世界経済のリスク4.0

開催日 2015年10月14日
スピーカー 滝田 洋一 (日本経済新聞社編集委員)
モデレータ 片岡 隆一 (RIETIコンサルティングフェロー/財務省大臣官房参事官(主計局担当))
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開催案内/講演概要

世界経済は常に思いも寄らぬリスクが顕在化する。今年についていえば、①中国経済失速と新興国への波及②米利上げ懸念と投資マネーの引き揚げ③ひところ騒がれたギリシャ破綻とユーロ解体だろうが、それにくわえって④フォルクスワーゲンの排ガス不正問題といったようなイベントリスクも浮上してきた。日本はこの剣呑な世界を、どう世渡りしていけば良いのか。アベノミクスのプランB(有事対応)も含め、検討の時期なのではないか。

議事録

地政学的リスクは、ウクライナからシリアへ

滝田 洋一写真 本日のタイトル「リスク4.0」ですが、最近はやりの「製造業4.0」にひっかけたものです。思わぬリスクが飛び出してくる、といったような意味だと思って聞いてください。強いて4つにまとめるなら、中東の地政学リスク、米大統領選をめぐる不透明感、中国株バブル崩壊、米金融政策の転換といったところでしょうが、フォルクスワーゲンの排ガス不正問題みたいに突然飛び出してくるものもあります。

今年はじめ、私は、景気は上振れる可能性が高いとみていました。なぜかというと、原油価格が大幅に下がり、日本の経済にとってはボーナスとなるためです。この原油価格の下落効果を、政府も民間も経済見通しには十分に織り込んでいないものと判断し、それが浸透してくればプラスの効果を発揮すると考えていました。ところが、今年に入って、原油価格下落のご利益はなかなか続きません。それはどういうことなのか、という問題意識で今日はお話ししたいと思います。

地政学的リスクは、シリアへ移っています。驚くことに、シリア、イラク、「イスラム国」からの難民は400万人を超えているといいます。同じく、シリア、イラク、「イスラム国」における国内の避難民は1000万人を超えているということです。ブルームバーグのウェブサイトを見ると、まさに世界が無法地帯になっているというマップが載っており、これは容易ならざることが進行しつつあるという感を深めます。中東のリスクは、まだマーケットに大きな影響を及ぼしていませんが、目が離せない状況です。

オイルマネーの蒸発

経済に関しては、オイルマネーが蒸発してしまったことが大きいと思います。従来、サウジアラビアは原油の収入が多く、経常黒字が積み上がっている国でしたが、2015年に入ると、サウジアラビアの経常収支が赤字になってしまいました。これは、思いがけない大きな変化です。

サウジアラビア通貨庁(SAMA)は、昨夏から原油価格が下落する課程で外貨資産を取り崩しに入っています。その影響として、日本の株式市場でも、まとまった売りが出ています。英国を経由した売りが出ている背景には、オイルマネーの枯渇があると思われ、思わぬ玉突きがいろいろなところで見られるという感じがします。

TPPと米大統領選

10月5日にようやく大筋合意に至ったTPPに対し、同月7日、ヒラリー・クリントン氏は「ノー」と言いました。かつて国務長官であった頃、同氏はTPPを推進する最有力な閣僚だったわけです。そこで、オバマ政権も相当頭に来ているのではないかと思い、CNNを見ていたところ「彼女は45回、イエスと言っていた」という報道が流れていました。来年、大統領選挙を控えて、不確実性が増しているといえるでしょう。

さらに金融面では、今年7月、ヒラリー・クリントン氏がニューヨーク大学のビジネススクールでスピーチしました。その内容は、「四半期資本主義はけしからん」というものでした。つまり、企業は短期の利益志向に走るべきではないと述べ、同時に「クリントン税制」を提案しました。具体的には、株の値上がり益や譲渡益に対する税に関するもので、6年間保有しなければキャピタルゲイン課税は現行の水準を上回るといった内容です。これは、大統領選挙における自分の立ち位置に密接に絡む提案だといえるでしょう。

ヒラリー・クリントン氏は今年の初夏辺りまで圧倒的なトップランナーであり続け、民主党内は無風といわれていました。しかし、ここにきて支持率が低下し、最左派であるサンダース氏の支持率が上がっています。ヒラリー・クリントン氏が焦りを感じている理由は、ここにあると思います。党内で左派の声が強くなると、その議論に自分も乗らなければ、大統領選候補の指名を得られないのではということで、TPPに反対の意見に転じたわけです。

一方、共和党でも、不動産王として有名なトランプ氏が鮮明な反対を唱えています。ですから、せっかく大筋合意に至ったTPPは、大統領候補の中で暗礁に乗り上げるリスクがあると考えられます。ただし、ピューリサーチセンターによる世論調査の直近の発表をみると、面白いことに、米国では民主党支持者の過半数の人がTPPに賛成しています。さらに、それは共和党支持者における賛成の比率よりも高いのです。

どうやら、まちを歩く一般人の意見と、政治の場にいる人たちの意見に乖離があり、どの国もそうであるように、一般人はまともに考え、いろいろと決める人たちは極論に走っているという状況が見受けられます。来年の大統領選挙に向けて、どのように変わっていくかが注目されます。

トランプ氏が大統領候補として共和党の指名を受けるとは、よもや考えていないだろうと思いますが、仮に、彼が独立候補として立ったらどうなるでしょうか。共和党にとっての悪夢にほかなりません。1992年の大統領選挙で、ビル・クリントン候補が最初に当選した際は、一般投票の4割しか得ませんでした。当時のパパ・ブッシュは、いくら人気が落ちたといっても同様に4割弱の票を得ています。さらに括目すべきは、ロス・ペロー氏が2割近い一般票を得ていたことです。この辺が、米国の政治の面白いところだと思います。共和党の指名を得られなかった場合、トランプ氏は、今のところ立候補しないと言っていますが、もし立候補すれば、共和党には大変な状況になることでしょう。

Dirty clean car;フォルクスワーゲンリスク

フォルクスワーゲンに関しては、クリーンカーを汚い手法で売った"Dirty clean car"の問題だと思っています。中国向け輸出の数量と単価からは、高級イメージを維持しつつ普及車も売るというドイツ車のブランド戦略が見えるわけですが、今回、全世界で1000万台を超える車でインチキをやっていたということになると、ドイツの基幹産業である自動車は大変だと思います。気がかりは、今後さまざまな規制が出てくると、日本の自動車メーカーにも影響を及ぼす可能性があることです。日本の輸出は、圧倒的に自動車産業に依存していますので、気になるところです。

バブル崩壊後の危機は、いつも別の顔

今年6月半ば、中国の株式市場のバブルが崩壊しました。今後、過去いくつかのバブル崩壊現象に共通した問題が生じていることは明らかです。アジア通貨危機、リーマンショック、中国株バブル崩壊の3つを分析すると、手を変え品を変え別のことが起きている中で、本質的には同じことも生じているわけです。それが今回の中国株バブル崩壊は根が深いと思われる理由です。信用膨張に伴う過剰債務の問題は、バブル崩壊後に共通していて、当該経済の停滞を長引かせる要因として大きいと思います。

マッキンゼーによると、中国の債務総額は2007年の7.4兆ドルから2014年4-6月期には28.2兆ドルに急増しています。なぜ4倍にも増えたかというと、とくに企業と金融機関で増加しているためです。リーマンショックが起こった2008~2009年にかけて、中国は4兆元の経済対策を実施し、後遺症からいち早く立ち直ったわけですが、それと同時に、過剰生産・過剰設備の問題を生じさせてしまいました。

過剰債務問題に一旦はまると、抜けるのが大変なことは、日本のバブル崩壊後の経験をはじめアジア通貨危機においても共通の出来事でしょう。そのトラップに中国経済が陥っていることが懸念されます。中国は今後、おそらく景気対策を何回かやって、危機が爆発するのを防ぐというやり方をとっていくのだろうと思いますが、人間のやることに大きな違いはなく、日本が1990年に株式バブル、1991年に不動産バブルが崩壊した後に行ったような政策を中国もとっていくと考えるものです。

昨日発表された中国の貿易統計は、「これはまずいぞ」という感じを抱かせるに十分だと思います。輸出が前年比3%減少したこともさることながら、中国の輸入が同20%減少しているというのは、国内経済の相当の落ち込みを示唆しています。放っておけば深刻な景気後退に陥るでしょうし、世界で2番目のGDPを誇る中国がここで転ぶということは、日本を含めた世界にとっても、はた迷惑となります。今回の火元をきちんと消してもらわなければ、隣家延焼してしまいます。これはグローバルリスク4.0の中でも、圧倒的な1丁目1番地のリスクと言わざるを得ないでしょう。

王様と私;Fedとequity

米国の金融政策も、経済的なリスク評価に欠かせません。NYダウとFRBのバランスシートをみると、FRBと株式市場は、まさに「王様と私」の関係になっているわけです。リーマンショックによって2009年3月、NYダウ平均は7000ドルを下回る事態となり、底抜けするのではと危惧したものですが、その後は一転して上昇基調に入りました。なぜそうなったのでしょうか。理由はいろいろあるでしょうが、バブルの身代わり地蔵として、FRBが資産を買いまくったことが最大の理由だと思います。

NYダウ平均の推移とFRBのバランスシートのグラフを重ね、お日様にかざすと、明らかな相関が見られます。端的にいえば、いろいろな資産を買い集めることによって、FRBが株価の回復を助けてきたということです。それが量的緩和(QE)の要諦だといえるでしょう。FRBは、国債だけでなくRMBC(住宅ローン債権担保証券)も大量に買っており、資産規模はリーマンショック前の水準に比べて5倍程度に膨らんでいます。

では、中国経済をはじめ世界経済が減速気味の中で、米国はゼロ金利を解除して、簡単に利上げができるでしょうか。私は、そう簡単ではないと思います。しかし、金融緩和だけで経済を支えることはできません。米国において、金融、財政のポリシーミックスがどのように変遷したかを整理すると、リーマンショック直後は金融政策、財政政策ともに拡張し、2010年頃から小康を取り戻す過程で、財政政策は中立化する一方で金融政策は拡張気味となりました。現状として、金融政策は中立化に向かっていますが、財政政策については議論が分かれています。

元財務長官のラリー・サマーズ氏は、最近のフィナンシャル・タイムズに論文を書き、財政政策に再びスポットライトを当てるべきだと述べています。どうやら米国の財政政策が拡張に向かう可能性もあるようですが、いずれにしても中国や米国の状況は、予断を許しません。

Abenomics 2.0

私は、アベノミクスそのものについては、デフレ脱却という明確な目標を掲げていることを含め、どちらかといえば支持しています。しかし、アベノミクス第2ステージが一般の人々に訴求力があるかというと、ちょっと首をかしげてしまいます。名目GDP600兆円、合計特殊出生率1.8、介護離職ゼロなどを掲げているものの、よかれ悪しかれ参議院選挙対策の色彩が強いと感じます。

これらを実現するには、一方で、生産性を高める施策が必要となります。そうでなければ、企業が利益を上げたとしても、なかなか投資に回すことはないでしょう。ですから、何らかの形で企業の投資や雇用を増やすことに、政府がメッセージを発するべきだと思いますし、前向きの投資に動く循環ができることは民間にとっても望ましいはずです。

本年9月17日、経済産業省の新産業構造部会において、アベノミクス第2ステージのフレームワークについて議論がすでに始まっていますが、ほとんどの新聞は、このことを1行も報じませんでした。当時は、最終局面にあった安保法制の記事ばかりでしたので、そろそろ世の中の関心が、こうした方向に向かってもいいと思います。

賃上げするためには、企業が生産性を向上しなければなりません。そのためには、IoT、人工知能(AI)やロボット投資、省エネといった「インダストリー4.0」のようなことを、日本でも具体的なイメージを持って投資できるようにすることが重要です。こうしたことが、うまく軌道に乗るかどうかが、アベノミクス第2ステージの本丸といえるでしょう。

もう1つの課題は、やはりTPPだと思います。安保と経済は、日米連携の車の両輪といえます。TPPを進める上で、経済だけでやっていると、どうしても陣地をとったり、とられたりという話になってしまいますので、米国のアジアに対するコミットメントやリバランスとの関係でTPPの重要性をとらえる必要があります。ここでフォーメーションを固め、中国を新しいルールの中に取り込んでいこうという狙いが、今回のTPPにはあるように思われます。

「虎は死んでも皮を残す」といいますが、ようやくオバマ政権は、その皮としてTPPを考え、レガシーづくりに取り組んでいるようです。これから日本では、国会での批准承認が必要となりますが、あえて楽観的に言えば、日本では比較的スムーズに行くことがあり得ると思います。

最悪のシナリオは、日本がリスクの大きい中で内向きになり、保護貿易主義的になってしまうことですから、そうではない方向へ弾みをつける上でも、TPPが重要性を増しています。

質疑応答

Q:

IMFの直近10月の経済見通しでは、日本や米国が下方修正される中、中国だけは据え置きとなっています。また、中国の外貨準備高が減少している一方、人民元はむしろ上がっています。こうした動きについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

IMFは、11月に人民元をSDR(特別引出権)の対象に加えるかどうかの決断に迫られていますので、今はちゃぶ台を返したくないという気持ちが強いのではないでしょうか。8月以降、中国が突然人民元の弾力性を増すと発表し、マーケットは大混乱に陥ったわけですが、それに対してもIMFは融和的な対応をとっているように感じます。経済見通しについても、個別の指標をみれば下方修正しないでいい状況だとは、とても思えません。ですから、IMFの見立てはあえていえば、politically correct(政治的に正しい)なのだということでしょう。

人民元相場の見通しは、やはり中国経済の状況が悪いため、放っておけば人民元安になっても、おかしくありません。中国にとって一番困るのは、ホットマネーがどんどん流出して、金融が引き締まってしまうことです。それを防ぎたいというのが、足下で何とか人民元を支えている背景だと思います。

モデレータ:

アベノミクス第2ステージのフレームワークに関連して、新三本の矢は、構造的問題への対応を図るという点で、中長期的に効果が表れるものと考えられます。そこで、企業などの供給サイドへの働きかけとのバランスについて、どのように見ておられますか。

A:

新三本の矢は、たしかに短期的なご利益は期待しづらいものだと思います。名目GDP600兆円、合計特殊出生率1.8、介護離職ゼロというのは、目標であって手段ではない、的であって矢ではないという批判があります。では、なぜそれを打ち出したかというと、やはり来年の参議院選挙の問題だろうと言わざるを得ません。

現状として気になるのは、賃金の上昇が物価の上昇に追いつかないことや、消費税増税に対応しきれなかったことです。つまり、実質賃金がマイナスになってしまったことです。そうなると、なかなか消費も盛り上がらず、足下4-6月期のGDPもそれを反映しています。ですから、消費者や家計にやさしい政権であると打ち出すことが、一番の眼目としてあるのではないでしょうか。

短期的には、経済を好循環に導くために、企業の内部留保をいかに次の投資に回していくかということに、焦点が当たっていると思われます。多くの人がいぶかしく思っていることに、4-6月期の法人企業統計を見ても、日本企業の利益水準は過去最高を更新しているにもかかわず、GDPは前期比マイナスとなっているわけです。企業が海外で儲けた部分が多いからだという説明は成り立ちますが、資金の循環が途中で切断されているという感があります。そこで過激な手段をとるとすれば、法人税減税を進めると同時に、内部留保に課税するという合わせ技も、原理的には考えられるとの指摘も聞かれます。少なくとも、儲けたキャッシュを前向きに使うためのプレッシャーをかけることが、短期的な策としては考えられるでしょう。

Q:

日本の財政赤字は、崖っぷちから転げ落ちかけている状況だと思いますが、それに対するアベノミクス2.0の政策がよく見えてきません。それについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

まず、日本の財政状態が悪いことは明白でありますが、その背景としては、失われた20年に経済規模が縮小してしまったことが大きな要因といえるでしょう。過去、日本の名目GDPがもっとも大きかったのは、1997年10-12月期です。つまり、今から20年近く前に525兆円あったGDPが足下では500兆円まで減少しています。その間、東日本大震災後には465兆円まで落ち込んでいますから、とんでもない停滞期に陥ったことは否めません。

ケインズの一般理論に出てくる「豊富の中の貧困」につながりますが、まさに日本のデフレ型均衡の下で、企業などの個々の主体が最大化した収益をキャッシュで持つことによって、経済全体が小さくなってしまったわけです。ですから、そのデフレ型均衡をマイルドなインフレと成長の均衡へと転換する必要があります。奇をてらうことなく、アベノミクス第1ステージの政策を地道にやっていくことが最大の成長戦略であり、財政再建に向けた方策であろうと私は考えています。

Q:

ロシアをめぐるリスクについて、コメントをいただきたいと思います。

A:

シリアやイランの問題を、いかに大混乱にならずに戦線を収めていくかが、今できる最大限あるいは最低限の課題のように感じます。たとえばロシアによるシリア空爆に対し、オバマ大統領はもっと強く抗議するものと思われました。米国は、反体制派に50トンの軍事物資を供給したと報道されていますが、敵の敵は味方ということで、イスラム国問題をめぐって歯切れの悪い対応になってしまったようです。他の問題についても、構図が混乱しすぎていて、米国対ロシアのようなクリアな対立構造は見えてこないという気がします。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。