マイナンバー制度の今後の展開と課題

開催日 2015年10月8日
スピーカー 森信 茂樹 (中央大学法科大学院教授/東京財団上席研究員)
モデレータ 龍崎 孝嗣 (経済産業省経済産業政策局企業行動課長)
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開催案内/講演概要

(1)マイナンバー制度(税・社会保障番号制度)について
 ・番号制度導入の経緯
 ・個人番号(マイナンバー)と各種インフラ
 ・マイナンバーカード・マイナポータルの機能
 ・法人番号とその活用
(2)国民と行政のありかたを変える番号制度
 ・消費税低所得者対策―「日本型軽減税率制度」について
 ・記入済み申告制度とe-Tax
 ・消費税インボイス
(3)今後の議論の展開
 ・口座付番とその進展
 ・社会保障効率化へのマイナンバーの活用(介護、高齢者医療など)

議事録

番号制度導入の経緯

森信 茂樹写真マイナンバー制度については、よくここまで来たなという感想を持っています。私が主税局で納税者番号を担当していたときは、グリーンカード制度が頓挫した後の挫折感が漂っていましたので、それに比べると隔世の感があります。これは、1つには「消えた年金問題」の影響が大きいのではないでしょうか。一部の人の支払っていた年金が消えてしまい、何とかしなければいけないという意識が、国民の番号制度への理解につながっていると思います。

「消えた年金問題」を機に政権交代した民主党は、マニフェストに納税者番号制度の導入を掲げていました。その後、社会保障・税番号として世の中にプレゼンテーションをし、それが功を奏して大量の法案が作られました。しかしそうした法案は民主党政権時には通らず、自公政権になってからマイナンバー制度法が成立したわけです。

マイナンバー制度には、大きく2つの流れがあります。1つは、財務省の納税者番号制度や厚生労働省の年金番号といったグループです。そしてもう1つは、内閣官房のIT戦略室のグループです。この2つがマイナンバー制度として1つになったわけですが、これまで別々で検討してきたことやPRの不十分さもあって、全体像がわかりにくいという印象を受けています。

個人に生涯変わらない番号を付けるという制度は、どの先進国でも導入されています。つまり日本は、一番遅れてきたといえます。そうはいっても、欧州では国によって使い方が違います。もっとも進んでいるスウェーデンでは、皆マイナンバーカードを首から下げており、性別、生年月日、乱数と続く番号のため、パッと見れば何年生まれかがわかります。また、民間会社が国家統計局に、ある地域に居住する所得1000万円以上の人の住所、氏名、年齢といった情報提供を依頼すれば、有料で入手することが可能です。所得情報も、国家共有の情報となっているわけです。

なぜ、こうなっているのかとスウェーデン当局の担当者に聞いたところ、第1次大戦、第2次大戦と中立国の立場を守ってきたスウェーデンでは、国家のために国民が命を失ったことがないため、国家は自分たちの代理人のようなイメージなのだといいます。そのため国が番号を使って、いろいろなサービスをするのは当然だという認識のようです。

その対極が、ドイツです。ドイツは、ナチスドイツにおいてユダヤ人の管理に番号を使った歴史があるため、統一番号には長年反対してきました。しかし10年程前、税務に限って共通番号を導入しています。

これらの中間がオランダであり、はじめに納税者番号を導入し、徐々に国民的な議論をしていき、1つずつ使途を広げてきました。このように、各国とも歴史や国民性により番号の活用法が異なるのですが、オランダ型が日本に合いそうだと、以前から指摘してきました。

個人番号(マイナンバー)と各種インフラ

マイナンバー制度は、マイナンバー、マイナンバーカード、マイナポータルという3つの社会インフラから成り立っています。マイナンバーは、プライバシーの観点で税・社会保障に限られており、違反すれば刑事罰が適用されます。一方、マイナンバーカードにはICチップが搭載されており、識別子や符合による公的認証システムによってサービスが受けられるようになります。マイナンバーとは異なり番号そのものを使わないので、原則法律の規制はありません。このように、それぞれ違った社会インフラであることが、国民にはうまく伝わっていないわけですが、この3つは分けて考える必要があります。

マイナポータルの利活用イメージとしては、公的個人認証機能を活用して、日本年金機構や市区町村からの情報提供等記録開示、自己情報表示、プッシュ型サービスが受けられるようになります。さらにもう1つ、電子私書箱があり、事前に同意した生命保険会社や証券会社、政党や教育機関など、おもに民間からいろいろな情報を受け取ることができます。納税者は、自己情報を参照して申告の補助として利用でき、国税庁のe-Taxにつなげることができます。

将来的に、本人の承認によって電力会社やガス会社、宅配業者などの情報も活用できるようになれば、利用範囲は大きく拡大します。住所変更手続きもワンストップでできるようになるでしょう。こうしたことが現在、経産省や総務省でいろいろ検討されているところです。

税・社会保障分野での活用にあたっては、やはり適正・公平な課税が大きな課題です。現在税務当局は、適正な申告を確保するために、納税者本人の税務申告と、給与・年金の支払者や配当の支払者などからの法定調書の情報を、国税総合管理(KSK)システムでマッチングしています。ところが住所、氏名などで行っているため、引っ越しや姓の変更、入力ミスによって「消えた年金問題」のような不具合が生じるわけです。

しかしマイナンバーを導入すれば、法定調書の名寄せや納税申告書とのマッチングを正確かつ効率的に実施できるようになります。つまり番号の本質は、マッチングの機能なのです。番号そのものには意味はなく、ただマッチングするためのツールだといえます。ですから、この番号を使って、どういう制度にするかが問題です。

口座付番について

正確な所得の把握を実現するためには、今後法定の調書拡充が検討されます。2018年からは預貯金口座への付番(任意)が始まりますが、事業所得・不動産所得の正確な把握には限界があります。マイナンバー制度の導入は、いわゆるクロヨン(9・6・4)に効果があるという人がいますが、事業所得や不動産所得がガラス張りになるわけではありません。しかし、大きな牽制効果があるといえるでしょう。なお、金融機関には、預貯金を番号付きで管理するという義務が課せられます。

たとえば年金の受取口座にマイナンバーを記載するようにすれば、付番は自動的に進んでいきます。また、税金の還付口座は国税局のデータと紐付けできます。ですから、やり方次第では、既存口座に関しても一気に付番が進んでいく可能性があると思います。これは、事業者にとっても大きな牽制効果があるといえるでしょう。

日本が徴税国家になるというマスコミ報道がありますが、それは違います。どの先進国でも、銀行口座には番号が付いているのです。それはなぜかというと、利子所得を捕捉するためです。しかし日本だけは、源泉分離課税によって利子所得の一律2割を徴収しているため、税務署は利子所得に興味がありません。一方、諸外国は申告分離課税あるいは総合課税となっており、利子所得は番号付きで徴収しています。そもそも納税者番号というのは、利子所得に番号を付けることから始まっており、口座付番はグローバルスタンダードとなっているわけです。こうした点からも、日本でも急速に付番が進んでいく可能性があります。

給付付き税額控除と軽減税率

消費税を還付するカナダ型の給付付き税額控除は、マイナンバーを活用して正確な世帯収入を把握し、低所得世帯に基礎的な食料支出にかかる消費税分を社会保障給付する制度です。従来、税は個人申告ですから、税務署は世帯の状況を把握していません。しかし、マイナンバーによって初めてAさんとBさんが同一世帯であることがわかり、世帯収入が明らかになります。それに基づき、消費税引き上げに伴う低所得者対策を実施していけばいいわけです。

給付金付き税額控除の私案として、世帯年収300万円未満の人には大人・子供とも2万円、300~400万円未満の人には大人・子供とも1万円の給付を行った場合、所要財源は3100億円となります。軽減税率は事務コストの問題などから反対が多いため、マイナンバー活用による給付付き税額控除の検討が進むことも考えられます。

私の考えは次のとおりです。いつかは、日本も軽減税率を導入せざるを得ない日が来ると思います。しかし、それは今でありません。おそらく消費税率を15%に引き上げるとき、たとえば食料品は10%に留めることを前提にしなければ実現できないことが予想されます。なぜいまではないかというと、すでに消費税率を10%に上げる分の税収の使途は決まっており、さらにまだ3000億円足りないという状況です。ですから、軽減税率を新聞などに拡大していくという話は、常識的にはあり得ないと思います。

欧州では、長い歴史の中で軽減税率に関するいろいろな合意が形成されてきました。ここでは、馬の生涯と軽減税率を考えてみたいと思います。食肉場生産者から、とさつ業者へ販売される際は消費税率10%ですが、そこから毛皮業者、馬油業者、毛筆生産者へ販売されれば消費税率は10%、枝肉センターへ販売されれば8%でしょうか。さらにレストランやスーパーに販売されれば8%ですが、ペットフード生産者へ販売されれば10%の課税対象となります。

たとえばレストランでは、馬肉の仕入には8%、消費者への販売には10%と、異なる消費税率が適用されるわけです。このように流通全体にわたる区分経理が求められることになりますが、どこからどのように仕切っていくのかを1つ1つ決めていかなければなりません。これは大変な作業で、流通過程をすべて調べる必要があります。

よく「米、味噌、醤油」と言いますが、味噌や醤油、豆腐の原料となる大豆は、どこかで8%と10%の線を引くことになります。そんなことをしていたら、用途免税のように大変な事務コストがかかります。軽減税率のこうした側面が、国民には理解されていないように思います。

しかし、本当の論点は財源です。2014年から実施している簡素な給付措置(住民税非課税世帯に1人年間6000円を給付)の財源は1300億円となっています。マイナンバーを活用して簡素な給付を行えば3000億円で済むのです。

収入ごとの消費税負担軽減効果を比較するため、消費税(10%)が夫婦と子供1人世帯の年間収入に占める比率を年収階級ごとにみると、軽減税率は全世帯の負担がわずかに軽減されるのみであるのに対し、給付付き税額控除は世帯年収の低い世帯の消費税負担を効果的に軽減することが示されています。

消費税インボイス

それでも政治的には軽減税率を導入する可能性は高い。そうならば、消費税インボイスは必須でしょう。インボイスとは、売り手が買い手に発行する消費税額を別記した請求書などのことで、消費税の申告税額の計算を確実・容易にするためのツールです。事業者は売り上げと仕入れにかかる消費税額を、インボイスを用いて合計し、前者から後者を差し引いて納税額を計算できます。事業者間では税抜きで価格が決まり、消費税額はインボイスによって確実に転嫁が行われることになります。

インボイスには、消費税額とともに事業者登録番号(VATナンバー)が明記されますので、ここに法人番号が使われるようになると思います。しかし、問題は個人事業主です。ここにマイナンバーを記載するわけにはいきませんので、どういう番号を付けるのかは議論のあるところです。

インボイスは、適正に課税するという効果だけでなく、消費税を転嫁できるという優れた効果があります。欧州では、事業者間で取り引きするときは税抜き価格で決めます。インボイスは、事業者間での消費税を完全に転嫁するために作ったツールといえます。ですから、事業者間で消費税が転嫁できないという話は欧州ではありません。私は、軽減税率にかかわらずインボイスは導入すべきであると、以前からずっと言ってきました。

社会保障効率化へのマイナンバーの活用

マイナンバーを使って、社会保障を効率化しようという検討はすでに行われています。全制度を通じ、マイナンバーも活用しつつ、所得だけでなく高齢者を中心に預貯金などの金融資産も勘案して、負担能力に応じた負担を求めるというものです。こうした面からも、銀行口座の付番は進んでいくものと思われます。

夫婦高齢者世帯の収入階級別の貯蓄保有状況をみると、基本的には高収入であるほど貯蓄が多い傾向にありますが、相対的に収入が少ない高齢者世帯であっても、2000万円以上といった一定の貯蓄を有する世帯は一定程度存在します。そのため、マイナンバーの活用が社会保障の効率化にも使われていくことが予想されます。

「個人番号の利用範囲拡大の検討状況について」(2014年11月11日マイナンバー等分科会)によると、1)戸籍事務、2)旅券事務、3)預貯金付番、4)医療・介護・健康情報の管理・連携等に係る事務、5)自動車の登録等に係る事務、の5分野について、前述したオランダ方式によって、1つ1つ国民の理解を得ながら、法律を作って範囲を拡大していく動きが進むことがうかがえます。そこで私が言いたいのは、そのスピードは早いということです。

たとえば銀行口座は、マイナンバーが施行されてから3年後見直しといわれていました。ところが、マイナンバーが始まる前にもう口座付番の法律が通ったわけです。それほど、付番の拡大はどんどん広がっていくことが見込まれます。

質疑応答

Q:

マイナンバー制度と歳入庁設置について、どのようにお考えでしょうか。ざっくばらんに、お伺いしたいと思います。

A:

直接的には、マイナンバーと歳入庁は関係しないと思います。ただ給付付き税額控除などを考えるにあたって、社会料負担も含めて軽減しようというときに、源泉徴収を一括で行うといった徴収一元化を進めることは賛成です。

Q:

マイナンバーカードが他人に勝手に使われないような仕組みは、想定されているのでしょうか。

A:

カードリーダーで読み込む際は、パスワードの入力が必要となります。パスワードまで盗まれてしまった場合、たとえば税金の還付を受けようとすると、e-Taxでは携帯電話を活用した新たなセキュリティコードの入力が求められます。内閣官房によると、スキミングもできない構造になっているということです。

Q:

マイナンバーの導入によって、従来行われてきた本人確認は、どのように効率化されるのでしょうか。また、その効率化によって、なりすましによる間違った給付が行われる可能性が高まってしまうように思います。

A:

なりすましが絶対に起こらないとは思いません。一方、たとえば兄弟など複数人が1人の親に対する扶養控除を受けてしまう二重扶養は、現在のシステムではチェックできません。地方をまたいでしまうと、情報のマッチングが難しいためです。しかしマイナンバーがあれば、二重扶養は容易に見つかるようになります。

私は、それがわかるかどうかよりも、わかるようなシステムになっていることが重要だと思っています。預金の口座付番に関しても、収入を偽っている人への牽制効果が働くと考えられますが、それは決して小さいものではないでしょう。

なりすましに関しては、たとえば偽のパスポートは国家レベルであれば容易にできてしまいます。マイナンバーについては、そういったことが起こらないようにしてほしいと思います。

Q:

スウェーデンをみると、政府や制度に対する信頼の厚さが根底にあると思います。たとえば日本でも、保険適用外の医療費も含めて控除できるような制度などに国が本気で取り組むようになれば、信頼も深まるような気がしますが、どのようにお考えでしょうか。

A:

すでに英国では7割が電子インボイスになっており、日本でも、電子インボイスや電子領収書に関する議論が経産省などで始まろうとしています。ですから医療費の支払いに関しても、あと数年で飛躍的に進むと思います。

Q:

各国とも、日本がやろうとしているマイナンバー制度の方向に進んでいるのでしょうか。

A:

私は、そう思いません。国によって歴史や経緯が異なるためです。たとえばドイツでは、これ以上、社会保障などに統一番号を活用するようになるとは思えません。

Q:

これだけ財政が厳しく、高齢化の進展でさまざまな費用が急速に拡大しているわけですから、消費税率の引き上げと同時に弱者救済をする必要があるということで、私はマイナンバー制度の活用に賛成です。クロヨンの問題についても、徴収の公平性を高める必要があると思います。給付においても、お金を持っている高齢者には年金を我慢してもらい、医療費の負担を大きくするなど、徴収と給付の両面で国民に納得感のある、透明性の高い社会を作っていく必要があるでしょう。マイナンバー制度は、そのための基礎的なインフラといえます。こうしたことがわかっていながら、なぜ日本では番号制度がここまで遅れたのでしょうか。

A:

個人番号とクロヨン対策は、基本的に関係ないと思っています。スウェーデンをはじめ諸外国へ行って聞いても、クロヨンは税務執行の問題であって、やはり現金商売の場合は、どうしても事業者の収入の把握が難しいといいます。日本がとりわけ多いわけではありません。わが国では一貫してサラリーマン化が進み、個人事業主は減少してきました。その意味で、クロヨンの持つ意味合いは相対的には小さくなっているといえます。なぜこれだけ時間がかかったかというと、やはりグリーンカード制度が頓挫したトラウマが政府にあったのだと思います。

Q:

これまでは大手企業が巨大な集金システムとして機能し、社員の税金を控除して納めるという枠組みができあがっていたと思います。そこから今後はマイナポータルによる選択的自己申告という形で個人に事務処理を寄せていくことになると思いますが、たとえば生命保険の保険料控除を受けるための証明書添付が不要になり、電子データで企業に送ることも可能となるのでしょうか。

A:

そういうことです。事務処理を個人にしわ寄せするということではなく、申告は本来個人がやるべきものなのです。それを今は会社に無料でやらせているわけです。今後は、給与所得控除では、自分の経費がきちんと引かれていない、という事態が起こり得るということです。そこでマイナポータルで、選択的な自己申告が可能になるので、それを活用すべきだと考えています。韓国では、現金で支払った個人の消費データが国税庁に送られ、年間の支出金額の一部が税額控除されますが、それも会社が年末調整で処理してくれます。今後、日本でも電子データの活用が進むことによって、郵送された住宅ローン残高証明書を紛失し、再発行してもらうといった手間もなくなると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。