開催日 | 2016年5月20日 |
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スピーカー | 柏瀬 健一郎 (RIETIコンサルティングフェロー / 国際通貨基金(IMF) アジア太平洋地域事務所(OAP)エコノミスト) |
モデレータ | 石川 靖 (経済産業省通商政策局企画調査室長) |
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議事録
今日は、IMFが4月に発表した「世界経済見通し(WEO)」と、私たちOAPが5月上旬に発表した「地域経済見通し(REO)」に基づいてお話しします。
WEO―現状と見通し
最初にWEOに基づいてお話しいたします。先進国・地域の経済成長率は、今年1月時点から下方修正されました。そうした中、世界経済を牽引するのは新興国・途上国です。新興国・途上国の成長率は昨年4.0%でしたが、今年は4.1%、2017年は4.6%まで回復する見通しです。
世界経済の下振れリスクは主に5つあります。(1)新興国・途上国への資本フローが無秩序に落ち込むことによる、金融市場の不安定化。(2)中国のリバランス。転換期を迎えた中国の成長の脆弱性が増せば、世界経済のリスクにつながります。(3)一次産品価格の低迷。(4)困窮状態にある国で景気後退が長引くこと。(5)経済以外の政治的・地政学的なショックです。
2017年以降の経済成長の見通しでは、先進国・地域は若干下向きで、新興国・途上国は2021年には5.1%まで上昇すると見ています。その前提として想定されることは、まず、現在ストレス下にある国・地域の成長率が正常化します。そして、中国経済がリバランスに成功し、トレンドは低めながらも高い成長率を保ちます。また、原油価格が緩やかに回復し、一次産品輸出国の輸出も回復します。そして、他の新興国・途上国の成長も回復していきます。
再調整と経済見通し
今回の世界経済見通しにおけるキーワードの1つは、再調整(リバランス)です。主要なものとしては、中国経済の減速、原油を中心とした一次産品価格の下落、新興市場国・地域への資本フローの減少を背景に再調整が進んでいきます。
中国経済は、工業からサービス業、投資から消費という新たな成長モデルに転換しつつあります。この転換期における中国経済の再調整は、世界経済における再調整にもつながっています。
そして、原油を中心とした一次産品価格の低迷が再調整にも大きく寄与しています。 特に、2014年第4四半期以降、世界の原油・天然ガスの実質設備投資が減速しており、その下げ幅は、エネルギーや工業の輸出依存度が高い国ほど大きいようです。また輸出依存国のみならず、世界経済においても投資が低迷し、貿易(特に輸入)の伸びを下押しする要因となっています。
そうした状況の中、交易条件(輸出価格/輸入価格)が大幅に変化し、偶発的な損益が国ごとに発生しました。交易条件は、輸出価格が上昇する、または輸入価格が下落する局面において、改善されます。たとえば一次産品輸入国であれば、その価格の下落は輸入品のコストを抑え、企業の収益の増加につながり、国内需要を後押しする影響を与えるでしょう。
交易条件の変化は、為替にも影響を与えます。交易条件が改善された国では、実質実効為替レート(相対的に通貨の実力を表した指標)が上昇し、為替高の影響で輸出の伸びが下向きに圧迫され相殺作用が働きます。一方、交易条件が悪化した国では、実質実効為替レートが下がりますが、輸出を後押しする働きが加わります。交易条件の変化に伴う偶発的な損益は、実質実効為替レートの変動による影響も加味されています。
日本は、2015年8月〜2016年4月の間に、実質実効為替レートが10%以上上昇しました。イギリスでは欧州連合(EU)離脱などによる懸念材料の影響を受け、実質実効為替レートが下落しました。一次産品輸出国では最近、一次産品価格が持ち直し、世界経済のボラティリティが落ち着いている背景もあり、為替が少し持ち直している国もあります。
そういう状況の中、金融情勢は不安定でタイト化(縮小)してきています。金融市場の変動性を見ても、2014年から2016年にかけて上昇基調にあります。一方、株価は2015年以降、大きく下がっています。そして、国債の利回りも上昇基調にあります。ですから、とくに新興国や途上国において、金融市場がタイト化してくると、流動性の問題が生じる可能性があります。
そして、新興市場国・地域への資本フローが2013年ごろから、徐々に減速しています。その背景には、新興市場国と先進国の成長率の差が縮小していることが強く関連しています。また、各国固有の事情も影響を与えています。それは為替制度が固定制である場合や、外貨準備高が少ない場合、債務が大きい場合です。
政策提言
これらの状況を加味し、WEOでは以下の政策提言をしています。
先進国・地域においては、金融緩和とバランスシートの調整を継続する必要があります。そして、国特有の状況を踏まえた上で構造改革を実施することです。財政支援を出動する余地がある国では、インフラ投資などによって緩和し、景気にてこ入れをする必要があります。しかし、余地がないのに財政出動すると、成長を妨げてしまう可能性もあるので、注意が必要です。
新興市場国や途上国は、為替レートを緩衝措置として引き続き利用する必要があります。金融緩和や財政政策の前に、トレードオフをよく見極めなければいけません。同様に構造改革が必要で、金融監督やマクロプルーデンスの枠組み強化が求められます。とくに金融政策を取れる国では、それに伴って金融市場におけるリスクが高まる局面もあるため、そうしたこともよく考える必要があります。
全ての国にいえることは、同時不況を回避するために協調的な措置が必要だということです。グローバルなセーフティネットをしっかりと確立し、財政改革を実施していく必要があります。そして、経済以外の要因もしっかりと考慮した上で、世界経済の成長を促す政策を取ることが求められます。
構造改革に関しては、WEOの第3章で少し触れています。構造改革を行う上では、経済状況を踏まえ、短期的な影響と中期的な影響をよく考えて実施する必要があります。製品市場やサービス市場が潤滑に働くように、参入障壁をできるだけ取り除き、労働市場においては雇用促進を図るような構造改革や規制緩和を進めることが重要です。そうして潜在GDPの成長率を高める政策を取ることが必要だとWEOは提言しています。
REO―現状と見通し
次に、REOに基づいてお話しいたします。主要なメッセージとしては、アジアは今なお世界の成長のエンジンであるということです。そして、下振れリスクは相変わらず存在しています。中国のリバランスと波及効果が短期的に悪影響を与える可能性もありますが、中期的には恩恵を与えるでしょう。そうした状況でも、アジアは政策バッファを確立し、脆弱性が生じたときにその政策を実施できるようにしておく必要があります。
アジアの成長率は2015年5.4%、2016年と2017年は5.3%と、他の国・地域に比べて断トツに高く、世界の成長率の3分の2を占めています。中でも中国が世界の成長の牽引材料となっています。
しかし、アジア経済を見通す上で、気を付けなければならないことがあります。まず、世界経済の回復の弱さが貿易の鈍化につながっていることです。次の2つは既に説明しましたが、金融情勢のタイト化と中国のリバランスです。また、国内要因もあります。
一方で、上振れリスクも考慮すべきです。輸入国にとって一次産品価格の低迷は、成長のてこ入れにもつながるでしょう。また、環太平洋経済連携協定(TPP)などの貿易協定の進展や、2016年に中国経済成長が加速する可能性もあります。
とくに、外需の弱さはアジアの輸出に影響を及ぼしています。世界における輸出量の伸び率への寄与度を見ると、2015年は中国やアジア諸国の下落幅が他の国・地域に比べてかなり大きく、アジアの輸出が減速していることが分かります。一方、輸入量ではその他新興国市場の下落幅が大きく、輸入がだいぶ減っていることが分かります。
最近のデータを見ると、資本フローもポートフォリオ・フロー(株式と債券)も減速しています。とくに、株式における資本フローがだいぶ減っており、株価の低迷とも密接に関わっていることが分かります。
中国の潜在的波及効果
中国からの波及効果が世界の再調整につながると話しましたが、中国が再調整を促す状況の中で、必ずしも悪いことばかりではありません。たとえば中国でこれから消費が成長を後押ししていくことは、中国向けに消費財を輸出する国にとってはチャンスです。また、サービスやIT関連分野の輸出をする国、労働集約型の財を輸出する国にもチャンスが訪れます。このように、中国からの波及効果に対するエクスポージャは国によって異なり、そのパターンを貿易、金融、一次産品価格の3つのチャネルから分類しています。この他に、インドやフィリピンのように波及効果の影響が小さい国もあります。
貿易チャネルを見てみると、中国のリバランスの影響は、アジアの国々において最も大きいことが分かります。とくに台湾や韓国など、中国を中心としたグローバル・バリュー・チェーンからの恩恵を受けてきた国では、大きなネガティブの影響を受けています。ニュージーランドだけがポジティブな影響なのは、ニュージーランドが中国に酪農を中心とした農産物を輸出しているためでしょう。ですから、今後、中国に消費財を輸出するような国にはチャンスが訪れるでしょう。
また、労働集約型の生産者には今後チャンスが訪れます。中国の輸出全体に占める労働集約型の輸出が1990年代前半以降、徐々に下がってきています。これは、中国の労働コストが上昇してきていることに起因しているようです。
ですから、今まで「世界の工場」としての役割を担ってきた中国が今後サービス業を中心とする経済に移行していく時、世界の工場となり得る次の国々にチャンスが訪れます。労働コストが低く、投資が集まるような国では、これから製造業の発展が見込まれるでしょう。たとえばアパレルや履物、家具などの低価格商品の市場を見た場合、既にカンボジア、バングラデシュ、ベトナムなど、世界における輸出のシェアが増加しています。
金融チャネルでは、株式、債券、為替市場において、アジア市場と中国との相関関係が増しています。とくに、中国との貿易上の結び付きが強固な国において、その相関関係が高く、結び付きが強ければ強いほど中国からのショックを受けやすくなります。
リスクと課題
波及効果には当然リスクもあるわけで、アジア固有のリスクもあります。アジアは世界経済の成長の牽引役と言いましたが、アジアの成長率が高かったのは、与信がとても高かったからです。お金を借り、投資に回し、債務が増加してきました。とくに民間における債務の増加が顕著です。特に、インタレスト・カバレッジ・レシオという指標を使って企業の債務を見てみます。この値が低い企業においては、収益が利払いをカバーする額が低いことになり、リスクの高い企業ということになります。そのリスク高の企業(インタレスト・カバレッジ・レシオが1未満)が持っている債務が企業全体の債務に占める割合を見ると、中国では2010年以降、増加傾向にあります。中国を除くアジアにおいても、割合が高くなってきていることが分かります。
他にも、格差の問題があります。持続可能な成長を高く保つためには、今後は所得格差を是正する必要があります。中国やインドでは所得格差が1990年以降高くなってきています。1990年以前は、韓国、香港、シンガポール、台湾などで高度経済成長が成し遂げられましたが、所得格差が広がらずに成長を遂げることができました。しかし、1990年以降は高度経済成長とともに所得格差も広がってきています。ですから、その格差を是正することが課題です。そのためには、教育や医療などにおける機会の平等も重要な課題です。
アジア全体を見ると、経常収支のポジションが強く、外貨準備高のバッファも比較的高いです。また、インフレ率が低く、必要に応じて利下げの余地もあります。しかし、これまで以上にマクロプルーデンスの枠組みを強化する必要もあります。また、グローバルリスクに対する耐性を高めるためには、各国で構造改革を実施していく必要があります。
アジアは今後も、世界経済の成長エンジンとして牽引していくでしょう。しかし、外部環境はより難しい状況になりつつあります。政策当局者は、そういった変動性の中で政策をどう進めていく必要があるのかを今から考え、必要に応じて実施できるような政策を準備すべきです。そして、下振れリスクが現実となった場合に備え、バッファを構築していく必要があります。
質疑応答
- Q:
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IMFのブランシャール元調査局長は、世界経済の中立的な成長率は4%と言っていましたが、今はどのような感触ですか。
- A:
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依然として変わっていないように思います。各国で中期的な見通しをするときには、需給ギャップ(アウトプット・ギャップ)が収縮するような見通しを立てます。需給ギャップは、今なお大きく残っていますが、2021年までにはそれが徐々に収縮し、世界経済の成長率は約4%まで回復していきます。
- Q:
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WEOの政策提言に、アメリカの利上げに関する内容が入っていないようですが、利上げをするなという考えですか。それとも、した方がいいという考えですか。
- A:
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現時点では、2回に及び利上げがされるのではないかといわれていますが、どのタイミングで、どれぐらい上げるのかはまだ不透明だと思います。『フィナンシャル・タイムズ』の最近の記事によると、イールド・ギャップ(10年物国債と2年物国債のギャップ)が100ベーシスポイントまで下がったことを指摘しています。これは、市場観測者の間において、利上げに関して懐疑的であることを一部示しています。市場観測者の見方とFRBの考えに乖離があるということは、FRB側でしっかりとしたコミュニケーションを取る必要性を示唆するもので、その必要性は以前から伝えられていることです。
- Q:
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アジアインフラ投資銀行(AIIB)やアジア開発銀行(ADB)の役割について、IMFではどういう議論が行われていますか。
- A:
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AIIBに関するIMFの見方はポジティブです。アジアでインフラをさらに整えることによって、世界経済の潜在成長率は高まっていきます。ですから、インフラは絶対に必要不可欠です。それをファイナンスするのは、AIIBであったり、ADBであったり、もしくは日本であったりするということです。それらが世界経済の成長に貢献できるなら、素晴らしいことではないでしょうか。
- Q:
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中国政府は以前と比べてかなり景気に配慮した財政出動を強めているという見方がある一方、投資から消費へという構造改革を進めていくと宣言しています。その辺はどのように分析されていますか。
- A:
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当然、構造改革や財政出動なども景気に対して上向きに働くということも加味して、中国の成長率は計算されています。今後、成長率がどう変化していくかは大きな課題ですが、次に行われるIMFの4条協議を通して、中国経済の今後の動向が分析されるでしょう。
- Q:
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IMFとして、日本の現在の財政赤字への対処について、何かご提案がありましたら、お教えください。
- A:
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財政に関しては、短期的な視野で考えるものと、中長期的な視野で考えるものとがあると思います。中長期的には、医療や年金が財政をますます圧迫している状況ですから、それをどうファイナンスしていくかというのは非常に大きな問題です。持続可能な財政政策の必要性を考慮すると、やはり消費税を上げる必要はあると思います。ではいつ上げるのかというのが短期的な視野に基づく議論です。世界経済の不透明感が増す中で、消費税を上げることにより、成長率が下がってしまうのは大きな懸念材料です。4月に発表された「世界経済見通し」では、2017年に消費税が上げるというアサンプションで成長率(-0.1%)を予測しています。増税に反対という議論もあるでしょう。が、政策上のミックスもしっかり考慮した上で、どの時期に増税すべきかを考える必要があると思います。その点において、潜在成長率を高めるような構造改革が非常に重要です。雇用創出、サービス・製品市場を活性化させる規制緩和など、必要な構造改革を同時に進めていく必要性があります。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。