グローバリゼーション、イノベーションと独占禁止法

開催日 2014年4月10日
スピーカー 後藤 晃 (RIETIファカルティフェロー/政策研究大学院大学教授)
コメンテータ 森川 正之 (RIETI理事・副所長)
モデレータ 長岡 貞男 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/一橋大学イノベーション研究センター教授)
開催案内/講演概要

日本企業にとっては、グローバリゼーションにどのように対応していくか、イノベーションをどのように進めていくか、ということが重要な課題となっている。この講演では競争法、我が国では独占禁止法がこれらの問題にどのようにかかわってくるかについて述べる。経済のグローバル化が進むと同時に競争法を導入する国も増加している。このような状況のなかで企業と競争当局が新たに直面している問題について述べる。さらに、企業間の競争においてもイノベーション競争が重要となっているが、イノベーションを促進する競争法の在り方を考える。

議事録

独占禁止法とは

後藤 晃写真近年、競争法を導入する国が急激に増加し、90ほどの国でそれぞれの競争法が存在します。世界的な規模で企業活動を行う際には、多くの国の当局とやりとりする必要があります。他方、企業活動がグローバル化するにしたがって、カルテルや談合などが国際的な規模で行われるようになり、各国当局の対応が重要な問題となっています。

スタンフォード大学のローゼンバーグ教授は共著の中で、米国のイノベーションシステムを特徴づける3つのポイントとして、「反トラスト法」の強力な執行、米国の研究・大学のレベルの高さ、資金市場の大きさを挙げています。

日本では、独占禁止法がそれほど活発でない時期が長く続いたため、イノベーションと独禁法の関連はあまり認識されていませんが、世界的にみると、競争法とイノベーションには深い関係があります。とくにITやバイオテクノロジーといった先端産業が成長するためには、独禁法の適切な執行が重要な役割を果たします。

独占禁止法は、「カルテル・談合の規制」「私的独占の規制」「不公正な取引方法の規制」、「企業結合の規制」の4本柱からなっています。国際的には、「共同行為」「単独行為」「合併」の3本柱となっており、うまく対応しない面も残っています。

共同行為

共同行為については、自動車部品のカルテルが次々と事件になってきました。多数の部品それぞれでカルテルが行われ、最初に事件が確定したのは、平成22年に調査が開始されたワイヤーハーネスに関する違反行為です。課徴金額は1社当たり最高で96億円を超え、さらに米国や欧州で罰金および制裁金が課され、米国では幹部社員が禁固刑に処されています。

このように、日本の部品会社が日本の完成車メーカーに販売する部品のカルテルが米国や欧州でも処分され、米国の刑務所に入れられることがあり得るわけです。かつて部品会社は、完成車メーカーでの商品開発の初期段階から密接に協力し、それが自動車産業の競争力の源泉となっていました。しかし、その関係は変化し、競争入札によって部品を購入するようになっています。そこは競争が期待される世界であり、独禁法が適用されます。国際的な競争が厳しくなり、また途上国向けに低価格製品を販売するために、完成車メーカーがコストダウンに迫られ、コンペを導入しているとも考えられます。

タンカーから地上のタンクへ原油を移すための「マリンホース」でも、国際的な市場分割カルテルが行われていました。欧州では、国際カルテルの取り決めのもとで「欧州市場に参入しない」という行為に対し、市場の競争を阻害しているということで、世界市場での売り上げをベースに高額な課徴金を請求できるシステムになっています。実際、ガス絶縁開閉装置カルテルに参加していた日本のメーカーは、極めて高額な課徴金を課されました。日本は、日本市場での売り上げをベースに課徴金を算出するため、「参入しない」ことで売り上げが発生していなければ、課徴金もありません。このマリンホースのカルテルは、各国当局が協調して事件の調査にあたった特徴的なケースといえます。

単独行為

インテルは、ロイヤルティ・リベートの仕組みを導入することによって、もともと8割を占めていたCPUのシェアをさらに拡大していきました。それが競争者を排除し、支配的地位にある企業の「私的独占」にあたると判断されました。

クアルコムの拘束条件つき取引事件は、同社がCDMA携帯無線通信に関する知的財産権を一括して許諾するという強い立場を利用し、当該メーカーが他のメーカーに対し、自社の半導体集積回路などの知財権について権利主張を行わないと約束をさせたものです。結果として、日本の携帯端末メーカーは研究開発の利益を回収することができず、将来の競争に影響を及ぼしたわけです。

標準必須特許(SEP)の問題として、FRAND宣言をしたにもかかわらず、SEPに採用された後で極めて高いロイヤルティを要求し、拒否すれば差し止めると圧力をかけるような行為がみられます。これを米国では特許法からの解決として、最高裁でSEPの差し止めを拒否できる4条件が示されています。同時に、司法省やFTC(Federal Trade Commission:米連邦取引委員会)でも、競争上の重要な問題として積極的に取り組んでいます。

企業結合

パナソニックと三洋電機の企業結合では、市場規模が大きく、競争に及ぼす影響が大きいと考えられた品目は、円筒形二酸化マンガンリチウム電池(住宅用火災警報器用)などの電池でした。これは国内企業同士の合併でしたが、10を超える国への届出を要し、うち4~5カ国から異なる問題解消措置を要求されたということです。こうした弁護士費用や翻訳費用には100億円近くかかり、合併時期も遅れたといいます。とくに、独禁法を導入したばかりの国が不可解な要求をしてくるケースがみられますので、競争法の世界的な普及によって、企業にとっては合併の費用や不確実性が増大しています。

平成20年、オーストラリアの鉄鋼石、石炭、ウランなどの鉱山会社であるBHPビリトンによるリオティント株式取得を、日本市場の競争にマイナスの影響が大きいとして、公正取引委員会が止めようとしました。同時に欧州委員会や韓国、中国も反対したこともあり、この合併は中止となりました。日本の独禁法を外国企業に適用する際の諸問題として、効果や調査の困難さ、手続きの整備などが明らかになりました。

グローバリゼーションと独占禁止法

違反行為のグローバリゼーションとともに競争法のグローバリゼーションも進み、錯綜した状況にあります。ビジネスの国際化に伴い多くの国際カルテルが次々と摘発されていますが、とくに国際航空では19カ国の航空会社が関与したケースも出てきています。

1990年代、旧社会主義国の市場経済への移行をはじめ、途上国の経済発展の基礎として競争が重要という認識が広がり、急速に競争法を導入する国が増加しました。数年前には中国も導入し、世界のほとんどの国が何らかの競争法を持っています。公正で透明性を持つ市場競争の広がりは望ましいのですが、「戦略的競争政策」の危険性などを考えると、何らかの国際的取り決めが必要だと思います。

イノベーションと独占禁止法

技術進歩がスピードアップすると、独占が成立しても一時的で、すぐに次の世代の技術にとってかわられます。だから独禁法で取り締まらなくても、放っておけば技術進歩が解決するのではないか、という議論があります。

しかし近年は、特定の企業が市場支配的地位を長期間維持し、とくにITの分野は、ネットワーク効果で独占になりやすい傾向があります。すると、独占的地位を守るために排除行為が行われるようになり、イノベーションは停滞し、消費者は高価格や選択肢の減少といった被害をこうむります。そこで競争的な市場をつくる「独禁法」と、独占的利潤獲得の期待をつくる「特許法」が、車の両輪となってイノベーションを促進します。

独禁法の観点から、競争とイノベーションを促進するためには、1)イノベーションにかかわる共同行為、2)単独行為による市場支配力の濫用、3)企業結合による基本(必須)特許の集積、といった点に注目していく必要があります。

コメント

コメンテータ:
『独占禁止法と日本経済』には、独禁法の4本柱(不当な取引制限、私的独占、不公正な取引方法、企業結合)について、産業組織論の理論・実証研究に関する深い見識、公正取引委員会での実務経験に基づいた内外の具合例を交えつつ、わかりやすく、かつバランスよく記載されています。さらに、国単位の競争政策に起因するビジネスのコストや不確実性の増大など、グローバル、イノベーション、規制改革という現在の経済環境の下での課題を提示しています。

また、さまざまな制度改革提案を含む記述として、不当な取引制限(カルテル)のリニエンシー制度(課徴金の減免)は、現在は5社ですが、2~3社からの情報があれば調査に十分と指摘。不公正な取引方法(優越的地位の濫用)では、「競争への悪影響が一段低い行為に対し巨額の課徴金を課すのはバランスを欠いている」と述べています。

独禁法の適用除外の存在(国際航空、外航海運、保険、農協など)について、すでに歴史的な役割を終えている適用除外カルテルが、既得権を守ろうとする業界の抵抗によって、まだ残っているという指摘も含まれています。

興味深い指摘として、競争政策の実務での経済学的分析の重要性が強調されています。とくにカルテルの可能性が高い産業をスクリーニングするための経済学的分析が有用であり、米国では経済学博士が競争政策当局に多数在籍しているということです。また情報開示の必要性について、「違法と判断しなかったケースについても、その判断の根拠、プロセスを明らかにすることが望ましい」としています。これによって政策の不確実性の低減、経済学の実証研究の進歩への寄与が期待されます。

競争と生産性は重要なイシューです。市場競争が生産性にプラスの効果を持つことを示す研究は多数報告されており、ほとんどの研究が、市場の競争が存続する事業所の生産性に正の効果を持つことを示しています。とくに、参入や新陳代謝が生産性を高める上で重要です。最近の研究では、競争政策の指標(CPI)が高まると、OECD諸国のTFP成長率も高まるという論文もあります。成長政策を考える際は、こうした競争政策を視野に入れるべきでしょう。

企業合併の経済効果について、「合併による効率性の向上について、多くの実証分析はこれに否定的である。合併によって効率性が顕著に改善したという結果は、一般的にはみられない」と記述されていますが、これはやや断定的に過ぎる印象があります。合併が(動学的)効率性を高めることを示す研究も多く存在しています。

最後に2つほど質問をしたいと思います。現在、6月に向けて新たな成長戦略への議論が政策当局の中で行われていますが、昨年の日本再興戦略では、新陳代謝の促進とともに、競争政策については情報通信分野やエネルギー分野でいくつかの記述があるものの、「競争政策」と銘打った部分は少ないように感じます。

そこで第1に、最近の成長戦略について、競争政策の果たす役割をどのように考えておられるでしょうか。第2に、純粋持株会社について、1997年独禁法改正をどのように評価されるでしょうか。

後藤氏:
いつの時代も、競争が生産性を向上させ、成長するという図式は大事です。長期的な成長の促進という視点では、競争政策は極めて重要な役割を担います。とくに新陳代謝が重要で、ゾンビ的な企業が競争によって一新されることも、シュンペーターの創造的破壊の重要な側面といえます。長期的な成長の基盤をつくるという意味で、競争政策をきちんと執行していくべきでしょう。また、1997年の独禁法改正によって純粋持株会社が解禁になったことは、よかったと思っています。

質疑応答

Q:

競争政策の国際協調は、どのように行われるべきとお考えでしょうか。

たとえばシスコシステムズは1993年からA&Dによって169社も買収し、「異業種」の先端技術を手に入れています。そういった手法について、どのようにお考えでしょうか。ベンチャーにとって大事な出口であるM&Aをふさぐような政策が、成長やイノベーションを阻害してしまうことも考えられます。

A:

国際協調は、やはり特許法のほうが進んでいると思います。たとえば三極特許庁で、実際の審査のやり方を各国で話し合うなど、実態面でも随分協力が進んでいます。独禁法は、国によって財閥の規制なども入っていて、国の歴史や経済条件で違いがあります。そのため世界的な標準をつくるのは難しい状況です。二国間、多国間での協調を進め、手続きに関する協力などから少しずつ進んでいくように思います。

M&Aによる異業種への進出やIPOの出口について、基本的に独禁法は障害になっていないと思います。2011年には275件の合併の届出がありましたが、うち270件は一次審査でパスしています。残り5件のうち1件は取り下げられましたが、あとの4件は認められています。独禁法が障害となって合併できなかったというのは、極めて限られたケースだと思います。

Q:

中国では、審査を遅らせるなどして、日本の会社の合併を実質的に妨害する動きがあると思いますが、それに対抗する手段はあるのでしょうか。

A:

たしかに深刻な問題だと思います。米国、欧州の関心も高いところで、OECDの競争委員会も中国の参加を呼び掛けていますが、なかなか難しい状況です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。