女性の活躍推進―男女賃金格差解消の障害は何か?

開催日 2015年3月27日
スピーカー 山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授)
モデレータ 福地 真美 (経済産業省経済産業政策局経済社会政策室長)
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開催案内/講演概要

わが国で経済活動における女性の活躍の推進の真の障碍となっているものは何か? 筆者が最近RIETIのDPとして執筆した、男女の管理職割合の格差の要素分解分析および男女の賃金格差の要素分解分析の結果に加え、現在筆者が分析中である、男女の職業分離の特徴とそれが男女賃金格差にもたらす影響について、わが国特有の問題があるという事実を踏まえ、現在および将来において、わが国の男女の賃金格差解消への道筋に横たわる様々な問題を明らかにし、あわせて現在取りうる具体的政策や、今後さらに明らかにすべき事柄について議論・解説する。

議事録

問題の背景

山口 一男写真男女の時間当たり賃金格差の51~52%はフルタイム正規雇用者内の男女の賃金格差に由来し、36~37%は男女の雇用形態の違い(女性に非正規雇用が多いこと)に由来します(山口一男『ワークライフバランス実証と政策提言』5章)。女性の活躍推進は、広い意味での男女の機会の不平等に由来する時間当たり賃金格差の解消を目指すべきでしょう。

男女の賃金格差を国際比較すると、OECD諸国内において、わが国は韓国に次いで男女の賃金格差が大きい状況です。最近、女性の賃金水準は男性の70%程度に改善してきたといわれますが、諸外国に比べて男女の賃金格差ははるかに大きいわけです。

分析1:正社員男女の所得格差の要素分解

分析1として、正社員男女の所得格差の要素分解を行いました。「傾向スコアによる標準化」という統計手法を用い、ホワイトカラー正社員男女の年間平均所得の差(190万円)は、男女の人的資本の違い、職業と職階の違い、労働時間の違いによって、どの程度説明できるかを検討しています。

男女平均所得格差(190万円)の要素分解の結果として、学歴・年齢・勤続年数(人的資本)の差による説明度は34.9%となりました。職業と職階の差の重複説明部分(追加説明度)は14.7%、職業の差の独自の追加説明度は5.4%、職階の差の独自の追加説明度は20.9%でした。労働時間差の追加説明度(職業・職階差考慮後)は2.1%にすぎず、説明できない男女格差は22.0%となりました。

男女の所得格差の要因を「年齢」別に分解すると、40歳以降は人的資本(教育・勤続年数)で説明できる格差はほぼ一定で、説明できない格差がどんどん広がっていきます。その人的資本の差で説明できない格差が年齢とともに増加する傾向は、男女の「職階」格差の拡大によって、ほぼ完全に説明できます。

平成10年、18年、25年の雇用機会均等調査(雇用管理基本調査)のデータを比較すると、雇用者全体における女性の部長相当職の割合は、平成25年に3.6%(平成10年は1.2%)となり、管理職の女性割合は向上していますが、元の水準が低すぎるため、欧米には遠く及びません。管理職の女性割合は、米国が40%台、OECDの欧州諸国では30%台を占めています。

管理職割合の勤続年別男女格差(分母は男女別の正社員数)をみると、女性正社員が一生(31年以上)その企業に勤めて達成できる課長以上割合を、男性正社員は11~15年目に達成し、女性正社員が一生その企業に勤めて達成できる係長以上の割合を、男性正社員は6~10年目に達成しています。

所得の男女格差は、管理職割合の格差ほどではありませんが、同じホワイトカラー正社員であっても、大卒女性が高卒男性よりも低い傾向がみられます。これは欧米と比較すると、異常な状況といえます。

主なインプリケーションとして、男女の(労働時間を制御した)所得格差の最も大きな原因は男女の職階差です。人的資本が同じであっても、係長‐課長‐部長という意思決定ラインの登用には男性が優先されていると考えられ、これが男女の所得格差の大きな一因となっています。とくに40歳代以降の男女の所得格差の拡大は、ほぼすべて男女の職階差の拡大によって説明できます。

ただし大卒女性に関しては、男性と比べた年齢・勤続年数の不足が、職階の男女差とほぼ同等に所得格差の原因となっています。ですから正社員大卒女性には、育児期に継続就業できる職場環境があることが、その活躍推進とともに男女所得格差の縮小に貢献することが期待できます。

一方、高卒者内の男女の所得格差は、仮に人的資本の男女差や職階の差がなくなっても、大きく残ってしまいます。趨勢的には女性の管理職割合は徐々に増していますが、元の水準が低いため、未だ欧米と比べ極めて低い状況にあります。潜在的に管理能力に優れた女性を管理職として登用する一層の企業努力が望まれます。

また、管理職割合の男女差の影響以外で、男女の職業差が男女の所得格差へ影響するのは、男性に比べ女性は事務職者が非常に多く、他の職に比べ、事務職において女性は男性よりも職階も所得もとくに低くなる傾向があることから生じています。

一般に、課長以上になると人的資本で説明出来ない男女賃金格差は小さくなりますが、事務職者は他の職と異なり、職階が高くなっても、男女賃金格差は小さくなりません。これは、女性事務職者の多くがいわゆる一般職で、もともと昇進・昇給の機会の少ない企業内トラックに置かれ、仮に課長に昇進しても、結果として賃金が低く抑えられる制度が多くの企業に存在するためと考えられます。

こういった性別と強く相関する企業内コース制度は、英米基準では明らかな女性への間接差別制度とみなされますが、わが国の雇用機会均等法改正における間接差別の定義には、未だ明示されていません。この点において、雇用機会均等法の更なる改正が強く望まれるところです。

分析2:専門職問題-男女の職業分離とその男女の所得格差への影響

米国における男女の賃金格差は、人的資本(とくに男女の経験年数)の違いを除けば、ほとんど男女の職業の分離に起因しています。人的資本を制御すると、同じ職種の男女の賃金差はありません。一方、職種が異なると、人的資本が同じでも、女性が多く就く職種の平均賃金が低い現状があります。「同一価値労働同一賃金」などの考えも、このような背景から生まれています。

そこで日本の状況について、2005年の社会階層と社会移動に関する全国調査(SSM2005)のデータをもとに、職業分離分析を行いました。

そのインプリケーションとして、専門職内での男女所得格差が人的資本の男女の違いであまり説明できない理由は、女性が集中する「専門職タイプ2」(資料P26参照)では、事務職とほぼ同様、人的資本や労働時間が同じでも男女所得格差が大きく残るためです。これには、さらに細かい職の分離があり、女性の多い職で賃金が低いこともありますが、この分野での職階に男女差があることが1つの理由といえます。女性の多くいる教育・ケア、医療・保健、社会福祉などの専門分野でも、管理職は男性というパターンが多いためです。

一方、男性割合の大きい「専門職タイプ1」では、所得の男女格差は小さくなっています。「リケジョ」の育成をはじめ、従来わが国で女性の進出が少なかった専門職への女性進出の促進は、「女性人材の活躍の推進」と「男女格差の縮小」という2つの目的を同時に達成するためには極めて有効と考えられます。米国でも、そのような実証研究が行われてきました。しかし、高校のタイプや大学専攻についての男女の分離は、職業の分離を20%程度しか説明せず、職業分離の大部分は、教育でなく社会が生み出しているといえます。

分析3:非正規雇用と女性のキャリアの断絶について

男性に比べ女性の非正規雇用が多いという状況は、他のOECD諸国ではみられない日本の大きな特徴です。それは同時に、女性の職業キャリアの断絶の問題でもあります。

女性の離職率・転職率の高さの背景には、日本の職場のワークライフバランスの欠如だけでなく、職の行き詰まり感があります。日本女性の離職の主な理由は、仕事・キャリアへの不満や行き詰まり感であり、女性の離職は「予言の自己成就」ともいえるわけです。

キャリアの断絶部分のインプリケーションとして、第1の根本問題は、家庭に何か事情(育児・介護の必要など)が生じると、圧倒的に男性でなく女性が離職・転職で対処せざるを得ない傾向があることです。

第2の根本問題は、「終身雇用制度」の発展により正規雇用は新卒者優先の制度ができ、離職者・転職者は市場において「レモン」扱いをされ、正規雇用の機会が著しく劣る点です。育児離職女性の正規再雇用の道を開くと共に、非正規雇用(有期雇用)と正規雇用(無期雇用)の賃金面での均等な扱いについて、雇用形態ではなく仕事の業績・成果に基づいた、より公平な基準の採用が強く望まれます。

結論と対策

第1に、正社員については、男女の昇進機会の平等化がまず重要です。そのためには、職場における管理職のあり方も、家庭のあり方も、ワークライフバランスを達成できるあり方に変える必要があるでしょう。

ホワイトカラーの生産性が高い欧米はできて、日本はできないという理屈は通りません。まずは、長時間労働を正社員(とくに管理職)の要件とする職場のあり方の根本的な見直しが必要です。

第2に、わが国企業における女性の事務職割合の多さとその取り扱いについては、人材活用上、極めて不合理な面があります。企業には、女性は結婚する前の社会経験のための一時的雇用者という意識が未だ強く、女性のホワイトカラー正社員の4分の3以上が事務職という事実は、仕事の分業上も異常な状況です。

IT革命後、単純な事務職の必要性は極めて少なくなっていますので、わが国の女性事務職のあり方を企業は根本的に見直し、一般事務職のような専門性を培わない他の職の補佐・補助としての事務職は、大きく縮小すべきでしょう。

第3に、わが国では、専門職についても、女性の多いタイプ2は英米と同じようにタイプ1に比べ賃金が低いだけでなく、日本特有の状況として、タイプ2に専門職内男女給与格差が大きく残っています。女性は受け入れるが管理職は男性というパターン(例:教諭には女性が多いが、校長・教頭には男性が多い)や、女性の数は多いが役割は主にスタッフという傾向が、タイプ2の女性専門職に多いためと考えられます。

一方で、このような職業内男女格差の少ないタイプ1の専門職への女性の進出を促進する(例:「リケジョ」の育成)とともに、なぜ専門職でありながら、教育・ケア、医療・保健、社会福祉といったヒューマン・サービス部門の専門職において、わが国では強い男女所得格差が残るのかなど、実証分析による更なる解明が必要です。

第4に、育児離職に伴う女性のキャリアの断絶と、結果としての男女の非正規雇用割合の大きな差も、わが国特有のものです。一方で、伝統的男女の分業意識の存続と、他方でわが国の終身雇用の伝統と深く結びついています。

後者において、企業の人材投資が長期雇用を前提にすることはやむを得ないとしても、人材活用一般について、長期雇用者を中心に考えるわが国企業のあり方は合理的でなく、見直されるべきでしょう。また、男女の伝統的分業の押しつけは、企業であれ、家庭内であれ、根本的に男女の機会の平等理念に反すると考えられます。

質疑応答

モデレータ:

長時間労働を正社員、とくに管理職の要件とする職場のあり方の根本的見直しが必要ということですが、その具体策として、どのようなアイデアをお持ちでしょうか。

A:

長時間労働の背景には、職務権限や職務義務の範囲が明確でないために、たとえば仕事を能率的に終わらせても他の人を手伝わなければならない、仕事のできる人が他の人をカバーしなければいけないというように、自分の時間のコントロールができない状況があります。つまり、どこが自分の所掌範囲であって、どのように分業が行われるかが、わが国ではあまり明確でないわけです。

米国のIT産業をみると、在宅勤務やフレックスタイム制が浸透し、週に1回だけミーティングを行い、あとはEメールを使ってコミュニケーションするなど、自分の時間と両立する働き方で生産性を上げているわけですが、日本では、どうしても毎日顔を突き合わせて仕事をしなければならず、通勤時間などの余計な時間も生じています。

ですから、裁量労働制をより広げて、自分で時間を管理できる状態をつくる必要があります。そのためには、いわゆるフリーライドをなくすためにも、業績や成果の評価を適切にやっていく必要があるでしょう。在宅勤務を広げている企業では女性の活用が進んでいますが、まだ少数に留まっているのが現状です。

Q:

日本において、男女の所得格差の解消に「同一価値労働同一賃金」は効果がないのでしょうか。

A:

「同一価値同一労働」というのは、職種が違っても仕事の難しさや要求される教育、経験年数が同じであれば、職種が違っても同じ賃金を払うべきだという考え方です。実際は、専門職になるほど個人の生産性には格差があるため、「同一価値同一労働」を実行できるとすれば、個人差が生産性に響かない職務給のある職種といえます。

日本の場合、そのような一般的な概念よりも、専門職内においても男女格差が大きい、あるいは正規・非正規の格差が大きいなど、より具体的なところで生まれている格差の原因を明らかにし、不当な格差を解消することが求められると思います。

Q:

現在議論されているホワイトカラーエグゼンプションの導入について、女性の職場進出を推進する観点では、どのようにお考えでしょうか。

A:

ホワイトカラーエグゼンプションの導入によって、自分の時間管理をしながら働けるといわれていますが、わが国では実際問題として、自分の勤務時間をコントロールできる状態にある人は少数です。私は、オランダやドイツ、デンマークが導入したように、ペナルティを受けずに自分で就業時間を決める権利を法的に保障した上で、イグゼンプションを導入することが必要だと思っています

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。