世界経済と金融市場:今後の見通しと政策課題

講演内容引用禁止

開催日 2015年5月21日
スピーカー 木下 祐子 (RIETIコンサルティングフェロー/国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)次長)
モデレータ 井上 誠一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局調査課長)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

世界経済見通し(WEO)2015年4月
国際金融安定性報告書(GFSR)2015年4月」について講演します。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

世界経済見通し―短期的・長期的要因

木下 祐子写真2015年4月に発表されたIMF「世界経済見通し(WEO)」において、新興国・途上国の実質GDP成長率が先進国よりも高いことに変わりはありません。しかし2014年10月発表のWEOでは、新興国・途上国は継続して成長するとの見方でしたが、今回のWEOでは、その曲線が下がってきています。つまり新興国の成長が思ったよりも減速しているという点が、前回のWEOとの違いといえるでしょう。先進国は、各国で状況が異なるものの平均値では前回の発表とほぼ変わりません。

世界貿易量、鉱工業生産、製造業PMIをみると、世界の経済成長の回復を示唆してはいるものの、各国でばらつきがある緩やかな回復といえます。2015年2月までの国・地域別製造業PMIの推移では、ユーロ圏が予想以上の回復をみせており、それに対して米国は低下しています。これは雪などの天候要因により、経済活動が一時的に停滞した影響とみられます。中国は、相変わらず減速基調にあり、それほど目立った伸びはありません。ラテンアメリカは、とくにブラジルを中心にスローダウンが目立ち、あまり振るわない状況です。

金融状況は、2014年10月から先進国および新興国ともに緩和的で、株高・低金利の状況が続いています。為替相場については、非対称的な金融政策が先進国の中で行われ、米国が着実に成長している中で、まだ需要の下支えが必要な日本やユーロ圏が量的金融緩和を積極的に実施し、二極化しています。それが為替に反映され、ドル高と円安・ユーロ安の二方向に分かれているわけです。その背景には、成長格差があると思われます。

また、原油価格の下落が、短期的ですが、大きな影響を世界経済に及ぼしています。ロシアなどの原油輸出国はダメージを受ける一方、中国をはじめ原油輸入国は恩恵を受けるため、ここでも影響が二極化しています。しかし世界全体の平均としてみると、原油安は世界経済にとって追い風となっています。つまり、原油安がポジティブに作用している国が全体的には多いということです。

原油安になると輸入価格が抑えられるため、インフレ圧力は一般的に低下します。国際商品価格指数の推移をみると、エネルギーは下げ幅が大きく、金属も下がってきています。金属などのコモディティに関しては中国のスローダウンの影響が大きく、新興国がスローダウンすることによって需要が減少し、緩やかに下落している状況です。

より高い成長率を支えるおもな要因として、先進国では、まずユーロ圏や日本において「極めて緩和的な金融政策」が続行されていることが挙げられます。2つ目は、「好調な金融市場」です。3つ目は、「2014~2015年にかけての緩やかな財政引き締め」ですが、これに関して日本は例外です。日本はアベノミクスが始まってから財政を緩めていますが、ユーロ圏および米国は、ここ2年ほど財政を引き締めています。そして4つ目は、「いくつかのケースにおける為替相場の再調整」です。

新興国および途上国では、「先進国からのより高い外需と依然有利な金融状況」「いくつかの国における構造的障害の段階的な解消」「地政学的緊張や国内紛争による影響を受けた国の回復」が挙げられます。ロシア・ウクライナの状況が記憶に新しいと思いますが、一時の緊迫感が緩み、それほど差し迫ったリスクがなくなったことは大きな要因といえるでしょう。

見通しの背景にある短期的要因として、「原油価格の急落」は、原油輸入国や世界経済には押し上げ要因となり、原油輸出国には負のショックとなります。ラテンアメリカが大きくダメージを受けているのは、その影響といえます。

こうした状況においては、どのような政策を講じ、どういうクッションを使っているかが、異なる結果を生んでいると思われます。輸出が減少して景気が悪くなり、財政歳入が減ったときにどうするか。価格の変動をまともに受けて財政が悪化しても、ノルウェーのソブリンファンドのようなバッファーを持っている国は、多少のクッションになるわけです。いわゆる財政スペースのある国は、何とかうまく乗り切っているのに対し、財政スペースがないため悪い状態になっている国もあります。

「一段と低下する長期金利、インフレ率の低下」は、前回と同様です。「為替相場の再調整(ドル高、ユーロ安および円安)」に関しては、ユーロ圏と日本にとっては回復の支援材料となっています。一方で、ドル高が進むと、ドル建の債務が大きい国にはバランスシートリスクが高まります。

見通しの背景にある長期的要因としては、特にユーロ圏においてですが、「脆弱な銀行」「高い債務水準(公的部門、企業、家計)」の状況にある国がまだ多く、引き続き改善が必要な点といえます。

また、経済回復が見られるにもかかわらず、中期的には先進国および主要な新興国における潜在成長率は低下していることが、大きな動きとして挙げられます。この潜在成長率に関しては、今回のWEO第3章において、地域別の細かい分析を行っています。

景気予測の前提として、前回のWEOとの大きな違いは原油価格の推測値です。今回のWEOでは、原油価格は部分的で穏やかな反転上昇を想定しています。また、金融引き締め予想は、米国、ユーロ圏ともに後退しています。ただし日本に関しては、前回とほとんど変わりません。

2015年の実質GDP成長率見通しは、世界経済全体では3.5%となっています。内訳として、先進国が2.4%、新興国は4.3%です。国別では、米国が3.1%と引き続き堅調な成長が見込まれ、ユーロ圏は1.5%と徐々に上昇しています。日本は1.0%の見通しで、潜在成長率を考えれば堅調といえるでしょう。

ユーロ圏を国別にみると、どの国も2015年1月の数値より上昇しています。とくにスペインは0.5ポイント増の2.5%、ドイツは0.3ポイント増の1.6%、フランスは0.3ポイント増の1.2%となっています。改革が進んでいることに加え、やはり原油安の影響が浸透しているようです。

米国は、2015年1月の数値から0.5ポイント減少しました。これは、第1四半期が予想よりも悪く、年間の見通しに影響しているためです。しかしながら先進国で3.1%は、なかなか堅調に推移していると思います。日本は、2015年1月の数値から0.4ポイント増加しており、回復傾向にあることが反映されています。

2016年の実質GDP成長率は、世界全体で3.8%に回復する見込みです。先進国は2.4%で横ばいに推移するものの、新興国が4.7%に持ち直して寄与することが予想されています。

中国は初めて7.0%を割り込み、2015年は6.8%の成長となっています。これまでの早すぎる偏った成長を是正しようと、投資ばかりでなく消費を重視し、バランスのとれた形で内需全体を増やそうと取り組んでいる中国では、中期的な目標が着実に達成されています。そのプロセスにおける政策主導の減速は、「打つ手のあるスローダウン」といえます。要するに、ソフトランディングを目指しているということです。

それと対照的なのが、インドです。前回の1月から比べても成長率は大きく上昇しています。タイムリーに政策的な対応を行いながら、原油輸入国としてのポジティブな要因が重なり、順調に成長している状況です。

ロシアは、2015年の成長率がマイナス3.8%とよくない状況が続いています。ブラジルは2015年の成長率がマイナス1.0%となっており、初めて負の数値になるほど状況が悪化しています。原油安に加え、国内の汚職事件など足を引っ張る材料が出ており、成長が鈍化してきています。

メキシコは、スローダウンはあるものの堅調に推移しています。経済が直結している米国が堅調に動いている限りは、輸出も伸びています。また低所得途上国には、ナイジェリアなど商品輸出国であるアフリカの国々が含まれており、比較的低めの成長率となっています。

先進国における潜在成長率の回復は緩慢となっており、先進国(オーストラリア、カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、日本、韓国、スペイン、英国、米国)では、人口動態の変化によって人手不足が進むことが、今後の成長のボトルネックになってくると思われます。

それに対し、主要な新興国(中国、ブラジル、インド、メキシコ、ロシア、トルコ)における潜在成長率は低下しています。先進国が金融危機以降に持ち直しているのに対し、新興国はあいかわらず下降線をたどっており、心配されるところです。中国をみれば明らかですが、金融危機後に全要素生産性(TFP)は半減し、先進国とは対照的な状況が示されています。こうした動きに起因して、途上国の潜在成長率は鈍化することが懸念されているわけです。

リスク分布は、原油安の追い風を受ける国が多いことを背景に、昨年と比べて均衡がとれてきています。しかし、まだダウンサイドリスクが高い状況といえます。

政策課題として、先進国においては、「回復に向けた需要の下支え」が引き続き必要です。そして「公共投資の後押し」「潜在成長率を後押しするための構造改革(各国ごと)」への取り組みが求められます。

新興国・途上国では、たとえばFEDの利上げが現実味を増す中で、「脆弱性への対処」を常に考える必要があります。「潜在成長率の引き上げ(各国ごと)」についても、国によって課題は異なります。原油輸出国に関しては、財政余地を活用し、公共支出の段階的な調整で原油価格の下落に対処することが可能でしょう。為替相場の大幅な下落を許容すれば、自国経済への緩衝作用となります。

実際、今回の商品価格の下落で負の影響を受けている国々では、それぞれに対処して危機的な状況を回避しています。この原油価格の下落を逃さず、エネルギー補助金やエネルギー課税見直しの機会とする積極的な動きもいくつかの国でみられます。

アジア経済見通し

アジアの実質GDP成長率は、堅調に推移しています。アジアの成長はスローダウンしているとはいいながらも、世界経済全体でみると、引き続き高成長を遂げています。その背景として、内需が依然として成長を牽引しています。

輸出は、まだリーマンショック以前の水準には達していません。資本フローは、引き続き不安定な状態です。実質為替レートについては、2014年6月以降の実質実効為替レートの上昇と2014年の対外収支の評価では、オーストラリアやマレーシアなどの商品輸出国を除けば、概ね通貨高の傾向にあります。インフレ率も、世界経済と同様に低下傾向にあります。

アジア全体の実質GDP成長率は、2015年に5.6%の高い水準にあります。その要因として、中国が落ち込んではいるものの、インド7.5%をはじめ南アジア7.4%といった国々が補完して余りある状況にあります。ASEANも国別にはいろいろな動きがあるものの、全体では5.1%と堅調な見通しです。加えて、これまで弱かった日本の成長も回復してきました。ASEANを国別にみると、やはり商品輸出国のマレーシアは4.8%と弱含みですが、フィリピンなど他の主要国に関しては、依然として順調な成長を遂げています。

中国経済における成長率の減速は、プラン通りにソフトランディングが進行しつつある状況といえます。一方で、リスク要因として、為替相場の大幅な変動は、外貨建て債務が多い国にネガティブな影響を及ぼす恐れがあります。アジアにとってはそれほど大きいリスクではありませんが、マレーシアなど一部の国は留意すべきだと思います。

原油価格の下落によって、アジア(単純平均)の貿易収支は1.7%改善するという結果が出ています。多くのアジア諸国は、原油価格の下落で恩恵を受けていることがわかります。

アジアは、内需に主導されて中期的に世界の成長リーダーとなる見通しであることは、依然変わりません。ただし、地域内に大きなばらつきがあり、とくに中国経済が減速しているのに対し、南アジアは堅調な動きを示しています。アジア域内でも、順調に成長している国とそうでない国がみられます。

潜在成長率は危機以前の水準を依然下回る可能性が高く、それに対する政策を講じる必要があります。そして原油安が進む中で、補助金改革や財政支出の効率化を通じた更なる財政健全化を進めていくべきでしょう。

質疑応答

Q:

米国を中心とした長期停滞論について、どのようにお考えでしょうか。

A:

長期停滞論に関しては、ファンド内でも意見が分かれているところです。金融政策の有効性を通じて構造的な変化があるという人たちもいますが、違う意見の人もいます。ファンド全体の見解として、統一したものは今のところありません。

Q:

先進国が2%のインフレ目標に到達し得ない状況にあることについて、どのようにお考えでしょうか。また中国の経済成長の鈍化について、2016年の6.3%がボトムになると理解していいでしょうか。

A:

インフレに関しては実際、2%以下の状況にある国が多いわけですが、ECBや日銀といったおもな中央銀行の方針として、金融政策を機動的に使って価格目標を設定しようというコミットメントがあり、基本線は変わっていないと思います。今後、石油価格が徐々に戻っていく中で、一過的な要因が薄れるにしたがって需給ギャップが生じ、物価を左右していくものと予想されます。

中国の経済見通しは、今後も短期的に修正される可能性があります。ソフトランディングに関しては、10%台の成長からは下げるべきだというコンセンサスがある中で、どの程度まで許容できるかが政府の懸念するところだと思います。個人的には、今回出ている数字は基本線とみて問題のない数字だと思います。ただしIMFの推測値や見通しは、必ずしも当局と一致するものではありません。

Q:

国際商品価格の下落には、供給サイドより需要サイドの不足が影響しているように思います。また金融の資金がコモディティ市場から退出することで、価格が下落しているともいわれますが、ご見解をうかがいたいと思います。

A:

石油価格と需給のバランスについては、本年1月に発表された改訂版で詳しく分析されています。それによると、やはり中国などの主要な新興国の成長鈍化による需要の減少は影響していますが、それに加えて供給側の要因も指摘されています。これまでは需要をみれば概ね明らかだったわけですが、今回に限っては供給側に大きな変化が起こり、需要と供給の両方を理由に価格が下落しています。いつもとは異なる状況であり、IMFとしては供給を重視して論じています。

資金がコモディティ市場から退出して価格が下落したという見方については、そうした投機的な動きも多少はあると思います。しかし、それだけが商品価格を左右しているのでなく、経済成長の鈍化といったファンダメンタルなレベルでの変化が起きているわけです。ですから、その両方といえるでしょう。

Q:

統計の処理について、国別の数字は各国通貨ベースで出していると思いますが、世界合計を合算する際は、ドルベースで算出されているのでしょうか。ドルの変動が経済成長率の数値に影響するのでしょうか。

A:

WEOは、ボトムアップのプロセスで足し上げていきます。各チームから出された各国のデータを調査局が一括して算出しますが、個別にGDPウエイトのアベレージを用いており、ドルが直接影響するシステムではありません。

モデレータ:

潜在的な雇用伸び率の見通しについて、生産年齢人口が減少している中国の寄与は小さいと思いますが、今後、生産人口が増加していくことが予想される「中国を除く新興国」では、2015~2020年にかけて雇用伸び率が比較的小さく示されています。その理由について、ご解説いただきたいと思います。

A:

国別に確認する必要がありますが、このデータは非常に面白いと思います。私たちは、新興国において人手不足はあり得ないと思っているわけですが、この数値は、必ずしもそうではないことを示しています。

資本の増加は従来のレベルで推移しているものの、人手不足やTFPの伸び悩みは、中国、あるいは中国を除く新興国の両方にいえることだと思います。先進国においては、生産年齢人口の減少が圧倒的に影響しています。新興国では、中国が一人っ子政策で人口が減少しているのに対し、インドやトルコの人口増加率は高い状況にありますので、中国を除く新興国で潜在的な雇用伸び率が低下しているのは興味深いデータといえるでしょう。

Q:

日本と欧州では、財政緩和と結びついた形で金融緩和が行われ、景気を支える要因になっていると思いますが、今後の長期的成長の見通しについては、どのようにお考えでしょうか。

A:

ユーロ圏全体の財政スタンスは継続して引き締め傾向にあり、「金融緩和=財政緩和」とは、必ずしもいえないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。