人工知能はビジネスや経済をどう変えるか

開催日 2016年2月10日
スピーカー 矢野 和男 (株式会社日立製作所研究開発グループ技師長)
コメンテータ 吉川 洋 (RIETIシニアリサーチアドバイザー・ファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授)
モデレータ 中馬 宏之 (RIETIファカルティフェロー/成城大学イノベーション学部教授)
開催案内/講演概要

人工知能という言葉が毎日のように新聞をにぎわすようになったが、実は、人工知能の活用はここ20年間にウェブ店舗におけるリコメンドやウェブ検索などのシステムで着実に進んできたもので、最近突如普及したものではない。しかし、技術が社会に普及する過程では、当初用途を特化した形態で導入され、その後、汎用化されて一気に活用が広まる場合が多い。

人工知能についても、これまでの専用AIから汎用AIへの飛躍の時期が来ている。本講演では、われわれが開発した世界初の汎用AIを紹介し、これがビジネスや経済に及ぼす影響を具体的な適用事例を踏まえて論じたい。

議事録

AIはなぜ必要なのか

矢野 和男写真ドラッカーは、「21世紀に期待される偉業は、知識労働者の生産性を(中略)大幅に引き上げることである」と言っています。ポイントは、21世紀は20世紀と違うということです。20世紀は、生産ラインや単純作業などさまざまな定型作業のプロセスを明確にし、効率化してコンピューター化していく流れの中で生産性がどんどん上がりました。しかし21世紀になると、定型作業ではないサービスや知識労働の業務が毎日変化しています。昨日とまったく同じことをやっている人はいないため、従来の20世紀型ではうまくいきません。

20世紀型にぴったりはまっていたのが、これまでのコンピューターのシステムです。人間の業務に対する知識や仮説がプログラムされましたが、勝手に学習し、成長することはできません。このままでは21世紀にはダメだということですが、それをデータとAIによって変えることができます。近年、ものすごい勢いでデータがたまるようになりましたが、それをAIが自動でうまく取り出し、状況に適応することができれば21世紀にふさわしい生産性向上の手段となります。さらにロボットやセンサ、ドローンなど、データ収集の手段も日進月歩で、そうした動きを後押ししています。

私たちは13年ほど前からデータを活用するプロジェクトに取り組み、昨年10月、アウトカム(目的)などは人間が定義する必要はあるものの、ドメインや問題特有のロジックをいちいち入力することなく状況変化に対応でき、既存システムに追加して動作する世界初のAI化システムを発表しました。

AI化システムの具体事例

AI化システムを具体的に可視化するため、LEGOブロックを使ってブランコするロボット(Toy Swing)を作ってみました。標準のインターフェイスに人工知能「H」君を設置し、データを出し入れしながら、やり方は教えずにブランコを振れるようになるかという試みです。

何も教えていませんから、はじめはやみくもに動くことしかできません。しかしデータがどんどん集まり、いいタイミングで膝を曲げたり伸ばしたりすると振れ幅が大きくなるなど、過去のデータから学習していくうちに、少しずつブランコが振れてきます。ちょうど、子どもがブランコに乗り始めるときを体験しているようにも見えます。向こう側で膝を曲げて、手前側で膝を伸ばすという人間がよくやる乗り方を、事前の知識は一切なしに自分で習得していきます。実は、それで終わりではありません。さらに数分待っていると振幅が大きくなり、向こう側で膝を曲げ、手前側でも膝を曲げ、1周期で2回伸縮するという「奥義」を自ら編み出し、人間よりも上手になります。手前側で膝を曲げるということは、人間は怖くてなかなかできません。

こうしたことができるのは、まだ当社の「H」だけです。マクロのアウトカムと、それに影響を与える要因となり得るさまざまなミクロのデータの両方を入力でき、さらに1秒に1回出てくる振れ幅の数値と、ミリセカンドに1回出てくる細かい数値といった粒度の異なるデータを雑食のように処理できるのが、世界で「H」だけなのです。

しかし、日常のリアルワールドのデータはそういうものです。「H」は、データを入力すると100万個ほどの仮説を自動で生成し、その中から重要な要因を取り出し、それらを組み合せて出力します。こうした大量の複合指標の生成と絞り込み処理を自動で行う「跳躍学習技術」は、Hの心臓部になっています。

これまでの技術は、教師データや報酬データなど人間が大量の仮説・ロジックを入力し、ソフトウェアをコーディングし、多大な労力をかけて初めて問題に適応できるのに対し、「H」は大量の指標を自動生成し、たった5分でブランコをこげるようになります。24時間365日学習して成長し、そのスピードは早く、疲れることもありません。需要供給、人や場所による違い、タイミングの変化が起きても、「またですか?」と文句を言うこともなく対応し、判断の根拠(エビデンス)も提示してくれます。こんな健気な部下が欲しいと思いませんか。

実際、この人工知能をすでに活用しているビジネスがあります。倉庫では、小売店から毎日数千件の注文が来ると、棚から品物を取ってきて段ボールに入れ、トラックで出荷します。それを何百人もの人が人海戦術でやっているという職場です。データは毎日、AI化倉庫管理システム(WMS:Warehouse Management System)に大量にたまっていきます。そこに「H」を組み込み、「1日の作業時間を最短にする」というアウトカムを入力するだけで、倉庫特有のロジックや知識は何も教えません。

この倉庫は、すでに1年にわたって稼働していますが、夜中の1時になると、最近のデータがWMSから人工知能に転送されていきます。夜中に人間が寝ている間、「H」君は、どういう条件が整えば作業時間が短くなるかを考えてモデルをつくり、翌朝入って来る膨大な注文に対し、どれから先に作業すべきかというスケジュールを立てます。そして、ピックリストという作業者への指示票を印刷するところまで自動で行います。

人間は、その指示票に従って作業しますが、自分なりに改善策を試すような自由度はたくさんあります。その結果も、翌日の夜中には「H」君に入力されて次のピックリストに反映されます。つまりAIと人間が協力しながら倉庫の生産性をより高めるために学習し、成長しているわけです。その半年の経過を分析したところ、人工知能をITシステムに組み込むことで、物流倉庫の効率は8%向上することが実証されました。

次は、店舗の事例です。AI化店舗管理システムは、既存のID-POS(売上管理システム)に人工知能「H」を追加し、さらに顧客や従業員のセンサのデータもウェアラブルデバイスで収集し、アウトカムは「顧客単価の向上」と定義します。店舗特有のロジックは入力不要です。赤外線ビーコンや名札型センサからは、GPSでは取れない店舗内での詳細な位置情報、対面情報(誰と誰が、いつ、何分間対面した)、身体的な動き(立ち寄り、立ち止まり、滞在、活気)がわかります。

実データでは、たとえば9分間滞在して677円支払った顧客はこういう動き―11分間いて何も買わずに帰った人はこういう動き―というものがわかるようになっております。また、従業員1番さんは一日中この間を行ったり来たりし、従業員2番さんは店内をくまなく歩き回っている、などのようなことが、デジタルデータとなって人工知能に入力されていきます。

また、お客さんはバラバラに入店してくるわけですが、入店時間を揃えることで、入店1分後はどの売場へ行き、2分後はどこへ行きやすいかといったことが可視化できます。まるで容器の中の分子運動を見るように、どこへ行った後はどこへ立ち寄りやすいかなど、人の動き方の傾向が大量のデータから見えてくるわけです。

ただし、こうした情報から気づきはあるものの、それが直接利益につながる方法を明らかにしているわけではありません。そこで、「人間 vs 人工知能」で勝負をしてみました。人間は流通業で実績のあるコンサルタント2人のチームで、問題設定は「10日間の事前計測結果を考慮し、1カ月後に顧客単価を向上する」としています。

人間(専門家)チームは、流通業界の知識を活用しつつ役員や店長をはじめ現場をインタビューするなどし、注力商品へのPOP設置や棚配置の変更を提案しました。人工知能「H」は、店舗や業界の知識は使わずにデータだけを活用し、顧客単価の高感度スポットへの店員の重点配備を提案しました。これらを実際に試したところ、人間チームの施策では顧客単価の向上は確認できませんでしたが、人工知能の施策では顧客単価15%の向上を確認することができました。つまり人工知能の圧倒的な勝利です。この売り上げ15%増は、営業利益の倍増に相当するということです。

重要なポイントは、今ご紹介したブランコ、倉庫、店舗という3つに事例において、まったく同じプログラムが動いているということです。Hitachi AI Technology Hは、金融、流通、プラント、交通、製造など7分野24案件に適用し、同一の人工知能ソフトウェアで汎用的に改善施策を導出しています。これは80年前のコンピューター誕生と同等の大きなインパクトを持っています。

実は、人工知能は20年ほど前から私たちの生活に徐々に入ってきています。ECサイトのリコメンドやネットでの検索は、一種の人工知能が埋め込まれたソフトウェアです。ただし、これらは目的を絞って作り込まれた専用のAIです。およそテクノロジーというものは、特定用途で実用化された後に汎用化されるときに大きなインパクトを与えます。これまで用途に特化してきたAI技術が汎用化に転じたのが、私たちの「H」ということです。

AIは人を幸せにするか

AIが普及すると人間の職を奪うのではないか。近年、こういったAIと人間の関係について議論が盛んになっています。私は、大学時代に『幸福論』(C.ヒルティ)を愛読し、人はどうすれば幸せになれるのかと悩んだ時期もあり、日立に入社後20年ほど半導体の研究をやっていました。しかし13年前に日立が半導体事業をやめることになり、新しいことを始めなければと議論していると、「人間がもっと幸せになれるテクノロジーをやるべきではないか」と若い頃の情熱がよみがえってきました。

そこで2006年以降、リストバンド型センサや名札型センサを使って人間の動きを測り始めました。このセンサを私の左腕につけて以来、次の3月16日で丸10年になります。過去10年間の私の左手の動きは、すべてコンピューターに記録されています。

過去7年間の私の身体運動(50ミリ秒毎)を表したグラフをみると、活発に動いている赤い部分が昼夜逆転しているところがあります。これは海外出張の時差によるズレを示しています。また11月某日、朝4時頃まで一晩中動き続けている日がありますが、これは引越しでした。大量の段ボールに圧倒されつつ、ようやく目途がついたら朝になっていたのです。

私たちは、このグラフを「ライフタペストリ」と呼んでいますが、ここで4人の365日を並べてみると、「Bさんは、平日は決まった時間に起床して週末は寝だめしている」「Cさんは起床・就寝の時間は柔軟ながらも、通勤・昼休み・退勤の時間は規則正しい」など、それぞれの生活パターンが見えてきます。1個1個はゴミのような左手の動きのデータですが、それをある程度集めてパターンを見ていくと、意味を持ってきます。このパターンをよく見ていけば、もしかしたら人の幸せも測れるのかもしれないと思うようになりました。

そして、会社をはじめいろいろな組織の人を100万日以上測り続けたところ、本当に人の幸せが測れるようになりました。私たちは、7社、10組織、468人に対し、「今週、幸せだった日は何日ありましたか?」「楽しかった日、孤独だった日、悲しかった日は何日ありましたか?」という質問に0〜3の4段階で答えてもらうアンケートを実施しました。

このスケールを組織内で平均化すると、そこが幸せな組織かどうかというハピネスの数値が出ますので、それを縦軸にとります。さらに、胸につけていた加速度センサのデータ(組織内での行動の多様性)を横軸にとると、この2つの数値の相関係数は0.94となり、極めてよく一致することがわかりました。つまり、組織のハピネスは加速度センサで測ることが可能ということです。

ハピネスの実像として、コールセンターの事例で3つの法則を紹介したいと思います。第1法則は「ハピネスの高い組織は生産性が高い」です。

コールセンターは日によって人が異なり、条件が変わる中で同じことを繰り返すわけですが、身体の動きの多様性が高い日は、低い日に比べ受注率が34%向上もしていることがわかりました。これは店舗でも、従業員の組織ハピネス(=動きの多様性)が高い日は、低い日に比べ売り上げが15%向上しています。

また、開発プロジェクトが5年後の売り上げにどの程度貢献したかという分析では、組織ハピネスの高いプロジェクトの貢献度は明らかに大きいことが示されました。さらに、開始当初2カ月間の身体の動きが鈍い場合は、目標を変えるなり、人を変えるなり、いろいろな対策を講じることが可能です。

第2法則は「ハピネスも業績も集団現象」です。ハピネスは心の中にあるものではなく、集団現象だといえます。コールセンターでは、スキルの高い人が多い日の業績は必ずしも高くなりませんが、活性度の高い人が多い日の業績は高まります。つまり4番バッターをたくさん集めても、強いチームにはならないことをデータが示しているわけです。身体の動きの多様性が高い人や、周りの人の動きの多様性を高める人が多い日は、急激に受注が上がるということです。こういう人たちは個人の業績との相関がないため、現状のシステムでは人事評価されていませんが、実は、コミュニケーションがハピネスや生産性に貢献していることが数値で示されています。

第3法則は、「ハピネスは仕事や人によらず単一のものさしで表せる」です。もしもハピネスの定義が人によって違う、関西と関東で違う、といったことがあるとすれば、これほど高い相関が示されることはありません。ユニバーサルだからこそ人工知能で高めることが可能なのです。

私たちは、コールセンターのスーパーバイザー用に「ダッシュボード」というソフトウェアをつくりました。これを活用し、「今日は、このスタッフを優先して声を掛けてください」というサポート優先度を伝えます。若いスーパーバイザーたちはゲーム世代のため、このような指示に違和感はないようです。これを1年間継続したところ、受注率は27%も向上しました。こうした結果を昨春から紹介していたところ、思いがけなく大きな反響をいただき、三菱東京UFJ銀行や日本航空でも採用が始まっています。

AI導入によって、生産性は向上します。問題は、そこで生まれた富がどう配分されるかです。20世紀は富や資源が広く分配され、先進国経済というかたちで豊かになったわけですが、21世紀に関しては、あまり楽観できないと思っています。これは格差の問題と深く関連しますが、自然に放っておくと分配は偏っていくことが、いろいろな数値計算や解析からわかっているため、何らかのコントロールが必要と私は考えています。経済成長や格差、国民全体の幸福をアウトカムに設定し、金融政策や国の予算配分を検討することも、もはや夢ではありません。そろそろ真剣に考えるべき時代が来ています。

AIはビジネスをどう変えるか

AIによって変化への適応力が抜本的に向上し、あらゆるビジネスはこれを無視することができなくなります。しかし問題の設定は、やはり人間がしなければなりません。その問題に対し、健気な部下として積極的に活用していくことで、サービスや知識労働の生産性は飛躍的に伸び、幸福を高めることにつながります。

コメンテータ:
著書『データの見えざる手』を刊行当初に読み、感激しました。AIによるプロセスイノベーションが現場の生産性向上に貢献することは、もはや実証済みといえます。今後、高齢化社会の進展に伴い、プロダクトイノベーションによって、どのようなモノやサービス、システムが作られていくのか。防災などでも、いろいろなサービスが作り出されることが想像されます。

AIは、プロダクトイノベーションにおいても無限の可能性を秘めています。汎用性を持つAIは、新しいモノやサービスを作り出す上で大変な力を発揮することでしょう。まさに経産省にリーダーシップを発揮していただきたい分野だと思います。

AIが経済に与える影響として、人間が職を失うのではないかという議論がよく聞かれますが、私は、そのようなことはないと考えています。従来のテクノロジーにおいても、たとえば自動改札機が導入されれば人手が要らなくなり、その現場では職が失われてきました。しかし、経済全体で労働サービスに対する需要がなくなることはなく、むしろ逆の現象が起こっています。

そもそもAIによって作り出され、高い生産性によって生み出されたモノやサービスは、人によって買われなければなりません。その購買力を持つのは人なのです。AIは資本ですから、資本所得と労働所得の分配がどうなるかが問題になります。

過去150年を振り返ると、労働分配率は多くの先進国で極めて安定していました。あらゆるテクノロジーが登場して資本が増えても、結果的に平均所得は向上しています。しかし一般論として、労働分配率が低下することは理論的にはあり得るわけで、それを主張したのがトマ・ピケティです。私はAIの登場によって人間の労働が不要になることはないと考えていますが、これは17世紀初めのリカード以来200年間、経済学において盛んに論じられてきた問題でもあります。

人間の行動には複雑な集団的相互作用があり、価格は1つの面をとらえているものの、それだけでは不十分です。むしろ、それでとらえきれないインタラクションのほうが大きいことは、経済行動にも当てはまります。このことが持つ意味合いは、今の金融政策が表しているといえるでしょう。期待、つまり金利(価格)に働きかければ全員が動くという論理に対し、実際はそうはいかないということを、矢野氏の研究が示しているように思います。

質疑応答

モデレータ:

「ダッシュボード」は、コールセンターのスーパーバイザーだけに見せるのでしょうか。自己内省や情動にもかかわるので、見せ方が重要だと思います。もう少し、ハピネスの解像度を上げる必要があると感じました。

A:

おっしゃるように、その部分の設計が重要と考えています。私たちは多くの試行錯誤を積み重ね、現在は行動の改善点を毎日本人に送り、基本的に個人のデータは本人だけのものとし、他には見せないことを前提としています。ハピネスの数値を出すことよりも、その人本人がメリットを得るための価値ある情報をきっちりフィードバックすることが大切です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。