8Kテレビが拓く新たな時代

開催日 2014年8月29日
スピーカー 黒田 徹 (日本放送協会放送技術研究所長)
モデレータ 三浦 章豪 (経済産業省商務情報政策局 情報通信機器課長)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

次世代のテレビ放送として、いわゆる4K・8Kと呼ばれる高精細度テレビジョン放送が世界的に話題となっています。
日本でも衛星放送を利用して、2014年6月より4Kの試験放送が開始され、また2016年より8Kの試験放送が計画されています。
8Kは、現在のハイビジョンの16倍の精細度を持ち、あたかも本物がそこにあるような実物感と、その場に入り込むような臨場感をあわせもち、究極の2次元テレビとして開発が進められてきました。
それがいよいよ放送電波を通して、ご家庭に届く日が近づいています。
既に、2012年のロンドン五輪、2014年のソチ五輪、さらにはブラジルワールドカップなど、様々な大規模スポーツイベントの際に日本の各所でご覧いただきました。
放送のみならず、その精細度から、教育、医療、広告媒体としても注目され始めた8Kについて、その概要と今後の展開についてご紹介いたします。

議事録

テレビの進化

黒田 徹写真放送技術の歴史として、ハイビジョンや地上デジタル放送など、これまでNHK放送技術研究所(以下、技研)で研究開発してきたものが、実際に皆さんのご家庭に届いています。今後、2016年には8Kの試験放送が開始され、2020年の東京オリンピックの際の本格普及を目指し、ご家庭で楽しめる環境を整えていくというロードマップが示される見込みです。

第1世代の白黒から始まったテレビは、第2世代になるとデジタル信号化を含めて機能面が大きく向上し、データ放送も始まりました。さらに第3世代といえる8Kは、100Gbpsの大容量の情報を放送として送ることを考えているところです。

コンテンツ

カメラが小さくなったこともあって、すでに色々なタイプの8Kコンテンツを撮り始めています。海外にも出て行き、リオのカーニバルや、水中撮影映像、ドラマ系のものなど、コンテンツは多岐にわたります。その中で、難しいことが2つあります。

1つは、これまでのハイビジョンの場合、アップ中心で色々な切り替えをするのが基本的なドラマの作り方なのですが、8Kでそれをやり過ぎると違和感がでてくるのです。私たちは通常、周囲を見るとき、見たいところを見て、見たい人の顔に注目するわけですが、8Kはあまりにもリアルで実物感があるため、画面を切り替えられてしまうと、自分の見たいところは「そうじゃないよ」という感じになります。

ですから、お芝居のように全体を俯瞰して撮り、視聴者側は自分が見たいところを見るというのも1つのやり方だと思います。固定カメラで「好きなところを見てください」という撮り方や、従来のハイビジョンのように、切り替えや、ズームをしながら撮るやり方など、色々な方法を試す中で、8Kコンテンツの最適な作り方がわかってくると思います。

もう1つ難しいのは、ピントです。カメラのファインダーでは、8Kの精細さがわからないのです。大きな画面で再生してみると、カメラマンはピッタリ合っていると思って撮っても、実際にはピンボケになっているというケースもよくあります。そのため、自動でピントを合わせることも補助的にやるのですが、例えば前にいる人物にピントを合わせるケースや、後ろの観客に合わせるケースなど、カメラマンの意思やディレクターの考え方によってピント合わせは変わります。それは自動でやるわけにはいきませんから、中継車に8Kのモニターを置いて、そこでピントを合わせるのです。つまり、リモートでやっています。

昨年9月にミラノ・スカラ座来日公演「リゴレット」を劇場中継しました。その当時、劇場用カメラが1台しかないこともあって固定カメラで撮ったところ、劇場においては、その撮影方法が非常に適していると感じました。その他、文楽「曽根崎心中」の撮影では、複数のカメラを使って色々な角度から撮るというやり方もしています。今年幕張メッセで開催された「宇宙博2014」では全編CG制作した8Kコンテンツを上映しました。

スポーツイベントと8K放送

放送は、オリンピックのたびに進化をしてきた経緯があります。ロンドンオリンピック(2012年)で初めて8Kのパブリックビューイングをロンドンから生中継し、観客席にいるのと同じ感覚だという感想が寄せられました。今年開催されたソチ五輪やFIFAワールドカップ(ブラジル)でも、8Kパブリックビューイングを行いました。

いよいよリオ五輪(2016年)では、8Kの試験放送が行われます。衛星を使って中継し、各地域のNHKには8Kのディスプレイを設置し、ご覧頂ける環境を整えたいと思っています。そして2020年の東京オリンピックには、家庭でスタジアムにいるのと同じ感動を与えたいということで、本格的な普及を想定しています。

ロンドンオリンピックでは、陸上男子100mの決勝でウサイン・ボルトが優勝したときに、競技に支障はなかったのですが、ペットボトルを投げ入れた観客がいました。それをたまたま8Kで撮っていたのですが、その観客の顔や投げ入れる瞬間もバッチリ映っていました。16倍の精細度が力を発揮したわけですが、セキュリティや競技判定といった役割もあり得るかもしれません。

精細度が高いということは、スポーツ解析や科学解析など、いろいろな用途に使えることが考えられます。観光、情報、出版、広告などの産業活性化にもつながります。また、デジタルシネマ、ゲーム、設計、デザインをはじめ、医療・健康、教育・学術、美術館、ビジネス応用など、オリンピックで8Kが花開き、文化もより豊かになることでしょう。

家庭への導入

では、70インチ、80インチの大画面ディスプレイが本当に普及するのでしょうか――。テレビが高画質化したからといって、皆さんが買い替えをしようという気持ちになるかというと、おそらくならないと思います。デジタル化のときは、2003年で地上デジタルが始まって、2011年に移行が終了するといわれましたが、私は無理だろうと思っていました。1億台以上普及しているすべてのテレビを買い替えることになるからです。

しかし、結果的にはうまくいったわけです。ブラウン管という箱のようなテレビから、液晶、プラズマという薄型のテレビに変わり、これまでは部屋の角に置いていた状態から、壁に平行して設置されるようになりました。そのため、大きな40インチ、50インチでも家庭に置けるようになったわけです。それが新しい体験となって、買い替え需要も促進されたのだと思っています。

現在、我々が研究しているのは、シート型ディスプレイです。プラスチック基板の上に発光体をつけ、薄くて軽くて、場合によっては丸めて持ち歩き、壁にペタッと貼る。そういうものができれば、また変化が起こるだろうと考えています。

それを想定しつつ、70インチぐらいの大きさの模造紙に写真を印刷して、技研の若手たちが自宅に持って帰ってみました。すると、違和感なく貼れるということが分かりました。70インチでもシート型になれば、家庭への導入の可能性もさらに広がってくるものと期待しています。それに向けた研究を進めているところです。2016年に試験放送するためには、来年ぐらいからは実験電波を発射する必要が出てくると思っています。

8Kがもたらす未来

8Kを家庭のリビングで楽しむことに加え、欧米に普及しているホームシアターという形で劇場中継などを楽しみ、さらにさまざまなビジネスシーンでも使えます。街頭では、大画面広告のデジタルサイネージとしての応用が考えられます。

美術館では、所蔵品以外の絵画などをスーパーハイビジョンで展示することが可能となります。九州の博物館では、すでに導入しています。学校でも、会社でも、いつでも、どこでも楽しめるようになります。

時間解像度120Hz、12bit/画素、広色域、8Kの空間解像度に基づいて、色々な応用が可能となりますが、我々は放送事業者として、あくまでも放送を通じて皆さんに感動をもたらしていきたいと考えています。それ以外の応用分野については、専門家と相談しながら検討しているところです。一例として、心臓バイパス手術の模様をスーパーハイビジョンで撮ったところ、細い糸までよく見えるということで、教育分野や遠隔医療の分野での活用も期待されています。

理化学応用として、8K高解像度カメラ+超高精細ディスプレイによる分析によって、120フレーム/秒の過渡応答で全体から極小までを同時に観察できるようになります。また、ビッグデータに関しては、高解像度の非構造化動画を認識技術などで構造化し、メタデータを付与することができます。たとえば8K映像に、個人や物体の属性といった新たな価値を付加することが可能となります。

スーパーハイビジョン&ハイブリッドキャストは、放送と通信のよさを生かして画面に表示するということです。マラソン中継の場合、複数の中継車が撮った映像をそのままインターネットで流しつつ、主画像は放送として本線で流し、それらを一画面に表示するといったことも、高精細な8Kのディスプレイでは非常に見やすくなります。まだ8Kの機材は限定されていますが、これから放送が始まっていくにしたがって、8Kの放送チェーンの裾野が広がっていくものと考えています。

質疑応答

Q:

日本よりもマーケットの大きい海外での取り組み状況について、ご説明ください。また2020年に向けて実現していくにあたってハードルになるのは、どのようなことでしょうか。

A:

海外の衛星放送はほとんど有料のため、放送事業者が直接運用するよりもコンテンツを買って有料展開することで成り立っている状況があります。このことから、海外の放送事業者が放送というと地上の放送を中心に語られます。米国では、デジタルハイビジョン放送の次のステップとして、ATSC 3.0(第3世代)の規格化について、今まさに議論が進められているところです。

その中で4K、8Kをいかに導入するかという話も出ていますが、地上では周波数の制約が大きいため、とりあえず4Kを地上で放送しようという動きが進んでいます。韓国や欧州でも実験的に行われています。ただし8Kは、残念ながらまだ日本だけという状況です。

技研では、地上で8Kを1つのチャンネルで伝送する実験を行い、可能性は見えているものの、絶対的な周波数が足りません。今後、4Kで始め、8Kに移行するなど、さまざまな可能性を検討していくことになります。海外は比較的4K中心ですが、まだ普及するレベルには到達していません。

2020年に向けてのハードルについては、正直なところ全部がハードルといえるかもしません。これから先は、受信機メーカーにリーズナブルな価格で受信機を視聴者に提供していただく必要があります。ある程度の開発投資も必要となりますので、普及ということを考えるのがつらい部分だと思っています。

Q:

今の学生はテレビをほとんど持っていません。この8Kテレビが出ることによって、人々がテレビに戻ってくることを想定されているのでしょうか。それとも、これまでのテレビとは違う方向を目指しているのでしょうか。

A:

放送事業者にとっての一番の危機感は、「若者のテレビ離れ」といわれています。いい番組をつくっても、テレビを持っていない。テレビを観る機会が少ないわけです。我々の調査でも、10代の半数以上は1週間のうち1回もテレビを観ないということです。しかし、動画に対して興味がないわけではなく、PCやスマホ、タブレット端末で十分だという感覚を持っています。そういう人々のほとんどは、画質に対する興味もありません。高画質になったからいいという感覚は、おそらくないと思います。

そこで、スーパーハイビジョンの取り組み以外に、インターネットとの連携を常に意識しています。放送のコンテンツをネットで流すだけでなく、SNSなどを通じて面白い番組が話題になることで、いかにテレビに誘導していくかを考えていきたいと思います。また、ハイブリッドキャストを活用して、テレビを観たくなるよう誘導も図っていきます。まずはテレビに戻ってきてもらうために、タブレット端末でも観られる技術的な仕組みも考えていきたいと思います。

Q:

新しい8Kテレビの世界が開けてくる中で、テレビメーカーをはじめとする日本の産業への優位性や波及効果について、どのようにお考えでしょうか。

A:

現状として、8Kの本格的な放送を目指しているのは日本だけです。国内のメーカー各社と共同で研究した部分も多いので、そのアドバンテージをうまく使ってリードしていただきたいと思います。我々としても、8Kの海外への展開に一生懸命取り組みますが、再び日本のメーカーが世界の一流ブランドに返り咲くことを期待しています。とくにカメラや編集機といった制作設備では、日本のメーカーは世界のトップを走っていますので、それも生かしながら受信機の産業展開を図っていただきたいと思います。

モデレータ:

私見ですが、テレビが4K、8Kとなっていく中で、どういうポジショニングをとっていくかは、よく考えていくべきだと思います。日本が組み立ての部分で勝負するのは難しいので、心臓部になるチップで勝負をするなど、今後各メーカーとも議論しながら考えていく必要があると思います。

Q:

8Kの多面的な革新技術を考えると、ハイビジョンのときよりも技術波及ははるかに大きいように思います。日本の産業全体の底上げにつながるような効果はあり得るでしょうか。

A:

現実的に、多面的な広がりにつながる具体的なオファーはまだありません。しかしハイビジョンについても、最近では、スマートフォンにハイビジョンのカメラが付いているのが普通になっているなど、自然に溶け込んでいる現状があります。スーパーハイビジョンになると実物感が高くなり、いろいろな展開の可能性があると思っています。パブリックビューイングをはじめ多くの専門家にご覧いただき、発展していけばいいと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。