消費者向け製品のIoTから始まる生活価値共創型のサービス
-製造業が始めた健康サービス、コーヒー豆のEC

開催日 2017年7月27日
スピーカー 持丸 正明 (国立研究開発法人産業技術総合研究所人間情報研究部門長)
モデレータ 河野 孝史 (経済産業省商務情報政策局情報経済課課長補佐)
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開催案内/講演概要

IoTによって製造業が顧客接点を持てるようになっている。これは、製造業が製品とサービスを組み合わせたビジネスに移行し、顧客とともに製品の使用現場で生活価値を共創していく絶好の機会である。IoTとして製品に組み込まれた、もしくは、ウェアラブルなセンサを用いれば、使用現場の人間特性データを大量に得ることができ、それをサービスやものづくりに活用できる。一方で、それらのIoTセンサで計測できる人間特性は精度や計測可能な特性項目数に限界がある。この質的に限られたビッグデータから生活価値を生み出すために、人間特性の深いデータと知識モデルが有効である。ここでは、実験室で計測する人間特性の詳細なデータ(全身運動、筋力、生理、脳波など)をディープデータと呼んでいる。このディープデータそのものをモデル化する、もしくは、そこから解明された知識を数理モデル化したもの(デジタルヒューマン)によって、使用場面でのビッグデータを生活価値に変換する。講演では、体につけた加速度センサやスマホセンサから全身の歩行や転倒リスクなどを推定し、提示するサービス(花王、ミズノ)、調理家電の使用ログを使ったサービスビジネス(パナソニック)などの事例を通じて、ディープデータとIoTを組み合わせた生活価値の共創を紹介する。また、製造業がサービス化を進めていくための障壁について俯瞰し、その解決の方向性を提言する。

議事録

性能価値・交換価値から使用価値へ

持丸正明写真現代は、企業が製品の性能を向上させるだけではビジネスができなくなってきました。ですから、物だけではない世界で新しい坂道を登っていかなければなりません。バブル時代のように性能価値が重視された製造者主導の時代から、お店でお金と物を交換するときに価値が決まる販売者主導の時代となり、さらに使用したときに価値が決まる使用者主導の時代になりつつあります。そうした新しい価値分類に適合した物を作る考え方が求められます。

メーカーが顧客に接する手段は、今までユーザ登録やカスタマーサービス、販売店ぐらいしかありませんでしたが、IoT(Internet of Things)の時代には物がメーカーと顧客を直接つないでくれます。そして、顧客と何のチャネルでつながり、何のデータを取ってきたら顧客もメーカーもハッピーになるのかを考えるようになり、価値が製品からサービスに移っています。

製造業のサービス化

そのような中で、私は製造業のサービス化に取り組んでいます。マーケティング研究者のラッシュとバーゴが提唱する「サービス・ドミナント・ロジック」では、物は価値を持っておらず、全ての価値はサービスで決まるとされています。そして、必ず顧客が価値づくりに貢献し、場合によっては対価まで払っています。それを共創と呼びます。

ラッシュとバーゴは、Goods(物)とそれに付帯するServices(サービス)からなるトータルソリューションのことを、単数形のServiceと呼んでいます。つまり、製造業のサービス化とは、リペアや部品販売、Servicesをどんどん行うのではなく、それらを組み合わせてトータルソリューションサービスを行うことを狙いとしたものなのです。

たとえば、ヤマハ発動機はバブル時代、プレジャーボートを売っていましたが、売れなくなるとボートをマリンクラブに売り、マリンクラブをサポートするサービスを提供し始めました。そして、マリンクラブのボートを3年で償却した後、中古艇として一般消費者に再販するサービスプログラムをつくり、免許がなくてもマリンレジャーを体験できるようにしました。

アシックスは、直営店で足の形状を測定して靴を選んだり、中敷きを作ったりするサービスを展開しています。アシックスは、世界各国の足のデータを集めたいということで産総研に相談に来ました。われわれは、一緒に店舗を作って、そこでサービスを提供しながらデータを集めてはどうかと提案し、測定機械とデータを統計処理する技術を産総研が提供することになって、いまだに続いています。

パナソニックアプライアンスは、「The Roast」という新しいコーヒーサービス事業を展開しています。焙煎機械を調理家電として売るのが今までのビジネスモデルでしたが、この事業では機械のコントロールや焙煎のプロトコルをインターネットからダウンロードすることができます。さらに、豆のeコマースが付帯し、豆の購入と焙煎プログラムをセットで使うことができます。そうすることで、最初に売ったときだけでなく、継続的に収益が上がります。また、パナソニックでは、顧客がいつコーヒーを楽しんで、どんな豆をどうやってローストし、何人分のコーヒーを作ったかという情報を共有できます。

このときに、物とサービスを別々に設計してはなりません。パナソニックの場合、焙煎機械は自社製品ではありません。先にサービスビジネスをデザインする中で、自社製品に全てをコントロールできるものがなかったため、どこからかエンジンをもらってきて、それをかぶせてパナソニック製品にしています。つまり、製品が先にあって後からサービスを付けるのではなく、ソリューションをデザインして、それに必要なサービスと製品を作るという考え方をしているのです。

その中では、顧客に何をしてもらうかまでデザインされています。顧客はダウンロードして豆の代金を払い、データを共有します。調理家電は本体を買った後に必ず材料を買うので、そこにうまくビジネスモデルをつくったのです。つまり、顧客のリソースを活用し、使用する場面で価値をつくり出しているわけです。われわれは、こういうことが日本の産業でもっと起きるようにしたいと考えています。

サービス化が進んだ製品とは、そのサービスが止まると商品のメイン機能がほとんどなくなってしまうほど、サービスと物が一体化している製品です。日本の製品が強かったのは、部品と部品の擦り合わせ技術が強かったからであり、ものづくりの時代が終わるのであれば、サービス化の時代には物とサービスをいかに擦り合わせられるかが重要になります。非常に強いものづくり技術があるならば、それに見合うだけの強いサービスを組み合わせなければ、物は変えられてしまいます。

IoT×サービス化時代の人間情報学

私は人間情報研究部門で、人間計測や人工知能によるモデル化、人間機能の科学的解明、インターフェースの研究をしています。出口としては、安全・快適の分野、医療福祉関係では未病・回復の分野、最近は社会参加や社会認知にも取り組んでいます。

私は、この5年ほどの間に大きなパラダイムシフトに遭遇しました。それは、スマホでも歩数や位置などが測れるようになったことです。ラボ内だけでなく、市場調査や店舗でも測ることができ、さらにはウエアラブルによって日常生活の中でも測れるようになりました。

しかし、世の中で測る技術は精度が低く、項目は少ないです。反面、文脈に沿ったデータをたくさん測れます。一方、ラボ内で測る技術は非常に精度が高く、たくさんの項目を測ることができます。この2つを組み合わせることをわれわれは目指しています。

歩行であれば、モーションキャプチャーとウエアラブルです。ウエアラブルで測れるのは加速度ぐらいですが、そのセンサー単体で得た情報と、われわれがモーションキャプチャーで得た人間特性に関する深い知識や個人差といったディープなデータを組み合わせることで、今までにないサービスが提供できるようになります。

具体的には、日本人の歩き方の個人差は6次元ぐらいに圧縮できるので、加速度のデータが分かれば残りの自由度を計算論的に復元できます。それにより、歩行時の関節への負担や転倒リスク、歩容の美しさなどを評価できますし、歩き方を変えればもっとダイエットに効果的であるといったことまでアドバイスできるのです。そういうふうに、1つの製品でいろいろなターゲットに向けたサービスが可能になることが特徴です。

人は非常に多様化しているので、サービスで対応すれば顧客が価値を感じて高いペイを払ってくれます。したがって、ビッグデータ時代になればなるほど、われわれが役に立てる機会は増えると思っています。

こういったラボ内での高度なデータをディープデータと呼んでおり、生活場面で大量に得られるビッグデータとの間をつなぐのが、人工知能を使った人間機能モデルです。私は企業に対して、ディープデータの分析で終わるのではなく、製品にIoTを仕込んで、マーケットで実際に顧客データを取って、そのデータを再びわれわれが分析してものづくりに生かすことを提案しています。

たとえば、スマホでコントロールできる家電にはログデータがたくさんあります。われわれは家電ユーザにアンケートを取って特定したライフスタイルとログデータとを機械学習にかけることで、両者の関係を推定できるようにしました。つまり、アンケートを取らなくてもライフスタイルが分かるわけです。

面白いのは、個人のライフスタイルは1つではないことです。たとえば、男性が奥さんと一緒にいるときと1人だけのときでは、ライフスタイルが違います。アンケートでは奥さんと一緒のときの見かけ上のライフスタイルを答えますが、ログデータは1人になったときのリアルなライフスタイルも拾ってくれます。

他にも、義足ランナーの記録を向上させる研究もしています。われわれの研究によると、2035年には義足ランナーが健常者のランナーに勝ちます。つまり、障害者が障害者のまま勝つ瞬間が2035年に訪れるわけです。そうなると、障害者はきっと走りたくなるはずです。

ところが、トップアスリートでない限り、義足はとても高いので、レンタルすることになります。レンタル義足の利点は、競技用ではないのでセンサーを仕込めることです。どういうトレーニング方法が効果的かというデータを取ることができます。私がその研究をなぜ今から始めているかというと、障害者が障害者のまま勝った瞬間からたくさんの障害者が走りたくなると思うのですが、そのときから研究を始めても間に合わないからです。

ビッグデータを集める企業をPlatformerといいます。日本企業はPlatformerになりたいと言っていますが、何の戦略もありません。少なくとも、国際的なPlatformerになっている企業は日本にはないと思います。そこで私が提案するのはStakeholderになることです。

たとえば、健康に関するPlatformerがあったとすると、歩行に関する非常にディープなデータを持っていて、さまざまな歩行に関するセンサーをいろいろな価値に変換できるような企業は外すことができません。牧場経営にたとえると、Stakeholderは杭(Stake)を握っている人であり、Platformerが面を取りたいときに、杭を握る存在は欠かすことができません。

戦略的な顧客データ収集

どのStakeを握るかを戦略的に考えて、データを集めていくことが「戦略的なデータ収集」です。そのために3つのことを提案します。

1つ目は、結果とプロセスと因子のデータを取ることです。結果と因子のデータは直接変えられませんが、プロセスのデータが取れれば、サービスとしてもっと価値のあるデータになります。

2つ目は、反応だけでなく、刺激(環境)のデータも取ることです。ウエアラブルのセンシングはほぼ100%が反応センシングですが、そのデータが変動した因子を特定するには、環境の情報も考えなければなりません。いろいろな手がありますが、ロボットは移動するときに自分の環境データを取るので、そういうものを使うのも一手だと思います。

3つ目は、TransactionではなくInteractionのデータを取ることです。テレビを例に取ると、Transactionは番組選択であり、Interactionは会話です。番組を選択する上で決定的な因子となるのは、テレビの前にいる人たちに何が起きているかです。1人のときの番組選択と、家族全員がいるときの番組選択は明らかに違うので、何も考えずにTransactionのデータだけを取るよりも、Interactionのデータを取った方が、サービスの価値は高まります。

いつも申し上げているのですが、ビッグデータそのものは負債です。持っているだけでは、個人情報の管理など、面倒なことばかりです。それを価値に変えられるコンテンツを早く獲得し、ビジネス化する仕組みをつくることが重要です。

われわれは、ビッグデータのコンテンツ化をいろいろ行っています。実は、ビッグデータは裏山のようなものだと思っていて、山を持っているだけでは固定資産税を払うだけです。ビッグデータと裏山の大きな違いは、ビッグデータは相続するものではなくつくるものであり、金は掘り当てるものではなく埋めるものだというところです。先ほどの3点を考えてデータを埋めれば、必ず金は見つかります。

サービス化の障壁を乗り越える

日本の製造業のサービス化は、世界的に立ち遅れています。要因を分析すると、マインドセットがなかなか変わらない、デザイン人材が不足している、人材流動性が低い、顧客の意識がなかなか変わらないからサービスに課金できない、ビジネスエコシステムの中にコンフリクトがある、マーケティングの組織がなかなかうんと言ってくれない、ビジネス評価がなかなか難しい、特許ではなく知識獲得で評価するのが難しいなど、いろいろ挙がります。

これらを考えると、売上に近い部分の基本機能価値だけでなく、知識価値(顧客からどれだけ知識を得られているか)や感情価値(顧客がどれだけ継続したいと思っているか)との関係性において「見える化」することが重要で、そうでなければ経営判断がそこで止まってしまうということが見えてきます。知識価値のデータは着実にたまっているのに、それを測れずに売上で判断して止めてしまうというようなことでは、ビッグデータビジネスはできません。

それがデータだけなら別です。コンテンツ化できる見通しが立っているなら、コンテンツ化を図らなければなりません。アメリカがうまくいっているのは、きっとうまくいくだろうと思ってお金を配り続けるエンジェルがいるからです。Amazonはずっと赤字でしたが、Amazonの持つ知識価値には必ず意味があると思っていたエンジェルがいたから、続いているわけです。

実は、製造業のサービス化が進めば進むほど、価値共創が増えていくことが分かっています。それによって、トータルとして企業の価値が増えます。売り上げではなく潜在的価値が増えていくのです。知識価値は大半がマネタイズできると思いますし、感情価値もその何割かはリピーターとしてマネタイズできます。そのようなことが、サービス化によって明らかに生まれているのです。

私は企業に対して、「製品のみで価値を訴求することに覚悟を決めるのもいいが、製品+サービスで使用価値を訴求することに舵を切った人が、いち早くディープデータを取り、Stakeを握ることができる」と言っています。みんながStakeを握ってから残りものを探すのは大変です。そのために、サービスの擦り合わせを考えていくことが必要です。

私はドイツのフラウンホーファー研究機構IAOのWalter Ganzを訪ね、Industry4.0について聞きました。Industry4.0のメインは、B to Bの製造の部分です。彼はドイツがB to Bを取る理由について、「20年前にドイツは市場から追い出され、一生懸命行き先を考えているうちに見つけたのがエンジニアリングサービスだった。そこに大きな接点を持つことが国家にとって極めて重要だったが、AppleやGoogleやAmazonが取っているところに今さら出ることはできない。でも、ドイツは製造業が強いから、B to Bを取りに行った」と言っていました。

そのとき思ったのは、生活というのは、冷蔵庫を開け閉めしたり、布団を上げ下ろししたりと、スマホでデータを取れるほどシンプルなものではなく、もっとでこぼこしたものだということです。そして、われわれは今まさに、20年前のGEやシーメンスのように追い出されようとしています。しかし、われわれの機械には全部IoTが付いています。機械はでこぼこした部分の情報、すなわち細やかな生活行動データが取れます。家電や自動車を通じたセンシングで細やかな情報を取り、細やかなデータがなければできないサービスをPlatformerとして擦り合わせることができれば、日本は第三極を取れると思います。

そのために、メーカーにはぜひデータの価値を考えて、サービス化してほしいと言っています。最大の負けシナリオは、メーカーが細やかなデータをAppleやGoogleに全て与えることです。そうなってしまうとAppleやGoogleがどんどんもうけ、メーカーは価格競争にさらされて、ひたすら安くセンサー家電を売ることになります。これは最も避けたいストーリーです。

質疑応答

モデレータ:

具体的にInteractionのどのような部分を取ると勝てそうなのでしょうか。また、家電メーカーだけでなく、どんな人がサービサーとして連携してコンテンツを新しくつくっていくべきなのでしょうか。

A:

家庭と職場と移動空間が3大場面で、このうちのどれかを日本は取らなければなりません。しかし、Interactionのデータだけでは足りなくて、Transactionのデータとくっつけなければなりません。理想的には、家庭と移動空間でInteractionのデータを取ることを目指してほしいのですが、やや厳しい状況に来ています。そのときに、Interactionを声だけで取らず、バーチャルリアリティ(VR)や拡張現実(AR)のサービスをうまく溶け込ませて、もう少し質の高いInteractionの情報を取れるといいと思っています。VRやARを使うことは、日本が強いとはいいませんが、少なくとも拮抗できる状況にあります。InteractionとTransactionのデータをつなげる戦略は、1社ではできないでしょう。何らかのエコシステムづくりの基盤を用意しながら、勝ち組連携でもいいですから何かつくっていけたらと思います。

Q:

生活関係のデータは日本人特有のものになってしまって、グローバルに展開する上で足かせになるのではないかと思ったのですが、そこはどうなっていくのでしょうか。

A:

完成度を顧客と一緒に高めていくのがサービスなので、究極に日本の中で最適化してしまうと、顧客が違うところに行ったら受け入れられなくなってしまいます。ですから、少し早い段階からターゲットを出してやっていくことが、国際展開する場合には必要になるだろうと思っています。

Q:

利益が知識の集約ではあっても、必ずしも利益そのものと一致するわけではないということを許容していると、結局はビジネスとしてうまくいきません。その点で何か勝ちパターンのようなものはあるのでしょうか。

A:

私もきれいな答えは持っていませんが、問題なのは収益以外の価値が見えないことです。まずはそれを見えるようにすることで、互いにその価値がどうやって利益に変換されていくのかを協議したり、仕掛けをつくったりすることができるのではないかと思います。

Q:

人間情報の中で最も発展が期待されているのは脳科学だと思いますが、脳の機能と生活場面との関係がなかなか結び付かない可能性もあると思います。その点をどうお考えですか。

A:

私は、ある飲料メーカーと一緒に、脳科学を基盤にしたマーケティング的なことをしています。脳は残念ながら全てを解明できていませんが、注意や記憶の一部はニューロンレベルまで分かりつつあります。極論を言うと、機械学習のモデルはブラックボックスですが、計算機がつくり出した途中階層と生物が進化して体得した途中階層は結果論的によく似ているので、そのメカニズムを少しホワイトボックス化することができます。こうしたニューラルなデータを使ったマーケティングも可能なので、ニューロン活動が脳内で解明されることとAIが進化することとビッグデータは全く無縁ではなく、うまく組み合わせれば一定の知識が得られると思います。

Q:

本来なら消費しなければならない高齢者の消費がなかなか上向かないのは、高齢者の居場所がなくなっていることが大きな要因で、今日のようなお話で消費は伸びるかというと、非常にインパクトが弱いと思いました。

A:

非常に大事なポイントで、私はその研究も少ししています。高齢者に対して何らかのコミュニティや役割をサービスとしてつくり出すことは、サービス研究においてとても大事だと思っていて、それで先ほど言ったような社会参加や社会認知が研究テーマに入っていたわけです。まだわれわれも本格的に取り組んでいるわけではありませんが、このような分野にもチャレンジしているということをご理解ください。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。