『後続者のいない先行者』日本の情報通信ガラパゴス化の謎: 国際政治経済分析

開催日 2014年6月17日
スピーカー 櫛田 健児 (スタンフォード大学アジア太平洋研究所日本研究プログラムリサーチアソシエート)
モデレータ 吉田 泰彦 (RIETI研究調整ディレクター)
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2000年台後半まで世界をリードしていた日本の携帯産業が、スマートフォンの登場でメーカーもキャリアの独自プラットフォームサービスも一網打尽となりました。その早さは劇的なものでしたが、日本の情報通信産業は実は何度も「後続者のいない先行者」の状態を経験してきました。今回のBBLセミナーでは、アメリカの「勝ち組」IT産業と欧州の状況と、日本のガラパゴス情報通信産業を国際政治経済で分析します。

議事録

はじめに

櫛田 健児写真私の現在の学術研究テーマは、日本の政治経済です。情報通信、クラウド、ITサービス革命といった研究も行っており、これから"Stanford Silicon Valley New Japan Project"という新たなプロジェクトを立ち上げる予定です。

日本のさまざまなタイプの企業やアントプレナーが、どうすればシリコンバレーを活用できるのか。ケーススタディをはじめ、英語・日本語での一般向けアウトプットをしていきたいと思います。シリコンバレーでの日本への入り口、日本からシリコンバレーへ行く人のための人脈ネットワークのプラットフォームとして、コンテンツ提供、シンポジウムシリーズなども計画しています。

問題意識

ご存知のように、ダーウィンの進化論で有名なガラパゴス諸島では、地理的に孤立した環境で独自の生態系が育まれました。海外で、日本の2007年辺りまでのモバイル産業における独自の進化を紹介し、日本独特の形状の携帯電話の写真を並べて「ちょっとガラパゴスに似ているでしょう」と言うと、大変面白がられるわけです。

しかし、実際のガラパゴス諸島がそうであるように、孤立した環境で独自の進化を遂げたエコシステムは、外来種に極めて弱い可能性があります。そして日本のガラパゴスも、外来種にやられて大変なことになりました。ここでアップルのiPhoneとグーグルのAndroid Bug (虫)の絵を出すとさらに面白がられます。しかしここからまじめな話です。

日本の自動車をはじめ、かつての家電や半導体は世界へ広がったにもかかわらず、なぜ、あれだけの進化を遂げた携帯エコシステムは、国際展開されなかったのでしょうか。そもそも、「ガラパゴス」と呼ばれる現象は何なのでしょうか。なぜ、起きたのでしょうか。

――その答えを求めるには、産業構造を理解し、国際比較する必要があります。そして、産業構造エコシステムに影響を及ぼす政策や政治を含めて分析しなければ、因果関係がわかりません。

後続者のいない先行者

ガラパゴスとは、「孤立」です。孤立は独自発展を促すかもしれませんが、独自発展が世界を先行するのは稀といえます。それでも 日本のモバイル産業は明らかに世界を先行していました。しかし、後続者がいませんでした。世界は違う方向(アップルとグーグルに先導されたスマートフォン)へ行ってしまったわけです。ですから、ガラパゴスをもう少し正確にいうならば、「後続者のいない先行者(Leading without Followers)」といえるのではないでしょうか。

こうした「後続者のいない先行者」は、携帯電話に限った話ではありません。たとえば日本の「3G」は、4~5年早すぎたわけです。世界が第三世代ネットワークを構築し、そろそろサービスを始めようというとき、日本は完全に独自の路線を走っており、「着うた」といったサービスで利益を出すようになっていました。すでに生態系が違っていたのです。

SUICAなどのモバイルマネーは、海外の人が来日すると感動されますが、どうして早い時点で世界に広まらなかったのでしょうか。今、世界でモバイルマネーの関心が高まっていますが、日本の話はなかなか出てきません。NTTが先行していたATMというデータネットワーク技術についても、世界はTCP/IP(現在のインターネットの通信技術)に向かってしまい後続者はいませんでした。これは日本のみの問題ではなく、世界の通信キャリアや機器メーカーはATMに向かっていたので、TCP/IPの到来で勝ち組となったのはシリコンバレーのシスコシステムズなどでした。また、独自路線で先行した他の事例には、フランスのMiniTelというデータ通信サービスなどがありました。しかし、やはり日本は際立って目立つ「後続者のいない先行者」という道をたどっています。

他に追いつく場合、キャッチアップするための方向性は明確です。そしてキャッチアップした段階で、まずは世界各国の企業が目指している方向に向かって、自らも走り出すことになります。そこで世界をリードすることに成功します。しかし、世界は同じ方向性をたどるのではなく、別の方向へ行ってしまいます。後続者はいません。そこで後続者は自然に生まれるとは限らないので、「作る」ことも必要でしょう。この「後続者作り」が、次なる産業形態に不可欠な課題として考えられます。

サービスやシステムを国際展開する場合、モノの輸出よりも難しいことが多く、たとえば高速鉄道を海外へ輸出しようとすれば、政治の問題になります。どの局面で政治家とゴルフをして、どの局面で技術者同士の協議を設定し、それを誰が指揮するのか。さらに、どうやって評価するのか。これらを間違えれば、日本は負けてしまいます。システムのパフォーマンスにおいて日本は明らかに高く、コストも観点によってはコンペティティブなはずです。

最近、クオリティの高い医療デバイスの日本メーカーがシリコンバレーに進出していますが、それを病院に採用してもらうには、現地のシステムに取り込まれる必要があります。ですから、今までのように「いいものを作れば買ってもらえる」というスキルよりも、複雑な戦略や評価が必要となります。単に、「規格」や「国際標準」を取るだけでは足りないこともあるわけです。

日本のガラパゴスITの生態系

日本のモバイルは、キャリア主導の仕組みでした。キャリアが規格を設定し、付加価値サービス(iModeなどのモバイルインターネット、着メロなど)の展開が行われました。メーカーの基礎研究開発もキャリアが主導し、機器メーカーと端末(+基地局)を共同開発し、在庫をすべて購入します。実質的に、キャリア別専用機となったわけです。機器メーカー間での競争も促すことで、デザインやフィーチャーはレベルアップしました。

このような日本のガラパゴスITの仕組みがどのように出来上がってきたかを考えると、通信自由化の政治にたどり着きます。NTTの分割問題は数十年も議論されていますが、結局実現されていません。一方、米国の既存企業であるAT&Tは完全分割されています。

またNTTやキャリアには、資金を集めやすいリソースが与えられていました。常に資金難だったイギリスの国営キャリアと比べると一目瞭然です。また、日本では競争を促す政策も徐々に出てきましたが、それはキャリア対キャリアの競争で、キャリア群対メーカー群の競争を促進するものではありませんでした。ドコモのスピンアウトの時期とリソース(研究所など)は、政治妥協で決定しました。

業界レベルでの情報通信を考えると、日本はキャリア、欧州は通信機器メーカー(ノキア、エリクソンなど)が勝ち組といえます。米国の情報通信は、どちらでもありませんでした。この構造的な違いで、日本と海外のキャリア、メーカーの双方が、互いの産業エコシステムで勝つことに失敗したといえます。結局、アップルやグーグルといった米コンピューター産業発のプレーヤーが世界的な勝ち組となったわけです。

各国の業界構造を作り上げた政治

日欧米の各国では業界リーダーが異なる業界発展だったわけですが、この状況は、実は通信自由化の政治的なプロセス決まったものです。既存キャリア(元独占企業)の政治力と、業界リーダーになる意思によってどのプレーヤーが勝ち組になっていったかが決まったのです。米国では、AT&Tは最も政策ロビイングが効かない政策アリーナ(独禁法、司法)で通信の自由化が進んだため、立場が弱く、分割されました。それによってR&Dを含めて完全分割された後、業界リーダーはいなくなりました。

日本では、NTTが欧米の既存事業者に比べて最も強い政治力を持ち、何度も分割を回避して、キャリア主導の業界リーダーであり続けました。欧州(英、仏、独) は、日米の中間といえます。もともとR&Dの力が強く、業界リーダーになり得たわけですが、分割を回避し、自由化後はノルディック系の機器メーカーが飛躍しました。そして、機器メーカーが勝ち組になったわけです。

米国のコンピューター産業の歴史をたどると、規制によって通信業界プレーヤーから守られたおかげで、通信業界の巨大企業に独占されることなく発展することができました。こうした規制がなければ、米国のコンピューター産業はAT&Tが独占的に展開していたと思います。

戦後、早い段階で飛躍したIBMも、独禁法によって参入できる業種が限られました。IBMの独占を免れて、メインフレームからPCにパラダイムした際、新たなプレーヤーが入ってくる余地があったわけです。

ちょっと切り口を変えて考えてみましょう。なぜ米国のアップルやグーグルのような米コンピューター産業出身の企業が、既存の電気通信業界プレーヤーに対して、コモディタイゼーションの波となって押し寄せることになったのでしょうか。

元をたどってベーシックなところへ行くと、答えは、通信の自由化の政治なのです。AT&Tの分割と通信のプレーヤーから守られたコンピューター産業の独立性がなければ、現在のような発展はありませんでした。

現在、米国ではネットワークニュートラリティの議論が行われています。キャリアは、どのコンテンツに対しても同額でコネクトすべきだという概念が壊れつつあります。すると、これまでの発展のパターンがシャットダウンされてしまいます。それが過ぎると、グーグルやアップルに続く、次の非連続的あるいは破壊的イノベーションが生まれにくくなるわけです。

まとめ

日本の情報通信ガラパゴス化は、なぜ起きたのか。私の答えは、「産業構造の勝ち組が欧米と違ったため」です。それは、具体的な政策・制度のパターンが異なったことの結果といえます。そう考えると、アップルやグーグルの世界的飛躍の根源がわかります。

政治経済の国際比較の観点は、とくにネットワークに関係する業界で有効な分析手法だと思います。たとえば、スマートグリッドやトランスポーテーション、医療機器を取り込んだサービスの分野で新たなイノベーションが起きた場合、日本は、どうすればガラパゴス化を防げるのか。どうすれば後続者を作れるのか――。忘れてならないのは、グローバル市場は、それぞれの政治経済によって構築された複数の国内市場がインタラクションする場であるという観点です。

質疑応答

モデレータ:

これから日本の政府や産業界は、どのような視点から対応していくべきでしょうか。

A:

これから日本が世界をリードしそうな分野、または、すでにリードしている分野があります。高齢化社会におけるシステム構築も進むことでしょう。そこで「後続者をどうやって作るか」ということに、産業も政府もフォーカスすべきだと思います。

2003年頃、「日本はデジタル家電に強い」という話がよくいわれましたが、家電はコモディティ化するものですから、日本が圧倒的に弱いところではないかと危惧していたものです。たとえば冷蔵庫がインターネットにつながるというのも、ちょっと早すぎたようで、残念ながら日本の家電メーカーは大変な状況になりました。

そもそも「日本はデジタル家電に強い」という話自体、あやふやなコンセンサスです。では、後続者はどういう形になるのか。後続者のほうが強いのではないか。おそらく、少し考えればわかったことです。こういうことも注意すべきでしょう。

日本は国際的にみて、資産がまだたくさんあります。長く続いた円高によって、対外直接投資も増大しました。そうした海外拠点について、従来のモノを作る拠点や売る拠点から、サービスを展開する拠点への移行が始まっていますが、それをどんどん加速させていいと思います。それによって海外でシステムやサービスを売る経験のある人が、どんどん増えます。それを成長しているエリアに、積極的に活用していくべきでしょう。そのための政策も求められます。

Q:

インテルは、たとえば64アーキテクチャのファンドを用意し、ソフトウェアベンダーの移行を促すなど、次世代の市場を事前に作る体制作りが巧妙だと思います。これも後続者を生み出す戦略といえるのでしょうか。

A:

その通りだと思います。オープンイノベーションのコンセプトにおいては、どのレベルで、何をオープンにするかが重要です。インテルは、自社のコアビジネスではないところをオープンにすることで同じアーキテクチャを使った後続者を作り出すのに成功しました。いろいろな技術を持つ日本のメーカーも参考にすべきだと思います。

Q:

なぜ米国は、後続者を作るのが上手なのでしょうか。歴史的背景や大学教育が異なるのでしょうか。

A:

歴史的に考えると、シリコンバレーが高付加価値化を追求するには、後続者を上手に作る必要がありました。その中で生まれてきたのが、シリコンバレーのエコシステムです。インターネットガバナンスの流れも関係していると思います。

Q:

今後、サービス産業で競争力を発揮すれば、ガラパゴス化しにくいのでしょうか。

A:

会計のように、自動化できるアクティビティはどんどん増えています。自動化されたものはコモディティ化されますので、経済社会の中で、ハイエンドのアクティビティをどうやって残すかが勝負どころとなります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。