サービス立国論 -成熟経済を活性化するフロンティア-

開催日 2016年5月11日
スピーカー 森川 正之 (RIETI理事・副所長)
コメンテータ 斎藤 敏一 (株式会社ルネサンス代表取締役会長)
モデレータ 佐々木 啓介 (経済産業省商務情報政策局サービス政策課長)
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開催案内/講演概要

日本の潜在成長力を高める上でサービス産業の生産性向上が重要課題となっており、成長戦略の中でも柱の一つとなっている。

サービスは製造企業の付加価値や国際競争力の源泉でもある。サービス産業の実態についての誤解は依然として多いが、内外で研究の進展も見られる。サービス・イノベーション、規模の経済の活用、経営の質の向上、サービス貿易の拡大、円滑な新陳代謝などを通じて、サービス分野の生産性を向上させる余地は大きい。

サービスは「生産と消費の同時性」という製造業とは異なる特性を持つため、その生産性に対して人口や企業の地理的分布、個人の時間使用パタンなどが影響する。サービス化時代に適した経済・社会制度の設計が、日本経済の成長力を左右する。

議事録

はじめに

森川正之写真先月、RIETIでの研究成果をベースとした『サービス立国論』を刊行しました。既に成熟経済になっている日本経済の活力を維持・向上するための課題を、サービス産業(卸売・小売、金融・保険などを含む第三次産業)の切り口から包括的に考察したものです。

主なメッセージは、日本の潜在成長率を高めるためには、経済の7割超を占めるサービス産業の生産性向上が期待されるのは自然なことであるということ。製造企業のサービス化、国際付加価値連鎖(GVC)におけるサービス投入の増大など、サービスは製造業の国際競争力を支える役割も担うということ。日本のサービス産業の生産性は低いといわれていますが、その実証的根拠は意外に弱く、また、業種による違い、同じ業種の中でも企業による違いが大きいということ、です。

生産性の正確な計測は研究課題としての重要性が高いですが、政策的な出口との関係で言えば、「引き上げる余地がどこにあるのか」から出発するのが現実的です。そして、生産性向上の余地は大きいと考えられます。サービス経済の時代に適合するように、国土・都市計画、土地利用規制、税制、労働市場制度、企業統治システムなど、基盤的な諸制度を再検討する必要があります。ただし、社会的な諸制度の変更は、別の政策目標との間でのトレードオフを伴う可能性があり、その場合、「政策割当の原則」に沿って、複数の省庁にまたがって副作用を直接軽減する政策で補完することが適切です。

モノと比較するとサービスにはいくつかの特徴があります。1つ目は、サービスは生産と消費が場所的にも時間的にも同時であることです。在庫や中古市場が存在せず、週末と平日、季節など、時間によって需要が大きく変化します。また、大都市と小都市で生産性が異なるなど、経済活動の地理的分布の影響を受けます。

2つ目は、質の事前評価が難しいことです。サービスを買って、事後に期待が裏切られることがしばしばありますが、これは生産者とユーザーとで情報が非対称であるからで、ブランド・イメージが重要な役割を果たします。この点に関連して、サービス分野には資格制度や事業の許認可など、さまざまな社会的規制があります。

3つ目は、家計内・企業内サービスとの代替可能性が高いことです。家計内サービス(保育や介護)と女性の労働供給の問題は密接に関わっており、たとえば育児をすべて自宅でするか、外(市場)の保育サービスを利用するかといった選択の余地があります。企業内サービスでも、最近は経理や人事、法務といった分野で外注が増えています。

サービス化する日本経済

ここからは、章ごとに内容をご紹介していきます。

諸外国を見ると、製造業のシェアは低下し、非製造業が経済成長を牽引しています。サービス経済化が進むのは、所得水準の上昇に伴ってサービスの需要がモノの需要に比べて大きく増加すること、モノに比べてサービスの価格上昇率が高いことからです。

ただ、日本では1997年以降、実収入が落ちているにもかかわらず、サービス消費の比率が上がっています。これには家計内サービスの市場化、企業内サービスのアウトソーシング、製造工程の海外移転などサービス経済化が進む副次的な要因が関係しています。

少子高齢化もサービス経済に影響を与えます。医療・介護サービス需要が増す一方で、教育や外食サービスに対する需要は減る結果になるなど、少子高齢化がサービス産業の構造変化をもたらすのは確実です。女性の就労拡大は、サービス需要と労働供給の両面から確実にサービス経済化を加速する要因になると考えられます。

製造業もサービスで稼ぐ姿勢を強めており、スマイル・カーブに合わせて、製造工程ではなく、研究開発やデザインなどの川上の工程、マーケティングやアフターサービスなどの川下の工程で付加価値を付ける動きが活発になっています。

実際、製造業に分類される日本企業の従業者のうち、既に約4割は製造部門以外に従事しています。その究極がアップルやダイソンなど、工場を持たない製造企業(FGPs)です。日本ではユニクロ、ニトリ、良品計画などの製造小売業がこれに類する企業です。

政策現場では、製品開発力の維持・強化のために国内にマザー工場を持つことが大事だという見方が非常に強いですが、FGPsの生産性や賃金は非FGPsに比べてかなり高くなっています。また、製造部門の従業者比率が低い企業、本社機能部門の従業者比率が高い企業ほど、生産性が高い傾向があります。

サービス経済化と生産性・経済成長

日本の製造業とサービス産業の全要素生産性(TFP)上昇率を比べると、常に製造業がサービス産業よりも高くなっています。ただし、これは日本だけでなく欧米も同様の傾向にあります。また、必ずしも日本のサービス産業の生産性上昇率が諸外国に比べて低いとはいえません。

サービス産業に限らず、生産性向上は各事業所・企業の生産性が上がる内部効果と、企業が入れ替わることによる新陳代謝から生じます。

内部効果を高めるには、まず、規模の経済、範囲の経済を生かすことです。それから、サービス・イノベーション、「経営の質」の向上やコーポレートガバナンスも関係します。非製造業ではグローバル競争が少ないので、市場からの競争圧力が製造業に比べて働きにくくなっています。したがって、サービス産業では「経営の質」やコーポレートガバナンスといった内部的な規律が相対的に重要となります。

新陳代謝については、生産性の高い優れた企業が参入して市場シェアを高めることで、産業全体の生産性が底上げされます。同じ産業内でも企業・事業所によって生産性は大きく違うため、新陳代謝によって生産性が上昇する余地は大きいと考えられます。

サービス産業のイノベーション

サービス産業の研究開発投資は少なく、売上高に占める比率を見ると、製造業1.1%に対し、サービス産業は0.2%です。そもそも研究開発を行っている企業がサービス産業に少ないことが要因ですが、サービス産業の中にも研究開発に非常に積極的な企業はあります。

イノベーションの有無による企業のTFPの差を比較すると、製造業は6%程度ですがサービス産業は約13%にのぼり、イノベーションが生産性に与える影響は、サービス産業の方が大きい傾向にあります。賃金についても同様です。

また、サービス産業は製造業と比べて特許保有は少ないですが、営業秘密(顧客データや販売マニュアル)は同程度保有しています。したがって、サービス産業のイノベーションにとって、営業秘密を法的に保護することの重要性は高いといえます。

サービス産業は製造業に比べてIT利用度が低いわけではありません。ただ、ITを生産性向上に結び付けるためには、組織革新や人材育成といった無形資産への投資が必要です。サービス産業で、ITを稼働率の向上に活かすことが有効です。

ビッグデータの利用意欲は、製造業よりもサービス産業の方が強く持っていますし、サービス企業もAIやロボットの経営への影響をポジティブに捉えている傾向があります。かつて「IT革命」の成果を享受したのがIT生産産業よりもIT利用産業であったことは、今後はAI利用産業であるサービス産業に着目すべきことを示唆しています。

近年の研究で、生産性向上に対する無形資産投資の重要性が指摘されています。そして、無形資産投資の比率は製造業よりもサービス産業の方が高いです。無形資産投資には内部資金が潤沢にあるかどうかが大きく影響するので、現状の税制や中小企業金融を無形資産投資への支援にリバランスできれば、サービス産業の生産性向上に貢献すると考えられます。

現代の企業において、本社機能は企業内事業サービス部門の中核であり、戦略的意思決定を担う重要な役割を持っています。「経営の質」は、経営陣のみで決まるものではなく、トップや取締役を支える本社スタッフの量と質が大きく影響することを考えると、本社機能にかかる費用も重要な無形資産投資と捉えることができます。そして、本社機能部門が大きい企業ほど生産性が高い傾向が確認されています。

最近、イノベーションや新規創業、レジリエンスなどの観点から、企業間ネットワークや人的ネットワークの重要性が明らかになっています。RIETIの齊藤有希子上席研究員とBernard教授の共同研究では、企業の取引関係の規模が1%大きいと、生産性は0.3%程度高まるという結果が出ていますし、戸堂康之先生らの研究でも、多様な取引先とつながっている企業ほど、生産性やイノベーション力が高いことが分かっています。

その意味で、企業の営業部門の重要なミッションは新規顧客の開拓や得意先との信頼関係の維持・構築であり、その費用は一種の無形資産投資といえます。交際費の本質はネットワーク投資なのです。実際、企業への調査で、交際費は無形資産投資であると捉える企業の方が、無駄な費用として抑制すべきと捉える企業よりも多いことが分かりました。2年ほど前に行われた交際費課税の軽減措置は、無形資産投資を促進する意義も持っていると考えています。

サービス経済化と労働市場

サービス産業が製造業に比べて非正規雇用者の比率が非常に高いのは、サービス産業の多くが生産と消費の同時性を持っていることによるものです。在庫をバッファーにして生産を平準化することが難しく、需要が季節や曜日、時間帯によって大きく変動するため、パートタイムや非正規労働者が多くならざるを得ないのです。

このことから、サービス産業の生産性向上と雇用の安定の間にはトレードオフが存在する可能性があります。その場合、「政策割当の原則」に従えば、非正規労働者のセーフティネットや能力向上の機会を確保する政策を講じる必要があります。

また、生産性と賃金の間には強い正の関係があり、サービス産業の中でも賃金水準には大きな違いがあります。業種別に見ても、金融・保険業などは非常に高く、宿泊・飲食サービス業、生活関連サービス・娯楽業などは低くなっています。ただ、これらはかなりの部分を学歴や勤続年数といった属性の違いで説明でき、これをコントロールすれば差は非常に小さくなります。このことは、賃金を持続的に引き上げるには、人的資本の質の向上が不可欠なことを示唆しています。

サービス産業の中には、情報通信業や専門・技術サービス業、金融・保険業などのようにスキル集約度(大卒以上比率)の非常に高い業種と、そうでない業種があります。アメリカでは、過去半世紀にサービス産業のシェアが20%以上拡大しましたが、そのほとんどがスキル集約度の高いサービスによるものでした。

日本でも今後、高度人材の供給に向けて、大学院教育の重要性がますます高まっていくでしょう。一方、サービス産業には弁護士、医師をはじめ、社会的規制に属するさまざまな資格制度が存在します。業務独占資格(必置資格)も多くあって、サービス産業の市場競争や高スキル人材の労働市場に非常に大きな影響を持っています。

それから、保育・介護サービスの賃金は、地域差が小さい公務員の報酬体系に準拠した仕組みになっているため、結果として大都市では過小供給になり、そうでないところでは過剰供給になるというバイアスを持っています。この仕組みを変えていくことも、日本全体のサービスの生産性を考える上で重要な論点になると思います。

都市・地域経済とサービス産業

サービス産業は「都市型産業」という性格を持っており、各種商品卸売業、広告業、専門サービス業、情報サービス業といった業種は大都市圏集中度が高くなっています。中でも知識・情報集約型の事業サービス業(KIBS)には大都市の経済密度が重要な役割を果たし、大都市立地が有利に働いています。このことは、「地理的な選択と集中」の必要性を示唆しています。

一方、地域内の経済循環にとっては、地域の外から稼ぐことが不可欠です。たとえば、アメリカでは、製造業の雇用が1人増えると、派生して非製造業に1.6人の雇用が生まれるという「地域乗数」の試算結果が報告されています。しかし、サービス産業は一般に製造業や農林水産業に比べて外から稼ぐ力が弱く、それが高い一部のサービス産業は大都市に集中しています。つまり、経済密度が低い地域が、外から稼ぐサービス産業を持つことは難しいということです。その中で、観光関連産業は数少ない、大都市以外にあって地域外から稼ぐ力を持つサービス産業です。

私が強調したいのは、日本全体の生産性向上にとっては、都市の経済集積を維持するような「選択と集中」、コンパクトシティの形成が望ましいということです。しかし、人口移動は減り、地域間の人口再配分(地理的な新陳代謝)は低下しています。サービス産業の場合、企業の新陳代謝には地理的な新陳代謝を伴います。その地理的な新陳代謝が弱まっていることが「失われた20年」の顕著な特徴です。

サービス産業の生産性向上にとっては望ましい大都市への人口集積には、弊害もあります。その1つが、長い通勤時間による女性就労への負の影響です。女性の労働参加拡大という政策目標とトレードオフになる可能性がありますので、政策割当としては、人口の集積を阻害しない一方、女性の就労や育児を容易にする政策を、大都市圏を中心に講じるべきだということになります。

国際化するサービス産業

サービス輸出を行っている企業の生産性や賃金は非輸出企業に比べて顕著に高いことから、サービス輸出の拡大は日本経済全体の生産性向上にプラスの効果を持つと考えられます。GVCが深化する中、日本は高い付加価値を生むサービスに特化していくべきでしょう。

サービス産業と景気変動

サービス産業の生産は製造業の生産に比べて変動が非常に小さく、比較的安定しているので、サービス経済化の進展は、景気循環の振幅を小さくする作用を持ちます。また、消費者物価指数の動きを見ると、サービスはかなり安定しています。「サービス物価の粘着性」といわれています。また、サービス物価は賃金との関連が強いため、デフレからの完全な脱却を判断する際には、サービス物価のプラス基調が定着するかどうかが鍵になります。

サービス経済化の下での政策課題

現在の日本経済は、「景気が悪い」のではなく「成長力が弱い」状態で、潜在成長率を引き上げない限りGDP成長率を高めることはできません。私は、サービス産業は日本経済を活性化する上でのフロンティアであり、その生産性向上の余地は大きいと考えています。

コメンテータ:
日米両方に住んだ経験のある人にサービス品質に関するアンケートをとると、多くの人が日本のサービスの方が、品質が良いと答えます。品質が良いのに、なぜ生産性が低いのか。価格のとのバランスが取れていないからと言えるかもしれませんが、どう考えても納得がいきません。

生産性の基準として主に使われるのは労働生産性とTFPですが、経営者には労働生産性は分かっても、TFPについてはほとんどの人が分かりません。TFPでは欧米に負けているということは、ルールを先に作ったところが勝つということかもしれないので、全要素生産性という言葉を変えるのもいいし、言葉を変えなくてももっと分かりやすい近似値を作ってくれると、経営者もTFPを上げる努力をしやすいのでありがたいです。

それから、労働生産性については、サービス業では分母は労働者の数だけにしている所がまだ多い。上場企業では労働者の数に労働時間を乗じてそれを分母としていますが、中小企業はただ労働者の数にしている所が多いため、生産性がかなり低く出ている気がします。今後計測するときに、そのような注文を出すことは必要だと思います。

経済学の本は横書きで数式が多く、一般人にはわかりにくい内容が多い中で、今回出版された『サービス立国論』は縦書きで、語り口がうまいです。タイトルも、サービス産業について「サービス産業の生産性は低いのか」というものがあり、次に「日本の生産性は国際的に見て低いのか」、それから「結局のところ日本のサービス産業の生産性は低いのか」と続きます。こうして疑問を投げ掛けながら、最後に「サービス産業の生産性向上は可能か」と問題提起し、低くないところもあるし、努力すればいいと結論づけています。

データで裏付けながら上昇の余地はあると書いていただいていて、経営者としては非常に勇気づけられました。われわれは今後も森川さんと交流しながら、生産性向上だけでなく、新しいイノベーションを起こして分子を伸ばす努力をしていきたいと思っています。

質疑応答

Q:

直近の実証的な研究でも、企業間のつながりやネットワークの評価が一番のイシューと捉えていいでしょうか。

A:

一番かどうかは分かりませんが、サービス産業の生産性を向上させる上で、ネットワークを構築することも重要なメニューの1つです。交際費は、人的なネットワークを形成する重要な手段だと解釈しています。

Q:

医療・介護のような、非営利組織が提供しているパブリックなサービスに関する生産性の問題は、この研究の中でどのように見られていますか。

A:

医療サービスの生産性水準を日米で比較すると、日本はアメリカより6割ほど高くなっています。これは、アメリカの価格の方が高いからです。同じサービスの質であれば、価格が高いと生産性が低いという結果になります。したがって、日本の医療サービスは国際的に見てパフォーマンスが悪いわけではありません。

ただ、生産性を上げる余地はたくさんあると考えられます。介護や保育サービスについては、日本全体でのパフォーマンスを考えると、空間的不均衡を取り除くため、大都市における介護や保育の報酬を高めるのが適当だと思います。

Q:

日本のモノで稼ぐ部門は、将来どうあるべきと考えていますか。

A:

私は製造業が重要でないと主張するつもりは全くありません。外から稼ぐ産業は必要で、外から稼ぐ力が強い産業の筆頭が製造業であることも間違いありません。その上で、製品の付加価値の大きな部分をサービスが占めていますから、国内のサービスの質が高いことが、製造業の国際競争力にとっても鍵になると考えています。これからの日本はいかにスキル集約度の高いサービスでの付加価値を稼ぐかが大事だと思います。

Q:

サービスのイノベーションを起こすきっかけになるのは何なのでしょうか。

A:

マクロ的に言えば、大学院卒業生を含めた人的資本のスキルを高め、それを生かすことがポイントになると思います。また、イノベーションにつながるような新しい取り組みがやりやすい社会的制度を作っていくことが必要です。

Q:

文化政策という観点からサービスの生産性を上げるという考え方も必要だと思いますが、どうでしょうか。

A:

文化政策そのものについて、私はお答えできないので、ご意見として承りたいと思います。私自身が強調したいのは、地域的な人の流動性が非常に大事であることと、国籍や文化の面でのダイバーシティです。たとえば、日本の大学院に留学した人が日本で仕事ができるようにすることは、ダイバーシティを高める上で非常に重要な一歩だと思います。大事なのは、そのための環境整備だと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。