し」6ページ目に、「途上国・地域の27%では、先進国・地域の所得水準との格差縮小が一層おくれる」とあります。この27%という数字を大きいとみるべきか、小さいとみるべきか、という点が1点。また、クレジット・スプレッドが下がっているのはあまり良い傾向ではないということでした。企業にとってはお金を借りやすくなるという面では良いことのように思うのですが、その点についてもお聞きしたいです。

A:

27%という数字は、それほど増えているわけではありません。今始まった問題ではないのです。ただ、最近では貿易や世界の経済発展の利益が、一握りのお金持ちだけでなく、より幅広く行き渡るべきだと考えられるようになってきました。多くの市場関係者の予想に反して米国でトランプ政権が誕生したり、ドイツのメルケル首相が選挙で苦戦したりと、グローバル化反対、反貿易主義の人々もどんどん増えてきています。今までは貿易をすることは良いことだ、貿易をすることで世界全体が豊かになると言われてきましたが、これからはその利益がどれだけ幅広く及ぶかに注目していく必要があります。

また、クレジット・スプレッドについてですが、これには良い下がり方と悪い下がり方があります。たとえば、短期間に平均値が急な下がり方をしていることがあります。これは群集心理と言いますか、みんなで渡れば怖くないというような、クレジット診査の甘さを示唆するものです。企業努力という意味でしっかりIRを行い、内容をわかってもらって良いレートをとるのは悪いことではないのですが、審査の甘さのようなものが広がらないようにという点は気をつけないといけないと考えます。

Q:

太平洋諸国の自然災害について、IMFではデータの数値化などを行っていますか?

A:

「アジア太平洋地域経済見通し」に、太平洋島嶼国について、それぞれの国が深刻な(上位4分の1に入る)自然災害に見舞われる可能性を示しています。バヌアツやソロモン諸島など、台風の通り道になるような地域は、非常に大きな確率でその国の経済GDPに多大なダメージを与える災害が起こります。太平洋島嶼国というのは自然災害に対して脆弱であり、その影響は近年さらに大きくなってきています。経済産業省・外務省などが行っているように、日本から災害に強いインフラ整備を支援することはとても大切だと考えています。

気候変動というのはIMF的な分析にはうまく合致しないため、正直手薄となっている部分は否めません。ただ、自然災害が起こった場合に、IMFからの貸付条件を簡略化するといった対策を進めている途中です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。