アベノミクスの現状と課題―金融市場からの視点―

開催日 2014年1月29日
スピーカー 熊野 英生 (第一生命経済研究所 首席エコノミスト)
モデレータ 片岡 隆一 (RIETI コンサルティングフェロー / 経済産業省 経済産業政策局 調査課長)
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開催案内/講演概要

安倍政権の経済政策が始まってから1年。アベノミクスが成功したこともあれば、達成できなかったこともある。積み残された課題は構造問題である。成長戦略は、構造改革に切り込みやすくするための環境整備である。構造問題が身軽になると、成長のポテンシャルも上がる。 現状分析は、(1)欧米金融緩和にシンクロした為替、(2)生産回復と個人消費拡大、(3)シニア消費による底上げ。今後の展望は、(4)消費税は日本経済を失速させない、(5)消費税増税のインパクト、(6)消費税増税後のシナリオ。課題は、(7)賃金は上昇するか、(8)社会保障費の重石、(9)産業空洞化問題、(10)2020年問題と2025年問題、(11)人口減少にどう対処するか、をイメージしている。

議事録

アベノミクスに対する受け止め方

熊野 英生写真消費税率が5%に引き上げられた1997年は、アジア通貨危機の時期と重なりました。なぜ消費税がハードランディングになったかというと、国内の不良債権問題だけでなく、当時は製造業が海外へ活路を見出せる情勢ではなかったことも大きな要因だと思います。

先週金曜日(1/24日)から、アルゼンチンやトルコで通貨危機的な状況が始まっています。この動きがどこまで広がるのか――。波乱は今後も続くと思われ、海外の経済・金融情勢からも目が離せない状況にあります。

現在、アベノミクスにはいろいろな賛否の声があります。批判の声としては、「企業経営者」が抱く不安(円安・株高がなくなれば何も変わらないのではないか)、「地方」へ行って耳にする不満(地方には恩恵が来ていない)、「若者」たちから漏れる不信(いずれにしても自分たちの将来は明るくない)、の3つが主に聞かれます。

今のアベノミクスが目指しているのは、賃上げであり、設備投資を呼び込むための法人税減税です。つまり円安・株高だけでなく内需を強くすることに成功すれば、企業経営者や地方の不満は解消されていくでしょう。

一番厄介なのは、若者たちが明るい未来を持っていないことです。年金システムの問題もあります。2020年の東京オリンピックを含め中長期的に日本がどうなるか、経済成長の蓋然性が高まるような実体経済の改善が2~3年続ければ、若者の見方も変わっていくと思います。

これらの見方にオーバーラップする形で、「金融市場」にも、アベノミクスに対する不満(円安・株高がなくなれば何も変わらないのではないか)と期待感(成長戦略を達成してほしい)があります。金融市場では、成長戦略は“構造改革”という意味合いで受け止められており、アベノミクスが次第に構造問題、中長期的・持続的な景気回復へと焦点を移していくことを期待しています。

待ち構える関門として、「2020年問題」と「2025年問題」が挙げられます。2020年の東京オリンピックに向けたインフラ整備のために、せっかく社会保障を補強するために引き上げた消費税の税収増も、取り返しがつかないような巨大な財政負担を強いられるのではないか。また2025年には、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になります。そこで医療費や財政支援が増大することが予想されます。

つまり2020年のプライマリーバランスの黒字化は、これらの問題を念頭に置いて財政構造を強靭にしておくことが必須です。社会保障改革、財政再建に取り組むことが、中長期的には評価される政策だと思います。

本当にやってほしい成長戦略

これまでの成長戦略は、どちらかというと「大きな政府」路線の成長戦略だったと思います。しかし介入をなるべく減らし、民間に任せる環境を整備する「小さな政府」の思想が必要です。インプットを重視するのではなく、結果的に経済が上向くというアウトプットを重視するべきでしょう。小泉政権時の構造改革では「民にできることは民に」という方針が明確でしたが、アベノミクスは、まだそのような衣替えをしていません。

経団連は2011年、国内企業が海外企業と競争する際に負担となる“六重苦”として、「円高」「法人税の重さ」「自由貿易協定の対応」「過剰な労働規制」「CO2削減などの環境規制」「電力不足」を挙げています。こうした企業側が望んでいる、負担の軽減をする必要があります。アベノミクスはこの六重苦のうち、まだ半分も軽減できていないのが実情だと思います。

とりわけ電力不足問題は、日本のものづくりにとって足かせになっています。企業の要望は山ほどありますが、それを漸進的に行っていくことで企業の負担を軽減し、政府の介入をなるべく少なくすることにつながります。

目先の問題のみならず、日本は構造改革をしなければなりません。社会保障負担、産業空洞化、労働市場の変容(非正規化)といった問題は、景気が回復しただけでは解消しません。またイノベーションを考える上で、「リスクをとる主体が不在」という現状があります。金融機関には依然として土地担保主義がこびりついており、リスクマネーを躊躇します。今の成長戦略には、リスクテイクを促すアイデア、そして具体的処方箋が乏しいといえます。

金融緩和効果は景気回復とシンクロした

アベノミクスには、円安株高の効果が大きく効いています。アベノミクスは2012年11月に始まりましたが、同年9月に米国はQE3(量的金融緩和政策の第3弾)を始め、欧州も国債を無制限に買い入れるという大規模な金融緩和をアナウンスしました。つまり、大量のマネーが市場に供給されるというアナウンスが起こった後に、「日本は改革をしますから、どうぞ投資をしてください」とビジネスチャンスを提供し、昨年5月の時点では一時株価が1.8倍、為替は25%円安になったわけです。

米経済の回復は、2013年半ばから拡大しています。「ISM製造業指数と日本の電子部品デバイス」(出所:ISM、経済産業省)の推移をみると、両者は一致した動きをしています。今の製造業は、海外の景気拡大を追い風にした輸出拡大と駆け込み需要が効いているのが現状です。

強くなってきた個人消費

消費税増税を目前に控え、個人消費は好調に推移しています。「クレジットカード業の取扱高」(出所:経済産業省/特定サービス産業動態統計調査)は急激に伸びており、賃金・所得は増えなくても消費を増やしている効果が、そこかしこに見られます。

資産効果は単に株価上昇の効果のみならず、東京・首都圏の住宅価格の持ち直しなどを通じ、広い範囲で好影響を及ぼしています。土地を持っている人たちにとっては、暗黙のうちにマインドが改善する基礎になっているようです。消費が拡大していく底流には、一過性の駆け込み需要ではなく、かなり強いトレンドがあるものと思われます。

消費税については、「駆け込み需要」「反動減」その後の「実質購買力の減少」という3つの局面を把握することができます。消費税率が上がった後の問題は、購買力ダウンです。家計において、消費税率にかかわらず生活必需品は買わなければなりません。そこで選択的消費、とりわけレジャーや外食、国内旅行、教養娯楽といった分野に、しわ寄せが及ぶと考えられます。

経済産業省は1998年3月、消費税率引き上げ1年後における価格転嫁状況の調査を行いました。そこで「ほとんど転嫁せず」と答えた割合は、サービス業の中小事業者が非常に多くなっています。この状況は、今年の引き上げ時にも同様にみられることが予想されます。

非製造業の業況判断DIや需給ギャップをみると、価格転嫁は相対的にはしやすいと考えられますが、中小サービス業では価格転嫁が進まず、企業業績の悪化する下押し圧力がかかります。おそらく消費税率引き上げ後は、価格転嫁できる企業と、できない企業で、二極化が起こると思います。

労働市場においては、賃上げをして労働力を吸収できるようなセクターがある一方で、非正規に強く依存している中小サービス業は、賃金を上げることや雇用を延長することができず、非正規の分野では、雇用の悪化が見込まれます。消費税率の引き上げは、労働市場でも二極化を起こすことになるでしょう。こうした摩擦が、成長率を下押しすることになると思います。

強化された企業の収益体質

マクロでとらえて消費税率の引き上げを乗り切れるかどうかは企業の収益体質に依存する問題です。「損益分岐点売上高比率の推移」(出所:財務省/法人企業統計)をみると、全産業の損益分岐点は78%と歴史的にも低い水準にあります。これは売り上げが10~15%低下しても、利益を生み出せる体制であることを示しています。

一時的な売り上げでのショックであれば利益を引き続き出せるということで、過去の局面と比べて「打たれ強さ」も向上しており、消費税率引き上げによって景気が腰折れするということは、少なくとも国内の要因でみると考えにくいと思います。

肝心なのは、需要が増加することです。そのためには株価上昇が継続するとともに、賃金が上がることが重要です。「製造業・非製造業の労働分配率の推移」(財務省/法人企業統計)が示すように、リーマンショック以降、リタイアする人たちの人件費の軽減部分が若い人たちの賃金増加にシフトされていないことから、日本の大企業における人件費負担は大きく低減し、労働分配率もリーマンショック以前まで低下している現状があります。つまり、日本の大企業は先行きの不安を理由にしながら賃金を抑制してきたため、多少ベースアップしたところで、企業収益が揺るぐとは考えられません。

増えにくい賃金の構造

労働分配率を上げたからといって、十分に賃上げができるかというと、企業経営者には上げられない理由が別にあります。2004年以降、労働需給がひっ迫しても、賃金は上がりませんでした。そこに別の構造的な断裂があるのではないか――というのが、私の推論です。

2004年には年金改革が行われ、事業主負担として2017年まで0.17%ずつ料率を上げるという形で、強制的に労働分配を増やす必要が生じました。健康保険については2008年、後期高齢者医療制度が導入され、保険料率がぐんぐん上がりました。つまり、労働分配と資本分配の間に高齢化のコストが入ってきて、それが企業経営者にとって先行きの賃上げを抑制するブレーキになったわけです。ですから目指すべきは、高齢者の健康寿命を延ばし、国民の医療費を低減することで、医療・年金部分の企業負担を減らすことです。社会保障問題は、労働市場にも、財政にも関わっているわけです。

アベノミクスと日本経済とシナリオ

今年の日本経済の見通しをグラフに表すと、駆け込み需要によって消費増税の時点を天井に、もみ合いの局面が来て下落し、その後は自信を持って回復していくというN字型になると思います。取り組むべき構造改革に着手するには、今年後半が千載一遇のチャンスといえます。

しかし、その反対のリスクとして「元の木阿弥シナリオ」も考えられます。せっかく消費税の税収が8兆円増えたのに、また公共工事を増やしてしまう場合などです。今回消費税率を引き上げた後、財政再建についてポジティブな見方ができるためには、安倍政権が景気対策という名目でむやみに歳出を増やさない抑制的なスタンスが必要だと思います。

人口減少下で成長していくためには、1人当たりの設備投資、イノベーションを増やさざるを得ません。日本の津々浦々には、イノベーションのいろいろなアイデアを持った人たちがいます。成功事例を作るには多くの失敗が予想されますが、イノベーションのアイデアを投資に結びつけて実用化していかなければ、日本が経済大国として復活するのは難しいでしょう。

質疑応答

Q:

世界の体系の中で、日本の電機産業が革新的な最終製品をつくり、広める力が必要だと思います。また、最近広がっている国際的なM&Aについて、どのように思われますか。

A:

日本企業の悪いところは、組織の中にいろいろなアイデアがあるにもかかわらず、それを死蔵してしまう点です。たとえば、自動車の自動ブレーキの技術は2003年にできていたそうですが、規制があるために、ぶつからないのではなく、人為的に超低速にしてぶつけていたという人もいます。つまり、規制に過剰適応している面はあります。

日本人はスタンダードを変えることが不得手な国民性がありますから、日本人だけが議論するのではなく、経営層が内外で交流していくべきでしょう。自民党のいう「国際先端テスト」は、素晴らしい理念だと思います。日本だけにあるような規制を基本的に廃止し、内外の知識が交流しながら相互作用によって組織に埋もれたイノベーションが出てくれば、電気機械分野にもチャンスはたくさんあると思います。個人的には、グローバリゼーションやM&Aはあったほうがいいと思いますが、副作用が大きいことも否めません。

Q:

ブレークスルーのためには大きなイノベーションが必要だと思いますが、どのようにお考えでしょうか。

A:

カギになるのは金融業だと思います。日本で起業したい人は山ほどいますが、相手にしてくれる人は非常に少なく、とくに金融機関が投資するケースは限られます。ですから、ベンチャー精神を発揮して米国やシンガポールへ行き、成功している人もいます。

イノベーションは先見的にはわからないので、やってみるしかありません。イノベーションの足腰は金融業にあります。間接金融と直接金融が双方でリスクをとりながら、大きなリターンを得るのが理想ですが、リスクテイク時の損失に関して政府は支援をしないにもかかわらず、利益を得たときには大きく課税するという非対称性もあります。今後、金融のプロセス自身が多様化していくことで、大きなイノベーションにつながる小さなイノベーションが出てくるように思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。