世界経済見通し― 低迷する資源価格における経済調整

開催日 2015年11月6日
スピーカー 柏瀬 健一郎 (国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所 (OAP)エコノミスト)
モデレータ 石川 靖 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
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開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)エコノミスト柏瀬健一郎氏が、「世界経済見通し(WEO)2015年10月」http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2015/02/pdf/exesum.pdfについて講演します。

議事録

世界経済は依然として緩やかに成長、しかし各国間でのばらつきが顕著

柏瀬 健一郎写真 IMF世界経済見通し(WEO,2015年10月)では、2015年の世界経済の成長率は3.1%となる見込みです。これは、本年4月に発表した水準に比べて0.4ポイント低下しました。続く2016年は緩やかな成長が続き、世界経済の成長率は3.6%まで上昇する見込みです。これは、4月時点よりも0.2ポイント低い数値となりました。

経済見通しとして、先進国は緩やかながらも回復していきます。生産性が引き続き低迷することから、成長率は依然として緩やかに推移するものとみています。新興国は5年連続で成長率が低下すると予想されます。重要な点は、全体でみると成長率は低くなりますが、地域によってばらつきがあり、それが相変わらず大きいということです。

世界経済を考えるとき、どのようなリスクがあるかを見ていく必要がありますが、今のところ、リスクは下振れに傾いていると考えています。その1番目のリスクとして、資源価格が今後も低迷し、資源に依存している資源輸出国、全体的には新興市場国や途上国に大きな影響を与えることが懸念されます。2番目は、世界レベルでの経済調整が今後も続く中で、その影響が世界の金融市場にボラティリティを誘発する可能性があるということです。

3番目は、中国の経済成長のリバランスです。今まで輸出と投資に頼っていた中国経済は、新しい経済成長モデルへの移行期において、消費に依存し、中でもサービス業が伸びていくことが予想されます。この転換期において、中国からアジア全体もしくは世界経済へ波及(スピルオーバー)効果を及ぼすというリスクが考えられます。

先進国の経済成長は緩やかなペースを維持

先進国の成長率は、2015年に2.0%、2016年は2.2%と、緩やかながらも回復を維持していきます。2015年4月時点の見通しと比べると、2015年は0.4ポイント減、2016年は0.2ポイント減に下方修正されました。これを国別にみると、2015年は米国(0.5ポイント減)や日本(0.4ポイント減)の低下が大きく、先進国の下方修正に寄与しています。

米国は、2015年はじめに厳しい冬となりました。港湾の閉鎖といった単発的な問題、資源価格の低迷によって、オイルセクターにおける設備投資が大幅に削減されたことが響いています。しかし、若干の下方修正はされたものの、米国の成長は今後も続く見通しです。米国の労働市場は引き続き改善しており、雇用が回復を続け8月の失業率は5.1%まで低減しました。実質個人消費支出は2012年に低迷しましたが、そこから反転して伸び続けています。

ユーロ圏では、回復がさらに前進しており、その回復の質にも改善が見られます。製造業PMIは今後拡大が見込まれる状況にあり、景況感指数もずっと改善されてきています。失業率が横ばいの国もありますが、全体として見ると改善されてきています。

日本では、第1四半期において純輸出、在庫、設備投資などによるリバウンドが見られましたが、第2四半期になるとマイナス成長に落ち込んでしまいました。上半期全体としては消費と純輸出が予想に反して伸びず、逆に牽引材料として景気を下押ししてしまったといえます。IMFでは、日本の経済成長は2014年のマイナス0.1%から、2015年は0.6%に伸びることを予想しています。その背景として、日銀におけるQQE(量的・質的金融緩和)、資源価格の下落といった要因が株式市場や消費を上向きに押していくと見ています。

新興市場および途上国においては成長が引き続き減速

新興市場国および途上国の成長率は、2015年は4.0%の見通しで、4月時点よりも0.3ポイント下落しています。新興市場国や途上国においても、成長は引き続き減速するという見方ですが、2016年には4.5%に回復することが予想されています。

国別にみると、中国は2015年に6.8%、2016年は6.3%となり、インドは2015年に7.3%、2016年は7.5%と高い成長率が続く見込みです。ブラジルは、2015年にマイナス3.0%と大幅な減速となっていますが、2016年はマイナス1.0%となり、落ち込みが若干弱まるとみられます。ロシアは、2015年にマイナス3.8%、2016年はマイナス0.6%と予想されています。低所得途上国全体では、2015年に4.9%、2016年は5.9%まで回復するということです。

中国における経済成長のリバランスという言葉をよく耳にされると思います。今までは、輸出や投資に牽引された経済成長がずっと続いてきましたが、今後は、消費やサービス産業が大きく成長し、これらの要因が中国経済を牽引していくとみられます。この中国のリバランスを長期的に見て、持続可能な成長であるとIMFでは考えています。そして、この持続可能な成長率への転換が世界経済にもプラスに働くという見方をしています。ただし、転換期におけるリスクは、今後も考えていくべき重要な要素です。

本年10月に発表されたWEOの中国経済の見通しは、4月発表の内容と概ね一貫していますが、この1カ月ほどの間にいろいろな統計が出てきました。設備投資の伸びが昨年に比べて鈍化したり、輸入が若干減少したりする中でも、消費の伸びは、比較的安定している状況を読み取ることができます。輸出は予想以上に鈍化しましたが、純輸出ではそれほどの落ち込みにはならず、逆に景気を後押しする要因となりました。

為替市場については、ボラティリティがいろいろな形で中国経済に負の影響を与えることを心配していた方もいると思います。しかし、中国経済の中で株の保有率はどちらかというと低いとみられるため、株式市場のボラティリティが実体経済に与える影響は、限定的であると考えています。

こうした状況の中で、以前から続いている不動産や銀行の貸し出し、投資による余剰要因の影響は次第に弱まり、設備投資(とくに不動産)の伸びは緩やかになるものの、この新成長モデルは、今後も続くものと考えられます。そこでIMFは、2016年の中国の成長率を6.3%とし、4月のWEOにおける見解を据え置きとしています。

次に、中国の成長が緩やかながらも鈍化し、世界市場における資源価格が低迷している状況下において、ラテンアメリカの経済見通しに触れたいと思います。代表的なのがブラジルですが、2012年以降、景況感はずっと下がってきている状況です。ブラジルではインフレ率が上昇しており、その中で政策金利も引き上げられてきています。企業における景況感指数、また消費者信頼感指数にも表れているように、マクロ政策におけるタイト化が、設備投資や消費に大きな影響を与え、内需を下押し方向に圧迫している状態です。また、ブラジルの貿易相手国の経済成長の鈍化も負の影響を与えています。

メキシコは、原油価格の低迷や米国における経済成長の若干の鈍化により、2015年は2.3%、2016年は2.8%となっています。4月のWEOに比べると、2015年で0.7ポイント減、2016年には0.5ポイント減となりました。

資源に依存している国全体にいえることですが、今回の経済成長率の下方修正は、資源輸出国において交易条件が悪化し、それによって成長が大きく下押しされたといえます。そういう意味では、ロシアも例外ではありません。

ロシア経済においては、実質GDPの推移にも表れているように、景気の落ち込みが非常に大きくなっています。ウクライナでの紛争長期化も大きく影響しています。インフレも高い状況で、多くの懸念材料を残しており、2015年の成長率はマイナス3.8%と低くなっています。しかし、2016年にはマイナス0.6%に回復していく見通しです。

資源輸出国の実質および潜在成長率は減速する見通し

資源価格の低迷は、世界経済の成長率を下方修正した要因の1つとなっています。過去のデータから一次産品の交易条件の改善および悪化時におけるGDPの平均年間成長率をみても、今回の資源価格の下落が世界経済に大きな影響を与えていることがわかります。また、資源の輸出に依存している国、交易条件が悪化した国では、貨幣が下落しています。そういった局面で、外貨準備高が顕著に減少している国・地域があります。 2014年8月から2015年3月にかけて、為替相場も大幅なリバランスを経験しました。実質実効為替レートは、中国、米国、インド、フィリピンなどで大きく上昇。一方、マレーシアやオーストラリア、メキシコ、カナダ、ノルウェー、ロシアなど、資源に頼っている国では大きく下落しています。人民元の切り下げの影響も、2015年8月以降、顕著に表れています。

WEOでは、2013年1月から2015年6月までのCPIベースでの実質実効為替レートの変動が実質純輸出に与える影響を分析しています。実質実効為替レートが10%下落する場合、それが純輸出にプラスの影響を及ぼし、GDPの実質成長率が1.5ポイント程度上昇するという見解を示しています。ただし、これは平均としてみた場合であって、国によってばらつきがあります。

成長見通しを下押しするリスクが依然として残る

成長のリスクは依然として下振れ傾向にあると、WEOは示しています。地政学的リスクは今のところ落ち着いているものの、考慮していく必要が依然としてあります。全体的に、世界の金融状況はタイト化している状況です。また、資源価格の下落によって輸出国の景気は悪化しています。

新興市場国においては、金融フローが急停止するリスクもあります。世界的なリスクプレミアの上昇は、金融状況のタイト化とも一致しています。そして中国の成長の鈍化に関しては、これからも注視していく必要があります。先進国では、長期におよぶ経済成長の停滞、低インフレが定着するリスクが懸念されます。今後、高齢化や労働参加率、インフラ投資が重要な要素になっていくでしょう。

資源価格が低迷する中での重要な政策課題

今後、先進国では、需給ギャップがマイナスでインフレ率が低すぎる場合、緩和的な金融政策を維持していく必要があります。しかし、それを正常化していく局面で、それがどういう影響を国内のみならず国外へ及ぼすかを考えてかなければなりません。

金融市場におけるリスクをできるだけ抑えるためには、更なるマクロプルーデンス政策と必要に応じた政策の実施が大切です。そして財政余力がある場合は、それを有効に用いて、需給のてこ入れに使う必要があるでしょう。

新興市場国・途上国では、世界経済の再調整によって誘発される広範囲にわたる資産価格の変動やボラティリティの上昇(通貨、株価、債券、商品、資本フロー)に備えること、金融緩和の前に財政政策のトレードオフを見極めることが求められます。また、成長減速にもかかわらず需給ギャップが小さい可能性を判断し、金融監督およびマクロプルーデンスの枠組みを強化していく必要があります。全世界においては、引き続き構造改革を通しての潜在GDPの引き上げ、インフラ投資拡大の促進が必要となります。

アジアは依然として世界経済における最もダイナミックな地域

アジアは、今後も世界経済の牽引役として重要な地域です。しかしアジア地域内でみると、依然としてバラつきがみられます。資源価格の下落、交易条件の悪化によって、貨幣の下落や経済の基礎的条件の悪化をきたしている国もあります。そのため国によっては、成長率が大幅に下方修正されているところがあります。アジアの輸出の伸びは、中国のリバランスの中ですでに弱まっており、それが原因の1つと考えられます。しかしアジア全体としてみると、2015、2016年の成長率は、いずれも5.4%という堅調な成長が見込まれています。

2016年1月以降の米国のFF金利について、FOMC予想と市場予想には乖離が生じています。ボラティリティの要因となるため、この差はなくさなければなりません。米国準備理事会(FRB)は今後、金融政策におけるコミュニケーションをしっかりとるべきでしょう。

アジアでは、資本の流出は増加傾向にあります。そして資源価格の低迷によって、主要アジア諸国において実質実効為替レートが大きく変動しました。2014年6月以降、中国の為替レートは10%以上上昇しているわけです。また、外貨建て負債比率が上昇している国があります。今後、為替が急激に変動した場合、大きな影響を及ぼし、ボラティリティの一因となることが懸念されます。

アジアの経済成長は緩やかになりつつありますが、今後も世界を牽引していく地域であることは変わりません。成長の減速は、より持続可能な世界経済への移行を意味しています。中国からアジア地域への潜在的な波及効果が以前の予想を上回ったことが、今回の世界経済見通しの下方修正にも至りました。一次産品およびエネルギー価格の下落は、アジアにとっては潜在的な景気の上振れ要因であると考えられます。

質疑応答

Q:

人民元がSDRの通貨バスケットに入ることについて、IMFは人民元が市場化に十分耐え得ると評価しているようです。一方、人民元はまだ不安定だという意見もある中で、IMFはどのように考えているのでしょうか。

A:

まず、人民元がSDRの通貨バスケットに加わる上で、IMFが見ているクライテリアがあります。1つ目は、中国の輸出が世界的に見てどれぐらい伸びてきているか。どの位のシェアがあるか。2つ目は、人民元が世界でどれぐらい自由に取引きされているか、つまり通貨のconvertibilityです。1つ目のクライテリアにおいて、中国の輸出は、すでに世界で高いシェアにあります。2つ目のクライテリアにおいては、IMFの理事会で議論されることと思います。皆さんもご存知のように、つい最近、中国で金利の自由化がありました。市場金利と中国当局が決める金利の間には、ある程度の乖離がありましたし、為替においても乖離がありました。ですから、人民元がSDRのバスケットに入るか入らないかということに限定して考えるのではなく、中国当局が必要な構造改革や金融政策を引き続きとっていくことが重要です。

Q:

資源価格が低迷する中での重要な政策課題(全世界)として、「構造改革を通しての潜在GDPの引き上げ」を挙げておられますが、もう少し詳しくうかがいたいと思います。また、米国の金利について、FOMCの金利予想と市場予想に乖離がある問題を指摘されていましたが、これをどうすれば解消できるとお考えでしょうか。

A:

どのような構造改革が必要になってくるかということですが、今回のIMFと世銀の年次総会で、専務理事から「ポリシーアップグレード」という言葉が聞かれました。これは、政策における質の向上ということです。最近、経済格差が広がってきたことによって、経済の成長は比較的鈍化し、成長の持続性もなくなってきているというペーパーがIMFから出されています。そういった状況の中で、格差を是正していくということも大切な構造改革の1つだと思います。一般にいわれることですが、財政に余力のある国では、医療や教育費に投資して潜在成長率を高める必要もあります。また、インフラはアジアにおいても非常に大切な問題です。そういったインフラに、どうすればファイナンスすることができるのかということも構造改革の1つといえるでしょう。2つ目の質問については、IMFの見解ということではなく、一般的な話をします。成長ということを考えるとき、成長の質も大切です。最近よく、包括的な成長(inclusive growth)といわれますが、それを労働市場に当てはめて考えると、労働市場の改善とともに、その改善の質をみる必要もあると思うのです。金融政策と実際の市場の乖離をどうすればいいのか。私は、コミュニケーションが大切だと言いましたが、こうしたことも考える必要があるのではないかと思います。

Q:

今後、中国経済がサービス化に向かうと、中国によるASEANからの輸入が減少し、アジアのインフラ需要が停滞する懸念はないのでしょうか。

A:

中国が、これから消費やサービスが主導する経済に転換するといっても、それによって貿易が下がるという意味ではないような気がします。ただし、これまでとは違った形の輸入に変わって来る可能性があります。消費に依存した成長が背景となりますので、幅広く輸入を考えるべきだと思います。日本が、それを有効に活用することも可能でしょう。

アジアには、インフラのボトルネックがあります。とくにインドネシア、インド、ミャンマーなどではボトルネックが強く、インフラが必要な国です。さらにカンボジア、ラオス、バングラデシュを含め、アジア全体でインフラを強めていく必要があると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。