【ベンチャー・シリーズ第4回】大学発ベンチャーによるイノベーションの創出

講演内容引用禁止

開催日 2014年6月19日
スピーカー 関山 和秀 (スパイバー株式会社代表執行役)
モデレータ 塩瀬 隆之 (経済産業省産業技術環境局産業技術政策課課長補佐)
開催案内/講演概要

石油枯渇が懸念されるなか、化石資源に変わる持続可能な資源へ転換することは当然として、製造工程におけるエネルギー効率を高めた新たなプロセスで開発できるポリマー材料が求められています。スパイバーでは、次世代の革新的な素材として注目されている「クモの糸」の産業化を目指しています。近い将来、「QMONOS」という人工クモ糸素材を足がかりに、人類がタンパク質を素材として使いこなす時代を切り拓きます。それは必ず、石油に依存しない持続可能な社会の実現への大きな一歩となります。ベンチャーBBL第4回目の今回は、スパイバー株式会社代表執行役の関山 和秀氏をお招きし、スパイバーのこれまでの取り組みを踏まえ、イノベーションを加速させるためのアイディアを提起していただきます。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

クモの糸

関山 和秀写真山形県鶴岡市に慶應義塾大学先端生命科学研究所がありますが、そこに隣接する鶴岡市のインキュベーション施設の1室から、当社は始まりました。当時は3人で起業しましたが、現在は出向者を合わせて60人になっています。

私たちは、クモの糸を研究しているベンチャー企業です。クモの糸の一番の特徴は、強靭性です。防弾チョッキに使われているアラミド繊維やボーイング787に使われている炭素繊維、ハイテン鋼などと比べても圧倒的に強く、伸縮性にも優れた超高機能材料であることがわかっています。

地球上には何万種類というクモが生息しており、それぞれ違う特徴を持っています。クモごとに出す糸が違う上に、1匹のクモが用途によって7種類ほどの糸を使い分けます。そもそもタンパク質の分子自体が異なり、多様性が生み出されています。

かつて、米軍が多額の資金を投入し、カナダのバイオベンチャーと共同研究をしていましたが、なかなかうまくいきませんでした。現在でも、米国、ドイツ、スウェーデン、英国をはじめとする国々の軍需関係企業や政府、大学、ベンチャー企業で研究開発が進められていますが、工業化には結びついていません。

工業化のアプローチ

クモは、蚕のように家畜化することができません。1匹のクモから1種類の糸だけを大量に巻き取ることも困難です。そこで、クモの糸のタンパク質をコードする遺伝子を宿主となる別の生物に導入することで、その生物をホストとして、主成分のタンパク質を大量に合成しようというのが、基本的なアプローチです。

私たちは、その宿主として、微生物を使った組み換え技術を開発しました。その微生物にタンパク質を大量に作らせ、抽出したタンパク質を溶かして繊維化していくわけです。米軍は、ヤギの乳腺にクモの糸の遺伝子を組み込み、絞ったミルクの中からタンパク質を抽出するという方法で実用化を試みていましたが、それではコストが見合いません。私たちは、産業化のためには、微生物を用いた生産プロセスが必須と考えて研究を進めてきました。

生産性が高く目的の物性を満たすような材料を模索していく中で、現在、第7世代から第8世代の遺伝子で候補分子を設計・評価しています。その結果、当初の3000倍の生産性を実現しています。

研究を始めた経緯

私がこの研究を始めたのは、2004年の慶応大学環境情報学部時代でした。また高校生の頃から、将来は自分たちで事業をやりたいという話ばかりしているような学生で、どんな事業をすべきかをいろいろ考えていたものです。

その結果、やはり世の中で一番大きなニーズは、エネルギー問題、環境問題、食糧問題といった人類や社会が抱える課題の解決であり、そのためのソリューションを提供する事業は、社会に与えるインパクトも大きく、世の中の役に立つ大きな事業になるだろうと思っていました。

高校3年生のときに、たまたま慶大先端生命研の冨田所長の話を聞く機会がありました。冨田先生は、まさに「人類規模の課題の解決には、バイオテクノロジーがキーになる」と熱く語られ、それを聞いた私は、「もう絶対にバイオだ」と感化されたわけです。

その場で冨田先生のところへ行き、駅までカバンを持たせて頂きながら、環境情報学部を訪問するアポイントメントを取り付けました。後日訪れると、冨田先生は、鶴岡市の慶大先端生命研の構想を語ってくださいました。そして慶應大学環境情報学部へ進学し、冨田研で研究を始めることができました。

スパイバー設立

山でジョロウグモを捕ってきて、液体窒素で凍らせ、すり鉢で潰してDNAを採るところから始めたのですが、ようやく修士を卒業する間際、少量ながら微生物を使ってタンパク質を作らせることに成功しました。そして手作りの装置で、初めて数ミリの繊維化に成功したとき、これで起業しようと考え、博士課程に進学すると、9月に3人で会社を立ち上げました。

その2人は、一緒に研究をしていた菅原と、高校生のときに起業について語り合っていた水谷です。水谷は当時、会計士としてトーマツに勤務していましたが、「ようやく人生をかけられるテーマが見つかったから事業をやろう」と話したところ、彼は会社を辞め、3人で起業することになりました。

はじめは1000万円しかなく、研究機器など何も買えない状態でした。そこで、さまざまな助成金に応募して得た1800万円を元手に、インキュベーション施設の1室を借り、スタートしました。

2008年10月には、1~2cmの糸ができるようになり、2009年初めには1~2mと伸びていきました。この年の終わりには、毛束ができるぐらいの繊維を作れるようになり、そうなると、微生物を使って繊維化できるということを、いろいろな方々が信用してくれるようになりました。

その頃、初めて、ベンチャーキャピタルから総額3億円の資金調達をすることができました。それまでは役員報酬はゼロで、皆でアルバイトや奨学金で凌いでいましたが、このときから少しずつ給料をもらえるようになりました。

こうして設備投資や人材投資を行えるようになり、技術も向上していきました。昨年には、織物を作ってドレスを仕立て、六本木ヒルズで発表することができました。これは国内外から注目を集め、フォーチュンやウォール・ストリート・ジャーナルにも、大きく取り上げられています。現在、問い合わせの半分以上は海外からで、採用活動でも海外からの応募が増えています。今年は、初めて日本語をまったく話せない人が入社予定です。

グローバル展開に向けて

現状として、繊維化の要素技術はかなり確立しており、実用化のメドも立っています。また、このタンパク質を使って、繊維だけでなくフィルムやスポンジ、ゲル、ナノファイバーのシートに応用する要素技術も並行して開発しています。

いよいよアプリケーション開発までできる設備が必要となり、昨年、プロトタイピングスタジオを立ち上げました。トヨタに自動車部品を供給している小島プレス工業との共同で、昨年11月に無事に稼働し、現在も試作品の開発や量産技術の開発を進めています。

グローバル展開していくにあたって、この材料の用途について、よく質問をいただきますが、それはナンセンスだと思います。価格さえ下がれば、幅広いところで使えるようになるからです。ナイロンやポリエステルよりも、このタンパク質ベースの材料でカバーできる物性の範囲は圧倒的に広いので、ナイロン並みに価格が下がれば、あらゆる分野で普及していく基幹材料になると考えています。

そもそも、組み換え技術を使ったタンパク質ベースの材料を工業化すること自体、世界でも初めての試みです。ですから、まずは研究開発の拠点を山形県の庄内地域に集積していくことを、第1ステップにしたいと思っています。まずは、先進国メーカーのR&D向けの供給を開始していく予定ですが、情報流出を防ぐ観点から、サンプルの評価は基本的に拠点内で完結する環境を整えていく計画です。

すでに海外企業に来ていただき、評価に立ち会ってもらうことも始めています。そして最終的には、バイオマス資源が豊富な地域で量産工場を作り、汎用製品に使える材料として展開していきたいと考えています。

「会社」は「社会」のためにある

クモの糸ベースの材料だけでも、1兆円を超える売り上げに成長するポテンシャルがあります。その他、タンパク質ベースの材料もたくさん作ることも可能ですから、10兆、20兆円という大きな産業を創出することも可能でしょう。

大事なポイントとして、日本が今、この分野にしっかり投資していけば、間違いなく新産業のイニシアチブを担っていけるはずです。昨年、米国、ドイツ、スウェーデン、英国を訪問し、情報交換をしてきましたが、当社が最も進んでいるという実感を得ることができました。

私たちの特徴として、若手とシニアのチームで研究をスタートしたことが挙げられます。幸い日本は、発酵や繊維の分野に強いため、国内の繊維産業を立ち上げてこられたようなスーパーエンジニアの方々を文献で調べ、全国各地を回って協力を得ることができました。

こうしたシニアの方々が、給料よりも、やりがいを感じてボランタリーに取り組んでくださり、本当に感謝しています。一方で若手は、専門分野こそありませんが、馬力と吸収力があります。給料も安いので人件費がかからず、かつ馬力と知恵と経験のあるチームでスタートすることができたことは、非常によかったと思っています。

また、当社が一番大事にしているのは、“「会社」は「社会」のためにある”という理念です。限られたリソースを使って、どうやって最大限の社会貢献ができるか――。この考え方が社内でしっかり共有されているため、判断基準や軸がブレることはありません。クオリティの高い情報は全メンバーで共有し、皆が経営判断できる体制になっています。

質疑応答

Q:

研究開発型発のベンチャーとして、研究者のシーズと社会のニーズの間のコミュニケーションが難しいと思うのですが、それを両立できた鍵は何だったのでしょうか。

A:

「この研究が面白いからやる」という研究者的な発想は当社の中になく、あくまでも社会的なニーズとして、課題を解決するソリューションを開発するために、どうすればいいのかを考えてきました。近い将来、このタンパク質ベースの材料が基幹素材になったときに、どういう技術を持ち、何を抑えているところが産業のイニシアチブをとっていくのかを考え、いま何をすべきか、というところからスタートしています。

「私は、この分野の専門です」ということがなく、知識も経験も専門性もない若いチームで始めたので、これまで聞いたことのない学問分野でも抵抗なくゼロから勉強できたということも、大きかったと思います。大学では、冨田先生をはじめ一部の先生たちからは存在を黙認されていましたが、基本的にアカデミックの先生方からは、まったく評価されず、喧嘩ばかりしていました。

Q:

クモの糸のタフさは、どういうところに応用できるのでしょうか。

A:

たとえば、米軍が考えていたような防弾チョッキなどの防護衣料、自動車のボディやシートベルトなど、用途はたくさんあります。タンパク質の特徴として、20種類のアミノ酸からできており、その中にはいろいろな官能基を持っているものがあります。それを入れていくことで、特定の樹脂と複合化し、分子レベルで密着させることが可能です。

Q:

鶴岡市に拠点を置いたメリットについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

まず、会社としての信頼を得る上で、慶應義塾大学先端生命科学研究所の隣で起業したメリットはたくさんあると思います。リクルートに関しても、先端研の優秀な若いメンバーと理念を共有しながら進めることができました。

地方という点では、大きなメリットばかりで、デメリットはほとんどないと思っています。研究開発型の企業のため、雑音が少なく、住環境・生活環境のいいところで、じっくり取り組むことができます。また、山形県鶴岡市という地方都市で働くということがハードルになり、志の高い人しか集まらないという、スクリーニングの効果もあると思います。

Q:

最近、ものづくりの力はあるけれども、何を作ればいいのかわからないという日本の企業が増えてきた中で、昨年、プロトタイピングスタジオを開設された思いをうかがいたいと思います。

A:

「プロトタイピング」には、アプリケーションのプロトタイピング、材料としてのプロトタイピング、生産装置としてのプロトタイピングなど、いろいろな意味があります。とにかく製品を作るのではなく、まずは試作をして、トライ・アンド・エラーを繰り返していく。

冨田先生はアートに対する造詣が深い方で、サイエンスを作品のようなイメージでとらえるところがあります。そういう意味で、新しい時代の作品ととらえられるほど画期的なものを作っていきたいという考えから、「スタジオ」というネーミングにしています。

Q:

鶴岡市におけるイノベーションの啓発活動は、どのように進んでいますか。

A:

地元の高校生や市民に対して、私たちの取り組みを発表する機会をできるだけ設けるようにしています。冨田先生の講演に感化された生徒が、どんどん当社に応募してくれるようになっており、現在、鶴岡高専からは2名を採用しています。地元の高校生や市民の意識も、この15年ほどで大きく変わってきています。その意味でも、冨田先生の地元に対する貢献は、すごく大きいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。