急増する空き家問題が語る我が国都市計画の将来

開催日 2014年11月12日
スピーカー 牧野 知弘 (オラガHSC株式会社(株式会社オフィス・牧野)代表取締役社長)
モデレータ 上野 透 (RIETI 国際・広報ディレクター(併)上席研究員)
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開催案内/講演概要

総務省「住宅・土地統計調査2013年版」によれば、全国の空き家数は約820万戸、総住宅数に占める割合は13.5%となった。

空き家の中でも急増しているのが統計上「その他住宅」に分類される「個人住宅」の空き家である。その数は約318万戸と前回調査時(2008年)と比較しても18.7%と全体の伸び率8.3%を大きく凌駕している。特にここ10年間で首都圏における個人住宅の空き家が急増しており、首都圏郊外一戸建て住宅地は空き家だらけのエリアが目立つようになってきている。

今回のBBLセミナーでは、この「空き家問題」を国家的見地から考察し、今後の空き家の急増により引き起こされる様々な社会問題を主に我が国の都市計画の構造的な問題に照らし、解決のための処方箋を考えていく。

あわせて、固定資産税評価の概念、土地建物の所有権の硬直化と我が国社会における不動産価値の変化の可能性についても言及し、我が国の土地政策、住宅政策の明日を論じていきたい。

議事録

不動産マーケット概観

牧野 知弘写真東京、大阪、名古屋の3大都市部では、リーマンショック前の水準にはほど遠いものの、地価が回復傾向にあります。2014年の不動産取引を概観しても、大型の案件が次々と成立しました。マーケットを主導しているのは、大手不動産や金融とつながるファンド系です。

都内主要エリアでのオフィス系大規模再開発だけでも、今後4年間で110万坪の供給が予測されています。それを牽引するのは、三菱、三井、住友、森、東急といった大手デベロッパーです。このように、都市部を中心とした「地価の上昇」「オフィスマーケットの順調な回復」により、不動産業界では「景気の回復」を実感できる状況にみえます。

ところが、中小オフィスビルはまだ、こうしたマーケットの回復を実感できるまでに至っていません。大手不動産会社および金融マネーのパイプを持つREITに代表されるファンド、外資系マネー、一部事業法人がマーケットのプレーヤーとして活躍する中で、東京のオフィスマーケットは、あと「2年」程度は堅調な状況が続くことでしょう。つまり、3年後以降は危ないと思われます。原因は短期間に都心部で予定される大量供給と、建て替えによって一時的に離れていたテナントが戻ることによるものです。

好調マーケットの裏側で密かに進行する病

本年4月に消費税率が引き上げられ、住宅マーケットへの影響は深刻になっています。国土交通省の統計によると、消費税増税後に「持家」および「分譲」住宅の着工数が激減する一方、「貸家」だけは前年同期比で大幅に増加しました。これは、2015年1月1日に予定されている「相続税増税」の対策によるものです。つまり実需に基づいているわけではなく、対策優先というのが現状です。マンションの供給戸数も大幅に絞られてきています。販売単価はここ2年間で約10%上昇し、来年の販売価格は、さらに上昇することが予想されています。

企業業績の回復を背景に、オフィスビルを中心として不動産マーケットは順調に回復しているわけですが、消費税の増税は、賃金の引き上げが追いつかない結果、消費者の実質所得を下げており、その影響が各種指標で鮮明になりつつあります。

不動産では「マンション市況」に表れはじめており、地価上昇による「用地費」上昇、建設費の上昇による「建物価格」のアップにより、今後販売されるマンションについては価格が大幅に上昇せざるを得ない状況にあります。マンション販売にも影響が出ることから、今後の地価の推移は予断を許さない状況に陥っています。

空き家1000万戸の衝撃

本年7月、5年に1度の総務省「住宅土地統計調査」が発表され、全国の空き家数は820万戸(前回調査比8.3%増)、空き家率は13.5%に上ることがわかりました。空き家というと地方の問題と思われがちですが、東京・神奈川でも10%を超える空き家率となっています。

東京の空き家数は80万戸を越え、全国ダントツ1位です。とくに2003年からの10年間に、東京・神奈川・埼玉といった首都圏の空き家数は、全国平均を上回り急速に増加しました。空き家は「地方」の問題から「都会」=首都圏の問題となっているわけです。

空き家のうちとくに「個人住宅」の空き家は急増(318万戸)しており、全体の増加率(8.3%)を上回る18.7%の勢いで増えています。首都圏郊外での個人住宅の空き家も猛烈な勢いで増加し、全国1位の大阪をはじめ各地で深刻な問題となっています。

たとえば横浜市内の郊外住宅地は、最近15年で人口が15~20%急減。とくに駅からバスを利用するような物件は競争力を失い、高齢化が進展しています。現在、全国の単身者世帯は1700万世帯(全世帯の3分の1に相当)に上り、高齢者単身世帯はこの30年で4.2倍に増加しました。ここに大量の空き家予備軍が存在するといわざるを得ません。

首都圏人口は、2015年頃をピークに減少傾向になる予測が多く出されています。一方で、高齢者人口は伸び続け、2040年の首都圏における高齢者比率(65歳以上)は、現在の約25%から35%に上昇するといわれています。

今後、単身高齢者の死去、住宅ストックの飽和、若年人口の急減が進み、個人のライフスタイルも変化する中で、新築マンションが続々と建てられては売れ、郊外のベッドタウンでも建て替えがどんどん進んでいくといった夢ものがたりは、描きづらいのが現状です。

野村総研のデータによると、次回2018年の「住宅土地統計調査」で空き家数は1000万戸を超え、次々回の2023年調査で空き家率は21%に、より深刻化する個人住宅の空き家は、現在の318万戸から500万戸になるという衝撃的な予想が出ています。

一方で、住宅は毎年100万戸が新たに供給されています。現状のまま新規住宅の供給を続けると「買い替え」が成立せず、空き家に住まざるを得ない高齢者の急増が懸念されます。

空き家が引き起こす問題

空き家は「景観」「治安」「災害」だけでなく、今後、固定資産税などの税金問題、エリア間格差を生み、不動産価値を二極化させていく危険をはらんでいます。

今後、不動産価値がますます上がるエリアと下落するエリアに分かれてくることが予想され、不動産は都心の一部「ブランド」エリアに限定し、価値あるものになる可能性が高いでしょう。土地の「値上がり」だけに頼ってきた住宅地は、需要の減少が招く「貸せない」「売れない」住宅地に変貌するリスクが顕在化しつつあります。

また、地方からのみならず首都圏の中でも今後、人口の都心部への大移動が始まり「ブラックホール」化が進むといわれています。

中小ビルは、「建物老朽化」「オーナーの高齢化」「建設費高騰」「賃料低迷」「稼働率低下」といった問題に直面し、耐震補強どころかBCP、環境対応なども一切できず、放置するオーナーが続出しているのが現状です。国土交通省「東京都区部主要地区別築年数経過状況(2008年)」をみると、築30年以上が34%を占めています。建て替えができるのは、大手不動産会社や事業法人、金融などのファンドといった一部のプレーヤーに限られ、オフィスビルマーケットでも二極化構造が鮮明になってきました。

解決のための処方箋

多くの業界で生じている二極化(富み栄える者 vs 駆逐される者)の構造は、不動産でも着実に進行しています。ある程度の「新陳代謝」は必要ですが、不動産は「家」=住宅として国民生活の基盤となる貴重な資産であると同時に、一般製品の多くは償却されていくものの土地はなくなりません。この「なくならない」不動産の価値が大きく変容する時代に、国および自治体が背負う役割は大きく、「負動産」問題を国家的問題として考察していく必要があると思います。

そこで、問題解決のための3つのヒントを提言したいと思います。第1は、「人を呼ぶ」です。人を増やすには外から呼ぶしかないということで、今注目されているのは訪日外国人です。現在、年間1300万人に達する勢いで伸びている訪日外国人に対し、空き家を借り上げて中長期滞在用に提供する賃貸システムが検討されています。ただし、現状では旅館業法違反になるため法整備が必要です。

第2は「用途を変える」です。具体的には、建て替えずに「減築」して再生するトライアルとして、耐震性に欠ける物件の賃貸住宅部分を解体し、減築した上でケアホームにリノベーションする計画があります。低層部の商業階は、高齢者を含めた3世代が集える美容・健康モールに一新されます。

また、北欧でよく行われている「合築」という考え方があります。高齢者世帯を合築し、複数の高齢者が「1つの家」に共同で生活することで、医療・介護を1カ所で実施することも可能となります。こうした合築を推進する補助金、低利融資等を実施し、医療機関との提携を仲介するといったことも1つの解決手法でしょう。ちなみに現行法では、低層住居地域に一定面積以上の医療機関をつくることはできません。こうした用途制限は、ぜひ変えていくべきだと思います。

第3は、本日最大のテーマである「所有権を溶かす」ということです。日本は私権の強い国で、かつて「家」は家族が集う大切な財産でした。しかし現在は「おばあちゃん」の一人暮らしが増え、人口減少を背景に「売れない」「貸せない」「住む予定がない」という三重苦の「負動産」の時代になってきています。

そこで、動かなくなってしまった「所有権」を自治体や国が建設・供給する高齢者施設の「利用権」に転換する仕組みを提案したいと思います。高齢者施設を利用しない権利者のために利用権の流通マーケットを創設することで、相続した相続人が利用権に交換して売却でき、「資産価値」の実現が可能となります。

こうした考え方は、市街地再開発制度の「住宅地版」といえます。デベロッパーやゼネコンなどが地権者を整理し、容積率緩和、斜線緩和を受けて高層建築物を建て、土地の高度利用を促進。地権者は権利床を自らの持ち分に応じて取得し、保留床をデベロッパーやゼネコンが取得することで、新たな負担なく再開発建物に入居できます。また、この権利を証券化することで、幅広い活用手法が出てくることが期待されます。

中小オフィスビル問題の解決にも、同様の考え方ができます。老朽化して建て替えのままならない物件を放置するのではなく、同じエリアにある中小ビルを「合従連衡」し、共通の「エリアブランド」を確立します。サンフランシスコやニューヨークには、TAMI(technology, advertising, media, and information)と呼ばれる中小ビルのテナントが集まるエリアができつつあります。これらのテナントは、ほとんどが中小・ベンチャー系で勤務形態・時間が自由、賃料負担力が乏しいのが特徴です。

このように、オーナーが事業継承・相続に困った中小ビルをファンド化し、エクイティとして所有し配当収益を得るなど、従来の所有権を「株式」あるいは「投資口」として流動化する手法も十分考えられると思います。

東京五輪後に備えて

地価は、都心の一部の「ブランドエリア」で上下動する「マネーマーケット」の世界にすでに組み込まれています。今後、大手不動産および金融不動産の独壇場のマーケット(都心オフィスビルおよび都心タワーマンション)が形成されると思われます。

国内の多くの「コモディティ化」した不動産は、人口減少社会の中で「資産価値」を急速に失っていくことでしょう。とくに一般国民にとって唯一の資産であった「住宅」は、その価値を大幅に毀損させる可能性が極めて高いといえます。価値の暴落が「空き家」という形で不動産の所有者を苦しめる時代が、東京五輪後にやってくると思います。

しかし、この「空き家問題」は、新しい不動産価値を創造するきっかけになると私は考えています。そのためには、土地・建物に対する従来から根深く存在する「所有権」という概念を「利用権」という形に転換し、「ソフトウェア化」「証券化」することが問題解決への第一歩となります。

まずは、「人口増加」「不足する不動産(住宅・オフィス)」を前提とした都市計画を見直すことが喫緊の課題です。「市街化調整区域」を大幅に増加させ、市街地の範囲を限定し、域内での施設再生を図ることが、これからの自治体、日本の国家的課題になってくると思います。今の「空き家問題」は、この道に近づくための大いなる「示唆」を与えています。

この問題を国家的課題として取り扱うことによって、「日本の未来」が切り開かれていくと確信しています。新しい都市計画のもとで、「所有権」はブランドエリアのみ、その他は「利用権」へと再編・再生されていくことを願っています。

質疑応答

Q:

ご提案の内容を実現するために障害となる現行の法律・制度は、どのようなものでしょうか。

A:

広範にわたりますが、とくに用途地域の制限については、病院関係者からも多く指摘されているところです。とくに首都圏では、病床数が圧倒的に足りなくなるということです。また、共同住宅の空き家問題は戸建以上に深刻です。管理組合の規約で、合議により5分の4以上の賛成がなければ建て替えできず、空き室も増えて身動きがとれない状況もみられます。過去、住宅が足りないことを前提につくった規約・法律、税制の大幅な改正が求められます。

Q:

空き家対策としてよく聞かれるコンパクトシティの考え方について、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

コンパクトシティの流れは、政策として必要だと思います。しかし推進していく上で、買い替えができない「所有権」の固まってしまったエリアは、自治体や国が中心部に老健施設を建て、「利用権」に変えるといった発想で溶かしていく必要があると思います。ただし、民間レベルでコンパクトシティ化が自然に起こっている事例もあります。主要鉄道沿線の駅前にタワーマンションが建設されると、当該駅からバス便の戸建住宅の住民などが自宅を売却して駅前マンションを買うなどといった行為です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。