【ベンチャー・シリーズ第6回】UTEC(東京大学エッジキャピタル)創設から10年間の取り組みについて

開催日 2014年10月2日
スピーカー 郷治 友孝 (株式会社東京大学エッジキャピタル代表取締役社長・マネージングパートナー)
モデレータ 山城 宗久 (RIETIコンサルティングフェロー/情報処理推進機構参事兼情報処理技術者試験センター長)
開催案内/講演概要

大学などの研究開発と、ベンチャーによるその事業化の間には、様々なギャップがあります。

そのようなギャップを橋渡しするべく2004年に創業した東京大学エッジキャピタル(UTEC)では、3つのベンチャーキャピタルファンド(計約300億円)を運用し、55件の研究開発型ベンチャーへの投資を実行し、9件の株式上場と7件のM&Aを経験してきました。

大学発ベンチャーキャピタルとして、どのような視点で投資判断をしてきたか、どのような要素が成功のために必要と考えてきたか、どのような支援活動を行ってきたかについて、いくつかの事例を交えてお話しいただきます。

議事録

(株)東京大学エッジキャピタル(UTEC)の概要

郷治 友孝写真ベンチャーキャピタル(VC)・ファンドとは、未上場企業の株式などに投資し、その上場(株式公開、IPO)やM&A(合併・買収)を通じて、キャピタルゲイン(株式譲渡益)を得ることを目指すファンドです。我が国では、機関投資家などが出資する「投資事業有限責任組合」の形態が一般的です。

起業家の資金調達手段という観点では、ハイリスクの新事業に返済不要の資本という形で投じられる資金(リスクマネー)といえます。新事業を興すベンチャー企業にリスク・マネーが持続的に還流するためには、かかる資金循環を、投資家・起業家双方の観点から、経済合理的にする必要があります。

2004年4月に設立した東京大学エッジキャピタル(UTEC)は、東京大学の承認する「技術移転関連事業者」として、研究成果や研究人材を活用するベンチャー企業への投資を行うベンチャーキャピタルファンド(投資事業有限責任組合)を3本(計約290億円)、設立運営しています。

2004年7月に立ち上げたユーテック1号投資事業有限責任組合(83億円規模)は、34社の投資先のうち約30社がExit(卒業)済み、9社が株式済みとなっています。この中には、東京大学医科学研究所発のベンチャーであるテラをはじめ、モルフォ、ペプチドリームといった上場企業や、グーグルに買収されたフィジオスなどが含まれます。

2009年7月には、UTEC 2号投資事業有限責任組合(71.5億円規模)を立ち上げ、投資先13社のうち2社がExit済みです。続いて2013年10月には、UTEC 3号投資事業有限責任組合(135.7億円規模)を立ち上げました。現在までに10社のベンチャーへ投資していますが、2018年までには30社程度に広がる見通しです。

当社は投資だけでなく、大学研究段階の6プロジェクトを文科省START事業によってインキュベーションしています。また種(シード)、早期(アーリー)からExitまで、中長期間取り組むリード投資にも注力し、投資先の成長段階に応じて投資家、金融機関、公的機関からの資金調達を組成する役割も担っています。

技術シーズの事業化の重要性

各国の研究開発投資(対GDP比/2011年)を比較すると、日本(3.26%)は世界第5位と世界最高水準にあります。1位はイスラエル(4.39%)、米国(2.77%)は10位ですから、日本には当然、それだけの研究成果があるはずだと考えています。

次に、各国のベンチャーキャピタル投資額(対GDP比/2009年)を比較すると、第1位はイスラエル(0.176%)、第2位が米国(0.09%)、韓国(0.03%)は15位ですが、日本は先進各国で最低水準といえます。特に起業初期段階のベンチャーキャピタル投資が少ない状況ですが、逆にいえば、日本は先進国の中で最もベンチャーキャピタルの伸びるポテンシャルが高いわけです。

これまで、研究開発投資によって画期的な成果が出たにもかかわらず、それを事業化するためのファイナンスがなかったために、日本で最初の事業化がうまくできなかった例をいくつか挙げたいと思います。

治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌の標準治療薬であるオキサリプラチン(L‐OHP)は、1975年に名古屋市立大学薬学部の喜谷喜徳教授が合成した白金錯体化合物です。当時すでに、モデル動物の実験でも優れた抗腫瘍活性が確認されていましたが、臨床試験に入ることなく開発を断念。その後、Debiopharm社(スイス)が開発を手がけ、1996年にフランス、2002年には米国で承認されました。日本ではようやく2005年になって承認され、現在では多くの国で承認されています。

次に“IGZO”は、インジウム(Indium)、ガリウム(Gallium)、亜鉛(Zinc)、酸素から構成されるアモルファス半導体で、透明の曲がる酸化物(ガラス)であるのに半導体になる全く新しい材料です。東京工業大学の細野秀夫教授らによる研究で、もともと科学技術振興機構(JST)の創造科学技術推進事業(ERATO)で推進された成果なのですが、これを最初に事業化したのはサムスン電子(韓国)でした。JSTはIGZOの商用化に際し、まず日本企業に声をかけたのですが、国内各社は意思決定に時間がかかったため、2011年7月に韓国企業に最初にライセンス供与されたわけです。IGZOはその後、シャープヘライセンス供与され、2012年から、サムスンやシャープなどのスマートフォンやタブレットに実装・商品化されました。

もう1つは、飲んで治る肺がん治療薬の例です。従来難しかった遺伝子のスクリーニング手法により、肺がん原因遺伝子(EML4-ALK)を自治医科大学の間野博行教授(現東京大学)が発見し、2007年にNature誌でその年の重要な医学の発見の1つに選定されました。この研究は、JSTの戦略的創造研究推進事業(CREST)で推進されたものですが、Nature掲載翌日にすぐ、米国Pfizer社の副社長から間野教授に電話がかかってきたといいます。

Pfizer社は、この肺がん原因遺伝子EML4-ALKを攻撃対象とする肺がん治療分子標的薬「クリゾチニブ(ザーコリ)」の開発に着手し、間野教授のNature誌論文発表から3年の早さで、米国で薬事承認を取得し、2011年には市販されました。日本でも2012年から市販されていますが、クリゾチニブの特許権者はPfizer社のみです。

これについて厚生労働省は、『医薬品産業ビジョン(平成25年6月)』の中で、「自治医科大学・間野博行教授が発見したEML4-ALK に関して、最終的にPfizer社が他社に先駆けて臨床研究を開始した例は、日本の製薬企業と外国の製薬企業の研究開発の差を如実に現したものといえる。なお、外国の巨大製薬企業とは規模の違いがあり、リスクを許容できる経営資源に差はあるものの、国内製薬企業でも、思い切った経営判断を行わなければ、外国の製薬企業の後塵を拝することになる」と指摘しています。

技術系ベンチャー企業成功のための条件

技術系ベンチャー企業に求められる条件はさまざまあります。たとえ技術力や資金調達力に優れていても、その他の要素のうちどれか1つでも劣ることがあれば、結果として事業成功は望めません。まず、いい技術をいい知的財産にしていくことが大事ですし、チームビルディング(経営陣・従業員)、資本政策、事業戦略、資金調達、経営、製品開発、事業開発、マーケティング、営業、生産、デリバリー、カスタマーサービス、管理、法令順守など、諸条件がすべて揃って初めて事業として成功するわけです。

資金は研究開発段階に応じて、国による補助金、ベンチャーキャピタルや大手企業による出資などが存在します。大学などでの基礎研究の成果を世に出す手段として法人(ベンチャー企業)設立があり、製品販売、大手メーカーヘのライセンスアウト等ができる段階まで、シードをさらに磨く上でもベンチャー設立は有効です。

起業を決断してから法人設立するまでには、POC(Proof of Concept)、ビジネスプラン、チームビルディング、資金調達などを行う必要がありますが、東大などの研究開発シーズの事業化に取り組んできたUTECでは、投資・育成活動を通じて、上流の研究開発の成果(シード)から、法人化、創業早期(アーリー)の経営課題などのプロセスを支援しています。

全国の研究機関シーズ事業化のための取り組み

UTECでは、事業化の可能性がある革新的な発明について、特許申請前の段階から開示を受け、関係研究室や東京大学TLO(CASTI)などとの連携を通じて事業化を支援するとともに、ベンチャー事業化後の投資育成を行ってきました。

また、研究者や卒業生とのネットワークを通じた投資活動も展開し、東京大学産学連携本部が運営するインキュベーション施設などを活用した支援活動も行っています。近年は、学界や産業界、卒業生のネットワークを通じて、国内外の他の大学・研究機関などのシーズの事業化に取り組むケースも充実してきています。

最近の投資事例として、マイクロ波化学株式会社(大阪大学発)、Green Earth lnstitute株式会社(地球環境産業技術研究機構(RITE)発)など、東京大学に限らず広がっています。米国Noxilizer Inc.(和歌山県企業と米国企業の滅菌技術と事業を統合)は、日本発の技術と研究開発を、関連分野の海外企業と統合し、事業の成功確率を高めている事例です。

UTECは、これまで東大などの研究機関のシーズの案件化に取り組んできましたが、2012年度 には文部科学省「大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)」の「事業プロモーターユニット」に選定され、全国の大学や公的研究機関のシーズがより活発に寄せられるようになりました。従来、東大のシーズを中心とした創業や投資活動を通じて蓄積してきたUTECの実践経験やノウハウを、日本全体の研究機関の技術シーズの事業化のためにも活用いただき、我が国のイノベーションエコシステムの発展に寄与したいと考えています。

今後の投資活動の方向性

UTECでは近年、我が国の従来型ベンチャー投資の主流だった比較的少額かつ短期の回収期間で済む案件でなく、国際的に優れた科学技術に立脚して、相当額かつ中長期の回収期間を要するライフ・イノベーション、グリーン・イノベーション分野のディールソーシングが増加しています。また、ICT(情報通信)分野でも、コンピュータサイエンスをベースに、国内だけでなくグローバル市場への展開を目指す案件が増加しています。

以前ならば1~2億円の投資で済んだものが、近年は5~10億円を投入しなければイノベーションを起こしていくのが難しい案件が増えています。今後、我が国発の革新性ある研究開発成果のイノベーション投資を有効に進め、グローバルマーケットにインパクトを与えていくために、対象市場・対象領域の双方の観点から、相当額の資金を投入していく考えです。

日本の新興市場(東証マザーズ、JASDAQなど)は、先進各国の中でも、成長性の高いベンチャー企業の公開先として機能し、かつ幅広い投資家層が参加している株式市場です。たとえば米国や欧州では上場できない規模であっても、日本の新興市場では、将来性があれば上場可能になってきました。

2014年8月18日現在、上場企業数は、東証マザーズで189社(うち外国企業は3社)、JASDAQではスタンダード市場で811社(同1社)、グロース市場で48社(同0社)となっています。また、東証マザーズの場合、業種では、情報通信業が33.7%、サービス業が23.8%を占め、この2業種で約6割を占めています(2013年12月末現在)。まだ情報通信・サービス以外の分野が少なく、かつ海外籍企業が少ない状況といえます。

そこで今後の目標として、第1に、グローバル企業として世界でリーダーシップを取れるベンチャー企業を日本から多く輩出していくため、幅広い科学技術分野での上場事例の創出に貢献していきたい、第2に、日本の科学技術や研究成果をもとに海外で設立された企業の世界市場進出や日本上場も推進していきたいと考えています。

質疑応答

Q:

技術系ベンチャー企業成功のための条件として、技術、チーム、マーケットの3つのうち、特にどれを重視されますか。また、ハンズオンで心掛けている点があれば、うかがいたいと思います。

A:

まずマーケットだと思います。その技術によって課題を解決することによって、どの程度の市場性があるのかを考えます。次に、その技術とチームとで、それが本当に実現できるかを考えるのが次の段階となりますが、最初から完璧なことはまずありません。当社は、投資をした後にチームを揃えたり、他の大学や企業にアプローチをして技術を持ってきたりすることもあります。その他、知財の状況などを整理しながらデューデリジェンスしています。

ハンズオンに関しては、事業の領域や段階ごとに変わってくるものですが、「ハンズオンのためのハンズオンになってはいけない」と思っています。投資家として理想的なのは、何も手をかけずに利益が上がることですが、足りない要素があれば、それを埋めるために経営者とともに努力をするのがハンズオンということです。

モデレータ:

郷治氏は2013年のG8イノベーション会合で日本代表を務められましたが、他のG7諸国と比較して、ベンチャーを取り巻く日本の環境について、どのように思われますか。

A:

米国、欧州に比べると、大企業がどれだけベンチャーを含めたイノベーション支援に乗り出してくれるのかが日本の課題といえます。大企業は、海外のベンチャーを探しに行くより先に、まず国内のベンチャーから見てほしいと思います。

政策面では、ベンチャー支援の重要性が強調されている中で、民間ベンチャーキャピタルのプレーヤーを増やす施策を推進すべきだと思います。十数年前、経産省によるベンチャーキャピタリスト養成のプログラムを受けた人たちが、現在国内VC業界の枢要を担っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。