世界経済と金融市場:今後の見通しと政策課題

講演内容引用禁止

開催日 2013年11月8日
スピーカー 木下 祐子 (国際通貨基金(IMF) アジア太平洋地域事務所(OAP) 所長補佐)
モデレータ 中野 岳史 (経済産業省 通商政策局 企画調査室長)
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議事録

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世界経済の最近の動向

木下 祐子写真今回の世界経済見通し(WEO)には、3つの要点があると思います。1つめは、世界経済が依然として低調であること。2つめに、成長のダイナミクスは変化しつつあること。3つめは、変化によって新たな政策課題が考えられることです。

世界経済成長ダイナミクスの直近の変化として、7月の世界経済改訂見通し(WEO Update)以降、新たな2つの展開があったと思います。第1に、米国の金融政策の変更(量的緩和縮小、テーパリング)の見通しが強まってきました。

第2は、中国をはじめとする新興国の経済成長が鈍化傾向にあるということです。リーマンショック以降、新興国経済は踊り場の状態にありましたが、最近になってさらに減速の兆候がみられます。中国やインドをはじめとするBRICsの減速は商品価格に影響をおよぼし、また中国の輸入が減ると他の国の輸出が鈍ることになります。

製造業購買担当者指数(PMI)をみると、つい最近のデータでは先進国が急伸しており、経済は回復傾向にあることが顕著になっています。それに対して、新興国は多少上昇していますが、それほど目立った伸びではありません。

米国の金融環境の引き締まりは、スピルオーバー効果によって他の先進国に波及しており、それによって新興国の資金調達もタイトになっています。また、実質実効為替レートの変化率を分析すると、為替政策が柔軟に市場圧力に対応していることがわかります。

新興国経済が減速している背景には、潜在成長力の低下と景気循環面のシフトがあります。政策的なインプリケーションを考えると、構造的な理由で成長率が低下しているならば、当然ながら構造改革をしなければなりません。しかし景気循環的な要因であれば、需要策などを講じることによって多少のクッションを与えることができます。

インフレ率は、一時のコモディティブームの頃に比べると安定基調にあり、その背景には最近の商品価格の安定があります。先進国におけるGDPギャップは回復基調にあるものの、いまだにネガティブであることから価格に影響を及ぼすことはありません。

世界経済見通しと政策課題

予測見通しを出すにあたっては、大きく3つの前提を置いています。1つめは先進国の財政政策について、米国は量的緩和を段階的に縮小し、金利に関しては、2016年までは据え置きとしています。ユーロ圏と日本は金融緩和政策を継続していきます。

2つめは先進国の財政政策について、米国とユーロ圏は緊縮緩和へ、日本はより緊縮方向に向かっていくとしています。 3つめは新興国に関して、ファイナンシャルコンディションや資金流出といった外的条件のタイト化は概ね一過性のものとみています。

WEOの2013年10月予想では、世界経済の実質GDP成長率は2013年に2.9%、2014年に3.6%となっており、2013年7月予想値から0.2ポイントずつ下方修正されています。その内訳をみると、先進国に大きな変化はなく、ユーロ圏はむしろ上方修正が行われています。米国は財政の短期的リスクがあるため、下方修正気味になっています。

これに対し、新興国は軒並み下方修正が入っており、ロシアは1.0ポイント、インドは2.0ポイント近くの大幅な下落となっています。中国に関しても、政策主導のソフトランディングではありますが、下方修正になっています。これがいわゆるダイナミクスの変化です。

2014年は持ち直すことが予想されており、新興国におけるプレッシャーも一過性のもので、徐々に回復するとみられています。先進国ではユーロ圏に回復の兆しがみえてきていることから、2014年の成長率は、久しぶりにポジティブになることが予想されています。日本は、このままアベノミクスが継続するものとみられています。

もう1つのダイナミクスの変化として、最近の世界経済の成長変化率には、先進国がより多く貢献しています。ただし、これはあくまでベースラインの予測のため、世界経済見通しは依然として下振れリスクにさらされています。短期的には、米国の財政リスク(一律歳出削減および債務上限引き上げに関する)、新興国経済の一段の成長鈍化、ユーロ圏の景気回復の遅れが挙げられます。中期的には、米国と日本の中期的な財政見通しの不透明性の継続、中東などの地政学上のリスクも考えられます。

では、政策課題として具体的に何をすべきでしょうか。先進国のうち、まずユーロ圏では銀行部門の修復、銀行同盟、構造改革に取り組む必要があります。銀行部門のバランスシートは世界経済危機以来ずっと悪化しているため、継続的かつ早急な修復が求められます。また現在、いわゆる銀行同盟に向けて動いているわけですが、何しろ大所帯のため、容易なことではありません。そして労働市場や生産市場、製品市場といったさまざまな難しい部分の構造改革を成し遂げなければなりません。これは日本にも通じることだと思います。財政政策に関しては、ユーロ圏は基本的に緊縮基調のため、これから先はむしろ緩和されていくことが予想されます。

日本は、アベノミクス効果で経済の活性化がみられていますが、中期的な財政再建計画を念頭に置かなければ持続的な回復はできないといわれています。また、適度なペースの財政再建や構造改革が継続して行われる必要があります。

米国の経済は堅調に推移していますが、財政政策に関する不透明性が高まっているため、それをなるべく払拭することが望ましいと思います。そしてより明確な金融政策の伝達が課題になることが予想されます。

新興国および発展途上国では、財政緊縮策、より強力な金融政策の枠組みなど、必要に応じて適切なマクロ政策を講じることが重要です。構造改革の推進については、インフラのボトルネック解消や燃料価格向け補助金の改革が必要になると思います。短期的な資金流出に際しては、為替レートで調整することが望ましいといえます。

アジア経済の見通しと政策課題

世界経済が鈍化している理由の1つとして、アジア経済も実際に鈍化しています。一時のような上がり調子の成長はなくなっていますが、レベルでみればアジアの経済成長率は高く、中国、モンゴルなどでは7%以上の成長が見込まれています。依然として、アジアが世界経済の牽引役であることは変わりません。

株式と債券の累積フローや為替レートと外貨準備率の変化をみると、アジアも金融資産価格の調整局面に入っています。しかし最近は、一時の急激なプレッシャーはあまりない状況です。また金融環境をアジア全体でみると、多少タイト化したものの全般的には良好といえます。アジアの底堅い成長の支えになるのは内需ですが、アジア特定地域の成長率予想の内訳では、中国では公的需要も一定の比率を占めていますが、インドは完全に民間需要で占められています。この状況が続く限り、輸出が多少鈍ったとしても全体的な成長はポジティブを維持できると思います。

インフレ率に関しても世界経済と同様、それほど目立った上昇はみられません。ただしインドネシアやインドなど、異なった理由で消費者物価指数増加率が5%を超える国もいくつかあります。

アジア経済の見通しは、アジア全域に関しては2013年の実質経済成長率は5.1%と、依然として堅調な成長を遂げることが予想されています。その内訳として、ASEANが4.9%(2012年は5.7%)と顕著にスローダウンしています。とくにインドネシアは5.3%(同6.2%)と1.0ポイント近く減速しています。タイは3.1%(同6.5%)と大幅に下落していますが、これは洪水の後に需要が増大した影響で2012年のベースが高かったためです。アジア先進国は2.1%(同2.3%)となっています。リスクに関しては、世界経済と同じように下振れリスクの方が相対的にドミナントな状況です。

アジアの政策課題としては、まず「長期的成長を促すための構造改革」が求められます。いろいろな国でボトルネックが出てくることが懸念されており、たとえばインドネシアは天然ガスや石炭を輸出していますが、最近は供給の制約があるために伸び悩んでいます。インドでは一般的にインフラが立ち遅れており、投資環境が整っていません。こうした個々の課題に対応した構造改革を打ち出していくことが大切です。

「柔軟な為替・金融政策」では、資本の流出・流入の際、為替が多少のショックを吸収する役割を引き続き果たしていくことが必要です。金融政策は、自国のインフレやファイナンシャルコンディションによって対応していくべきでしょう。

また「金融安定性の確保」として、金融・財政政策を行うことで金融システムにいろいろな影響がおよびますが、たとえば以前、資本流出が起こる直前にクレジットバブルが起きている、あるいは不動産バブルが起きているとよくいわれていました。そうした場合、金融政策で対応するか、それ以外のことで対応するか、国によっていろいろなジレンマがあります。そこで、マクロプルーデンシャル政策によって銀行の貸し出しが増えすぎないように条件を課すなど、補完的な政策も必要になると思います。

「財政スペースの再構築」については、危機の後に構造的な財政収支は一般的に悪化していますので、景気刺激策を行いたくても、そのスペースがない国があります。ですから、小康状態のうちに正しい方向に舵をとっていくことが必要です。

まとめ

世界経済の成長は依然として低調ですが、成長ダイナミクスは変化しつつあります。先進国は徐々に回復しているのに対し、新興国経済は減速傾向にあり、依然として下振れリスクが優位に立っているため、注視する必要があります。

具体的な政策アジェンダとして、まず先進国では、信頼性が高く持続可能な中期的財政フレームワークの構築。これは公的債務が大きい国にとくに当てはまると思います。また金融システムの修復が、ユーロ圏でとくに求められます。新興国については、先進国の金融政策の正常化に対する備えを今のうちにしていく必要があります。また、従来に比べて低い潜在成長率に適応する政策を推進していくべきでしょう。

アジアは、いわゆる"Middle-Income Trap"(中産階級の罠)に陥らないように、長期的成長に向けた構造改革が必須といえます。そして需要の下支えをすると同時に、金融システムの安定も考慮した政策を打ち出していくことが要点といえます。

質疑応答

Q:

リーマンショックの際に中国が行った緩和政策は意図的なものでなく、資本取引の規制がきかなくなって緩和せざるを得なかったという論調があります。中国の為替制度、資本取引制度について、従来の取引を規制して為替をコントロールする機能は、どの程度残っていると考えられるでしょうか。

A:

一般論として、中国がリーマンショック時に緩和政策を行わざるを得なかったことは事実だと思います。そのサイズが大きかったため、結果的には世界経済を下支えしたということもあり得るでしょう。ただし中国は金利が自由化されていないため、いろいろな形で金融市場に歪みが生じています。それを変更していく必要があると当局が認識したために今回、政策の大まかな変更があるのだと思います。

資本取引規制は相変わらずあるのですが、中国の場合、急激な資本の流出が仮にあったとしても、かなりのバッファーを持っているため、すぐに問題になることはないと思われます。オンバジェットだけをみると財政は健全なため、いろいろな策を練ることも可能でしょう。それほど悲観的な見方ではないというのが、コンセンサスだと思います。

モデレータ:

世界の経済成長率予想において、とくに注目した下振れリスクがあれば、うかがいたいと思います。また新興国の中でも、今回の見通しが下方修正された国や据え置かれた国など、明暗が分かれていると思います。こうした差は何に起因しているのでしょうか。

A:

もっとも思いがけない、そして新しいリスクの1つは、米国の財政リスクです。やはり大きな国における変化は、全体に与える影響が大きいわけです。たとえば中国経済がどうなるかによって、新興国全体の動きが大きく変わります。ですから、この2つが大きな新しいリスクといえます。

新興国の中で低迷している国は、インフレ率が高い、経常収支が赤字傾向にあるといった点を市場が織り込んでいるものです。何か問題が起きたときに持ちこたえられるかどうかを考えると、リスクが大きいためです。外資がどの程度入ってくるかといった市場の見方など、経済成長率には第3の要素が多少影響していると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。