帝国ホテルの企業理念とおもてなしの心

開催日 2015年1月28日
スピーカー 定保 英弥 (株式会社帝国ホテル代表取締役社長 東京総支配人)
モデレータ 上野 透 (RIETI 国際・広報ディレクター(併)上席研究員)
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開催案内

2020年オリンピック・パラリンピックの東京開催が決定し、観光立国のための諸政策が推進され、訪日外国人が増加を続ける中、ますます注目される日本の「おもてなし」。本年11月3日に125周年を迎える帝国ホテルが長く守ってきた企業理念と、従業員たちが「おもてなしの心」を向上させていくための取り組み、また現場の発想が生み出したホテルサービス事例を、その歴史と業界の動向を交えながらご紹介します。

議事録

帝国ホテルの紹介

定保 英弥写真帝国ホテルは現在、東京、大阪、上高地に展開しています。東京は今年11月に開業125周年を迎えます。大阪は開業20周年を来年に控えており、上高地は一昨年に80周年を迎えました。その他、ハワイのハレクラニ、ワイキキパークホテルと提携関係にあります。

以前は、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドンに営業所がありましたが、東日本大震災直後、海外からのお客様が激減したことから、現在はニューヨークのみとなっています。また昨秋には、シンガポール営業所を開設しました。

帝国ホテルの歴史

1890(明治23)年11月3日、明治政府が欧化政策を推進する中、当時の外務大臣であった井上馨の提唱により、帝国ホテルは日本の迎賓館として誕生しました。宮内省を筆頭株主に、渋沢栄一、大倉喜八郎、益田孝といった財閥のトップが資本参加し、鹿鳴館の隣に建設されました。これは現在とまったく同じ場所です。

1923(大正12)年には、ライト館が開業しました。当時、支配人であった林愛作との「縁」により、世界的に著名な建築家フランク・ロイド・ライトに新館の設計が依頼されたということです。大谷石を素材とした独創的な建築美は、帝国ホテルを一躍世界に知らしめることになりました。

そして1923(大正12)年9月1日午前11時58分、開業披露パーティの準備中に関東大震災が発生しました。しかし、日本をよく知るライトが地震に耐え得る工法でデザイン・建築したおかげで、周辺の多くの建物が倒壊する中、帝国ホテルは耐え残ることができました。

大阪で万国博覧会が開催された1970(昭和45)年、現本館が開業しました。さらにジャンボジェット機の就航による大量輸送時代が到来し、1983(昭和58)年には、日本初の商業施設とホテルの複合ビルとなる帝国ホテルタワーを開業することになりました。

よく知られていることですが、日本のホテルで初めて帝国ホテルが開始したサービスとして、ランドリー、ショッピングアーケード、ホテルウェディング、バイキングが挙げられます。ランドリーサービスは、長い船旅で訪日する外国人ゲストが増加していた1911(明治44)年、館内に洗濯場を設け、洗濯部が新設されました。現在もランドリーは業務委託することなく社員が担当し、技術を積み上げています。

ホテルウェディングのきっかけは、関東大震災でした。1923(大正12)年、震災で多くの神社が倒壊・焼失したことから、ホテル内に神前挙式場、写真室、美容室を配し、挙式から披露宴まで全てのサービスをホテル内で提供する現代のホテルウェディングが確立されたわけです。

1958(昭和33)年、バイキングというレストランのスタイルを、日本に初めて紹介したのも帝国ホテルです。当時、海賊が出てくる「バイキング」という映画が流行っており、大男がよく食べるイメージがぴったりだということで、社内公募でこの名を付けたという説が有力のようです。

日本におけるホテルの変遷

1890年の開業から1950年代の高度経済成長期まで、日本のホテル業界は、帝国ホテル独占の時代が続いたといえるでしょう。その後、1964年の東京オリンピック前後からホテルが増え始め、さらに大阪万博とジャンボジェット機就航によって、1970年代には続々とホテルが誕生しました。

1990年代に入るとバブルが崩壊し、新御三家といわれたフォーシーズンズ(当時)、パークハイアット、ウェスティンをはじめ、外資系ホテルのラッシュが現在まで続いています。これだけのホテルが出揃ったわけですから、ニューヨークやロンドン、パリと比較しても劣らない宿泊施設が東京に整ったことになります。東京が世界の大都市に決してひけをとらない成熟した街になったことが、2020年に再びオリンピックを招致できたことにもつながっていると思います。

よいホテルの条件 ~ブランドを支える三要素~

それぞれ好みがある中で、世界中の誰が来ても最高だと思っていただけるホテルにするのは、なかなか難しいところです。その上で、私たちは「ハードウェア(施設)、ソフトウェア(サービスや組織)、ヒューマンウェア(人材)」の3つがバランスよく高品位に保たれていることが重要だと思っています。

中でも、私は「ヒューマンウェア」が大事だと考えています。メイド・イン・ジャパンの帝国ホテルとして、この部分をいかに強化していけるかが、今後の競争に勝ち残っていくためのポイントといえます。

おもてなしの心は現場の発想 帝国ホテルの広告より

帝国ホテルは、月刊文藝春秋に毎月広告を掲載しています。現場の発想から生まれ、ちょっとしたおもてなしの心を表現した広告として「ポケットマネーは1万円」、「紙クズはもう1泊します」といった例をご紹介します。

「ポケットマネーは1万円」とは、タクシーでホテルへお越しになるお客様のために、ドアマンがいつでも1万円札を両替できるよう、ポケットに五千円札1枚と千円札5枚を用意していることを表しています。海外から来てまだ日本の通貨に慣れてない外国人ゲストをはじめ、お客様が1万円札しか持たず、さらにタクシーが千円札のおつりを用意していない時に両替するサービスです。

次に、「紙クズはもう1泊します」というものですが、帝国ホテルでは、客室のごみを清掃後の翌日まで、1泊保管しておきます。たとえば、チェックアウトして香港へ向かったお客様から、「大事な書類をゴミ箱へ捨てて来てしまったようだ」というお問い合わせを頂くことがあります。そこで確認すると、無事に見つかるわけです。正直なところ、全931室のごみをもう1泊保管するのは大変なことですが、万が一の場合は少しでもお役に立ちたいと、現場の客室ハウスキーパーの発想からスタートしたこのサービスは、現在でも続いています。

さすが帝国ホテル推進活動

私の元には毎日お客様からのコメントレターが届きますが、その数は年間およそ1500通に上ります。お褒めいただく場合は「さすが帝国ホテル」、逆にお叱りを受ける場合は「帝国ホテルともあろうものが」と言われてしまいます。中には従業員のサービスを名指しでお褒めいただく場合もあり、大変励みになります。

開業110周年の15年前から続けている「さすが帝国ホテル推進活動」は、年間40~50名のサービス優秀者を選出・表彰し、「さすが帝国ホテル」とお客様に喜んでいただいたサービスを全員で共有する取り組みです。これが職場の活性化、従業員のモチベーションアップにもつながっていると感じます。

「さすが帝国ホテル」の実行テーマは、「挨拶・清潔・身だしなみ・感謝・気配り・謙虚・知識・創意・挑戦」の9つです。当たり前のようですが、「さすが」といわれるためには、やはり基本プレーが大切だと思っています。

そして帝国ホテルでは、“100-1=99ではなく「100-1=0」である”というサービスの心構えが、先輩から代々引き継がれてきました。これはつまり、「ホテルのサービスにはムラがあってはならない。1つのミスが全部の評価を駄目にする」という意味です。

日本の迎賓館としての原点

ご存知のように、世界でもっとも多く外国人が訪問している国はフランスで、2013年に8300万人を優に超えています。一方、日本はようやく1000万人を超え、世界27位、アジア8位という状況です。ただし昨年は1300万人を超え、今年は1500万人を超える勢いをみせています。

第2次安倍政権誕生後、円安の進展とともに株価は上昇し、東南アジア諸国に対するビザ発給要件が緩和されました。さらに2020年の東京オリンピック開催も決定し、ホテル業界には追い風の状況が続いています。このまま推移すれば、政府が掲げる2020年の訪日外国人客数2000万人の達成も不可能ではないでしょう。

一方で、その好調を2021年以降も続けていくことが、ホテル業界にとっては重要です。帝国ホテルは2020年にちょうど130周年を迎えるわけですが、とくに人材育成に力を入れ、さらにその先の140周年、150周年を見据え、帝国ホテルが帝国ホテルであり続けるための準備をしていきたいと考えています。

訪日外国人客にとってホテルとは、その国の印象を決める重要な要素です。昼間は観光に出かけても、夜にはホテルで休み、目覚めて朝食をとるなど、滞在時間が一番長いのはホテルだからです。ですから、私たちは「民間外交の窓口」として、日本のおもてなしの心を発信していきたいと思っています。

また帝国ホテルは、MICEにも注目しています。大型国際会議の事例ですが、2012年10月には、IMF・世界銀行年次総会が東京で開催されました。世界中の財務大臣、中央銀行総裁をはじめ2万人規模が参加した非常に大規模な国際会議でしたが、1週間強の間、全館貸し切りになったのは帝国ホテルの長い歴史の中でも初めてのことでした。

MICE需要は今後も増えてくると思われますが、民間1社だけでは何もできません。東京国際フォーラムを基点とした周辺のホテルが、日比谷公園、霞が関、大手町、丸の内、銀座に近くビジネス、観光、ショッピングに便利な立地の良さをいかし、エリアとしてMICE需要を取り込んでいきたいと考えています。

私たちの当面の課題は、国内ゲストを大切にしながらも外国人ゲストの構成比を増やしていくことです。海外のお客様は一度来ていただくと、「東京は安心・安全でいろいろな国のおいしい料理が食べられる」と喜ばれます。滞在をより楽しんでいただくためには、サービスレベルをさらに上げていく必要がありますので、やはり人材育成に力を入れていきたいと考えています。

おかげさまで、帝国ホテルは開業125周年を迎えます。メイド・イン・ジャパンのプライドを持ち続け、これからもお客様のあらゆるニーズにお応えできるよう、さらにサービスの質を高めていきたいと思います。

質疑応答

Q:

総支配人は、下積みの時代からキャリアをどのように実現されてきたのでしょうか。また現在、現場で働く若い人たちに、どのようなことを伝えていますか。

A:

これまでの自身の経験を振り返ると、入社して宴会部からスタートし、常に自分のやりたいことを人事の自己申告書で発信してきました。そして希望通り営業に配属されると、「海外へ行きたい」と言ってロサンゼルスに赴任することもできました。その後、「宴会と営業を経験したので、今度は宿泊をやりたい」など、常に自分の進みたい方向を会社に伝えてきたつもりです。

外資系ホテルの支配人は、どちらかというと学校でホテルの運営を学んで入社する場合が多いのですが、日本のホテルではしっかり現場を経験し、自分が行動したことがお客様の評価につながり、売り上げに結びつくことを自ら体験することができました。今の若いスタッフには、ホテルはとくに人との係わりが大切ですので、社内外でできるだけ多様な分野の人と接し、出会いを作っていくことが重要だと話しています。

Q:

欧米のホテルは積極的な国際展開によってネットワーク化を進めていますが、なぜ帝国ホテルは海外展開に消極的なのでしょうか。

A:

一時はバリ(インドネシア)でホテルを運営したこともありますが、10年で契約が終わると再契約はしませんでした。もう100年以上も東京の地でサービスをしていると、同等のサービスをニューヨークあるいはロンドンをはじめ海外で提供するのは難しく、慎重にならざるを得ません。

ただ、今後全くないと言うつもりはありません。きちんと同じようなサービスを提供できて、帝国ホテルのブランドを維持・向上できる話があれば検討していきたいと思っています。一方で、事業展開をしていくと人材も散っていきます。それによって本体の水準が下がってしまうホテルもいくつか見受けられるため、慎重になってしまう面もあります。

Q:

ホスピタリティに対する考えを伺いたいと思います。また人材の採用については、英語の能力を重視されているのでしょうか、もしくは人としての資質を重視されているのでしょうか。

A:

ホスピタリティに関しては、まず人が好きで、ホテルの仕事が好きだというスタッフが帝国ホテルには大変多いと思います。これだけホテルが増えている中で、他社へ移っていく若いスタッフはほとんどいません。お客様に対して押すところは押し、引くところは引く。どこまでサービスをすれば、そのお客様に喜んでいただき再訪していただけるかを常に考え実行に移すことが、私たちの仕事のベースになっていると思います。

いろいろな方の要望に、柔軟かつ的確にこたえていくのは大変なことです。しかし帝国ホテルには、100年以上受け継がれてきた企業理念と経験があります。それをしっかり引き継いで、次の世代へバトンタッチする準備を整えたいと思っています。

採用については、たしかに英語力は重要で、相当高いTOEICスコアを持って入社してくる従業員も増えています。入社後も、語学力向上のための研修体制を整えています。しかし、基本はやはり人間力であり、採用にあたって私自身は最初に会ったときの印象を重視しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。