日本経済における中小企業のプレゼンスと政策のあり方

講演内容引用禁止

開催日 2015年1月23日
スピーカー 後藤 康雄 (RIETI上席研究員 / 株式会社三菱総合研究所主席研究員)
コメンテータ・モデレータ 米村 猛 (経済産業省中小企業庁長官官房参事官)
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開催案内/講演概要

日本の企業数の99%以上、就業者の約7割を占めるにもかかわらず、あまりに多様でマクロ的な把握が十分されてこなかったわが国の中小企業部門。この「静かなる多数派」は経済のダイナミズムの源泉か、それとも保護され過ぎた非効率部門か。経営や歴史観などに重点を置いた従来の「中小企業論」とは一線を画し、客観データと統計手法からわが国の中小企業像を包括的に捉え、今後の政策のあり方を考える。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

はじめに

後藤 康雄写真「日本経済を支えているのは中小企業である」という言い方は、おそらく間違いではありません。日本が低成長にあえいでいる現状は、おそらく中小企業部門の元気がないことに起因すると考えられます。

では、なぜ、そういう状況に陥っているのでしょうか。私が現時点で考えているのは、中小企業に対する保護的な政策が新陳代謝を阻害し、中小企業部門の活力を削いでいる可能性が高いということです。とくに資金繰りの支援策は、短期的にショックを和らげるという意味で重要だったとしても、それが何度も繰り返されてきたことによって、中小企業の活力を削いでしまった可能性があります。

中小企業をどう捉えるか

わが国の中小企業研究は、世界的にみても相当の蓄積がありますが、従来の中小企業分析はマルクス経済学に基づいているものが多く、中小企業を「搾取される弱者」と捉える視点が強かったといえます。このほかには、「がんばれ中小企業」的な価値観に近いものや歴史研究などが多く、わが国において、エビデンスベースの中小企業研究は驚くほど少ない状況が続いてきました。本報告では、現代の経済学に立脚してデータを統計的・計量経済学的に処理した実証分析を行っています。

中小企業と聞くと、ネガティブなイメージとポジティブなイメージが併存し、人によって受け止め方が相当幅広いわけですが、さまざまなアンケート調査の結果、どちらかというとネガティブなイメージが強いことがわかっています。したがってイメージ論で語っている限り、中小企業はかわいそうな存在として捉えられる傾向が強いといえます。

政策対象となる中小企業を数量基準で客観的に定義した中小企業基本法は、資本金や従業員数によって中小企業を定めています。はたして、こうした基準で線引きした中小企業を政策の対象とするのが適切かどうか、問いかける必要もあるでしょう。

中小企業の関連概念として、零細・個人・中堅企業やベンチャー企業、オンリーワン企業やニッチトップ企業、下請企業、商店街といったグループがあります。ただし、こうした定型的なイメージで捉えられるのは、中小企業全体のごく一部であることに留意しなければなりません。

中小企業385万社のうち、必ずしもこれらにグルーピングされていない企業群は、既存の概念ではなかなか括りにくい中小企業といえるでしょう。実は、そういうグループが中小企業の大部分を占めているわけです。

中小企業の経済的プレゼンス

企業全体に占める中小企業のウエイトは、企業数ベースでは99.7%を占めています。これを就業者数でみると、法人企業統計で69.9%、経済センサスに基づく中小企業白書の集計で69.7%となっています。確かによくいわれるように、日本で働く人の7割程度が中小企業に勤務しています。

さらに売上高ベースでは50%弱と低くなるわけですが、より極端に中小企業のウエイトが低いのは、研究開発費や特許の所有権数などイノベーションの代理変数といわれる指標で、全体の3%程度しか占めていません。その一方で、金融機関からの借り入れでみると7割程度になるなど、分野ごとに異なることがわかります。

中小製造事業所のプレゼンスの長期的変化

99人以下の製造事業所のウエイト(従業員数ベース)の推移をみると、米国や英国などは1970年代頃をボトムに、中小製造事業所のウエイトが下落から上昇傾向に転じています。しかし日本は、他の先進国とは異なり、低下傾向を続けていることがわかります。

なぜ、日本だけがそうなっているかを明らかにするために、99人以下という規模階層を3つに区分しました。すると、1~19人の階層が顕著に減少していることがわかりました。さらに細分化したところ、4~9人の階層が全体の水準を引き下げていました。

そこで、4~9人の階層の前年差を、ネット参入(参入-退出)、ネット移入(他の規模階層からの移入-他階層への移出)の影響に分解しました。その結果、他の規模階層からの移動ではなく、「参入-退出」が押し下げに寄与していました。つまり、企業が生まれたり、退出したりする要因によって、ウエイトが下がっていたわけです。退出、参入それぞれの動きを確認したところ、退出は概ね安定的な一方、参入が長期的に減少していることが明らかになりました。

次に、参入の減少の背景を考察するため、産業の成長率、自営業の所得、R&D支出、業界の最小最適規模、市場の集中度、マクロ経済環境(GDP)、金利減免度といった説明変数を用いて、参入率(参入事業所の従業員数÷全従業員数)を回帰分析しました。

結果をみると、金利減免度(その業界がどの程度金利を減免されているか)の影響が大きく観察されました。ここでは、金利減免度の高まりが、参入を抑制するように働く形になっています。金利減免に代表される金融支援は、短期的なカンフル剤としてマクロ的なショックを和らげる可能性は高いわけですが、これを続けると、中小階層の参入行動を阻害する可能性があることを示唆しています。

経済成長と中小企業

労働力、資本(設備など)、生産性(ここではTFP)を用いた成長会計の分析をみると、1970年代以降の経済成長率の大きな下落の1つの大きな要因としてTFPの低下が挙げられます。今後、成長率を高めていくには、生産性をいかに高めていくかがカギとなります。

企業規模が大きくなるほど労働生産性の「水準」は高い傾向にあります。「伸び」についてはどうでしょうか。TFPと労働生産性の「変化」をみると、90年代末から2000年代にかけて、生産性の伸びが最も高いのは製造業の大企業、最も低いのは非製造業の中小企業となっています。

このことから、経済成長という観点では、非製造業・中小企業の生産性をいかに高めるかが、今後の日本経済における政策的な課題と考えられます。

また、年齢別に労働生産性の変化をみると、若年企業の伸びが低くなっています。つまり、若い企業に元気がないということです。そして、とくに非製造業の若年企業が全体の水準を押し下げているという結果を得ました。

中小企業のファイナンス-マクロ的視点

ISバランス(貯蓄投資バランス)の視点から、1980年代以降の日本経済を長期的に分析すると、家計部門では貯蓄超過の状態が長く続いています。一方、一般政府はバブル崩壊以降、多くの国債を発行してきたために大幅な貯蓄不足、つまり投資超過を続けてきました。

ここで強調したいのは、非金融法人(企業部門)の動きです。90年代半ばまでは、貯蓄よりも投資が上回る投資超過部門であり、その積極的な投資が経済成長のエンジンになってきました。しかし90年代半ばからは、企業が貯蓄超過部門に転じてしまっています。これが日本の企業部門の活力の低下を象徴している現象であり、ひいてはわが国経済の停滞を招いている1つの背景といっても過言ではないでしょう。

次に、企業規模別にISバランスをみると、2010年以降、大企業は投資超過の状況に戻っています。それに対し、相変わらず大幅な貯蓄超過(投資不足)を続けているのが中小企業です。これも重要な着眼点だと思っています。

さらに詳細な業種別、規模別にISバランスをみたところ、中小企業の中でも、貯蓄超過が際立っていたのは、上位から順にサービス業、卸小売、不動産という興味深い結果が得られました。

とくに目を引くのは、サービス業です。サービス業には多様な業種が含まれていますが、より細分化して分析しても、1位になるのは「その他サービス業」となり、なかなか顔が見えてきません。中小企業部門の貯蓄超過は、サービス業を中心に、多様な業種が続けていると考えられます。

「部門」として見た場合、大企業は早期に債務免除という形でバランスシート調整の重石が外れました。その一方で、中小企業部門は金融支援などで延命し、残った借金の返済を続けています。この点で、大企業と中小企業の違いは相当大きいといえます。

コメント

コメンテータ:
政策当局が中小企業政策を考える際、生の中小企業者の顔を思い浮かべ、具体的なニーズを考えながら行うべきだが、他方、恣意性や主観性を排除し、中小企業の多様性をデータに基づいて理解して取り組むことも必要だと感じました。

中小企業基本法は1999年に改正され、二重構造の解消のような観点から、やる気のある中小企業の支援に大きく舵を切りました。さらに、最近は地域を支える小規模企業の振興の観点を大きく打ち出し、小規模企業基本法の制定などきめ細やかな中小企業・小規模事業者に対する支援にも力を入れています。

平成27年度の中小企業・小規模事業者政策は、「被災地の復旧・復興」「円安による原材料・エネルギーコスト高などへの対応」「中小企業・小規模事業者のイノベーション推進」「地域の中小企業・小規模事業者の活性化」「小規模事業者支援策の強化」「創業・事業承継の促進」の6つに整理されています。

中小企業・小規模事業者の支援体制として、事業者が相談先に困ることのないよう、ワンストップの相談窓口「よろず支援拠点」やポータルサイト「ミラサポ」を設置しています。よろず支援拠点は、2014年6月に全国47都道府県に設置した相談窓口です。ここへ相談に行くと、経産省のみならず各自治体の支援施策がわかり、適切な機関につなげることができます。

ミラサポは、施策情報などをタイムリーに、分かりやすく、適切な形で伝え、中小企業・小規模事業者および支援機関の役に立つコンテンツを充実しています。たとえば「補助金虎の巻」では、活用事例や申請のポイントをわかりやすく解説しています。

さらに、ミラサポ上には「施策マップ」を設置し、国・都道府県・市区町村の施策を目的や分野などに応じて検索でき、かつ比較、一覧できるようにしました。現在、12省庁941自治体の中小企業施策が登録されており、複雑な政策を整理してお示しする工夫をしています。

また、地方自治体が地域の実態を正確に把握して将来の姿を客観的に予測し、その上で地域の実情に応じた政策を立案・実行していくことが不可欠との観点から、国が地域経済に係わるさまざまなビッグデータ(企業間取引、人の流れ、人口動態等)を収集し、わかりやすく可視化する「地域経済分析システム」を構築しています。

質疑応答

Q:

参入の減少に対し、金利減免の寄与度が大きいという点について、どのような実証分析をされているのでしょうか。また、非製造業の中小企業の生産性を伸ばすために、「その他サービス業」が多いことを踏まえて、どのような政策手法が有用とお考えでしょうか。サービス業の新陳代謝を早めると、痛みも大きく、実現は不可能という意見も聞かれます。そういった難しさを、どう捉ればいいでしょうか。

A:

金利減免度が上がるほど、その産業の参入度合は下がる可能性がある、という結果を今回得ましたが、これは産業別の参入率を被説明変数とし、産業別の金利減免度を説明変数とした回帰分析によるものです。このほかにもプレゼンで挙げた要因を説明変数に用いています。非製造業の中小企業の生産性を伸ばすというのは、なかなか現実には難しい要素もあると思いますが、これだけ大企業との差が大きいため、底上げは図ることは素直な政策的発想だと思います。

製造業の大企業は、電気機械など一部の業種に牽引されているため、さらに伸ばすことは現実的に難しいという印象です。それよりも、新陳代謝が阻害され、生産性が全般的に押し下げられている可能性の高そうな非製造業の中小企業を伸ばすことは、1つの処方箋として検討されるべきだと思います。

サービス業の新陳代謝を進めるのは難しいというご意見も現実感覚としてはわかる気もしますが、時系列的にみると現在より伸びが高い時期はあったわけです。たしかにサービス業は、製造業のように機械を流用するといったような、経営資源の移動性は低いかもしれませんが、だからといって新陳代謝は困難と割り切ってしまうと、大事な中小非製造業部門の成長の芽を摘んでしまう可能性があります。その一方で、すぐに金融支援を打ち切って淘汰すればいいという議論は、乱暴すぎるとは思います。

Q:

金利の減免が及ぼす参入企業への影響について、もう少しご説明いただきたいと思います。また私は、かつて金融危機の際に銀行が貸し剥がしを行ったため、それによって中小企業が積極的に自己資本を積み上げるようになったのだと考えています。この点について、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

本報告では、既存企業に対し金利の減免を行っていることで、既存の業界が過剰体質になり、新規参入がしづらくなってきていることを示唆しています。とくに90年代以降は、金融危機の影響で退出がもっと増えてもいいわけですが、それが一定程度に抑えられているということは、金利の減免で救われている可能性が相当高いと考えられます。

融資抑制・回収の影響についてですが、それ以前は擬似資本のように受け止められていた借り入れの位置づけが変わり、内部資金によって自己資本を積むべきであると中小企業自身の意識が変化しことが、影響している可能性は大いにあると思います。それが、どの程度のインパクトなのかは今後の興味深い研究課題だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。