知的財産を巡る近年の動向 -特許行政年次報告書2014年版及び特許出願技術動向調査から-

開催日 2014年9月18日
スピーカー 内山 隆史 (特許庁総務部企画調査課知的財産活用企画調整官)
コメンテータ 後藤 晃 (RIETIファカルティフェロー/政策研究大学院大学教授)
モデレータ 山内 勇 (RIETI研究員/特定非営利活動法人イノベーション・政策研究所副理事長/文部科学省科学技術政策研究所客員研究官)
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開催案内/講演概要

企業活動のグローバル化の進展など、世界全体における知的財産を取り巻く環境は大きく変化しつつある。本講演では、特許行政年次報告書2014年版に掲載された最新のデータに基づき、近年の知的財産制度を取り巻く現状と方向性、国内外の動向と分析について紹介する。また、2013年度に特許庁が実施した特許出願技術動向調査における先端技術分野の特許出願動向データに基づき、当該技術分野における技術動向、そして、今後の研究開発の方向性について紹介する。

議事録

「特許行政年次報告書2014年版」の概要

内山 隆史写真2013年度は、特許審査において「2013年度末に一次審査通知までの期間(FA)を11カ月とする」という目標の最終年度であり、更なる中期的な目標や方向性を新たに定めるための重要な動きがありました。我が国企業のグローバル活動の展開に伴い、2012年の日本から海外への特許出願は約20万件と、過去最高の水準になっています。日本企業が一層海外へ目線を移していることが、特許情報からよくわかるかと思います。

本報告書の表紙には、日本人のグローバル展開の進展について、2003年と2012年の日本から海外の各国・地域への特許出願件数をグラフ化し、世界地図上に配置したデザインを採用しました。米国での出願件数も増加していますが、BRICs諸国に関しては、出願件数が2倍以上も拡大するなど、新興国を中心に海外各国・地域へ日本企業の注目が高まっていることが視覚的に表現されています。

知的財産制度を取り巻く現状

日米欧中韓における特許出願の推移をみると、中国における特許出願件数は引き続き増加しており、2013年は82.5万件(前年比26%増)に上っています。これらの国・地域間の特許出願状況(2012年)をみると、どの国も米国に多く出願していることがわかります。また中国は、海外出願がまだ少ない状況ですが、今後、増加していくことが考えられます。

2013年の世界のPCT国際出願件数は20万5300件(2004年は12万2631件)と、初めて20万件を超え、過去最高となりました。日本からのPCT国際出願件数は、この10年間で2倍以上に増加しており、2013年は4万3918件(速報値)と、米国に次いで世界第2位を占めています。2012年の日本から海外への特許出願は約20万件と、やはり過去最高水準になっています。

このように、日本から海外への特許出願は顕著な伸びを示していますが、日米欧のグローバル出願率を比較すると、自国への出願と海外への出願の総数におけるウェイトは、日本は欧米に比べてまだ低いのが現状です。

我が国における2013年の出願件数は、特許が32万8436件、意匠が3万1125件、商標が11万7674件でした。2013年には、累積出願件数が特許1500万件、意匠265万件、商標830万件をそれぞれ超え、特許の累積登録件数は2014年1月に500万件を突破しました。また、外国人による我が国への出願の割合は、近年、わずかですが増加傾向にあります。

国内特許査定件数ランキングでは、昨年に引き続き首位のパナソニックをはじめ、昨年同様、電機と自動車関連メーカーが上位を占めています。国内意匠登録件数は、特許査定と同じくパナソニックが首位ですが、三星(サムスン)電子が5位(昨年は19位)に急浮上しています。商標登録件数では、サンリオが1位(同29位)のほか、上位には化粧品メーカーが多くランクインしています。

2011年の日本における特許出願のうち、外国にも出願した割合が最も高かった日本企業(2013年の特許査定件数上位200社中)は、ユニ・チャーム株式会社でした。上位には電気機器、化学系の企業が多くなっています。

また、大学・承認TLOの中で、2013年の特許登録件数、特許公開件数は、いずれも東北大学が首位となっています。大学などにおける特許権の実施等件数は、2012年度までの5年間で約2.5倍に増加し、実施等収入額も5年間で約2.0倍に増加しました。大学などにおける知的財産の活用が進んでいることがうかがえます。ただし米国と比べるとまだ少ない状況にあり、いかにして同様の水準まで増やしていくかが今後の課題といえます。

中小企業による2013年の特許出願件数は、3万3090件で横ばいに推移しており、日本人による出願件数(27.2万件)のうち、中小企業による出願の割合は12.2%に留まっています。ただし、2013年の中小企業のPCT国際特許出願は3133件(前年比3.9%増)と増加傾向にあり、中小企業においても事業のグローバル展開が進んでいます。特許庁では、企業が海外展開する際のアドバイザーによる支援なども実施しています。

国内の知的財産利用状況として、2012年度の特許権の利用率は51.60%、防衛目的のものを除いた未利用率は16.2%といわれています。この約20万件存在するとされる未利用の特許を、いかに活用していくかが議論されているところです。意匠権の利用率は65.8%と前年とほぼ横ばい、商標権の利用率は67.7%とやや増加傾向にあります。

特許出願技術動向調査

「特許情報」を活用した「技術動向の分析と情報発信」を行うために、特許庁では、技術の発展が見込まれる技術分野または社会的に注目されているテーマについて、特許出願動向調査を実施しています。

その調査結果は、審査官の審査基礎資料にするとともに、研究開発戦略および効果的な特許戦略の構築に資する情報として、企業や研究機関へ提供しています。また、施策策定の基礎資料として、関係府省にも提供されます。平成25年度までに184テーマの調査を実施しており、特許庁のホームページでは概要版を公開しています。

ここでは、平成25年度調査結果として、3Dプリンター、次世代二次電池、ビッグデータ分析技術について、ご紹介したいと思います。

まず3Dプリンターは、ものづくりに革命的な変化をもたらす可能性があることから、各国とも政策的な取り組みを開始しています。市場規模の急拡大が見込まれ、世界市場は、2012年の2200億円から2021年には1兆800億円となることが予測されています。

こうした中、日本勢の出願件数は欧州勢、米国勢に次いで3位となっていますが、日本勢は他国への出願件数が少ないため、必ずしも各国において優位性を保っているとは限りません。主要企業である3Dシステムズやストラタシスは、買収を繰り返すことにより、複数の付加製造方式にまたがった事業を展開しています。

3Dプリンターにおける提言として、今後は装置メーカーと材料メーカーの共同による付加製造装置・プロセス・材料の一体的な技術開発が求められます。また主要な欧米企業の技術開発動向に留意しつつ、戦略的な技術開発および知的財産戦略の実行が望まれるところです。とくにインプラントをはじめ、医療系・歯科系の市場が拡大する可能性があります。

次に次世代二次電池ですが、我が国は高機能を有するリチウムイオン電池を世界に先駆けて商品化するなど国際的な優位を保ってきましたが、近年は、コスト競争力の高いアジア勢の激しい追い上げを受けています。リチウムイオン電池の更なる高性能化と同時に、次世代の二次電池の開発も期待されています。本調査では、次世代二次電池として、(1)全固体二次電池、(2)空気電池、(3)ナトリウムイオン電池、(4)多価イオン電池、(5)硫黄系電池、(6)有機系電池を取り上げました。

特許出願動向として、2008年頃から、欧州勢からの出願増加の芽が見られます。個別の電池については、全固体二次電池(3336件)の出願件数が最も多く、次は空気電池(1251件)となっています。日本勢は、最も開発フェーズの進展している「全固体二次電池」で日本への出願が多く、他国への出願は少ない状況にあります。

次世代二次電池における提言として、全固体二次電池は薄膜型が既に実用化されており、また韓国勢は薄膜型よりバルク型を意識した出願が多いことから、今後の動向が注目されます。空気電池は、諸外国の特許出願件数が約6割を占めており、米国や欧州では支援策による助成も活発であることから、諸外国の実用化への取り組み、開発戦略を注視していく必要があります。

特許出願の方向性としては、リチウムイオン電池におけるシェア低下の経験を省みつつ、世界の市場動向や生産拠点も見据えた出願先国の選択を的確に行い、競争力強化に資する効果的な権利活用を念頭においた戦略的な特許出願を行うことが必要です。さらに、新興国の追随や権利行使の実効性も勘案し、個別技術の特徴に応じた適切な権利設定が望まれます。

ビッグデータ分析技術については、調査対象範囲を(1)「ストック系分析技術」、(2)「ストリーム系分析技術」に分け、これらに共通する技術として(3)「分析基盤技術」を加え、計3つの技術分野として捉えています。

特許出願件数はほぼ横ばいで、すべての分野において米国勢の出願がトップ、日本勢は2位となっています。ただし日本勢の論文発表件数は、特許出願件数に比べて数が非常に少ない状況です。

ビッグデータ分析技術における提言として、大手のベンダー企業(マイクロソフト、日立製作所など)の出願動向は停滞している一方、データ保有企業(ヤフー、VISAなど)の出願は増加しており、日本が優位に立つためには、ビッグデータ分析を普及させるためのデータ解析技術ならびに解析支援技術の開発強化が望まれます。

また、日本勢は「匿名化技術」や「秘密計算技術」の特許出願件数で上位を維持しているため、現在の優位性をアドバンテージとして、さらに技術開発、技術の権利化を進めることが望まれます。ビッグデータ分析の土台となる分析基盤技術における競争力の挽回も重要と考えられます。

コメント

コメンテータ:
特許庁が「世界最速・最高品質の特許審査」に向けて、さまざまな取り組みを行っていることは、日本のイノベーションにとって望ましいことです。審査の質を客観的に把握できる指標があれば、なおいいと思います。

中小企業・個人による出願について、日本(12%)は、米国(25%)や韓国(15%)に比べて低いことが特徴的であり、政策的支援が必要とされています。出願コストや司法コストの負担軽減を含め、包括的に中小企業・個人のイノベーション促進を進める必要があるでしょう。

また、「標準必須特許、特許不実施主体(NPE)対策の検討」として、年次報告書では「諸外国の動向を注視しつつ、わが国における標準必須特許等に起因する諸問題を早急に把握、関係省庁とも連携し、速やかに対策を検討する」としています。なお、欧米では競争法でも対応しています。指摘されているように、わが国でも特許庁と公正取引委員会が連携してこの問題に取り組むことが望まれます。

「出願またはノウハウ秘匿化の判断」については、年次報告書に引用されている調査によると、出願を選好する場合は、第三者による侵害が容易に発見できるもの、他社技術がさぐれるものとなっています。一方、侵害が容易に発見できないもの、探れないもの、競合他社がいないもの、開発が遅れている場合は秘匿化する企業が多いというのは、興味深いところです。「近年は情報流出の問題が深刻化しており、ノウハウとして秘匿化するよりも、むしろ出願したほうが情報流出への対策として効果的である」との回答や、「物質の分析技術の向上等により、ノウハウの秘匿化から特許出願するように方向転換を行った」との回答もあり、出願または秘匿化の判断基準が近年変化している可能性も指摘されています。技術情報の一層の保護などを検討する必要があるでしょう。

特許出願技術動向調査には、重要な技術分野での有力な特許、発明者、論文、研究者、活発な研究開発を行っている、研究機関、国などの有用な情報がたくさん詰まっています。さらに、たとえば、3Dプリンターについての冊子では、技術は、もともと名古屋市工業試験所の小玉氏が開発したが、製品化には至らず、特許も出願したものの審査請求をしないまま7年が経ったということだそうです。技術的なアイデアが産業化に至るプロセスが米国では存在しており、日本でもせっかくのアイデアを生かせる社会的な仕組みが求められる、といったこともこれからわかります。

内山氏:
特許審査結果は海外の特許庁で利用されることもあるため、迅速な審査は日本企業にとって重要と考えています。中小企業・個人の出願に関しては、費用、人材、情報の支援が求められており、費用を3分の1まで減免する制度を取り入れています。外国出願に関しては、都道府県の中小企業支援センターに対する補助金を介して支援しています。さらに47都道府県(57カ所)に知財総合支援窓口を設置し、昨年度は約15万件の相談支援を行いました。また、NPEに関しては、ご指摘のありました競争法との関係についても調査研究を行うことを予定しています。

質疑応答

Q:

日本は、審査の質が高いがゆえに権利化しにくい面があるため、世界の実態を踏まえて、一定のスタンダードに落とし込んでいくという戦略も必要ではないでしょうか。そういったバランスのとり方が見えていないように感じています。

A:

まずは審査を迅速化し、海外へ発信していくことが重要と考えています。質が高い審査結果を世界各国に発信することで、日本企業が進出しやすい環境となることを期待しています。

Q:

大学において知財に関する目立った動きなどがあれば教えてください。

A:

現在、大企業の特許を中小企業において活用するといった動きに関心が集まってきています。大学も技術シーズを多く保有していることから、この動きに関心を持つ大学が現れてきています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。