クロネコヤマトの満足創造経営

開催日 2015年4月23日
スピーカー 木川 眞 (ヤマトホールディングス株式会社代表取締役会長)
モデレータ 野村 栄悟 (経済産業省商務情報政策局商務流通保安グループ流通政策課長)
開催案内/講演概要

ヤマトグループは創業100周年にあたる2019年に向けた長期経営計画「DAN-TOTSU 経営計画2019」を策定し、「よりグローバルに」「地域と生活により密着しながら」をテーマに事業を展開しています。

アジアの宅急便ネットワーク構築を中心としたグローバル戦略と、企業が本業を通じて地域社会と共通の価値を創造するCSV(Creating Shared Value)の考え方に基づき、行政や地方自治体と連携して地域活性化に取り組む「プロジェクトG(government)」についてお話しいただきます。

議事録

グループの概要

木川 眞写真当社は1919(大正8)年に創立し、あと5年で100周年を迎えます。トラック事業者として日本最古の企業の1つであり、全国に204台しかトラックがなかった時代、4台のトラックで銀座の地に創業しました。

社員数は19万7056人(2015年3月末)、売上高は1兆3967億円(2014年度実績)に上り、集荷・配達をする宅急便センターは約4000拠点を数えます。全国津々浦々にネットワークを張り巡らせ、全国およそ2800の集配局をもつ郵便局をはるかに凌駕する状況となっています。

ヤマトホールディングスは、ヤマト運輸(デリバリー事業)を中核に、ヤマトホームコンビニエンス(ホームコンビニエンス事業)やヤマトシステム開発(eビジネス事業)など、幅広い事業を展開しています。ただし、グループ全体の売り上げの約8割はヤマト運輸が占めており、1本足の事業構造といえます。営業基盤は95%程度が国内ですが、海外24カ国に進出し、東南アジアにおける宅急便の他、引越や日本企業の輸出入にかかわるフォワーディング業務を行っています。

会社の沿革

創業当初、当社は特定のお客様の荷物を運ぶトラック貸切事業を行っていましたが、1929(昭和4)年に日本で最初の路線事業を始めました。つまり特定のお客様の荷物のみを運ぶのではなく、電車やバスと同じようにダイヤを組み、行き先を決めて複数のお客様の荷物を積み合わせるというスタイルを生み出したのです。これが、当社における第1のイノベーションでした。

その後、大手の同業他社がどんどん全国ネットワークを広げる中で、関東一円に留まった当社は徐々に中堅へと落ち、オイルショックの中で倒産の危機に瀕したとき、第2のイノベーションを生み出しました。それが宅急便です。

1976(昭和51)年に開始した宅急便事業は、ヤマトグループの成長の原動力となり、間もなく40周年を迎えようとしています。1つのサービスが成長するサイクルは30年といわれていますが、その後も着実に成長しながら、業界は成熟期を迎えます。およそ30年前にはパイの奪い合いが過激に進み、弊社のクロネコマークなど動物をシンボルマークとする約40社ほどの「動物戦争」といわれた競争が起こりました。宅急便の価格競争が進み、激しい消耗戦の結果、現在の主なプレーヤーはたった3社です。

2005(平成17)年には純粋持株会社制に移行し、ヤマトホールディングスを設立。ヤマト運輸を中心としたデリバリー事業のみに経営資源を集中するのではなく、ノンデリバリー事業を伸ばし、ネットワーク構造やコスト構造をはじめ、最終的には事業のポートフォリオを変えるという大きな戦略転換を図ってきました。これが「第3のイノベーション」と呼ばれることを目指し、私たちは取り組みを進めています。

ヤマトグループが進める第3のイノベーション

2011年(平成23)年、創立100周年に向けて「DAN-TOTSU経営計画2019」を開始しました。お客様、株主、社員、社会という4つのステークホルダーの満足度の総和をダントツに高め、「アジアNo.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダー」となることを目指しています。

事業戦略マップとして、「よりグローバル」「よりローカル」という2つの方向性を示しました。「よりグローバル」な戦略としては、アジア向けの宅急便ネットワークを本格展開することで、企業としての成長力を維持していきます。

また、ヤマトグループらしい「よりローカル」な戦略については、宅急便はいまや国民生活に不可欠な電気、ガス、水道と並ぶ社会インフラとして成長し、少子高齢化や過疎化といった地域の状況に対し、社会的責任として取り組むべき領域もあります。当社は、そのような「地域密着型のサービス展開」を推進していきたいと考えています。

企業物流をコアとしたもう1つの柱として、「バリュー・ネットワーキング」構想があります。宅急便は当初C to Cから始まりましたが、その前の路線事業は完全にB to Bでした。つまり宅急便を開始するにあたって、それまでの企業物流をやめ、退路を断ったわけです。

そして、いまや宅急便取扱個数の約半分がB to B、約1割がC to C、残りがB to C(おもに通販)となっています。さらに今後、B to Cが増加していくことが予想されます。そこで当社は、とくに中堅・中小事業者の物流改革を支援していきたいと思っています。

我々は、あくまでも小口貨物を扱う会社であり、おもなユーザーは中堅・中小企業です。その中堅・中小企業の物流の効率化を図らない限り、日本の物流の効率化は実現できません。たとえば3PL(サード・パーティー・ロジスティクス)は、大企業の物流効率化に優れた効果を発揮するビジネスモデルであって、中堅・中小事業者が使うには、それを担う3PL事業者がいないなど、なかなか難しいのが現状です。また、もし使ったとしても、地域の雇用が失われるといった影響も懸念されます。そこで当社の機能を、必要なときに、必要な機能だけ、必要な場所で活用していただくことで、物流の効率化を実現することが可能となります。

海外との物流を考えると、これまでは海上コンテナで大量に輸出入し、それを倉庫へ一旦入れて在庫として抱えた後、小口貨物で当社の出番が来るのが常識でした。しかし世の中の潮流は、在庫をどんどん減らす小口多頻度輸送による物流に代わってきていますので、それに見合ったネットワークを提供していく必要があります。

そこで「バリュー・ネットワーキング」構想を掲げた前提条件として、1)物流(小口貨物)のボーダーレス化・小口多頻度化、2)eコマースの拡大・加速、3)労働力人口の減少(労働力のボトルネック)、の3つをキーポイントと考えて構想を進めてきました。今後、荷物が増えてもヒト・コストが増えない仕組みに変えるためには、抜本的なコスト構造改革を貫徹しなければなりません。そして、このような3PLを超える物流改革によって、日本の成長戦略の原資を生み出すことを目指しています。

中でもeコマースの拡大は、私たちの想像を上回って加速度的に進みました。この10年で急速に市場が拡大を続け、国境を越えて動き始めているのが現状です。

労働力人口の減少は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まってから一気に顕在化しました。しかし当社は、「バリュー・ネットワーキング」構想に基づいた改革を進めていたおかげで、同業者の中でもっとも影響を小さく抑えることができたと自負しています。

地域活性化の新たな取り組み「プロジェクトG」

「プロジェクトG」のGはGovernmentの頭文字で、ここでは地方自治体を中心に考えています。地方自治体と協力しながら、過疎化や高齢化といった日本の社会構造の変化に伴って起きている生活の不便さを解消すべく、本業を通じて社会貢献していく取り組みです。こうした取り組みは、東日本大震災の2年程前から始め、震災後により拡大しました。

具体的には、地場産業や商店街などの地域経済の活性化に加え、在宅医療のサポートや高齢者見守り支援といった住民生活支援など、地方自治体の財政悪化によって継続が危ぶまれる公共サービスの代行を開始しています。

岩手県の中山間地における「まごころ宅急便」の取り組みでは、高齢者宅に3つのボタンが付いた簡易端末を設置し、そのうち1つのボタンを押すと、ヤマト運輸のコールセンターにつながります。そこで「雪下ろしをしてほしい」「買い物をしてほしい」「電球を交換して欲しい」といった要望を聞き、スーパーや個人商店への注文伝達、買い物以外の業務仲介、市役所や高齢者家族への要望伝達といった対応を行っています。

そういった業務の1つに、「高齢者の見守り支援」があります。日々の買い物を代行し、高齢者宅へ届ける際に安否や困りごとの確認をし、状況に応じてセールスドライバーが社会福祉協議会に連絡をとるなど、民生委員の役割の一翼を担っているわけです。こうしたビジネスモデルが現在、日本中で広がりつつあります。

次に、行政との協業による地域活性化の展開例として、鳥取県の境港の港湾機能にヤマトグループが通関や貨物の梱包などの機能を付加し、海外取引を余儀なくされる地元の中堅企業に対して、国内外の調達・販売の流通支援を行っています。2011年12月に開設した山陰流通トリニティセンターでは、グローバル調達、販売、メーカー代行を提供できる機能を備え、県・地元企業・ヤマトグループが三位一体(トリニティ)となって地域産業の活性化を支援しています。

すでに貿易量の増加や雇用創出といった効果も着実に表れ、第2号案件が秋田、第3号案件が東京でスタートし、第4号案件が北陸エリアで検討中です。このようにして、足りない機能のみを提供することで地元との共生を図り、地域を活性化させるプロジェクトに取り組んでいるところです。

また、この1~2年で一気に開花しているのが、行政との協業によって、各地の特産品(生鮮食品など)を国際クール宅急便を利用して翌日に海外へお届けし、販路拡大を支援するといった取り組みです。たとえば熊本県とは2014年10月に包括連携協定を締結し、沖縄国際物流ハブ、香港国際空港を経由し、香港の飲食店や個人宅へ、翌日の食卓にはクルマエビなどを配達することが可能となっています。

このように地元と直結した地道な活動の結果、すでに地方自治体との連携プロジェクトは1000件を超えました(2015年4月時点)。うち運用中のプロジェクトは259件、協定締結数は205件に上ります。協定の内容をみると、見守り支援・安否確認・買い物支援が89件、復興・災害支援が70件、観光・イベント支援13件、地域農水産物の販促支援8件、その他25件となっています。

中には、マラソン大会におけるゼッケンの事前交付から荷物一時預かりを含めた全体のロジスティクスを当社が一括して請け負ったり、北陸新幹線の開通に伴い、観光客が手ぶらで観光できるよう荷物を目的地の金沢へ送ったり、買い物した荷物をホテルへ届けるといったサービスを自治体とともに展開しています。

実は、こうしたサービスは決して儲かる領域ではないのですが、我々は本業である「運ぶ」という機能に対する料金を受益者からいただくことによって、プラスアルファとしてサービスを乗せればいいと考えています。当社では、郵便局を上回るネットワークを国内に張り巡らせ、約6万人のセールスドライバーが日々走っており、それぞれの地域に密着し、お客様に社員個人が名前で呼んでいただけるような関係を築いているわけです。そういう人たちが高齢者の見守り支援をするために、追加的なコストはかかりません。

もしも、自治体からの補助金を目当てに始めたならば、その補助金が切れた瞬間にサービスを止めなければなりません。それでは、ブランド価値を大切にする当社にとっても死活問題です。ですから、補助金を前提とせず、宅急便という本業の上に地域活性化や住民支援のモデルを構築することで、広い意味での社会貢献を成立させたいと考えています。

こうした取り組みが、米ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱するCSV(Creating Shared Value)を体現した1つの姿ではないかと思いながら、企業の競争力強化と地域活性化(社会問題解決)を両立させた経営を目指しているところです。そのためにも、「施し」ではなく事業戦略と社会活動の一体化を実現し、本業を通じて地域活性化のスピードを上げる必要があります。

東日本大震災発生後、当社は宅急便1個につき10円の寄付を行いました。実は、その総額は年間純利益の4割に上ります。しかし、クール宅急便が成長した原点は、まさに東北エリアの第一次産業にあったわけですから、どうしても恩返しをしたいという思いがありました。この寄付はスポット的なものですが、本来の永続的な社会貢献は、地域社会に密着した本業を通じて行っていくべきと考え、本気で取り組んでいるところです。「攻めのグローバル化」と社会貢献に近い「地域密着型のサービス」を両輪として、創業100周年を迎えていきたいと思っています。

質疑応答

Q:

「よい危機感の植えつけ方」について、教えていただきたいと思います。また、高齢者宅に設置する簡易端末の3つのボタンについて、さらに地方自治体との連携案件における「その他」の項目について、もう少し詳しくご説明ください。

A:

危機感の醸成は、トップ自らが危機感を持ち、それを発信していく以外にないと思います。当社でも、まだ人口減少の実感がなく大きな利益を稼いでいるときに、「5年後、10年度には成長力を失う可能性がある」と言っても、誰も気に留めませんでした。そのため少し大げさに状況を説明し、過去、路線事業のフロントランナーであったはずが、いつの間にか倒産しかけたという歴史を振り返り、だからこそ元気なうちに何ができるかを考えようと、前向きに伝達していきました。

高齢者宅に置いた端末の3つのボタンは、ヤマト運輸につながるボタン、行政につながるボタン、緊急時のSOS用ボタンとなっています。また、「その他」の案件はさまざまですが、コミュニティバスの開通に向けた貨客混載プロジェクトをバス会社や自治体と一緒に検討するなど、手作りのプロジェクトが含まれています。

Q:

グローバル化やボーダーレス化について、現地での物流はヤマトグループ自らがやるのか、もしくはローカルのプレーヤーを活用するのか、どちらでしょうか。また、競争に打ち勝つための課題について、どのようにお考えでしょうか。昨今、トラックドライバーの不足がいわれる中で、どのように対応されるのでしょうか。

A:

海外現地での小口貨物輸送は、当社のネットワークがあるところについては自前で当然やります。それ以外のところは、アライアンスを締結した同業者が行います。地域によっては地元の郵政の場合もあり、共存共栄を図っているといえます。

一方、同業者と完全に競合するのは、圧倒的に増え続けているeコマースの領域です。中国などは典型的ですが、宅急便1個の料金を120円程度しか設定できないエリアには手を出さず、高価なものや生鮮食品など他社が真似できない領域で差別化しながら取り組んでいます。また、指定された時間帯に確実に届けなければならない緊急パーツなど、付加価値のつく分野で勝負したいと考えています。

とくに自前の部分における課題は、人材です。当社では役務自体がサービスであり、かつ日本人ではできないため、その担い手をどうやって育てるかが最大の課題となっています。取り組みを始めて5年程経ちますが、ようやく現地でも人材が育ち始めており、今後貢献してくれると思っています。

労働力不足の問題も深刻です。しかし、業界でもっとも不足している大型免許を必要とする長距離ドライバーよりも、当社は普通免許で運転できるトラックや運転免許を必要としない台車で短距離の集荷・配達をするドライバーのウェイトが高いため、まだそれほど深刻ではありません。もう1つの大きな需要は、仕分けなどの作業の労働力です。これに対応するために、当社では「バリュー・ネットワーキング」構想でハブターミナルを大幅に作り替え、省力化投資を行ったわけです。最新鋭の羽田クロノゲートでは、従来比で4割程度の省力化を実現しています。

しかし、それでも人手は必要です。羽田クロノゲートなどへ深夜に行くと、仕分け作業をしているのはほぼ外国人です。最近はネパールやベトナムの人が多く、7カ国語のマニュアルを作成して運用しています。一方、集荷・配達を外国人にシフトするのは難しい状況があり、当社では女性の活用を推進しています。また、ドライバー不足を抜本的に解消するために、リヤカー付き自転車や台車などを使う運転免許の要らないセールスドライバーを増やしています。すでに全体の約2割程度は、台車などによる人力で配達を行っています。

日本の成長のボトルネックは、まさに労働力にあると思います。そこで現在、当社が主体となって業界全体に働きかけているのは、オープンプラットフォーム化です。各社がそれぞれ運転手を抱えていれば、足りなくなるのは当然です。それと同時に、鉄道利用への転換(モーダルシフト)を推進するため、JR各社にも働きかけています。

Q:

物流の見える化の取り組みについて、うかがいたいと思います。

A:

物流が海外から国内へ入ってくる際、担い手が次々と変わっていきます。そして、それをサポートするITの仕組みがバラバラのため、ユーザーが荷物の状況をわからないまま遅延すると大変なことになります。そこで、それぞれのITシステムのインターフェイスを合わせる役割を当社自身が担い、お客様にリアルタイムの情報を提供しています。

Q:

今年末からASEAN経済共同体が発足予定ですが、日本を介さない地域間でのローカル展開について、どのようにお考えでしょうか。

A:

アジアにおける国境を越えた業務領域では、地元の企業が主体的に担うようになっています。とくにASEAN地域では、国境をまたがったクロスボーダーの荷物の動きを捕捉する上で、通関業務をスムーズに行う仕組みづくりが課題といえます。とりわけ個人から個人への荷物を通過させるハードルが高いことから、シンガポールとマレーシアの通関において現状をブレークスルーする仕組みが動き始めています。またベトナムから、タイを経由してミャンマーあるいはシンガポールを結ぶ幹線輸送をハンドリングするためのインフラづくりにも取り組んでいます。

Q:

事業を拡大する中で、セールスドライバーなどの教育について、どのような取り組みをされていますか。

A:

約20万人の社員を抱える中で、従業員教育も容易なことではありませんが、社員の多くが中途採用であるにもかかわらず、創業時から守ってきた理念を浸透することに成功している珍しい企業だとよくいわれます。1つの特徴として、入社してくる社員自身がヤマトグループのいいサービスに共感して来てくれるということがあります。そのため、お客様へのサービスマインドを含めて新人ほど一生懸命取り組んでいます。問題は、少し慣れてきた後にお客様との距離が縮まり、甘えが出てきてしまうことがありますので、我々は、お客様の声を常に吸い上げることを大切にしています。そうした声をトップも含めて組織として受け止め、フィードバックしていく体制が整備されていると思います。

もう1つは、社員が理念を共有し、満足度を高めることを心掛けています。勤務時間が長い業務ですので、私はまず、サービス残業問題に正面から取り組み、悪循環を断ち切り、時間管理を徹底することを決めました。さらに生産性向上運動に取り組み、仕事のやり方を抜本的に変革。セールスドライバーから見れば天と地がひっくり返るような改革が浸透するまで2年程かかりましたが、その効果によって、労働時間は大幅に短縮することができました。社内において、社員満足度を全面に押し出すことでマインドも変化したと思います。

また、伝統的に「鍛える文化」が続いてきた運輸業界において、「褒める文化」を打ち出していきました。社員やお客様から褒められるとポイントが貯まり、褒めた社員もポイントが貯まる「満足BANK」という仕組みをイントラネット上に設置しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。