IMF世界経済見通し「持続的成長を求めて―短期的回復、長期的課題」

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開催日 2017年12月5日
スピーカー 鷲見 周久 (国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所所長)
モデレータ 矢田 晴之 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
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IMFアジア太平洋地域事務所の鷲見 周久所長が10月に公表されたIMFの世界経済見通し「持続的成長を求めて―短期的回復、長期的課題」を紹介。
今後の見通しを形成する要因とそのリスク、さらに政策課題について説明する。

議事録

改革を推し進める好機

鷲見周久写真国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しによると、先進国・地域の経済は短期的には割と持ち直しています。ただ、中期的には潜在成長率は今ひとつです。それは、技術は技術でいろいろ進んでいますが、その上手な使い方が見当たらず、生産性の伸びにつながっていないからだと思います。

潜在成長率を高めるためには生産性の向上を図る必要があって、そのためには各国で労働市場を中心とする硬直性を改善していかなければなりません。今は経済が小康状態ですが、中期的に見たときには、今が潜在成長率を上げるためにいろいろな施策を取る好機であるといえます。

一方、新興・途上国では、景気が底打ちするでしょう。ただ、資源価格が一時期に比べて下がったことにより割と交易条件が改善しているため、資源輸入国は高成長を維持する見込みです。

それから、インフレが引き続き抑制的に働くので、各国とも金融政策は緩和的スタンスを続けるでしょう。ですから、政策上の優先課題は潜在成長率の引き上げです。

中期的には下振れリスクに注視

先進国・地域に関しては、リーマン・ショックからほぼ回復しましたが、金融セクターのバランスシートがどれぐらいきれいになったかというと、まだ地域によって若干のばらつきがあり、ユーロ圏が少し遅れ気味です。それから、日本に限らず高齢化がかなり進んでいることが、逆風になっています。

新興・途上国に関しては、中国のリバランス(投資から消費への動き)がどの程度安定的に、ハードランディングにならずに進むかが大きな問題です。それと関連して、資源輸出国では一次産品の価格下落の調整にとても苦労しています。これらの国は国家歳入に占める資源の売上収入比率がものすごく高いので、そうした国々が今後どうしていくかを見ていく必要があると思います。それから、地政学的・政治的要因も、経済見通しに大きな影響を及ぼすでしょう。

市場を見ると、債券利回りは、トランプ米大統領が当選した昨年11月から今年初めにかけて、非常に積極的なインフラ投資をするのではないかとして上がり気味だったのですが、今年春以降はずっと低下しています。途上国も同じような状況です。一方、株価はおおむね上昇し、非常に順調に推移しています。為替レートも、アメリカの投資強化によって米ドルが強くなるのではないかといわれていましたが、米ドルは平均的に下がってきています。

ただ、これが今後どう変わるかは分かりません。超低金利の間に、とくにアジア地域は借金を増やしています。その点で金融情勢が今後タイトになっていくのではないかという若干のリスク要因があります。

それから、消費者信頼感、企業業況感は、2016年中ほど以降、先進国を中心に非常に改善しています。新興国・地域でも、産品価格の低下などで2015年まで下がっていましたが、2016〜2017年は持ち直しています。

世界経済の成長率は、2016年の3.2%を底に、2017年は3.6%、2018年は3.7%と、徐々に持ち直す見込みです。先進国全体ではアメリカで上振れリスクがあるものの、2%程度の成長が見込まれる一方で、新興・途上国では中国の成長が大きく寄与します。アジア地域が世界の経済成長の6割程度を占めているうち、半分ぐらいが中国です。

中国の経済成長率は2017年が6.8%、2018年が6.5%と見込まれていますが、中国の統計は信用できるのかとよく聞かれるのですが、この数字はそれほどむちゃなものでもないと思います。ただ、、各地方当局は中央に対して良い数字をレポートしたいというインセンティブが働くので、額面通り取れるのかという指摘は、われわれも認識はしています。

ただ、中国はこの数字が高ければいいわけではなくて、中身が問題です。中国は、リーマン・ショックの後、世界がくたびれていたところへ、ものすごい財政刺激をして2010年代初頭の世界経済を牽引してくれたのは事実ですが、国営企業などにお金が非常に回った点では必ずしも生産性が高くありません。

国有企業は生産性が高くなくても土地をたくさん抱え、担保余力も豊富にあるので、正規の金融セクターからお金がどんどん回ってきます。他方、11月11日の「独身の日」にものすごい売り上げがあることからも分かるように、国営企業の非効率とは離れたところで消費がものすごく活況になっているのも事実です。つまり、生産性の高いところには国営銀行を中心とした大銀行のお金があまり回っていないのです。そこへあの手この手で規制を逃れたような金融がついていて、それが金融セクター全体にとってリスクになっている点が、非常に大きな問題になっていると思います。

それから、2016〜2017年に経済成長が改善している大きな要因は、ブラジルとロシアです。2016年には、ブラジルの成長率は-3.6%、ロシアが-0.2%でした。これは一次産品価格がどんどん下がったことにより、経済が相当傷んだためですが、2017〜2018年にプラスに持ち直し、世界経済全体の持ち直しの大きな原因になっています。

途上国では1人当たり国内総生産(GDP)の水準が低いので、GDPが上がっていかないと先進国との差が縮まらないため、途上国の方が概して成長率が高いのですが、2017〜2022年を見ると、大体、4分の1ぐらいの途上国では成長率が先進国の成長率に及ばず、包括的な成長政策なくしては、ますます格差が大きくなっていくことが懸念されています。

インフレについては、先進国はコア・インフレ率が1%台で落ち着いています。イギリスはBrexitの混乱があってポンドが随分安くなってしまったため、輸入品価格が上がったりしてインフレがふわふわと上がっていますが、その他の国はむしろ、やや下がり目です。

1人当たりの実質GDPの成長率を見ると、途上国では2017〜2022年は直近10年よりも平均的に低いと予測しており、世界の経済格差が広がってしまう可能性があることも課題だと思います。

それから、先進国・地域では人口高齢化が進み、全体の労働参加率を押し下げています。日本に限らず、65歳以上の労働参加率は少しずつ上がってはいるものの、他の年齢層に比べればずっと低く、労働投入量があまり増えないことが経済鈍化の大きな原因となっています。ただ、日本の25〜54歳の女性の労働参加率が上がっているように、同一年齢層内の労働参加率は上昇していますが、労働参加率の変化も国によって異なります。

このように、短期的にはリスクは大体バランスしていますが、中期的には金融面の不安、世界的な経済統合に対する脅威、インフレ率の低迷、経済以外の要因から来るリスクが考えられます。

潜在成長率を高めるために

これらのリスクを低減するには、やはり何にもまして潜在成長率を高める必要があります。日本ではここ3四半期、1.5%強の成長が続いていて、エコノミストから見ると潜在成長率を上回る高い伸びに見えるのですが、何となく実感がないのは潜在成長率自体がぱっとしないからです。潜在成長率よりも高い成長が3四半期続いた結果、全都道府県で有効求人倍率が1を超えていますし、失業率も何年かぶりの低水準ですが、日本経済の力が全て発揮できている感じでもありません。

先進国は全般的にどうしても所得格差が広がるのでセーフティネットを強化していく必要がありますし、どの国も債務残高がかなり多いので、返済可能なところまで引き下げる計画を立てていくことが全体的な課題になっています。

アジア太平洋地域の経済見通し

アジア経済は、全体的に他地域よりも経済成長率が高く、良好な状態にあります。また、アジア各国とも外貨準備が非常に増えていますし、為替の仕組みも相当柔軟化しており、財政も上手にマネージされています。

また、借金の仕方も上手になっているので、脆弱性は概して低くなっていますが、世界のお金の流れがものすごく急速になっているため、不確実性が増す中でどうやって危機の芽を摘んでいくかが課題です。今は経済状況が良い中で、そういった課題に適切に対応する好機だといえます。

アジアの主要国の見通しは、ASEAN10カ国平均が5%程度の成長で推移し、中国も6%台です。インドは、7%台後半が巡航速度だと見ています。2017、2018年見通しは2017年4月時点から下方修正していますが、これは非常に地下経済が大きいことと、現金の流通で税務当局や統計当局が把握できないような取引が非常に大きいことに対処しようとして、高額紙幣を流通中止にした影響が考えられます。さらに、2017年7月には、州によってバラバラだった間接税(GST)を全国的に統一したことに伴う混乱もありました。しかし、それが一段落して、7%台後半の巡航速度に戻っていくだろうと見ています。

世界の経済成長へのアジアの寄与は、2016年は6割がアジアの成長率で、2017、2018年は55%、54%と減っていきます。減ることは、決して悪い話ではありません。アジアも引き続き成長しますが、他地域も割と復活してくるためで、アジアだけに依存していた状況が改善していることを意味するからです。アジアからの輸出が昨年第4四半期から今年にかけて全般的に改善していることは、世界経済全体が発展してきている1つの証であると思います。

アジアの多くの国では2016年、純輸出(輸出-輸入)の成長率への寄与度がややマイナスであり、2017〜2018年に向けてもアジアは内需主導の成長が見込まれているといえます。ただ、アジアは輸出セクターが占める割合が引き続き重要です。アジアは輸出してしっかりとお金を稼ぎ、その利益でしっかり輸入して、輸出も輸入も増えているので、輸入だけでどんどん伸びているわけではありませんし、輸出頼みで成長しているわけでもないのです。

したがって、アジアは輸出先のマーケットとしての重要性も増しています。全体的に輸出と輸入の両建てで回っていきながら、アジアがさらに市場としての重要性を増していく結果、経常収支の黒字がじわじわと減少していくと予測されます。

一方、資本流入については、トランプ米大統領当選直後の2016年11月ごろ、アメリカに対するインフラ投資が増えることで、アメリカに資本が戻り、アジアからの資本流出が激しく起こるのではないかと懸念された時期がありましたが、今年は持ち直して、証券投資は相変わらずプラスです。ただし、証券投資の資本は非常に足が速いので、この流れがどうなるかよく分からないというリスクがあります。

この20年の世界の貿易動向を見ると、各国同士のつながりが随分深化していると同時に、中国の存在感が大きくなっています。中国の成長率は、われわれの予測を常に上回って推移しています。というのも、われわれの予測には、成長率が当面やや低くなったとしても、国営企業の改革などに早めに手を付けた方がいいという政策的なメッセージを含んでいるからです。

しかし、中国は依然として、2020年までにGDPを2倍にするという目標を掲げています。今回の党大会で、質を重視して量を追わない方向に転換したようですが、2020年の目標期間までは相変わらずてこ入れをして、高めの成長を目指すと思います。そうなると、このままいけば、中国はハードランディングになってしまうリスクが高まると考えられます。ですから、頑張って改革していくと、当初はすこし低めでももう少し中身の伴った良い(持続可能な)成長になると一生懸命言っているのですが、今のところ引き続き国営企業にお金をどんどん回して経済を支えており、実績が常に上回ってしまっています。

アジア全般に貿易が回復しているものの、足元ではIT製品の在庫が積み上がっており、その調整が始まると輸出がまた調整される可能性があるため、足元の貿易回復を喜んでばかりはいられません。

下振れリスクの懸念

われわれは、クレジットギャップという概念をよく用います。これは、その国の総与信(信用供与)額のGDP比率が歴史的、統計的な趨勢と比べてどれだけ違いがあるかを示したものです。2009年のリーマン・ショックまでは、先進国にお金が集まり、先進国の与信が随分増えていて、アジア新興国は軽いマイナスだったので、趨勢とそれほど変わりませんでした。しかし、リーマン・ショック後は先進国が一気に落ちています。これが、全世界的に銀行が元気がない理由の1つであり、銀行はお金を貸したくても借りてもらえなくなりました。

他方、アジア新興国が引っ張る形で、新興国に対する与信が2008年ごろから伸びました。国別では香港、中国、シンガポールといった国・地域のクレジットギャップが大きくなっています。1997年のアジア危機で大きな傷を負ったときも、マレーシア、インドネシア、タイ、韓国などでクレジットギャップがかなり大きくなっていたので、この点は心配材料です。

それから、民間債務のGDP比率を見ると、アジアはここ10年でGDP自体が随分伸びたにもかかわらず、115%から160%程度に上がっています。とくに家計部門の借り入れの拡大が大きく、民間の企業部門も借金を随分増やしています。それが今後、金利が上がってきたときにどう動くのかを注視しなければなりません。われわれも、各国政府にきちんとこういったことを気にしなければならないと話しているので、政府が気が付いていないわけではないのですが、これは今まで非常に金融を緩くして経済を支えてきたことの1つの裏返しでもあります。

現在、アジアは世界の人口の52%を占め、世界のGDPの約4割を産出しています。伸び率でいえば最近の世界をリードしているのはアジアです。ただし、52%の人口が40%しか産出していないので、1人当たりでは世界平均の5分の4にしか達していません。ですから今後、アジアはまだ伸びていかなければならないし、伸びる余地もあると思います。

生産年齢人口(15〜64歳まで)の割合がピークになったときの所得水準(アメリカ=100%を比べると、日本は82%、オーストラリアは87%ですが、これからピークを迎えるアジアの新興国は、生産年齢人口比率がピークになると予測されるときでもアメリカの6〜4割にしか達しません。ですから、人口が伸び、成長率もそこそこであるというだけでよしとせず、さらに生産性を高めていかないと、1人当たりGDPの水準が高くなる前に人口ボーナスを使い果たしてしまうかもしれません。

質疑応答

Q:

日本の成長見通しは、2016年が1.0%、2017年が1.5%、2018年が0.7%で、3年目がいつも下がるのですが、何か背景があれば教えてください。

A:

潜在成長率には、労働投入量、資本投下量、全要素生産性という3つのコンポーネントがあります。日本の場合、労働投入量は、生産年齢人口が減っているので政策手段を使って減少率をおだやかにするしかありません。ですので、IMFに限らず、日本銀行も内閣府も同じぐらいの低い潜在成長率を計算しており、大体3年ぐらい先になるとその潜在成長率に回帰するようになります。

ただし、生産性がよく分からないのです。労働投入量は伸びなくて、民間投資もあまり伸びないとしても、同じ時間、同じ資本を使ってたくさんの物を作ることができれば、潜在成長率は上がるわけです。

しかし、現状では、物を作るときに大体7割を仕上げる場合と、7割のものを8割5分に仕上げる場合とで同じ時間がかかるとすると、完璧に仕上げれば仕上げるほど、投入した分に対するリターンが減ってしまいます。投入労力はものすごくかかっているのに、その差が報酬としてもらえていないので、日本の生産性は低くなってしまうのです。決して日本人が劣っていたり怠けたりしているのではなく、完璧主義がかえって日本の生産性の低さに反映してしまっているわけです。日本人として労働投入によって向上した質をきちんと評価し、値付けをしっかりしてもらえるマーケットを狙っていくことが必要だと思います。

Q:

インフレ率が低いのに金融政策の正常化が始まっているので、大丈夫かという思いがあります。金融規制の緩和を金融面の不安として挙げているのは、どういったことを念頭に置いてのことですか。

A:

今までの緩和的な金融政策によって、世界の主要都市でクレジットギャップがあるところでは、住宅価格がものすごく上がっています。家計の借金が増えている理由の多くは、住宅価格の高騰と住宅ローンの上昇です。ですから、アメリカなどでは金融政策の緩和度を少し減らして、正常化していこうという動きがあります。 それから、われわれはどうしても金融の安定性を気にします。トランプ大統領が選挙公約などで、リーマン・ショック後の金融規制がきつ過ぎるとして、また弱めようとしていますが、リーマン・ショックのときの教訓はちゃんとあるので、公益性や利益相反の禁止など、守るべきところはきちんと守らなければならないという趣旨で、金融規制の緩和を不安定要因の1つとして挙げています。

Q:

資料13ページの中国の実質GDP成長率の推移で、グラフが屈曲している背景は何ですか。

A:

われわれは、6%前半ぐらいまで下げた方がいいとここのところずっと言っているのですが、同じ6%でも、国営企業などに相変わらず資本をどんどん入れて物を作らせ、在庫をためていく成長と、これから消費を伸ばしていくような民間セクターにお金を回して、そこが伸びていく成長とでは違うわけです。それだけ大きくコンポーネントが変わっていくので、日本の場合と異なり、なかなか潜在成長率が出しにくいのです。

Q:

経済学的に見ると、人工知能(AI)やロボット化によって、5〜10年先にどういうことが起こりますか。

A:

AIはものすごく大きな話ではありますが、国によって随分影響が違うと思います。関心はとてもあって、頻繁に研究会や勉強会をしていますが、残念ながらわれわれの経済分析は、基本的にデータがあって、そのデータから相関関係を計算するので、現に動いていてデータが積み上がっている途中のものについては、まだあまり科学的な分析ができていません。

Q:

新興国で激しいクレジットギャップが起きている状況が、金融危機の引き金を引く可能性はありますか。

A:

クレジットギャップは、その国の今までの与信の伸びの趨勢からの乖離であって、その趨勢が正しいのか正しくないのかという判断はできていません。あくまでギャップは趨勢に対する伸びなので、今までの伸びが本来経済の求める伸びに追い付いていなかったり、低い伸びしか達成できなかったりするのに対し、一生懸命伸ばしてきているのであれば、伸びていることは悪いことではなく、良い場合もあります。

とくに、アジアのように金融の深化が進んでいない地域では、趨勢を超えた伸びが必要な場合もあります。ただ、各国のデータからその国を見るときに、過去の趨勢と変わったことが起きていれば、なぜ変わっているのかと問うきっかけになるわけです。その点では、ギャップが生じた理由が重要です。ただ、資産価格の高騰や家計負債のGDP比が高止まりして他の国々よりもギャップが大きくなっていると、問題があると判断することになります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。