内外景気と資産市場 -金融政策の正常化は必要か?

開催日 2015年6月17日
スピーカー 白川 浩道 (クレディ・スイス証券株式会社チーフ・エコノミスト兼経済調査部長)
モデレータ 五十里 寛 (RIETI研究コーディネーター(研究調整担当))
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開催案内/講演概要

先進国経済の中期循環的な回復局面は7年目に入り、日米を中心に成熟期・終盤を迎えつつある。もっとも、景気回復期の終盤に特徴的なインフレ圧力の高まりはみられず、日米欧の中央銀行は、政策金利のゼロ近傍からの引き上げや、量的緩和の縮小を実施できていない。

こうした状況下、株価や不動産価格などの資産価格には上昇圧力がかかり続けており、一部には、バブル論も台頭している。

後手に回りつつある中央銀行は、2016年にかけて、利上げの開始、量的緩和拡大の停止・縮小を視野に入れざるを得なくなっているが、景気回復局面が終盤に近づいている下での金融引き締めは資産市場を不安定化させ、2017年にかけての景気調整を深いものにするリスクがある。本セミナーでは、日本に焦点を当ててつつ、米国との比較も行いながら、そうしたリスクを検証する。

議事録

根強いディスインフレ圧力

白川 浩道写真「循環」をどう考えるかは、重要なテーマだと思います。たとえば先進国の景気が成熟期にいるのか、中盤辺りにいるのかによって、物価や政策へのインプリケーションは異なります。そして、もう1つ大事なことは水準です。たとえば、走っている速度(経済成長速度)が今までどうだったのかによるわけですが、GDP(需給)ギャップの水準はどうなっているのかといったことです。

OECD景気先行指数の推移をみると、先進国経済は約8年循環(ある景気循環の"谷"から次の"谷"までのギャップ)を繰り返しています。そして、直近のボトムからは6年強が経過し、中期循環的な回復局面は日米を中心に成熟期を迎えているとみられます。欧州経済は循環のパターンが変わってしまった可能性がありますが、日米の景気は約8年で循環しています。先進国の景気回復は7年目に入りましたので、今後1年から1年半は上向きだとしても、その後は下向きになる可能性があります。

このように中期的な景気回復が成熟局面に達しているにもかかわらず、今回は回復速度が遅いことや、リーマン・ショック前に生産供給能力が大きく拡大したことから、先進国経済、新興市場・途上国経済ともに、いわゆる"デフレ・ギャップ"(供給超過)が解消されていません。このため、国際商品市況は下落基調にあり、またそうした傾向が変化する可能性は低い状況といえます。仮に、あと1年ほどで世界的に景気がピークを迎えて下落を始めると、世界的に物価がほとんど上がらずに、次の後退局面に突入することになるため、デフレが強まることが懸念されます。

米国では、"川上"の物価下落圧力が"リーマン・ショック"発生直後のそれに匹敵するものとなっており、ゼロ・インフレ状態の長期化が見込まれます。また、米国のディスインフレ状態はドル高傾向を伴っていますが、ドル高は、ブラジルやロシア、インドネシアといった一部の新興国経済や日・欧の金融リフレ策の拡大を抑制する方向に作用するため、世界的な"デフレ・ギャップ"の解消を遅らせます。

ブラジルは今年に入って4回利上げをしています。ロシアは特殊な事情もありますが、金融引き締めが継続しています。基軸通貨国である米国が金融政策を引き締める方向にあることで、米ドル高になると、他国は逆の施策、すなわち、金融緩和をしにくくなります。欧州や中国など、若干ベクトルの異なる施策を講じている国もありますが、グローバル経済全体でみれば、流動性が増えにくい状態になっています。とくに、ラテンアメリカでは、金融引き締めモードが強くなっており、成長率見通しは下方修正される傾向が強くなっています。

最近、私たちは日本の見方を変え、日銀の追加金融緩和の可能性も、かなり低くなったと思っています。米国の金融政策正常化が見えている中で、日銀が反対(金融緩和追加)の施策をとれば、為替相場が必要以上に安くなるリスクが高まります。日本は今、円安が食料品のインフレにつながる環境になっているため、日銀も追加緩和をしにくい状況といえます。

(このように、世界的に金融政策の緩和余地が狭まっているため)世界規模での財政拡張政策が実施されない限り、"デフレ・ギャップ"の解消には、少なくとも数年はかかるものと考えられます。米国の金融政策の正常化(超低金利政策の是正)は、中期景気循環的にみた場合、既に遅れてしまっているとみられ、その意味では、そろそろ利上げをするべきですが、8年循環に従う形で景気が弱くなり、物価に下落圧力がかかった場合、逆にFRBは、再度、金融緩和を思い切ってやらなければならなくなる可能性もあります。

私には、先進国の中央銀行が金融政策の正常化を模索するのは時期尚早にみえます。他方でこのまま超低金利政策を続けていれば、株価や不動産価格が高騰してバブル状態になることが懸念されるのも事実です。将来の金融システムの安定性を考えると、ある程度ブレーキを踏むべきである(金融引き締めを行うべきである)という見方が最近は広がっていることには、頷ける面があるように思います。

さて、先進国経済のGDPギャップと投資GDP比をみると、デフレ・ギャップが解消されておらず、投資GDP比は低迷しています。新興市場・途上国経済でもデフレ・ギャップは継続しており、投資GDP比の上昇が止まっています。国際商品相場(CRB指数)は、世界的な供給過剰状態を背景に、2008年辺りをピークとして趨勢的な下落傾向にあります。

また、中国の不動産景気指数は悪化してきており、"二番底"をつける展開となっています。不動産不況の景気下押し圧力が高まり、世界的なディスインフレの1つの理由としての中国経済の弱さは当面解消されないものと思われます。

加速感が乏しい日本経済

国内景気は、昨年12月頃に消費税増税後の短い景気後退局面から脱した模様です。民間企業による機械投資は再び回復基調にあるものの、公共投資は減少基調となっています。住宅投資も低空飛行で、固定資本投資全体でみた回復力は弱いといえるでしょう。民間企業設備投資についても、循環的には成熟局面にあります。

2014年度の労働生産性の低下を受け、就業人口と労働時間の伸び率は鈍化することが予想されます。名目賃金伸び率の大幅上昇も期待薄で、マクロ的な雇用者所得の成長率は、幾分低下する見込みです。

家計貯蓄率は、2012年後半〜2014年夏の"低下局面"の反動から、2015年度一杯は上昇傾向をたどる見込みで、個人消費の回復を抑制する見通しです。こうしたことから国内景気の加速感は乏しく、インフレ率の上昇は当面ゆっくりしたものになることが予想されます。

もっとも、最近、食料品業界では値上げの動きが強くなっています。牛丼チェーンに行っても、以前のような安い価格では食べられないようになりました。こうした食料品価格の上昇を、日本の消費者はなんとか受け入れているわけです。しかし、家計が圧迫されているため、食料品以外のサービスや耐久財などの裁量的支出を減少することが見込まれます。私たちの分析によると、食料品価格の値上げによって、それ以外の消費は相当落ち込みます。食料品以外の支出の削減は、家計貯蓄率の上昇をもたらすと予想されます。

他方、投資活動ですが、国内投資財全体でみると出荷が弱く、まだ消費税増税前の水準には戻っていません。また、企業設備投資も、減価償却費を引いた純投資でみると、2015年度中は増加傾向を辿ることが示唆されるものの、増加局面は終盤に差しかかりつつあります。

実質輸出の為替相場感応度は低下しています(為替安の実質輸出刺激効果は低下した)。2014年10-12月期、2015年1-3月期における実質輸出の一時的な増加については、iPhone6導入効果などの一時的な要因が影響した可能性が高いという見方があります。この点はやや議論のあるところですが、その可能性は否定できません。IMFなどの分析によれば、為替安の効果は(直感的には自動車などの最終消費財に表れると思われがちですが)、実は、電子部品などの中間財セクターに出やすいとされているからです。

この最近2四半期程度における電子部品輸出の伸びは、いわゆる上流(アップストリーム)型産業における輸出増です。こうした傾向が今後も続くようであれば、ついに、円安が構造的な輸出誘発効果を持ち始めたと考えられるでしょう。ただ、もう少しデータの見極めが必要でしょう。なお、耐久消費財の輸出数量は伸びていません。下流(ダウンストリーム)型産業は、まだ弱い状況といえます。

労働生産性は、投資活動の低迷を受けて趨勢的に低下していますが、2014年はマイナス0.4%(2014年度ではマイナス1.1%)と低迷しています。就業人口は足元で年率0.5%程度のマイナス、新規求人はほぼゼロ近傍で推移し、減少局面入りの様相を呈し始めています。つまり、企業が雇用する力はピークアウトしたものと考えられます。

賃金に関しては、驚くべきことに、フルタイマーの平均時給は1997年から現在まで、1930〜2000円のレンジを上回っていません。その大きな要因として、高齢化の進展に加え、賃金が相対的に低いサービス業へ労働がシフトしていることや、日本の物価がトレンドとして上昇していないことが挙げられます。生産性が一定であれば、物価に呼応して賃金が決まるためです。

日本経済は成熟化していく中で国際競争に巻き込まれ、日本製品の輸出価格を、なかなか上げられなくなっています。最近、原油価格が下落して交易条件が改善していることから、企業の利益が増加し、賃金も上がるという見方がありますが、そこは微妙なところです。循環的には、世界的にエネルギー価格が下落し、コモディティ価格も下落している中で、世界的には最終製品価格にも下落圧力がかかるとみなくてはなりません。こうした状況で、ひとり日本の企業だけが輸出(製品)価格を上げられるでしょうか。無論、円安によって、円ベースの価格は下支えされますが、それだけでは、不十分でしょう。製品競争力の持続的な向上があってこそ、輸出価格の持続的な上昇が達成されるのです。そうでない限り、賃金(基本給)も上がりません。実際、足元では、交易条件が大幅に改善しているにもかかわらず、この3月、4月の時間当たり賃金はむしろ大きく減少しています。

低下する米国の潜在成長率

米国は、リーマン・ショック発生後に経済の構造が大きく変わりました。企業の設備投資意欲の減退、住宅投資・公共投資の減少、を受けて投資活動が低迷し、設備資本年齢は上昇しています。他方で、失業の長期化・固定化、就業者の高齢化、パートタイマー比率の上昇によって、労働の質は低下しつつあります。

労働生産性のトレンド成長率は0.5%程度まで低下し、労働力人口のトレンド成長率と合算して求めた"潜在成長率"は、1.0%程度まで低下したとみられます。つまり、米国では、雇用統計が良好に見えたとしても、労働生産性は低下しています。米国経済の潜在成長率が2%超を維持しているという見方は、すでに過去のものといえるでしょう。

労働生産性や成長率の低下傾向に呼応する形で、実質賃金の成長率も低下傾向にあります。このため、米国家計の先行き所得期待は趨勢的に悪化している可能性があります。その証左に、不動産市場は徐々に盛り上がってはいるものの、それが消費には結びつかず、個人貯蓄率が下がる兆しもみられません。

米国の純投資は、企業建設投資、住宅投資、公共投資の低迷から大きく下落しており、かつては高々20%程度にとどまっていた長期失業者比率が、依然として30%弱の高い水準にあります。パートタイマー比率、55歳以上就業者比率の上昇も、労働力の質の低下を招いていると考えられます。最近、米国の自動車販売が伸びているという話もありますが、全体としては消費の伸びは弱くなっています。

不安定性が増す金融市場

このように、物価のトレンドが下落傾向にあり、日米ともに生産性が低下し、賃金は上がりにくい状態にあります。米国では、個人の消費行動が趨勢的に変わり、貯蓄性向が高まっています。日本でも、中期循環的には貯蓄性向が高まっています。8年循環で考えると、2016年半ば頃まで世界景気が急激に落ち込むことはないと思いますが、今年の世界経済成長率が昨年を上回ることは、予想しにくい状況です。

さて、トレンド・インフレ率の低下傾向を考えれば、米国のトレンド名目成長率は2%前後と考えるのが妥当でしょう。従って、米国10年債利回りが2.5%を持続的に上回るかどうかは不透明です。なお、短期的には、日・欧の長期債利回りの方により上昇余地があると思います。

FRBは、完全失業率の低下に伴う循環的な賃金上昇圧力に対応する形で、政策金利水準の正常化を目指すことを示唆しています。トレンド成長率低下(長期金利が上昇しにくくなった状況)のもとでの金融政策の正常化(利上げの開始)は、イールド・カーブをフラット化させ、リスク資産市場(株式市場、住宅市場)の大幅調整を招く可能性が高いでしょう。FRBがFF金利を2%近くまで引き上げれば、米国のイールド・カーブはほぼ完全にフラット化し、一定の時間差を伴って株価の大幅調整を招くことが予想されます。

シラー・チャート(米国S&Pの循環調整型PERの長期推移)をみると、27倍前後を上回る状態が一定期間継続すると、株価調整のリスクが増大します。足元では、26.7倍(6月8日)となっています。FRBが連続的に利上げを実施し、イールド・カーブがほぼ完全にフラットになり、その数カ月後に株価が大きく下落する可能性があります。日本は、来年の初めまでは円安基調が続いたとしても、仮に、同様のパターンで株価が暴落すれば、その後は急激に円高が進展することでしょう。

質疑応答

Q:

国内では、企業の設備投資意欲が高まりをみせています。また、円安効果で多くの外国人旅行者が日本を訪れ、地方経済は潤っているようです。また、米国の財政赤字は2%まで縮減し、財政的な余裕もあるように思われます。ニューヨーク株式市場も好調に推移しています。今日は悲観的な見通しが多かったと思いますが、こうした側面は、どのように評価されますか。

A:

株価上昇は、期待への効果を通じて実体経済に影響を与えることがあります。アベノミクスが始まった直後の2013年春は、日本でも株価の上昇と連動した消費拡大がみられたのは事実です。しかし、株価上昇が、安定的に景気押し上げに作用するとは思っていません。

国内の設備投資については、2016年度前半までは回復基調だと思っており、消費に比べれば楽観的にみています。焦点は、循環的なパターンで起こる設備投資の回復ではなく、より長期的に投資が増加するかどうかです。

1ドル=80円から120円になったという為替円安の効果が、とくに中間財セクターにおける競争力の回復につながり、それが生産の国内回帰をもたらし、投資がより持続的増加するというシナリオは十分あり得ると思っています。一方で、そうしたシナリオには、まだ自信を持てていません。

インバウンド消費は現在、株式市場における最大のテーマになっています。イメージとして、外国人旅行者が30%増加すると、日本のGDPを直接効果で0.2ポイント程度引き上げるといわれます。ところが、これを産業連関表でみると、残念ながら乗数は1.0以下となります。私たちの推計では、GDPへの直接効果は0.15ポイントです。それでも、この水準は、日本の潜在成長率の水準との対比でみべれば大きいと言わざるを得ません。

Q:

金融政策のEXITについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

金利と量のどちらに重きを置くかにもよりますが、おそらく日銀は、量的緩和をさほど修正せずに、まずは、金利水準を引き上げることから(EXIT)をスタートさせる、と思います。利上げを始めて徐々に資産購入量を減らし、最後は資産購入残高を減らす、というパターンは、広く共通認識になっていると思います。私たちは循環論者として、2017年には、国内景気でも後退局面が来ると予想しています。そうであるならば、18年、19年、20年辺りに、日銀が金融政策の正常化を開始できるとは思えません。17年に一旦国内景気が悪くなれば税収が落ち込むため、2020年の財政健全化ターゲットはさらに遠のくでしょう。ですからご質問に答えるならば、「EXITは見えない」と言わざるを得ません。

米国についても、名目GDP成長率のトレンド値が徐々に低下していることからすれば、金融政策の正常化はなかなか想定しにくいと思います。

Q:

ITのような技術革新によって生産性が向上することで、長期の成長トレンドが上昇するなど、何らかの形で測ることはできないのでしょうか。

A:

生産関数を推計すれば、多くのことを分析することが可能です。最近、日本は雇用が強く、労働集約性の高い産業に雇用が移っていることを示しています。サービス業や医療分野における技術革新が大事だと思いますが、そうした動きは、まだあまりみられません。米国でも、マクロでは日本と同じようなことが起きており、サービス業を、いかに労働集約から設備集約型にするかによって、状況は大きく変わると思います。

Q:

ギリシャが仮にデフォルトした場合、世界経済に与えるショックは、どの程度の規模になるでしょうか。

A:

直近では、7月20日および8月20日にECB(欧州中央銀行)への償還期限が来ますが、おそらくギリシャは返済し、デフォルトは避けられると思っています。ECBの判断はわかりませんが、どの中央銀行も、自らの判断で金融システム不安を起こそうとは思わないでしょう。

仮にデフォルトが起きたにせよ、ギリシャの公的債務のうち、民間向けが全体2割程度に過ぎないことからすれば、世界経済にそれほど大きなインパクトはありません。ただし、ギリシャ経済自体は大変なことになります。政情不安によって政権が倒れることも予想されますただ、今のところは、ギリシャ危機は、世界的な広がりを持たずに、単独の問題として収束することが想定されます。

Q:

中国のバブルに調整局面が来た場合、中国政府はうまくマネジメントできるでしょうか。世界経済への影響については、どのようにお考えでしょうか。

A:

当社の中国担当エコノミストによると、この1〜2年に限っていえば、ハードランディングはないだろうが、3年目以降は何が起こるかわからない、ということでした。金融システムは、政府が適切に介入すれば、ある程度、コントロールできるでしょう。不動産デベロッパーや建設会社の大型倒産、その地方経済への波及などが懸念されますが、結局は、当局がどのようなプランを持って、経済構造調整を成し遂げていくかという話だと思います。

中国政府は、まずは構造改革を優先しているようです。農地改革や都市再生、特区などの取り組みを進めながら、個人消費やサービス経済の成長力を高め、成長率をある程度安定させたところで、地方の不良債権問題などに対応していく考えのようです。現時点では、それなりにマネージできるでしょう、としか言えません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。