日本人の労働時間と働き方に関する現状と課題

開催日 2014年2月6日
スピーカー 黒田 祥子 (早稲田大学教育・総合科学学術院 准教授)
モデレータ 小川 誠 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 経済産業政策局 審議官(雇用・人材担当))
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開催案内/講演概要

日本人はかつてより働きすぎと言われ、ワークライフバランスの必要性が指摘されてきた。しかし、OECD統計によれば、現在においても週60時間以上労働する男性労働者の比率は、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツなどでは4~7%であるのに対して、日本は18%と突出して高い。人口が減少していく中、全員参加型の労働市場を目指すべく、日本人の働き方の見直しが喫緊の課題となっている。

BBLセミナーでは、日本人の働き方の現状と変化、長時間労働をもたらしている労働需要側および供給側の要因、労働時間規制の影響など、日本人の労働時間や働き方についての研究成果を交えながら、働き方の見直しの課題等について考察する。

議事録

※講演内容を引用される場合は、必ず事務局までご連絡ください

実態の把握

黒田 祥子写真労働時間に関する社会的な関心の強さは時代によって異なりますが、2000年代に入ってからは、とくに「長時間労働」や「過労」が社会問題化しています。2000年代以降は労基署の指導件数が増加し、ホワイトカラー・エグゼンプション、「名ばかり管理職」という言葉も聞かれるようになりました。

それでは現代の日本人は以前よりも長く働くようになっているのでしょうか。実態を把握するために、まず日本人の労働時間を雇用者平均でみると、年・月・週当たりのいずれにおいても確実に短縮しています。しかし厳密な統計データを用いて分析すると、フルタイム雇用者1人当たりの週当たり労働時間は、時短政策が実施される前の1980年代とその後の2000年代でほとんど変わっていないことがわかってきました。雇用者平均の労働時間が短くなっているのは、相対的に労働時間が短い有期雇用の割合が増加傾向にあることと深く関係しています。この30年ほど、日本では働き過ぎを是正しようといわれてきたわけですが、結局フルタイムで働く人に限ってみると労働時間はほとんど変わっていなかったわけです。

ただし時短政策で週休二日制が普及したことによって、週の中での時間配分はこの数十年で大きく変化しています。とくに平日の労働時間にしわ寄せがみられ、深夜や早朝に働く人がこの15年ほどで増加していることが、研究で明らかになっています。また非正規の人が深夜に働くなど、24時間化が進んでいるのが最近の日本の特徴です。睡眠時間は趨勢的に減少しており、週当たりの睡眠時間は1976年と比べて2011年は男性で4.5時間減、女性で3時間減となっています。

また、日米の統計を可能な限り条件を合わせたうえで比較分析したところ、フルタイムで働く日本人男女の平均労働時間は、同じくフルタイムで働く米国人男女に比べて、依然としてかなり長いこともわかってきました。このように、日本人は今も昔もよく働いているわけですが、労働時間1時間当たりの生産性でみると、OECD加盟国中19位と低い水準にあります。

日本人は働くことが好きなのか?

従来から日本人は働きすぎだといわれてきましたが、仮に日本人が好きで長時間働いているならばそれをわざわざ是正すべきではないとも考えられます。果たして、日本人は働くことが好きで労働時間を減らしたくないと思っているのでしょうか。そこで、欧州事業所への転勤者を対象としたユニークな研究を実施しました。この研究の目的は、職場環境が大きく変化した場合でも本人が仕事好きであれば、環境変化にかかわらず労働時間の長さは変わらないだろうという仮説に基づいています。しかし分析の結果、日本で長時間働いていた労働者は、欧州赴任後は労働時間を減少させており、有給休暇取得日数も大幅に増加しています。つまり職場環境がドラスティックに変化すると、同一個人でも労働時間は変化し得ることがわかりました。

分析の結果、仕事の性質の変化および景気循環を考慮した場合でも、4%程度の労働時間削減が観察されます。これは週当たり2.3時間、年間に換算すると約14日の休暇分に相当します。環境が変わり、効率的に働く場所に身を置くことによって、生産量を変えなくとも14日分の休日を捻出することができるわけです。

興味深い点として、欧州に赴任した後でも、赴任先の職場が長時間労働を評価するような環境では、労働時間が変化しないか長くなる傾向があることもわかりました。また、何かプロジェクトを立ち上げる際、「根回し」をしなければならない人数が多い人ほど、労働時間が長くなる傾向が出ています。日本的な働き方が、こういったところにも表れているようです。そういう意味では、担当業務の内容の明確化、権限の委譲、仕事の手順を自己の裁量に任せるといったことで、非効率性が改善される可能性があると思います。

労働時間規制が働き方に及ぼす影響

2007年、ホワイトカラー・エグゼンプションの法案が見送りになりましたが、当時の議論は労働時間規制が働き方にどのような影響をもたらすのかという点についてデータに基づくエビデンスが乏しい中で印象論に終始した感があります。その理由の1つとして、労働経済学者が厳密なデータ分析に依拠したエビデンスを提供してこなかったという反省があると思います。そこで、現時点で入手可能なデータから労働時間規制がもたらす影響について分析を行いました。

分析では、時間外規制適用除外者と規制対象者の2つのグループから、個人属性などが極めて近い人同士をマッチングさせた上で2人の労働時間の長さを比較するという計量手法を用いています。分析の結果から、平時は、時間外規制の有無は労働時間に影響を及ぼさないことがみえてきました。ただし不況期には、時間外規制適用除外の労働者の労働時間が顕著に長くなる傾向がみられます。また、この傾向は、バーゲニングパワーが低いと考えられる一部の労働者に顕著に観察されます。こうした結果から、日本のように流動性が乏しい労働市場においては、労働時間の規制緩和によって生じうる弊害を考慮する必要があるとの含意もでてきます。

多様な働き方に対する労働者と企業の認識

長時間労働を強いられる職場を辞めて別の会社に転職できるような流動性の高い職場であればいいですが、日本はそのような労働市場ではありません。そこで最近、会社の中に多様な働き方をつくり、社員が選択できるという発想が生まれています。

(1)何でもやります(2)どこにでも行きます(3)いつでも働きます(4)定年まで働きます(5)優秀である――これを「従来の正社員の5点セット」として定義している方もいます(『人事と法の対話』森島・大内著、二宮氏<イオングループ人事部長>との対談より)。しかし近年、このうち1つか2つが満たされない人が増加していることから、正社員と非正規の間を埋める「限定正社員」構想が現在、政府を中心に議論されています。

昨年、企業とその企業で働く従業員の方々に対し、柔軟な働き方に関する調査(RIETI,黒田・山本,2013)を行いました。その結果、半数程度の従業員は、賃金が10~30%カットされたとしてもフレックスタイム制度や短時間勤務制度といった柔軟な働き方を導入してほしいというニーズがあることがわかりました。一方で、たとえ賃金を下げたとしても制度導入は一切考えられないという企業が半数程度いることも明らかとなりました。すでに勤務地限定や職種限定は普及しつつありますが、時間限定の正社員をどのように導入していくかは、まだ摸索が必要な状況です。

今後の課題

こうした問題には、日本的雇用慣行が大きく関係しています。正社員を新卒で一括採用し、多大な人的資本を投下しながら良質な人材として育成し、長期にわたって企業に貢献してもらうという働き方で日本は経済成長を実現してきました。そして不況になると、多額のコストをかけて育成した正社員を手放すのは非効率であるため、人件費を時間で調整してきたわけです。研究からは、企業は普段から従業員にある程度残業をさせておくことで、いざ不況になったときに、その残業代をカットすることによって人件費を削減し、正社員の雇用を守るという残業代の「糊代説」が有効であり、日本人の長時間労働には一定の経済合理性もあることがわかってきています。

こうして考えると、日本人の長時間労働と、従来うまく機能してきた日本的雇用慣行はトレードオフの関係にあると考えられます。しかし、昨今は、従来のスタイルのメリットよりもデメリットが大きくなってきているのが特徴だと思います。

日本の労働市場はアウトサイドオプションが乏しく、労働者のバーゲニングパワーが弱いため、人生の途中で働き方を変えるために転職をしたいと思っても、なかなか実現が難しい状況といえます。希望する労働時間と実労働時間の乖離について調査したこともありますが、英国、ドイツ、日本の労働者のうち、乖離がもっとも大きかったのは日本人でした。自分の希望とうまくマッチしていないというのが、最近の日本人の働き方における特徴だと思います。

一定の経済合理性がある下で確立してきた日本人の現在の働き方を、個々人の希望とマッチするような体制に変えていくことは、容易なことではありません。とはいえ、非効率な部分は見直していくべきでしょう。今回の調査で、欧州に赴任している方々にヒアリングをする機会がありました。そこで多く聞かれたこととして、早く帰りたいと思っていてもなかなか実現しない理由の1つは、日本では、とにかく何でも丁寧なものを要求されるということでした。私はこれを「テイネイの呪縛」と呼んでいます。

“おもてなし”は日本人の特性であり、競争力を維持していくために大切な部分だと思いますが、ヒアリング先でお聞きした、「日本人は効率的な仕事を非効率にするカルチャーがある」という指摘は印象的でした。たとえば、付加価値を生み出さない社内のレポートにまで時間をかけて整える。そこまでやらなくても、というところまで細部までこだわった仕事を効率的にこなすことができる人が多いけれども、それが利益に結びついていない――そういった働き方は是正していくべきだと思います。利益につながる部分は引き続き日本人のきめの細やかさを十分に発揮し高付加価値な財サービスとして提供しつつ、そうではないところは過度な丁寧さを求めすぎないような発想が重要になってくると思います。

ただし、欧州に赴任している方々の多くが言うには、日本に帰れば、周りがすべてのことに丁寧さを追求しているのに、自分だけスタイルを変えると手を抜いていると思われかねないので、「テイネイの呪縛」から抜け出せずに結局自分も長時間労働に戻らざるを得ないだろうということでした。そういう意味では、生産性をきちんと把握し、部下の仕事ぶりを管理するマネージャーの資質が一層問われる時代になっているのだと思います。

日本は今後、「長時間・非効率」均衡から「短時間・効率」の均衡へ変えていくことを考える必要があります。2007年以降、政府が推進しているワークライフバランスの機運向上は重要ですが、「両立支援」というイメージが強いため、女性のための施策ととらえる方も多いようです。しかし、今後の日本は、育児だけでなく家族の介護といった事情を抱えながら仕事をしなくてはならない人は男女を問わず増えていくと考えられます。男性であっても多様な働き方を選択でき、性別にかかわりなく、さまざまな事情と仕事とを両立させながらより多くの人が力を発揮できる社会に変えていく必要があると思います。

ワークライフバランスという言葉は、「余暇の増加」を連想させるせいか、怠ける人を増やすというイメージをもたれる方もいます。しかし、そこは発想を転換し、生産性を上げるために、まず非効率な部分をなくす、その結果として余暇も増えるという意味でのワークライフバランスであるというメッセージに変えていくべきだと思います。

ただし、呼びかけだけで均衡を変化させることは不可能です。欧州は昔からバカンス大国だったわけでなく、1960年代には、フランスやドイツの労働時間は米国よりも長かったのです。しかし70年代に入り、2回のオイルショックで失業率が増加しました。そこで、国単位で「work all, work less」というワークシェアリングの考え方が推進され、(結果的に失業率は改善しなかったのですが)バカンスを楽しむ文化が出来上がっていったといわれています。このように、別の均衡へ移っていくにはマクロ的なコーディネーションが必要です。

3・11後の夏、節電対策もあってサマータイム制を導入する企業や、全社的に休暇をとる企業が多くみられるなど、人々の働き方に変化が観察されました。しかし最近は、ほとんどの企業が元に戻っているようです。あれほど大きなショックであったとしても、その対応は一時的なものに留まっていることを考えると、やはり働き方を変えていくには意識改革だけでは難しいのだろうと思います。

日本人の労働時間をどうしていくかは国民の選択ですが、長時間労働を是正して生産性を上げていくことに国民が同意するのであれば、全体のコーディネーションが必要です。勤務間インターバル制度、労働時間貯蓄制度、有給休暇の買取制度、時季指定権の移動、病気休暇の創設などの導入も一案だと思います。

質疑応答

Q:

日本人の労働1時間当たりの生産性の低さはよく指摘されますが、何をもって生産性を測っているのでしょうか。また、欧州の働き方の特徴について、うかがいたいと思います。

A:

ここでは、時間当たりのGDPで生産性を測っています。欧州赴任者へのヒアリングでは、「現地スタッフの資料の完成度は日本人が作成するものの8割程度」という声が多かったのですが、印象的だったのは「8割のものを作るときには20%程度の力を使えばできるが、残りの2割の完成度を高めるためには80%の力を使わなければいけない」という意見でした。つまり、欧州の人々は、「あと1時間労働時間を投入しても、それに見合うリターンがあるかどうか」というところの見極めがうまいのではないかと感じています。

またヒアリングからは、「現地スタッフは、朝は早めに出勤し、昼休みもほとんどとらず5時に帰るために必死で仕事をする」という声も多く聞かれました。つまり、勤務時間内にとにかく集中して働いている方が多いのだと思います。そうして集中して働くことでまとまった余暇時間が生まれ、そうした時間を家族や友人と過ごすことで、想像力が豊かになって新しいアイデアが出てきたり、体を休めたりできることで、生産性の向上につながるという好循環もあるのかもしれません。

Q:

メンタルヘルスと労働時間の因果関係について、学術的な考察はなされているのでしょうか。

A:

日本では過労がメンタルヘルスに関係することは当たり前のように思われていますが、実は明確な因果関係を特定した研究は、これまで疫学でもほとんど行われていないといわれています。疫学を中心とした先行研究はクロスセクションデータが中心で、同じ人を経年的に追っていくようなパネル調査はこれまで多くありませんでした。そこで現在、RIETIのプロジェクトとして研究を進めているところですが、個々人に固有の要因を調整したうえでもやはり労働時間が長くなるとメンタルヘルスが悪化する傾向にあるという結果が出てきています。また、労働時間以外に、メンタルヘルスは職場環境にも大きく左右されるとの結果もでてきています。

Q:

仕事や余暇に対する考え方は、国民性や文化の違いから来ているのではないでしょうか。

A:

米国と欧州諸国との労働時間もかなりの違いがあるのですが、ブランシャールの論文によると、米国人は余暇よりも消費を選び、欧州人は消費よりも余暇を好むという、国民による選好の違いが労働時間の違いをもたらしていると主張しています。このように国民性に違いがあることを前提とするならば、日本人も余暇を享受するよりもさらに多く消費することを望んでいるならば、それを敢えて是正する必要はないという考え方もできるかもしれません。ただし我々が行った研究では、日本人の長時間労働は少しでもお金が欲しくて行われているわけではないことが、わかってきています。以前、RIETIで「宝くじが当たったら、働き方を変えるか」「今の時間当たり賃金のままで、自由に労働時間を変えられるとしたら増やしたいか減らしたいか」といった仮想質問の調査をしたことがありますが、英国人、ドイツ人、日本人で結果はそれほど大きく変わりませんでした。こうした結果を踏まえると、今の日本人の働き方は日本人に固有の国民性に起因しているというわけではないと考えられます。日本全体で、もっと余暇を楽しむという文化にしていくことは可能だと思いますが、それを社会として変えていくためには、大きな「てこの原理」のようなものが必要です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。