中国 習近平体制3年と日中関係

開催日 2016年6月8日
スピーカー 中澤 克二 (日本経済新聞編集委員)
モデレータ 田村 暁彦 (RIETI上席研究員・総務ディレクター)

議事録

「反腐敗」運動の推進

李源潮は、今後半年くらいの中国の政局を左右する存在になると思います。彼は今、国家副主席として対外向けに中国のことを発信し、主席に代わって外交の一部を担っていますが、「チャイナ・セブン」(中国共産党の第18期常務委員に任命された7人の幹部)には含まれていません。

2012年の共産党大会のときに常務委員会入りがうわさされ、いろいろな動きがあったのですが、今となっては常務委員会入りしなかったことが腑に落ちる話がいろいろあります。最近では5月30日に、李源潮の側近である李雲峰江蘇省副省長が拘束されました。側近が捕まったことは、李源潮に対しても疑惑がかけられていることを明確に示しています。

李源潮は、李克強首相と同じく、中国の大きな政治勢力である中国共産主義青年団(共青団)を足場に上がってきた人です。胡錦濤前国家主席も共青団の出身で、その跡を引き継いだのが、弟子筋に当たる李克強と李源潮でした。李克強はどちらかというと学者肌の人で、李源潮は政治的センスがあると見られていて、共青団で大きな権限を握っていました。

ところが、その李源潮の側近が逮捕されたわけです。ただ、側近が逮捕されたからといって、李源潮がすぐに逮捕されることはありません。1年半ぐらい先に最高首脳部の人事があるので、その戦いの大きな材料の1つにされると思われます。

習近平側の思惑としては、李源潮に連なる人を押さえたことは非常に大きいです。これまで習近平は一貫して権力を自分に集め、成功を収めてきました。その手法の1つに、「反腐敗」運動を利用して権力をどんどん高めていったことが挙げられます。これがほぼ成功し切ったと思えたのは、昨年末ごろだったと思います。

「核心」の提起

そこで、習近平は自らの地位をもう一段高めることを狙いました。なぜなら、来年に党大会を控えているからです。彼は、自らが国家の「核心」であると皆に思わせる運動を始めました。習近平自身が特別な人であり、胡錦濤や江沢民のようなリーダーではなく、毛沢東や鄧小平のような偉大なる指導者であることを示そうとしたのです。

しかし、これに「待った」がかかりました。過去の例を見ても、偉大な指導者たちは相当な経験と尊敬を集めた上で「核心」になっていますが、習近平は主席に就いてまだ3年しかたっていません。それで「自分が一番偉くなった」と言っていることに大きな抵抗感を抱いて、時期尚早と言う人が出てきたのです。

習近平が「核心」を提起したことに伴い、周囲でも「核心」をアピールするいろいろな運動が起こりましたが、その1つに「習近平バッジ」がありました。過去、共産党トップで自分のバッジを公式に作ったのは、毛沢東だけです。文化大革命のときには皆が「毛沢東バッジ」を着けました。しかし、大変な犠牲者と大混乱が生じたことを反省し、鄧小平の時代になると、個人崇拝につながる運動の禁止が党章に書き込まれました。この党章の趣旨を破って、習近平バッジが作られたのです。

全人代のとき、その習近平バッジをチベット自治区の代表団が胸に着けていたことが問題化しました。その後、多くの団員が途中からバッジを外したのです。中国の政治は、見ているだけでも分かることもあるのです。

高まる不協和音

今年は文化大革命から50年目に当たり、中国国内ではいろいろな論争が起きています。党内にはいまだに、文革はいい面もあったと思っている左派の人たちが結構いますし、右派と呼ばれる文革徹底否定派もいます。その中で、習近平は文革の問題について論評を避けています。今年5月、毛沢東や文革を礼賛する歌がコンサートで歌われました。右派は習近平がそれを許してしまったと強く反発しました。

もう1つ重要なのは、習近平が2月19日に国営、党営の三大メディア(新華社、人民日報、中央テレビ)を回り、「あなたたちは党の代弁者である」と強調したことです。国営メディアは、共産党の大きな枠組みの中ではあるものの、少しずつ自由化され、社会問題が起きればしっかりと報道するというマスコミの役割が一定程度許されるようになってきていたのですが、習近平の発言の趣旨は逆であると、これに対しても大きな反発が起きました。

核心をめぐる問題、個人崇拝をめぐる問題、メディアをめぐる問題が相まって、習近平はやり過ぎだという雰囲気が社会全体に巻き起こっただけでなく、共産党内でもいろいろな問題が取り沙汰されるようになり、習近平の独走体制が止まりかける状況になっています。

来年の人事では、反対勢力が当然、こうした雰囲気を利用しようとします。たとえば李克強首相の周辺です。李克強はこれまで政治・経済の司令塔の役割を果たしてきましたが、習近平の力があまりに強く、権限がそれほどありません。経済の司令塔といっても、習近平が「反腐敗」運動で、自分の手下である高級官僚をどんどん捕まえます。仕事をすると「反腐敗」問題で捕まる可能性が生じるので、官僚の間では仕事をしない方がいいという状況が生まれています。これが経済低迷の大きな要因だと私は思います。

李克強はこの状況にいらだっていたのですが、習近平はちょっとやり過ぎだという雰囲気が出てきたことで、少し元気になっています。彼が党内から「李克強、頑張れよ」という声が上がっていると思っているのは確かです。たとえば、習近平がちょっと不機嫌だった4月に、李克強は母校の北京大学を突然訪問して元気な姿を見せています。つまり、習近平に対抗する動きに若干出てきているのです。

「権威人士論文」をめぐって

5月になっていろいろなことが起こりました。まず、5月3日の人民日報に、習近平が1月12日の中央規律検査委員会で演説した全文が出ました。「地方の指導者が派閥を作って抵抗している」「ある者は自分が抜擢されないことが分かっているので、人事を覆すために側近を中央に派遣して票を集めている」など、内容はかなり先鋭的です。厳しい状況にある習近平が、自らに対抗する動きに対して牽制する意図があったと思います。

もう1つ、5月9日の人民日報に、世界を驚かせた「権威人士論文」という論文が載りました。この論文を書いた「権威人士」は、習近平の側近として経済を仕切っている劉鶴だといわれています。地位はそう高くありませんが、習近平と同じ中学で、小さいときから習近平の仲間の1人であった人物です。習近平は昔から知っている人しか信用せず、そういう人たちで自分の周りを固めています。

論文には「これからの経済はL字型であり、基本的にずっと悪い」と書かれています。L字型とは、1回下がった後に横ばいになるけれども、上には上がらないことを意味します。つまり、党機関紙の1面に載った論文なのに、中国政府が公式に言っていることと違うわけです。

李源潮と李克強は、いずれも北京大学の有名な経済学の泰斗である厲以寧に経済を学んだ同門です。最終的に李源潮が捕まるかどうかは、習近平には幾つか選択肢があると思います。

習近平と江沢民の権力闘争

江蘇省ではこれまでにもたくさんの人が捕まっています。江沢民前国家主席の故郷だからです。江蘇省は中国経済を引っ張る原動力となった地域であると同時に、汚職がものすごい地域でもありました。

江蘇省は江沢民勢力の基盤であり、この李源潮も江蘇省出身です。そして、江蘇省の官房長官役が、5月30日に捕まった副省長です。この人たちが持っていた利権は、江沢民派閥の利権と重なっています。習近平はこの3年間、江沢民の長老支配を破ろうと、圧力をずっとかけてきました。元最高指導部を捕まえないという不文律があったのに、江沢民にすがっていた周永康を捕まえました。習近平は今後もその不文律を破る可能性があります。

日中・米中関係

最近の日中関係は膠着状態にあります。今年のポイントは日中間の経済戦略対話ですが、重要なのはそれがいつ行われるかです。それから、日中韓首脳会談が開かれるかどうか。そして、9月のG20で習近平と安倍晋三首相の会談が行われるかどうか。これをめぐって現在攻防が続いていますが、なかなか厳しい状況です。

6月7日まで米中戦略対話が北京で開かれ、習近平自身が演説をしました。米中は南シナ海でかなりせめぎ合っています。深刻な対立ではありますが、習近平はアメリカと戦う気はありません。本当にアメリカとの仲が悪いのであれば、そもそも戦略対話は開かれないし、習近平自ら演説することもありません。

彼の演説を分析すると、今までとは少し変わっています。米中戦略対話では新しい大国関係をずっと主張しており、太平洋を分割するような米中二大体制でいこうと言っていたのですが、これをアメリカがのまないため、太平洋でけんかをするのはやめて、みんなの太平洋にしようというニュアンスに変えています。

一方、南シナ海についてはほとんど言及していません。南シナ海は所与のものとしてこのままやっていくということです。しかし、アメリカとは話はしていきます。とくに経済面ではアメリカと協力していこうとしています。

日中関係はなかなか進展していませんが、米中関係は決して悪くはなっていないという全体的な状況を見て、日本も考えていかなければなりません。

習近平の豹変

私が習近平と初めて会ったのは1999年、彼が福建省の省長代理に就いたばかりの頃です。インタビューをしたのですが、当時、私はこの人が将来中国のトップになるとは思いませんでした。見た目が非常に温厚で、とくに印象に残らなかったのですが、トップになると豹変したのです。

彼は、「反腐敗」という誰も予想しなかったほどの苛烈な運動を始めました。ものすごい数の人を捕まえています。これほど恐ろしいことをする人だとは誰も思っていませんでした。国家主席就任から3年たちましたが、この間に行ったことは予想外のことでした。かつての彼の性格を知る人から見ても、ここまでやるとは誰も思っていなかったわけです。

彼はトップになるまで、あまり大きな実績を残していません。地方の指導者として可もなく不可もなくやってきた面があります。しかし、彼はトップになる可能性があると自分で思っていて、トップになったときにやってやるという思いを秘めていたのです。つまり、彼は中国の過去の偉大なる指導者といわれた毛沢東や鄧小平に匹敵する実績を残したいのです。そのためには多少危険なこともやるでしょう。私がこの3年間見てきた感じでは、彼はまだまだいろいろなことをやると思います。

質疑応答

Q:

中国のように言論統制が厳しくなると社会科学自体が意味をなさなくなり、全く信用できない国になってしまいます。今の体制が続くと非常に困ると思うのですが、その点はどう考えますか。

A:

言論統制は、中国共産党が一党独裁体制を放棄しない限り続きます。その中でも変化はあったわけです。とくにこの10年は、ある程度の議論を許す雰囲気がありました。しかし、習近平時代になってからは、一貫してメディアに対する統制を強めています。

しかし、あまりに厳しい統制を強いたことで反発が出ています。習近平は数カ月前、「善意の批判は受け入れる」と言いました。これも習近平が追い込まれているとされる理由の1つです。でも、習近平はなかなか信じてもらえません。なぜなら、毛沢東の時代も「みんな自由に批判してください」と言っていたのに、結果的に毛沢東に対抗する論評を出した人は全員捕まったからです。習近平も同じではないかとみんな思っています。

ネットの論評でも論文でも、文字にして残った場合は処罰の対象になります。これは習近平時代になって顕著で、かなりの割合で書いたことが基になって処分を受けています。つまり、外からいくら圧力をかけても、中国共産党が変わることはないし、習近平体制が続く限り、言論は自由化の方向に行かないと考えます。

とはいいながら、われわれは言論の自由を標榜し、中国に圧力をかけていかざるを得ません。記者が中国で拘束される可能性も織り込みながら、言うことは言っていかなければなりません。われわれにできることはそれぐらいしかないと思います。

Q:

私は、中国がもう一度文革に戻ることはないと思っていますが、日本はこれから中国の変化にどう関わっていけばいいのでしょうか。

A:

習近平は、文革のような大混乱を起こすことはさすがに考えていないと思いますが、反腐敗闘争は小さな文革だと思うのです。つまり、腐敗に絞って、権力に関わる部分だけを抑えるための戦いです。権力をめぐる闘争の本質は、どんなに中国経済が発展しようと、共産党一党独裁である限りずっと同じで、この点はあまり幻想を持たない方がいいと思います。

習近平の時代はまだまだ続きます。かといって、大混乱が起こることもないと思います。文革と同じようなことが再び起これば、世界もただでは済まさないので、習近平もその辺は考えていると思います。

日本の関わり方には、ポイントが2つあると思います。1つは、中国は日本を相手にしていません。中国はわれわれが考えている以上にアメリカのことを見ていますが、日本のことは経済に関しては多少見ていますが、国際政治のパートナーとしての日本の力は認めていないと思います。よって、中国に対して日本が影響力を発揮することはできないのが現状です。一定の経済力を保ちながら、必要な国際的発言はするという存在感を示し、少しずつ改善する必要があると思いますが、日本が中国に影響を与えられるという幻想を持つべきではないという気がします。

一方、習近平は個人的には、日本に対してあまり悪い印象を抱いていないと思います。なぜなら、過去に日本との交流が結構あり、日本に対して礼儀を尽くしているからです。外交礼儀をわきまえた人という印象で、日本への敵対的な感情はないと思います。

Q:

習近平から見て、台湾と北朝鮮はどのように見えているのでしょうか。

A:

北朝鮮に関しては昨年後半ごろから動きが激しくなっています。中国は、北朝鮮の軍事パレードにチャイナ・セブンの一員で党序列5位の劉雲山常務委員を派遣しました。中国側は中朝関係を良くしたいと思ったわけです。なぜなら、周辺国との関係が非常に悪いからです。南シナ海でアメリカと対立しており、とくに東アジアに関しては厳しい状態なので、北朝鮮との関係は修復したいというのが習近平の思いでした。しかし、北朝鮮が核実験に踏み切り、失敗しました。

再び中朝関係が動く可能性があるという点では、北朝鮮から特使が1人派遣されたことが注目されます。中国にとって、アメリカに対抗する意味でも、日本や台湾を牽制する意味でも、北朝鮮のカードは必要です。ですから、中朝関係が今後どう動くのかは見ておいた方がいいと思います。

一方、台湾は大失敗でした。昨年11月、中台のトップ会談がシンガポールで行われたのは、習近平がよかれと思ってのことです。国民党と共産党の関係をアピールすることが将来につながるというのが習近平の戦略でしたが、1月の選挙で国民党は中国に近過ぎるとして大敗し、民進党の蔡英文政権が発足しました。ですから当面、中台関係はあまり波風を立てずにいくと思います。 日中関係を動かす上でも、中朝関係と中台関係には気を配る必要があると思います。

Q:

3月の全人代で、国務院は財政出動によるインフラ投資を強く打ち出すことを提示しました。一方、「権威人士」は財政出動によるインフラ投資を古いやり方として否定的に述べていました。直近で政府がインフラ投資を実績としてどれぐらい出すとお考えでしょうか。

A:

これはなかなか難しくて、権力闘争と絡んでいます。中国の経済状況は悪いので、従来型の景気対策は今後も行われると思いますが、最も根幹である全体的な指揮系統や政策で中国国内がもめているわけです。習近平と劉鶴が仕切った方向に行くとすれば、李克強側が否定されることになるので、もう少し様子を見る必要があります。これは世界経済にも大きく影響してくると思います。

中国共産党は経済が非常に重要であることは分かっていますが、中国は政治優先の国です。経済政策も権力闘争の帰趨次第でいろいろ変わっていきます。経済政策をめぐって1990年代に大きな論争がありましたが、結果は改革・開放路線が堅持されて、今の中国の基礎となっています。今行われていることも、中国が経済的にどうなるのか、どういう国になっていくのかという点で非常に重要ですが、今から党大会ぐらいまでの間、少し長めに見ないと分からないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。