不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~

開催日 2017年6月2日
スピーカー 上田 圭一郎 (大臣官房秘書課課長補佐)
スピーカー 須賀 千鶴 (経済産業政策局産業資金課課長補佐)
スピーカー 宮下 誠一 (通商政策局通商戦略室室長補佐)
コメンテータ兼モデレータ 森川 正之 (RIETI理事・副所長)
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議事録

次官・若手プロジェクトとは

上田圭一郎写真上田氏:
今回のプレゼンテーションの内容は、経済産業省内の若手職員を対象に参加者を公募した次官・若手プロジェクトの中間的な取りまとめの報告です。プロジェクトは事務次官の声掛けによるもので、国内外の社会構造の変化を把握し、中長期的な政策の軸となる考え方を示して世の中に広く問いかけることを目指して活動を進めています。

手を挙げた20〜30代の30名が、国内外の有識者へのヒアリングや文献調査に加えて2つの定期的な意見交換の場を設け、「国家」の今後の在り方を議論する上でとらえておくべき世界の大きな潮流の変化について、国際政治、経済、民族・文化・宗教、技術、社会という分野に分けて広範に議論を行い、そのグローバル・メガトレンドを考えるところから始めました。今回の報告は、とくに社会にフォーカスしてまとめました。

液状化する社会と不安な個人

社会や経済を政府・企業・個人と全体でとらえ、それぞれの活動をどうするかは、以前から省内でいろいろ検討されてきました。しかし、若手で議論する中で浮かび上がってきたのは、個人から見た政府・社会については、これまで全く議論できていなかったという問題意識でした。そこで、プロジェクトチームでは、まずその議論を行ってみることにしました。

昔は政府やメディア、企業などが何らかの大きな方針や制度を作り、それに個人がついていく形で世の中の秩序が形成されていました。つまり、かつて人生には目指すべきモデルがあり、自然と人生設計ができていたのです。

しかし、近年は技術革新やグローバル化による変化の中で、個人が自由にいろいろなことを選べるようになりました。逆に言うと、今は自分の生き方を自分で決断しなければならなくなっているのです。

われわれは、今、誰もが漠然とした不安や不満を抱えている背景には、こうした「社会の液状化」、つまり、個人個人が自由に選択するためのメルクマールがなくなり、秩序が壊れてきているということがあるのではないかと考えました。

個人の不安や不満をこのまま放置すると、社会が不安定化しかねません。しかし、再び権威や型に頼ってそれを解消しようとすることは本意ではありません。われわれは、「自由の中にも秩序があり、個人が安心して挑戦できる新たな社会システム」を創るための努力を始めなければならないのではないかという議論になりました。

政府は個人の人生の選択を支えられているか

その一方で、政府のこれまでの対応は、必ずしも個人の人生の選択を支えていないのではないかという議論もありました。報告では、そう思われる状況を3つ挙げています。

(1)個人の選択をゆがめているわが国の社会システム

1つ目は、わが国の社会システムが、個人の選択をかえってゆがめているように思われることです。たとえば今の日本の社会保障制度や教育制度、雇用制度などは、基本的に戦後の成長期に設計されたもので、都度改善はされてきているものの、基本的な設計はあまり変わっていません。

当時は制度設計の前提として、女性であれば結婚・出産して専業主婦として暮らす、社会人であれば正社員として定年まで働き、その後は年金で暮らすという生活が想定されていました。こうした昭和の標準モデルのような人生を歩んでいる人は、近年はどんどん減ってきています。

それにもかかわらず、制度の骨組みが維持されているがゆえに、そういう人生を送ることが成功、勝ち組だという価値観が保たれて、お互いがお互いを変えられない構造に陥ってしまっており、そのひずみが実際にさまざまなところに出てきていると考えたわけです。

たとえば、日本では健康寿命がどんどん延び、世界でも飛び抜けた水準になっています。その中で、高齢者の6割以上が70歳ぐらいまで働きたいと考えているのですが、実際に定年後働いている人は、1割程度しかいないとされています。終末期についても、自宅で最期を迎えたいと考える人が多いにもかかわらず、今の制度設計では病院で最期を迎えられることが最善とされていて、実際に数も非常に多くなっています。これがはたして高齢者が本来望んでいた選択だったのでしょうか。

現役世代については、たとえば母子世帯や子どもの貧困は、どこかで自己責任だと断じていないかという問題提起をしました。

離婚して母子世帯になると、過半数が貧困に陥っています。日本のような水準の国で母子世帯の貧困率が高いのは、今の社会システムが個人の選択に寄り添っていないからではないでしょうか。さらに子どもの貧困は、次の世代まで格差が再生産されることでさらに固定化する構造にあり、この点についても政府は現役世代に冷たいのではないかと思います。

さらに、日本の若者は、自国のために役立ちたいと考える人の割合が世界と比べて非常に高い一方で、自分が参加すれば世の中が良くなると思っている人の割合は非常に低いです。つまり、自分が何かしても世の中は変わらないと思っている若者がとても多いのです。

(2)多様な人生にあてはまる共通目標を示すことができない政府

2つ目の状況は、30年で日本の1人当たり実質国内総生産(GDP)は2倍近く伸びたにもかかわらず、個人の生活満足度は決して上がっていないことです。

1人当たりGDPが幸福度に与える影響度は世界的に低下傾向にあります。そのため、国民の選択や個人の活動を支えることを考える上では、いろいろなメルクマールが必要とされます。社会の豊かさを追求することは重要ですが、政府が「共通の目標」としてGDPを掲げ続けることは、かなり難しくなっているように思います。

(3)自分で選択しているつもりが誰かに操作されている?

もう1点、個人の選択に関して取り上げたのは、情報です。インターネットは情報流通量を圧倒的に増やしました。それは個人の選択肢を広げるものではありますが、同時に各人がたくさんの情報の中からしっかりと選び取ることの重要性が非常に高まります。

たとえば、今のアメリカの30代未満の若者は、テレビやラジオよりもソーシャルメディアの情報を信頼している人の方が多くなっています。しかし、ソーシャルメディアには、自分に都合のいい情報にしか触れられなくなるという弱点があります。

また、意図的にうそのニュースが流されるなどして個人が情報操作されるというリスクも当然はらんでいて、その結果、社会全体としての意思決定が極端なものとなる可能性もあります。この点も、われわれ若手が中長期的に考えていかなければならない問題だと考えています。

われわれはどうすればよいか

こうした論点を踏まえて、われわれは具体策というよりも、どういう方向性でいくべきかを中心に議論することにしました。具体策を書いてしまうと、どうしても省内でできることに完結しようとする癖があるからです。そうならないように、まず大方針を議論して、意図的に方針だけ記述して整理しました。

大方針は、過去につくられた社会システムや価値観を変えていくことです。人々の価値観がどんどん変わっていく中で、従来の延長線上で個別制度を少しずつ手直ししていたのでは、いつか社会が立ちゆかなくなることは明らかです。新しい価値観に対応して、社会の仕組みを抜本的に組み替えなければなりません。

そのために必要なこととして、チームでは3つの基本的な原則を考えました。

第1は、一律に年齢で「高齢者=弱者」と見なす社会保障をやめ、働ける人は働ける限り社会に貢献してもらい、働けなくなった人をカバーするような制度設計にすることです。

第2は、1つ目の原則を前提に、子どもや教育への投資を財政における最優先課題に据えることです。

第3は、「公」の課題(公共事業・サイバー空間対策など)を全て官が担うのではなく、意欲と能力のある個人が担い手となって個人や地域の多様なニーズにきめ細かく対応し、その隙間を政府が埋めていく形に制度を設計しなおすことです。

明らかに現状に適応できていない、時代遅れの制度を変えるさまざまな抜本的提案は既に出てきているので、これからは具体策を考え、それを実現していく段階に入ります。われわれには、本質的な問題から目をそらさず、きちんとテーブルに載せて、今後のことを議論していく姿勢が求められていると考えています。

団塊の世代の大半が75歳を超える2025年までには、高齢者が支えられる側から支える側に転換するような社会をつくり上げる必要があります。逆算すると、この数年が勝負です。これが日本が少子高齢化を克服できる最後のチャンスであり、見逃し三振は許されません。

日本はアジアがいずれ経験する高齢化を20年早く経験するわけで、何としてもこれを解決していくことが日本に課せられた歴史的使命であり、挑戦しがいのある課題であると、われわれは考えています。

コメンテータ:
ライフサイクルや世代間の問題に焦点を当てて、制度や慣行の現状維持バイアスを指摘した点が、この報告の大きな特徴だと思います。私の理解ではポイントが4つあって、1つ目は「人生100年時代」を前提に、高齢者の就労や社会参画を活発化していくべきとしている点です。2つ目は、貧困の連鎖や母子家庭の問題を例に挙げ、人的資本や教育への投資が重要になっていることを強調している点です。さらに、3つ目は財政(官)が肥大化する中で「民の公共」の役割の重要性が増しているとした点、4つ目としてサイバー空間に言及した点です。

高齢者については、RIETIの研究で、日本の男性労働者は年金受給開始以降も活用可能な余裕能力を持っていることが実証されています。とくにホワイトカラーでは、引退が認知機能の低下をもたらす可能性を指摘している研究もあります。また、高齢者の就労拡大は女性の労働参加率拡大よりもマクロ経済効果はずっと大きいものがあります。それにもかかわらず、女性の就労に比べてあまり政策的な力点が置かれていない印象があるのは、高齢者の就労を促そうとすると社会保障制度を高齢者にとって厳しい方向に変える可能性が高く、政治的にアピールしにくいからだと思います。ただし、一口に高齢者といっても非常に多様性があるので、健康や資産などの格差にも目配りする必要があります。

貧困の連鎖については、多くの先進国で世代間の相関が強く、社会的移動性が低いことが分かっています。その中で、貧困世帯をターゲットとした公教育の充実は、非常に優れた公共政策であると指摘されています。その点で、経済政策に携わる実務の方々が、こうした格差や教育の問題に注目するようになったことは大きな進歩だと感じます。実証的には教育の人的資本投資は非常に有効性が高いのですが、財源や使途について何か具体的なアイデアがあれば教えてください。

ただ、解釈に当たって注意すべきと思われることが2点あります。1つは、「標準的な人生」が強調されていますが、それに該当するのは大都市部の大企業・官庁に勤める終身雇用の男性サラリーマンですが、そもそも終身雇用の労働者は高度成長期でも3分の1ぐらいしかいなかったと指摘されています。もう1つは、自営業者や中小企業経営者は労働時間も長く、サラリーマンとは事情が大きく異なると思われますが、最近の「働き方改革」でも全く議論されていないという点です。

幸福度の話もありました。GDPが測っているのは市場での財・サービスの生産であり、家計内生産は入っていませんし、余暇や環境、犯罪も外数なので、GDPと幸福度には当然乖離があります。GDP(所得)が高いからといって幸福度が高くなるわけではないのは世界共通ですが、日本には非常に特殊な実情があります。それは1960年代から長いトレンドで見たときに、若い男性の幸福度が極端に上昇していることです。このことをどう考えますか。

須賀千鶴写真須賀氏:
最終的に不確実な中で前向きに生きていく個人を育むためのツールを渡し続けることが、望まれる教育だとすると、われわれが言っている「教育」は必ずしも学校教育のことではないかもしれないという議論をしました。

その点で、必ずしも財源がなければできないかというと、教員免許を取ってフルタイムで教師として働くだけが教育者の在り方ではなくて、もっと教育ができる人、やりたい人は世の中にいるかもしれませんし、教育者としてはそういう人たちの方がふさわしいかもしれません。そういうことも含めてゼロから議論しないと、簡単に教育を無償化すると言ってしまうのは危ないと考えています。

幸福度については、期待値と現実のギャップに非常に影響されるので、必ずしも国として幸せなことではないと思うのですが、若い人たちの期待値自体が下がっていることによって幸福度が急に上がっているように見えているのではないかと解釈しています。

宮下誠一写真宮下氏:
若い男性の幸福度が上昇しているのは価値観が多様化していることも大きな要因だと思います。私のイメージですが、過去、若い男性は仕事を充実させることが第1の価値観だった。他方、最近はワーク・ライフ・バランスがいわれていますし、仕事以外にいろいろなものに価値観が置かれるようになってきて、若い男性の中で、楽しいとか幸福だと感じる部分が増えていることも影響していると感じています。

質疑応答

Q:

若者のコミュニティや中間集団については何か議論がありましたか。

上田氏:

若者にとって、インターネット上のつながりはとても重要なものになっています。ただ、ネット上のつながりが自分を助けてくれるかというと、関係はとても希薄なわけです。ですから、今までとつながり方が変わっていく中で、つながりがどういう価値を生んでいるのか、どういうつながりが助けになるのかを考えなければなりません。しかし、ふわっとした議論しかできていないので、議論としてはあまり表に出していません。

須賀氏:

副業・兼業によって現役世代のときから人生を複線化し、自分で人生の安全保障を確保していくことを考えた方が全体最適なのではないかという議論もありました。

Q:

AI(人工知能)との共生についての議論はありますか。この問題は経済産業省固有というよりも、皆さんがこれから経験せざるを得ない非常に重要な問題になると思います。

須賀氏:

われわれも、技術の進展によって社会が相当変わってくるという認識は持っていますが、そうした技術について報告に盛り込み切れていません。事務次官からは宿題だと言われているので、ぜひ検討したいと思います。

Q:

子育てに注力されるということでしたが、保育所を増やす議論にしても、出てくる話は子ども手当の見直しなどで、もう少し大胆に変えられないかと感じていました。この問題意識を広げるために、省庁を超えて何か考えていることはありますか。

上田氏:

われわれとしても、いろいろな視点がまだ欠けていると思っています。ですから今後、いろいろな方と議論しながら、不足している論点・視点を一段掘り下げて議論していこうと考えています。経産省単独で解決できるような問題では到底ないので、省庁間のつながりを使って何かしらアプローチしていく方向で考えたいと思っています。

宮下氏:

まず、われわれの考え方や価値観をいろいろな人につなげていくことが大事で、固定化された制度も皆さんの価値観が変わりゆく中でファインチューンされる部分もあると思います。そのためにも、いろいろな場を活用しながら、いろいろな人と意見交換していくことが大事だと思っています。

Q:

母子家庭の貧困や若者の問題についてどういう認識があったのか、具体的な議論を聞かせてください。

上田氏:

今回議論した中で、自分自身も何かのきっかけで生活がカバーされなくなってしまう可能性があると考えると、若者の問題は実は非常に身近なものなのだということを強く感じました。とくに現役世代の問題は自己責任だと世間は思っていて、われわれ自身もそう思っていた面がかなりあったのですが、多様な生き方を支えてくれる社会にすることを、われわれはきちんと考えていかなければならないという議論になりました。

Q:

こうした議論をするときには、財政の問題から逃げられないと思います。

須賀氏:

財源論から逃げているのではないかという指摘を一番多く頂きます。しかし、今申し上げたような価値観で、普通であれば議論の俎上にも載らないような抜本的な提案も含め、そのコンセプトを実現するための手法を一体誰が真面目に検討しているのだろうかということを、まずは投げかけたかったのです。

たとえば安楽死の法案も、大した議論にならずに葬り去られています。そういうものも含めて、物議を醸しているから何となくなかったことにするのではなく、しっかり俎上に載せて、対案も含めて真面目に検討することこそ、今しなければならないことではないかと考えます。やるべきことについての合意ができてからの財源論であるべきだと思います。

Q:

通常の行政は、明確な行政分野を持つスタッフと、意見調整や意思決定をするラインが分かれていたと思うのですが、今回の話ではそういう2分立で決めてきた報告書ではないように感じました。それについて、楽だった部分や苦労した部分、メリット・デメリットがあれば教えてください。

上田氏:

とても良かったと思ったのは、資料の集まり方がとても速かった点です。苦労した点は、本務の合間を縫ってプロジェクトに時間を割く時間を確保することと、フラットな関係であるために意思決定をするのが難しかった点です。

宮下氏:

社会・経済の課題は複雑化しており、自分の行政分野だけを見ていても、根本的な解決ができない部分があるかもしれません。本来の業務から一歩離れて、チームが集まって中長期的なことを考える時間があったことは、広い目線で考えるトレーニングという意味で、私自身の成長にもなりましたし、周りの人にとっても意味があったと感じています。

Q:

母子世帯に限らず、人生の再チャレンジを支えるような、現役世代に対するサポートシステムが非常に弱いことが問題であり、その点を掘り下げていくといいのではないかと思いました。

上田氏:

われわれは、人生のレールに戻してあげるための議論ばかりしていては、既存の価値観やシステムにとらわれた議論になるだけなので、価値観自体を変えていき、本質的にレールをなくすために、世の中のシステムをどうするかという議論をしたいと思っています。

Q:

今は国家という位置付けが揺さぶられている状態であり、個人の問題については、国家レベルの対応と、基礎自治体の対応と、国家を超えるような対応の3つをどう役割分担して進めていくべきかを併せて考えていかないと、解決できないのではないかという気がしています。国家を超える部分や自治体の役割をどう考えていますか。

宮下氏:

国家を超える部分については、日本がどういう国際関係をつくっていけばいいのか、世界秩序をどう構築していくのかという議論も今後の課題だと思っています。

須賀氏:

本プロジェクトには我こそは「公」の一翼を担えると言ってくれるさまざまなプレイヤーから一緒にやれないかと多くの声がけをいただいているのですが、そのエネルギーをある自治体に皆で集中投下するとどうなるかを見てみたいと思いはじめています。特区を作らなくてもできることがあるはずなので、「うちでやってみて」と言ってくれる自治体が出てくることを期待しているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。