世界景気後退リスクをどのように考えるか:日本の危機管理プランとは

開催日 2016年7月15日
スピーカー 菅野 雅明 (JPモルガン証券株式会社チーフエコノミスト)
モデレータ 井上 誠一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局調査課長)

議事録

世界経済の成長率低下

菅野雅明写真リーマンショック後のアメリカを中心とする世界の景気回復は、8年目に入り、そろそろ景気循環のピークアウトの議論が始まっている状況です。先進国を中心に潜在成長率は低下しており、景気後退が視野に入りかけています。

アメリカの名目成長率は1980年ごろの9%強がピークで、それ以降は一貫して下がっています。実質ベースでも、オイルショックの前までは4%ほどありましたが、その後は3%前後で推移し、リーマンショック後はかなり急激に低下しています。

リーマンショック前までの名目成長率の低下は、インフレ率の低下だったので、ある意味ではいい低下で、実質成長率はそれなりに高かったのですが、リーマンショック後の名目成長率の低下は主として実質成長率の低下であるため、セキュラースタグネーション(長期停滞)の議論にもつながっています。

その底流には、労働生産性の低下があります。特に顕著なのが日本の労働生産性の低下です。1990年代初めは3%後半でしたが、今はゼロ近辺まで落ちています。ゼロということは、リーマンショック時の落ち込みから全く回復できていないということです。アメリカも、足元は急激に低下しています。

労働生産性低下の背景で日米に共通しているのは、まず高齢化です。それから、経済のサービス化があります。サービス産業の方が成長率が低いので、生産性が低くなるのです。また、期待していたほど新興国経済が伸びていません。技術進歩もやや減速気味で、第4次産業革命、Internet of Things(IoT)、人工知能(AI)などが実際にマクロの需要を押し上げるところまではいっていません。

アメリカの場合、GDPの伸びを超えて雇用が増加しています。すなわち、人がたくさん働いている割にはあまり生産が増えていないため、労働生産性の鈍化が進んでいるのです。設備投資も明らかにダウントレンドが見て取れます。一方、日本は製造業で労働生産性がどんどん上がっていますが、これは生産性が低い部分を海外にシフトし、国内には生産性が高いものだけを残しているからで、国内の雇用を減らして労働生産性を上げているのです。

サービス業は就業者数がどんどん増えていますが、生産性は製造業の半分ほどです。サービス業はグローバルな競争が不十分な分野なので、市場原理ではなかなか生産性が上げられません。医療や福祉は、将来、ロボットスーツのようなものが出てくれば話は別ですが、そもそも生産性が上がりづらい分野です。

アメリカの景気後退予兆

過去の景気後退はいずれも一種のショックによって引き起こされており、事前にその時期をピンポイントで当てるのは事実上不可能です。われわれにできることは、大きなショックがあったときにどのぐらいの確率で景気が後退するかを事前に示すことぐらいで、アメリカが景気後退に入る確率は2014年以降徐々に上がってきています。

通常の景気回復期でも平均18%という数字が出る中で、1年以内の景気後退確率は36%なので、1年以内にアメリカが景気後退になる可能性は低いでしょう。しかし、2年後(5割)、3年後(7割強)には景気が後退している可能性が高いと思います。景気拡大期の後半では、企業の収益率がピークアウトし、生産性が下がります。こうした景気成熟期特有の現象が既に見られていますので、今後の米国経済指標は注意して見なければならないと思います。

アメリカでは景気後退に陥る前に銀行の貸出態度が厳しくなるという景気循環との規則的な相関が見られますが、今年に入って既に銀行の貸出態度は厳しくなっています。これは、企業の利益率が低下している点に加え、規制強化も関係しています。アメリカではドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法がかなり強化され、銀行は自己防衛のため余計貸しにくくなっています。企業の利益率が下がってきているので、雇用者数の増加テンポもかなり遅くなると思われます。そろそろアメリカの景気後退もある程度視野に入れておかなければならないでしょう。一方、失業率がかなり下がってきたので、賃金は緩やかに上がり始めています。

Fed利上げ予測

市場では、景気後退が近づいているのであれば連邦準備制度(Fed)は利上げの必要はなく、むしろ緩和すべきという見方もあります。ただ、賃金インフレのリスクがあるので、イエレン議長としてはこのあたりに目配りが必要です。

マーケットの焦点はFedがいつ、何回ほど利上げするかで、連邦公開市場委員会(FOMC)予測や市場予測では、現在は2014年末に比べて利上げの可能性は後退していますが、われわれは、年末までに利上げが1回はあるだろう、さらに来年末までにもう1〜2回はあるだろうと見ていて、FOMCの見方よりはかなりハト派的ですが、マーケットの平均的な見方よりはややタカ派的です。

現状、為替は何とか100円を上回っていますが、アメリカが景気後退に入れば、当然、利下げするでしょう。一方、日銀の緩和策は限界に近づいているのでそうなると円高に向かうリスクが高まると考えておいた方がいいと思います。

ユーロ圏の状況

ヨーロッパは、総体的に安定しています。イギリスのEU離脱(Brexit)は当面、ヨーロッパの地域ショックにとどまり、世界市場への影響は限定的と思われます。気になるのはイタリア経済の低迷に伴い、イタリアの一部銀行に不良債権がたまっていることです。

リーマンショック後のユーロ危機のときにも幾つか金融不安の芽があって、キプロス問題のときに初めて、銀行に公的資金を入れる条件として債権者が損失を負担するベイルインが実施されました。

今のヨーロッパはそういう流れになっていて、イタリアの一部銀行の救済もベイルインが前提になっています。ただ、イタリアの場合は個人が銀行債をたくさん持っているので、個人にも少なからず影響が出るため、政治的な問題になる可能性があります。一方で、ドイツは救済基準の緩和に難色を示しており、今後、ドイツの対応が注目されます。

南欧では、財政問題が懸念事項の1つです。2012年にスペインの一部地域金融機関の状況が悪化したとき、スペイン政府は公的資金を入れようとしましたが、そうなると財政がさらに悪化するとしてスペイン国債は格下げのリスクが高まりました。結局、欧州中央銀行(ECB)の無制限国債買入(OMT)により危機を脱しましたが、これは次の金融危機の1つの可能性を示唆しているともいえます。

つまり、公的資金を入れれば金融危機は治まりますが、財政状態が悪い中で公的資金を入れると財政危機を引き起こす可能性があるということです。ヨーロッパの場合はECBの後ろにドイツがいるので何とか事なきを得ましたが、次の世界的な危機は、財政危機と金融危機が複合的に起きる危機かもしれません。

世界景気後退シナリオ

以上を前提に、世界景気後退の3つのシナリオを示しました。シナリオ1はFRBが緩やかに利上げするケース、シナリオ2は利上げが加速するケース、シナリオ3はその中間です。

シナリオ1の場合、アメリカの金利はあまり上がらないのでドル安の方向になります。アメリカの景気があまり良くないこと、インフレ圧力が強まらないことが前提ですが、ドル安になると今までドル高に助けられていた日欧が苦しくなります。

新興国にとって厳しいのはシナリオ2です。Fedが急激に利上げすると、新興国からのキャピタルフライト(資本逃避)が起きる可能性が高まります。そうなると、もともと市場の信認に欠ける新興国では、経済があまり良くない上に利上げしなければならなくなり、ますます景気は悪くなるでしょう。ドルの金利が上がればドル高になるので、取りあえず日欧にとってはプラスですが、新興国を引き金にして景気後退が起きると、最終的には日欧も引きずり込まれてしまいます。

シナリオ3は、市場の予想の範囲内にFedが利上げする場合で、左右のラフを避け、フェアウェイに何とかボールを転がしていくような状態なので、フェアウェイシナリオと呼んでいます。われわれはシナリオ3を当面のメーンシナリオに置いていますが、先行きフェアウェイはどんどん狭くなっていきそうな状況です。

日欧は、アメリカが減速して自国通貨が多少強くなっても何とかやっていけるので、シナリオ1では世界景気はすぐには後退しないと思います。むしろ注意すべきはシナリオ2です。中国をはじめとする新興国からの資本流出が増えれば、それが引き金となって世界経済が急速に減速するかもしれません。景気後退入りの時期は、早い順にシナリオ2、1、3と考えられます。

日本経済について

日本では、日銀がマイナス金利政策をとったことで長期金利が大きく下がりました。日米で2年債の利回りの差が若干拡大したので普通であれば円安の方向に動くのですが、実際は円高が急速に進行しました。

その背景として一番大きいのは、期待インフレ率の推移です。安倍内閣が発足し、黒田東彦日銀総裁が登場した2013年から2014年にかけて、日本では市場で計測される期待インフレ率が急激に上がり、横ばいだったアメリカとの差が急速に縮小しました。その後、原油価格の値下がりで日米ともに緩やかに低下し、今年に入って原油価格がいったん底を打ったことからアメリカの期待インフレ率は上がりましたが、日本は下がり続けています。実質金利差(名目金利差-期待インフレ率)は、2014年にかけて日米差が急速に縮小し、大幅な円安が起きました。それが最近また開いてきたので、円高気味になっているのです。

アメリカの期待インフレ率は現在2%を下回っていますが、それでも2%でアンカーされているところがポイントです。日本は黒田総裁が何とかアメリカ並みに上げようと奮闘し、量的・質的金融緩和政策などいろいろやりましたが、結局はゼロ%近辺にまで落ちてしまいました。ここが日米の大きな違いです。

日銀短観を見ても、昨年後半あたりから企業の物価見通しの数値が急激に下がっていますし、いわゆる日銀コアCPI(生鮮品・エネルギーを除く消費者物価指数)もピークアウトしていて、今後も引き続き下がると思います。「長い目でみれば期待インフレ率は上昇している」という日銀の説明はかなり苦しくなっています。

このほか、日銀の政策については、日銀があとどれだけ国債を買えるのかという議論があります。日銀は既に国債発行残高の約3分の1を保有しているので、一部の市場関係者はもう限界ではないかと言っていますが、われわれは50%ぐらいまではまだ買えるだろうと解釈しています。日銀は、市場機能よりも、2%インフレを早期に達成することを重視しているようです。

日銀の次の一手

日銀は7月29日の金融政策決定会合で、何らかの追加緩和を決定することが予想されますが、問題はその後です。アメリカの景気後退が現実になり、日本も景気後退になったとき、日本に残された選択肢は、空からお金をばらまく(マネーサプライを大幅に増やす)ヘリコプターマネー政策と、マイナス金利のさらなる引き下げです。

どちらも過激な政策なので、すぐには実施できません。そこで、出口戦略として量的金融緩和を削減してインフレ目標値を1%にすべきだと言う人もいます。しかし、それをすると海外投資家の期待は一気にしぼんで大幅な円高となるリスクがあります。今は黒田総裁や日本政府に対する期待が非常に大きいので、何とか100〜105円を保っているのです。

そもそも今の日本に円高でもいいと言えるほどの余裕はありませんし、2〜3年以内にはアメリカの景気後退に伴い、100円を下回る円高になっている可能性もあります。そのときに、さらに円高になってもいいと言うのは政治的には受入れ難く、残る選択肢はヘリコプターマネー政策かマイナス金利の深掘りになります。

一番簡単なのはヘリコプターマネー政策ですが、それを行うには金融政策と財政政策の統合が必要です。日銀の公債直接引受を禁止した財政法5条の制約をなくせば、財政政策も金融政策も政府か日銀が行えるようになり、財政支出を自動的にマネーファイナンスするというのが、ヘリコプターマネーの基本的枠組みです。

問題は、ばらまく金額です。10兆円だと1人当たり10万円弱なので預貯金に回ってしまう可能性がありますが、1人当たり100万円、国全体で120兆円となれば4人家族だと400万円になりますから、これは消費増加に繋がるでしょう。ただし、ポイントは、これが1回限りではダメで、毎年続けなければ継続的な消費増加にはなりません。しかし、毎年続けるとなると、やめるのが難しくなります。ヘリコプターマネーの難しさは、適当な規模を見出すことが難しいことと、出口がないことに尽きます。

ヘリコプターマネーの議論は1カ月ほど前にバーナンキ前FRB議長が同氏のブログで言及したことで火がつきました。同氏は中央銀行が財政ファイナンスの額を決定し、それにより供給されるお金の使途は国会が決めればよいと言ったのですが、日本ではそのやり方は機能しないと思います。なぜなら、日銀は既に財政赤字の倍以上の額の国債を買ってしまっているので、政府が少し赤字を増やせば、自動的にマネーファイナンスができてしまうからです。実はバーナンキ前議長が考えるよりも日本の状況は進んでしまっていて、その意味では事実上のヘリコプターマネー政策は既に始まっているといえなくもありません。

また、日銀によるマイナス金利の深掘りは、-50bpぐらいまでいく可能性はあると思います。しかし、今の状況でこれ以上金利を下げれば、銀行は企業預金に対する手数料を徴収するなど、企業預金の金利を事実上のマイナス金利とせざるをえなくなりますが、一定限度を超えると、企業は預金を取り崩して現金を自社の金庫に入れると思います。そうなるとこの政策はうまくいきません。

日本の問題点は、小幅のマイナスの政策金利でも貯蓄が投資を上回っていることです。投資を増やすためには、成長戦略で企業の期待投資収益率を引き上げることが望ましいのですが、それが短期的に難しい場合には、金利を投資が出るまで引き下げることで対応することが1つの案となります。ただ、個人預金金利までがマイナスになれば、タンス預金が増えてしまいますので、そのようなことが起きないシステムをつくらなければなりません。

それは銀行券が減価するシステムです。一例を挙げると、銀行券への課税です。銀行券に課税すれば、現金が法貨として使用するには、一定の税を払わなければなりませんので、タンス預金をする意味はなくなります。その他に電子マネーなどで全てキャッシュレス化する方法もあります。ただ、税というと、それが何であれ、通常は国民から猛反対に会うでしょう。しかし、これは、財政赤字を減らすためではありません。銀行券への課税で集めた税収を全額家計に戻すべきです。一種の給付付き税額控除でもいいでしょう。また、年金生活者には一定額のゼロ金利預金を認め、国が銀行に利子補填するような措置をとれば、国民も支持するのではないでしょうか。また、銀行は、たとえば-3%の預金金利に対し-1%で貸し出しするので2%ポイントの利鞘が発生します。住宅ローン金利や消費者ローン金利がマイナスになれは、資金需要も増え、さらにイールドカーブもスティープ化するので、金融市場にとっても非常に大きなメリットがあります。足下では、現金(銀行券)への需要が高まっていますが、本来、キャッシュレス化は望ましいことであり、銀行券がたくさん出回っている社会はあまり健全ではありません。

問題は、銀行券への課税を国民に理解してもらえるかという点ですが、仮にこの案が実現したとしても、成長戦略なしには十分には機能せず、単に不動産バブルを作るだけで終わってしまう可能性があります。ですから、金融政策でできることは投資環境づくりがせいぜいで、投資環境ができたときにお金がなるべく生産的なところに回るようにする役割を政府が担わなければなりません。それが成長戦略であり、金融政策だけで全てが解決するとは思えません。

今後2-3年以内に世界景気が後退するリスクは小さくないと思いますが、仮に大幅な円高になったとき、日本はどうするのか。日本は円高・デフレをを受け入れるのか、受け入れないとしたら、マクロ政策としては、ヘリコプターマネーか、あるいはマイナス金利の深掘りなのか。今のうちに、マクロ政策に関する議論を深めておく必要があると思います。

質疑応答

Q:

日銀がアクティブに動いても、じりじりと円高になっていく可能性はあると思います。そのときに、日本の産業構造はどれぐらい持ち得るのでしょうか。

A:

日本経済は外需に対して非常にセンシティブです。それに円高が加われば二重に影響を受けますから、まずは経済体質を変えなければなりません。その鍵は、いかにサービス産業を成長産業に変え、利益の出る体質にするかです。しかし、今の日本の法制は業界保護的なものが非常に多く、非効率なサービス産業が守られてしまうという状態がなかなか改善できないのが現状です。

Q:

1946年の新円切り換えと、それに伴う預金封鎖から学べる教訓は何かありますか。

A:

戦時中は物資統制で、インフレは物不足という形で表れていましたが、戦後、統制がなくなった途端に全てが物価上昇となって表れました。結局、ヘリコプターマネーというのは、一時的に所得が増えているという錯覚を皆が持ち、苦しみを先送りして将来世代から前借りしているようなものです。将来世代の富を現役世代のわれわれが享受してしまって本当にいいのだろうかという思いはあります。

マイナス金利は、銀行券を減価させることが出来れば、後は市場メカニズムが解決するという点で、肥大した行政機構や政府の関与なくできる政策です。原理的には非常にきれいな体系です。また、私は、将来は、電子マネーが基本になり、たとえば、銀行券と電子マネーとの間に為替レートのようなものが発生するようなこともありうると思っています。

Q:

マイナス金利は、金融資産にマイナス課税をするということなのでしょうか。マイナスクーポン債は現在発行されているのでしょうか。

A:

発行価格とクーポンをどうするかということは、当然ながら組み合わせで決まります。ですから、マイナス金利といっても、たとえば10bpのクーポンはついていて、後は債券価格で調整するというシステムはありえます。発行価格が償還価格を大きく上回り、満期まで持ったら損失が発生するという形です。

今の日本の問題は企業が預金してお金を使わないことなので、大口の企業預金、金融機関預金にマイナス金利を適用することは、理にかなっています。企業預金が事実上のマイナス預金になれば、企業が自社株買いや配当を増やして株主に還元するメカニズムも働きやすくなります。つまり、企業が現金を持っていることに対するペナルティを与えるという意味にもなります。そうなれば、日銀の政策も効いてくるでしょう。

Q:

ヘリコプターマネーは、ばらまく額次第で確実にインフレになるという話でしたが、経済がグローバル化する中で、この国の経済は駄目だというところまで円が暴落しない限りはインフレにならないと思うのですが、いかがでしょうか。

A:

インフレになる経路は複数ありますが、円安になるまでばらまけばいいというだけの話です。実際には、期待が変化し、短時間に円安になる可能性もあります。現在は、予算制約から消費ができない人々に対し、ヘリコプターマネーによって現金を給付すれば予算制約がなくなり、消費は拡大すると思います。その結果、物価がじりじり上がり始めると、先に使わなければ損だという世界になります。ですから、これは効くと思いますし、ある意味最も平等で行政コストが掛からない仕組みですが、問題は、お話したように、どうやってヘリコプターマネーを制御し、終わらせるか、という点です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。