平成26年度 年次経済財政報告書 ―日本経済の潜在力を高める―

講演内容引用禁止

開催日 2014年7月31日
スピーカー 増島 稔 (内閣府官房審議官(経済財政分析担当))
コメンテータ・モデレータ 片岡 隆一 (RIETIコンサルティングフェロー/財務省大臣官房参事官(主計局担当))
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本年度の経済財政白書では、「日本経済の可能性を広げるにはどうすればよいか」という問題意識から、経済財政を巡る課題について、現状の把握と論点の整理を試みる。第一に、消費税率引上げや大胆な金融政策による影響を整理するとともに、経済成長と財政健全化の両立に向けた課題を分析する。第二に、物価の基調を点検し、物価上昇の持続性を検証するとともに、所得・賃金の動向と時間当たり賃金を巡る課題を分析する。第三に、経常収支の赤字が示唆する論点を整理し、我が国経済が内外で付加価値を生み出していくための産業の課題について考察する。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

第1章 回復基調が続く日本経済

増島 稔写真消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の影響を受け、個人消費は大きく増加しました。4月以降、反動減により個人消費は大きく減少し、耐久財では反動減の影響がなお残るものの、それ以外は徐々に持ち直しています。住宅投資は、5月の時点でまだ減少が続いています。

消費の駆け込み需要は、耐久財を中心に2兆円台半ばから3兆円程度とみられ、前回1997 年の消費税率引き上げ時と比べて大きくなりました。今回の消費税率引き上げ幅は前回より1.0ポイント大きかったため、その影響が出ていると考えられます。

実質雇用者所得は、ベースアップを反映して4月に所定内給与のマイナス幅が縮小しています。ただし、物価上昇の影響を相殺するためには更なる所得の改善が求められます。

消費税率引き上げなどによる家計負担の増加は、社会保障給付の増加などによって一定程度軽減されているため、前回引き上げ時よりは小さくなっています。今後の消費の回復には、所得の着実な増加が重要です。

製造業の生産は弱い動きとなっており、6月は3%強減少していますが、7~8月にかけては回復していくと見込まれています。当初の予想よりも、回復はやや遅れています。

我が国の長期金利は、海外金利、国内株価、予想物価上昇率のいずれと比べても、低位に抑制された状態が続いています。前回の「量的緩和政策」の実施期間中は、貸し出しなど銀行のリスク資産が減少したのに対し、今回は増加しており、ポートフォリオ・リバランスが進みつつあります。貸出先をみると、最近では業種や規模が広がり、中小企業などへも波及している状況です。

経済成長率が高いほど債務残高対GDP比は低下します。財政健全化のためには、デフレ脱却と成長戦略の着実な実施により、名目成長率を高めることが重要といえます。経済成長を下支えする財政健全化策としては、税の歪みの削減や労働供給を高める歳出削減策への取り組みが有用です。

社会保障費は、経済成長率を大幅に超えて増加しています。そのうち、医療費の伸びの主因としては、調剤医療費、入院医療費の増大が挙げられます。調剤医療費の増加には投薬数量の増加が寄与しており、薬価の算定方式見直しや、保険適用の評価における費用対効果の観点の導入などを検討する必要があります。

第2章 デフレ脱却への動きと賃金をめぐる論点

2012年秋以降の円安方向への動きを起点に、物価は緩やかに上昇しています。円安の動きに伴い輸入物価は上昇し、国内企業物価から消費者物価へと徐々に転嫁しています。消費税率引き上げの直接の影響を除くと、コアコアCPIも引き続き緩やかな上昇基調にあります。輸入物価による押上げは一巡し、今後、予想物価上昇率の高まりや需給ギャップの縮小が消費者物価の上昇に寄与することが期待されます。

コストが10%上昇した場合、販売価格に転嫁する企業の割合は、製造業でも非製造業でも1年前と比べて増加しており、コスト上昇時の企業の価格設定行動に変化の兆しがみられています。

日本のサービス価格の上昇率は、2013 年秋以降、高まっているものの2%台前半の米国や1%台半ばのユーロ圏に比べると依然として低めといえます。足下では、逆に日本のサービス価格は上昇しており、これがデフレ脱却に向けた動きの大きな要因となっています。その背景として、外食、建設などの人手不足感も影響しています。

景気回復に伴う雇用者数の増加、所定外給与と特別給与の改善を背景に、我が国全体の名目雇用者所得は緩やかに上昇しています。今回の景気拡張期の名目雇用者所得は、過去と比べても堅調に回復しているのが特徴です。2013 年後半以降、一般とパートタイム労働者の時間当たり賃金は上昇傾向にあります。多様な働き方を促進する中で、時間当たり賃金が生産性の上昇に伴って高まることが重要といえます。

企業規模を問わず、ベースアップの実施を見込む企業の回答割合が2013 年度から2014 年度にかけて上昇しており、中小企業でもベースアップの動きは着実に広がっています。建設業は、復興需要の継続に伴う労働需給の逼迫や公共工事設計労務単価の引き上げという制度要因もあって、ベースアップを見込む企業が大きく増加しています。

労働生産性の上昇に対する労働の質の相対的な重要性が高まっており、労働生産性を向上させるためには、熟練の蓄積などを通じて労働の質を持続的に高めていくことが課題となっています。労働時間規制の見直し、労働移動支援型の政策対応などによって働き方の柔軟性や雇用の流動性を高め、それを労働生産性の向上、実質賃金の上昇につなげることが重要です。

また、人材育成を実施する産業ほど賃金カーブの傾きが大きくなる傾向がみられ、人材の定着に課題がある産業ほど、賃金カーブの傾きが小さい傾向があります。労働生産性を向上させる中で、優秀な人材の確保や定着を図り人的資本を蓄積することが重要といえます。

我が国の高齢者の労働力率は、OECD諸国の平均値を上回って推移しています。子育て世代の女性の労働力率は上昇傾向にありますが、主要先進国や北欧諸国の水準まで改善の余地があります。北欧諸国では、日本に比べ「教育」および「医療・介護」の分野で女性の従事者が多くなっています。

第3章 我が国経済の構造変化と産業の課題

デフレ脱却へ向けて着実に進む中で、家計部門と企業部門の貯蓄超過は縮小しています。経常収支の赤字の背景には、こうした貯蓄投資バランスの変化があります。また、経常収支の赤字は、需給バランスの観点からは、デフレ下で隠されてきた資本と労働の供給制約という課題を示唆しています。

リーマンショック後、円高方向への動きが進む中で、我が国製造業では海外生産の拡大が進むとともに、新興国との競争激化もあって非価格競争力が低下しました。製造業の比較優位と外で「稼ぐ力」(付加価値を生む力)は大きく変化しており、一部の業種で供給制約が顕在化する中で、今後とも財輸出で「稼ぐ力」を高めていくためには、比較優位を維持する資本財などの強みを生かしていくことが重要といえます。

主要国では知識集約的なサービスに強みを持つようになっていますが、日本のサービス部門は海外需要の取り込みが限定的となっており、とくに他の主要国と比べて、「その他サービス」の分野に大きな違いがみられます。日本のその他サービスの受取りの柱は知的財産権等使用料ですが、現地法人向けが中心とみられ、サービス貿易を通じて「稼ぐ力」を高める余地があります。

対外資産残高と収益率の推移をみると、必ずしも世界的にみて著しく弱いわけではありませんが、米国に比べると低い状況にあります。対外資産に占める直接投資の割合を引き続き高めるとともに、債券中心となっている証券投資の構成を変えていくことにより、対外資産を通じて「稼ぐ力」を改善する余地があるといえます。

2000 年からの輸入価格上昇は、鉱物性燃料価格の上昇が大半を占めています。大震災後、鉱物性燃料などの輸入数量の増加もあって輸入金額が輸出金額を大幅に上回っていることから、エネルギー価格上昇に伴う所得流出リスクは増大しています。

グローバル市場と我が国産業の課題として、企業は、国内外の生産工程を見直し、複数国にまたがって財やサービスの供給・調達を行うグローバル・バリュー・チェーン(GVC)を構築し、国内外の生産工程を最適化していくことが重要です。中間財・サービスだけでなく、生産設備や業務用機械などの資本財の供給・調達を通じてGVCへの参加度を高めていくことも重要でしょう。

これまでのところ、我が国企業はICT関連サービスを中心として外部化を進めていますが、米国やドイツに比べ、コンサルティング・会計・法務などの専門職サービスの活用に遅れがみられます。今後、専門職サービスの活用を進め、企業の組織改革や新陳代謝の促進につなげていくことも重要と考えられます。

国内で付加価値を生み出すためには、個人向けサービスが重要です。高齢化により医療・介護などへの需要は増加し、人口減少により小売、飲食への需要が下押しされています。一方、旅行関連需要は増加しています。個人向けサービス産業は、人口減少と高齢化による需要の変動に対応していく必要があります。

単身高齢者世帯では、家の中の修理、掃除、買い物などの生活支援サービスへのニーズが高く、医療・介護周辺産業への多様な主体の参入を一層促進していくことが重要です。また、日本では医療に占める公的保険の役割がOECD諸国の中でも高く、民間医療保険の役割はかなり限定的な状況となっています。

個人向けサービス産業は、地方経済の自立にとって重要な役割を担っています。卸小売業などの集積効果を高めていくことも、地方経済の自立性の向上に寄与すると考えられます。

おわりに

日本経済は、駆け込み需要の反動が薄れ、政策効果が発現する中で、緩やかに回復していくことが期待されます。中国経済の減速、アメリカの量的緩和縮小の影響、地政学的リスクなどに留意するとともに、駆け込み需要の反動が長期化しないか注視する必要があります。

経済政策が景気回復を下支えしているわけですが、金融政策の「出口」が意識されるようになった場合は、一層慎重なコミュニケーション戦略が求められます。デフレ脱却と持続的な賃金上昇に向けた課題としては、労働生産性の上昇を通じた実質賃金の改善が重要です。そのためには、企業内外の人材育成を通じて労働の質を高めることや、雇用の流動性や働き方の柔軟性を高めることが求められます。

供給制約を克服するには、生産性を高め、国内外の資源を最大限に活用していく必要があります。比較優位の変化に柔軟に対応し、付加価値を生み出す力を高めるには、日本の持つ強みを活かしていくことが必要です。

同時に、幅広く稼ぐという意味で、サービス輸出にも拡大の可能性があります。高齢化によるニーズの変化に対応し、課題を新たな需要につなげていくことも重要です。

コメント

片岡氏:
2020年、2030年代を見据えた財政の健全化を考えると、財、サービスなどの輸出について、国内でどれだけ供給できるかが大きな課題だと思います。さらに投資と組みわせてさまざまな産業をサービス化し、グローバル化を進めながら成長していくためには、投資収益の向上も求められます。そのためには、個々の企業、産業の稼ぐ力を超えて、日本経済全体のマクロでの稼ぐ力を高めていくことが重要な要素だと思っています。

人口減少・高齢化の問題がとくに地方で深刻化する中で、「まち・ひと・しごと創生本部」の設立準備室が内閣官房に設置されたところですが、まさに地域経済の持続可能性、成長にしっかりと取り組んでいくべきであるという示唆をいただいたと思います。

村上氏:
2点、質問したいと思います。第1に、足下では消費の反動減も和らいできたようですが、本年度全体を前年度の状況と比較するためは、どこに着目すべきでしょうか。第2に、円高が修正されても輸出が伸び悩んでいることについて、どのように分析されていますか。

スピーカー:
消費の動き自体は、長い目で見ると実質賃金に規定されていると思います。消費者物価指数(CPI)の上昇を取り戻すほどの賃金上昇は、少なくとも年度内では難しく、ある程度持続的に賃上げの前向きな循環が続いていく必要があると思っています。社会保障給付の増加などが下支えすることで、消費の落ち込みは避けられるとみています。

円安の短期的な効果が輸出に表れなかった要因としては、米国や欧州向けの輸出は底堅く推移したものの、アジア(中国以外)向けが低迷した点が挙げられます。東南アジア主要国は総じて堅調な経済成長を続けていますが、設備投資(総固定資本形成)は2013年に入って弱い動きになっています。日本との貿易関係が強いタイの政治的な混乱による経済成長率の低下、内需の落ち込みなども影響していると思います。円安の効果は一定程度出ているものの、それを上回るネガティブな影響が出ているのが短期的な動きといえます。

リーマンショック後、製造業では海外生産が拡大しました。たとえば自動車メーカーはメキシコを中心に工場を立ち上げたわけですが、米国向けの自動車輸出が弱くなっているのは、そういった海外生産移転による代替の効果だと思います。数量よりも収益重視の企業の価格設定行動が影響している面も指摘できます。

質疑応答

Q:

経常収支改善に向けて、エネルギー効率を高める政策的な対応は早急に必要とお考えでしょうか。

A:

経常収支赤字化は、エネルギーの輸入量よりも価格の上昇が要因といえます。原発が稼働すればエネルギー輸入金額を3.6兆円減少できるという試算もありますが、震災後の省エネルギーの進展による需要減少分を勘案すると2兆円程度と見ています。いずれにせよ、エネルギーの供給構造の多角化や契約の見直しといった努力をする余地はありますので、なるべく早く対策を講じるべきでしょう。

片岡氏:

日本のエネルギー需給構造の特徴として、近年、天然ガスが増加しています。その平均的な輸入価格が諸外国と比べて3割程度高いため、それを是正できれば2~3兆円削減することも可能です。日本が省エネによって鉱物性燃料を買わなくなると宣言することで、国際価格が下がる可能性もあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。