世界経済見通し―勢いを得ている世界経済の今後の行方は?

講演内容引用禁止

開催日 2017年5月16日
スピーカー 柏瀬 健一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)シニアエコノミスト)
モデレータ 石川 靖 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)シニア・エコノミスト柏瀬健一郎氏が、「世界経済見通し(WEO)2017年4月」http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/について講演します。

議事録

世界経済は引き続き改善しているものの……

柏瀬健一郎写真国際通貨基金(IMF)は、世界経済の成長率は、2016年下期以降の景気回復を受け、2017年は3.5%に上昇し、2018年には3.6%まで伸びると予想しています。

先進国・地域では、短期的に循環的な回復が見られますが、中期的には抑制された成長が続く一方、新興市場および途上国・地域では、主にマクロ経済的に苦境にあった資源輸出国の成長が輸出価格の底打ちを受けて回復し、資源輸入国は引き続き堅調さを維持するという見通しを出しています。

ただし、下振れリスクが以前よりも高くなったことを指摘しており、このような状況下において各国の政策として最も重要なのはマクロ経済上の管理政策をしっかり行うことであり、圧迫されている潜在成長率の引き上げが必要であると述べています。

世界経済見通しを形成する要因は、先進国・地域と新興市場および途上国・地域で異なります。先進国では、金融危機後、回復度のばらつきがあるものの、ある程度循環的な回復が見込まれます。一方、新興市場国では、引き続き中国におけるリバランス(再調整)が大きな影響を与えるでしょう。また、資源価格の低下に対する調整や、資源輸出国におけるマクロ経済の調整も鍵を握りますし、地政学的、政治的要因も大いに関係します。そして、先進国、新興市場国ともに、人口動態の変化と生産性の伸び率の低さが中長期的に影響を及ぼします。

勢いを増す世界経済の背景

世界経済が勢いを増していることは、製造業PMI(購買担当者景気指数)がここ4〜5カ月間、継続的に伸びていることからも分かります。同様に、消費者信頼感指数も先進国で伸びています。これらの先行き指数から、投資や生産、および消費が今後引き続き伸びていく事が期待されています。同時に、先進国だけでなく新興市場・途上国における貿易も伸びていくと期待されています。

債券市場にもその影響が見られ、とくにアメリカにおける大統領選以降、財政緩和策が期待される中で景気がますます伸びていくことが予測されており、それと呼応するように利上げも予想されています。新興市場国では金融政策スタンスにばらつきが見られ、中国、メキシコ、トルコなどでは利上げが行われていますが、ブラジルやロシアでは、景気回復が思っていたよりも緩やかであった事を受けて、利下げが行われています。

株価については、アメリカの成長が期待される中、先進国、新興市場国の双方で上昇が見られます。

次に資源価格について見ていきましょう。平均原油価格(スポット価格)は昨年以降、だいぶ回復してきました。同様に、実質金属価格も回復しており、こうした状況下で、資源輸出国の景気も底を打ち、徐々に回復してきていると見ています。しかし資源価格の更なる回復見通しは限定的であるようです。このスライドを見てもお分かり頂ける通り、2018年における実質原油価格は、概ね2017年の水準に保たれると仮定しています。

アメリカの景気回復の影響を受けて今後の利上げも予測されており、当然これは実質実効為替レートにおける米ドルの上昇に繋がっています。資源価格の回復が資源輸出国における景気回復に繋がってはいるものの、依然としてばらつきがあり、そのことも実質実効為替レートの変化に影響を与えているようです。

資源価格は底を打ったもののインフレはまだ低水準で、2016年10月の世界経済見通しでは、デフレもリスクの1つであると指摘していました。しかし先進国における総合インフレ指数がここ数カ月において上昇しており、デフレのリスクはだいぶ軽減されたようです。これとは対照的に、食品や原油価格などを除くコア消費者物価指数におけるインフレ率はまだ低水準が続いています。新興市場・途上国の総合インフレ指数は、徐々に上昇してきていますが、先進国に比べてあまり伸びていません。

新興市場・途上国の成長パターン

新興市場・途上国における成長率には、依然としてばらつきが目立っています。全資源輸出国と非資源国(中国を除く)の成長率は、以前は同じように推移していましたが、2011年以降、資源価格が急激に下落したことを受けて、資源輸出国の成長率も同様に下落しました。対象的に非資源国では成長率が維持され、このことが新興市場・途上国における成長率のばらつきに繋がったようです。

中国におけるリバランス(再調整)を通して、IMFでは中国経済の成長率は今後緩やかに減速し、2022年には6%まで下がると予想しています。このリバランスが中国経済を長期にわたり持続可能な経済成長へと導いていくでしょう。

2011〜2016年においては成長率が大幅に下落した資源輸出国が、新興市場・途上国・地域の成長率の低下に大幅(3分の2程度)に寄与しています。また、中国の成長が徐々に低くなっていくことも、地域の成長率の低下へと寄与しています。一方、2016〜2022年おいては、資源輸出国がますます回復していく見通しです。これを受けて、新興市場・途上国・地域においても、成長率が上昇すると予想されており、全世界にもポジティブな影響を与えていく見通しです。中国における成長率は、引き続き緩やかに下がっていきますが、下げ幅は2011〜2016年と比べてそれほど高くありません。

新興市場・途上国における成長率に関して、資源輸出国と非資源国でそのばらつきを生む重要な要因の1つは、交易条件(輸出価格と輸入価格)の変化です。資源価格が低下すると、資源輸出国では輸出価格が大幅に下落して交易条件が悪化し、偶発的な損失が生じますが、輸出価格が輸入価格に比べて上昇すれば交易条件が改善したことになり、偶発的な利益が生まれます。

交易条件が悪化すると、資源輸出国では特に民間収入が落ち、それが消費、投資、および財政にも悪影響を及ぼします。しかし、成長率が大幅に下落した資源輸出国では、今後の経済成長の回復が見込まれています。

全要素生産性の伸び悩み

世界経済の大きな課題の1つは、全要素生産性の伸び悩みです。世界金融危機以前と比べて、新興市場国、先進国ともに全要素生産性伸び率が低くなっており、人口動態の変化とともに中長期的な世界経済の成長率にプレッシャーをかけています。世界金融危機以降、資本蓄積の伸び悩みが、全要素生産性にネガティブに働いています。投資が伸びても資本蓄積が生産性に与える影響が小さくなってきているのが要因です。

世界経済の成長予測

世界経済の成長率は、2016年は3.1%でしたが、2016年下期以降の循環的回復に後押しされて2017年は3.5%まで伸びる見通しです。これは昨年10月の世界経済見通しに比べて0.1ポイント上昇しています。しかし、2018年の成長率は3.6%で据え置きとなっています。

先進国においては、昨年10月の見通しから0.2ポイント改善していますが、これはアメリカ、イギリス、日本、ユーロ圏における成長率が改善したことによるものです。アメリカではトランプ政権の下、財政緩和策が今後取られる予想ですが、その影響が顕著になるのは2018年以降の見通しです。イギリスでは、EU離脱がマクロ経済に負の影響を与える事が懸念されていましたが、国民投票後における民間消費の伸び幅が予測よりも大きく、経済成長率も上方修正されました。日本ではGDPの改定値が成長率の上方修正に反映され、ユーロ圏でも循環的な回復が見られることが、全体の成長率の改善につながっています。

一方、新興市場国では、中国における景気策が以前の予想以上に大きいことから、成長率を0.4ポイント上方修正しています。インドでは高額紙幣の廃止によって消費が伸び悩んだこともあり、成長率が0.4ポイント下方修正されています。ブラジルは景気回復が思っていたより緩やかだったため、0.3ポイント下げています。ロシアでは、資源価格の回復が成長率を底上げしました。資源輸出国全体としては0.2ポイント下げていますが、中期的に見た場合、2018年以降も資源輸出国の成長率は徐々に回復していく見通しです。

下振れリスク優勢の世界経済

このように、世界経済は勢いを増しているものの、依然として下振れリスクがあります。

懸念材料の1つ目は、世界経済の統合に対する脅威です。内向的政策を取る国が出てくると、保護貿易、保護主義が需要や生産性に打撃を与える可能性があります。

2つ目に、アメリカのマクロ経済政策があります。予想以上に速いペースで金融引き締めが進んだ場合、それが急激なドル高につながる可能性があります。それがアメリカの経済成長を抑制し、脆弱な新興市場国に悪影響を与える可能性もあります。

3つ目は、新興市場国における金融環境の急変です。とくに企業や家計の債務が大きい国、企業の収益性が低い国、バランスシートの弱い企業を持つ国々は、その脆弱性ゆえに投資家の信頼感が急変するリスクにさらされています。そのようなリスクを軽減し、経済成長を促すために、どのようなマクロ経済政策を取っていくかという問題があります。中国の継続的な与信依存や再編の遅れは、最終的に破壊的調整を招く危険性があることから、注意深く経済・市場の動向を分析しつつ、リスク回避のための政策を実行していく必要があります。

4つ目は、金融規制の大幅な緩和です。それにより、投資家が必要以上にリスクを取ることでシステミックリスクが現実化する可能性もあるので、これにも注意が必要です。

5つ目は、ヨーロッパの一部の国が、弱い需要、低インフレ、脆弱なバランスシート、生産性の伸びの鈍さといった負の要因を抱えており、それらが連鎖的に経済に影響を与える事が依然として懸念されています。これらの国では1つ1つのリスクを軽減させる政策を取る必要があります。

更に、地政学的緊張、政治対立、激しい気象災害、安全保障上の懸念など、経済以外のショックが突然襲うリスクも忘れてはいけません。

重要な政策の選択

このような中で、先進国も新興市場国も、重要な政策の選択が迫られています。弱い需要、弱いインフレが続く先進国においては、循環的な支援が望ましく、金融緩和策や、財政余地のある国では財政政策を実行する必要があります。また、需給ギャップのない国々は、セーフティネットなどを強化し、潜在成長率を高める必要があります。公的債務を持続可能な軌道に乗せるための信頼される政策の実行も必要です。

新興市場・途上国では、とりわけ、経済再調整の只中にある中国経済が、引き続き与信の伸びで維持されており、リスクを軽減しながらどのようにリバランスしていくのか、与信拡大に抑制をかけるかどうかが大きな課題です。そして、資源輸出国における資源収入の低下に伴い、財政をどのようにやりくりするかも大きな政策課題です。金融リスクを抑制し、脆弱性を補っていくことが求められます。また、先進国のみならず、新興市場・途上国においても潜在成長率を高めるための構造改革が必要です。

アジア太平洋地域の経済成長見通し

アジア太平洋地域について見ると、短期的には景気回復の勢いが増し、消費、投資の伸びが経済成長率に大きく寄与しています。アジアは引き続き力強く成長し、世界経済を牽引していきます。

このスライドからみてもお分かり頂ける通り、貿易もある程度回復してきており、資源価格の上昇とともにアジアの資源輸出国の消費者物価指数も伸びてきています。しかし、2016年と比べてそれほど上がっていない国もあり、ばらつきが見られます。

アメリカの景気刺激策がアジアにポジティブな波及効果をもたらす可能性もありますが、脆弱なバランスシートを抱える国もあるので、アメリカの利上げのスピードが思っていたよりも速ければ、更なる金融の引き締めも起こり得るため、下振れリスクは当然あります。

また、保護主義のような政策が取られると、貿易や投資に負の影響を与え、生産性にも影響するリスクがあります。加えて、中国経済の構造改革が予想以上に難航した場合、与信に依存する中国金融のリスクが高まる可能性があります。

家計と企業の負債比率の高さもリスクの1つです。タイやマレーシアなどでは家計債務が非常に高く、アジアではとくに非金融企業の債務が大きくなっています。

このように依然として下振れリスクが存在しますが、アジアなどの新興市場国では、外生ショックに対して相対的に強いことが分析されています。外生ショックに対する強さの判断基準は、外貨準備カバレッジ、外部調達の必要性、公的債務の外貨シェア、非金融企業債務の外貨シェア、銀行の自己資本比率、非金融企業のインタレスト・カバレッジの6つの項目で判断されており、アジアの新興市場国は銀行の自己資本比率を除く全てでアジアを除く新興市場の平均基準値を上回っています。

また、アジアの国はグローバル・バリュー・チェーンに参加している国々が非常に多く、主要な貿易相手国に対する貿易エクスポージャーが非常に高くなっています。たとえば韓国においては、アメリカに対する輸出品の付加価値は対GDP比で約5.5%です。韓国はグローバル・バリュー・チェーンに大きく関与しているため、韓国の輸出品には他国で作られた付加価値が対GDP比で約2%含まれています。対中国では、付加価値がGDP比で12%近くあります。つまり、中国の輸出入が減った場合、韓国が受ける影響は非常に大きいということです。

中期的には、アジアは逆風に直面しています。まず、高齢化です。老年人口指数が15%から20%に上昇するまでにかかる年数を比べると、ヨーロッパは30年近く、アメリカは50年以上であるのに対し、フィリピンが15〜16年、シンガポールが5〜6年と、アジアで急速に高齢化が進むことが予想されます。アジアの新興市場国がその年数に達したときの所得水準はアメリカよりもかなり低く、豊かになる前に高齢化していくことを意味しています。人口動態の変化は将来の成長に大きな影響を与え、経常収支にも当然影響を与えます。

アジアは今、世界の成長のエンジンとなっていますが、世界のリーダー諸国との所得のコンバージェンス(収斂)が滞っていることが大きな課題です。生産性の伸びが抑制されていることが、その大きな理由の1つです。

労働生産性に寄与する要素を分析する時に、研究開発や貿易に対する開放度、つまり輸出入が多い国々や、人的資本などを含めて対内直接投資が多い国々は生産性の伸びが大きいことが分かっています。ですから、保護主義のような内向的な政策が世界経済に広がると、アジアにおける生産性の向上にネガティブな影響を与えることになります。

政策提言

このように逆風と下振れリスクが存在する中では、金融、財政、構造政策による3方面からの政策的アプローチが引き続き有効です。また、バランスシートの脆弱性をしっかりと考慮し、必要な政策を取って経済成長のモメンタムを支える必要があります。さらに、短期的なリスクや人口動態が与える課題に対処し、各国が生産性を伸ばしていくことを積極的に考えなければなりません。

短期的なリスクに関しては、まず第1に急速なドル高に対処する必要があります。脆弱性を持つアジアの国々はマクロプルーデンスなどの枠組みをしっかりと強化し、システミックリスクを軽減する必要があります。また、為替の柔軟性を持たせることで、ドル高の局面でもある程度外生的な脆弱性を軽減することができます。IMFとしては、多国間協調を今後も維持するように訴えていく必要があると考えています。

並行して、労働市場と年金制度の構造改革を進め、高齢化が始まる前にマクロ経済政策を早期に調整することが必要となってきています。外生要因による追い風が弱まる中で、どのような政策を用いて生産性を引き上げるかを、各国が考えていく必要があります。

質疑応答

Q:

中国は豊かになる前に高齢化してしまっていますが、既にリスクの顕在化は起こっているのでしょうか。

A:

中国では2011年に労働年齢人口比率がピークに達し、製造業における労働賃金の上昇によって競争率が他のアジアの国々と比べて以前よりも低下してきているように見受けられます。今までの中国経済は、製造業や投資にずっと依存してきましたが、これからはサービス業や消費の伸びが中国経済の原動力になって行きます。そのような転換がスムーズに行われれば、マクロ経済におけるリスクもある程度軽減されると思います。中国における所得の不均衡も非常に大きな問題です。不均衡度が高い国では、経済成長の持続性にある程度のリスクがあると思われます。

Q:

所得のコンバージェンスは2000年のWTO発足以降、緩やかに進んできていると思っていたのですが、いかがでしょうか。

A:

過去20〜30年を見るとコンバージェンスがだいぶ進んできたように見える国もありますが、今後直線的に伸びていくかというと、政策的な要素を考慮すれば、その伸びしろが少ないのではないかという懸念を持っています。各国で必要な構造改革をしない限り、または必要な技術革新に対して積極的に投資していかない限り、生産性の伸びは限定的ではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。