日本は議院内閣制か

講演内容引用禁止

開催日 2013年11月7日
スピーカー 野中 尚人 (学習院大学法学部 教授)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETI コンサルティングフェロー / 経済産業省 貿易経済協力局貿易管理部 安全保障貿易管理課 安全保障貿易国際室長)
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日本の統治システムは、一般的には議院内閣制と言われている。しかし、現実に対する認識としてはどうであろうか。ヨーロッパの主要な議院内閣制の国と比較し、日本の統治システムの特徴をとらえ直すことが必要になっている。特に、国会の実態を見ると、それが国会自体の機能の仕方にとどまらず、政府との関係、与党との関係などに深刻な負の影響を及ぼしていることが分かる。これらの問題が「決められない政治」の根幹部分の問題でもある。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

はじめに

野中 尚人写真日本の政権運営を国民の乗った1台のバスにたとえるならば、行政と立法を一元化し、1人の運転手にハンドル、アクセル、ブレーキをすべて委ねることが議院内閣制の骨格だと思っています。ところが日本のバスは、エンジンが弱いという特徴があります。つまり、国会でものを決める仕組みがなく、決めるまでに時間がかかります。重要法案を通そうと思っても、ブレーキがかかってスピードが出ないわけです。

戦後の自民党の体制は、広く舗装された走りやすい道路であったといえます。ところが1980年代の終わりからいろいろな問題が起こりはじめ、気づいてみると、運転手1人で走っているのではなく、助手席にいる人が強力なブレーキを持つようになりました。このブレーキとは参議院、場合によっては野党を指しています。さらに、助手席にはハンドルもついていて、どうやら進路を曲げられているようです。そのブレーキはとくに強く、自動車教習所の教習車のように本当に止めることも可能です。

日本のバスのもう1つの特徴として、運転席・助手席と客席との間に官僚たちが座る第2列があり、そこにもサイドブレーキと小さなハンドルがついています。前述のように運転手1人で走るバスを議院内閣制とすると、そうではない要素がたくさん入っているわけです。助手席は、明らかに憲法制度のつくり方の問題です。しかし、第2列の官僚への影響力については、憲法には書かれていないリアルポリティックスといえます。

戦後日本の独特のパターン

戦後の日本政治は、大きく3つの特徴をもった独特のパターンといえます。1つめは「政権交代の欠如」です。自民党が勝ち続ける一党優位体制の仕組みです。1980年代半ばまでは、この仕組みが功を奏したと思いますが、その後は、同じ仕組みでは立ち行かなくなってきているのが問題です。いずれにせよ、50年近くも1つの政党が政権を担うという現象は、他の国にはみられません。

2つめは、「官僚への過度の依存と癒着」です。たとえば法律をどのようにつくり、どのように根回しをして立法化していくかなど、相当特殊な形になっていることは否定できません。3つめは、「Easy Money Politics」です。経済成長と安定した国際環境を背景に、お金を使うことで問題を解決するという恵まれた状況を続けられたということです。しかし今や、逆回転が始まっているわけです。

ガラパゴス化した国会システム

日本の国会は、合議制機関としてもっとも重要な本会議の開会時間が非常に短く、たとえば2012年には国会会期は240日ほどありましたが、そのうち本会議は40日弱、合計60時間にすぎません。これに対して、欧州の主要国では1100~1200時間に上ります。つまり、これだけ少ないということは、大変に変則的なやり方だということをよく示しています。まるで審議を拒否している状況になっているといえます。

日本の国会改革は、諸外国に比べて「3周遅れ」だと思います。二院間関係の未整備、政府立法における政府の地位と権能の排除、国会の多機能化・現代化によって、国会がガラパゴス化しています。与野党は固定化し、非常にいびつなバランスでの金縛り状態となっており、決める仕組みが欠如しています。多数党は不十分な主導権しか持っていないためです。その裏返しに、野党は強い拒否権を持っているため改革を拒絶し、いろいろな慣行が積み重なっています。

また「国会至上主義」のおよぼす深刻な負のスピルオーバーとして、政府のイニシアティブが強く阻害されます。たとえば国家戦略局の設置が構想されていましたが、まともな法案審議に入らないうちに消えてしまいました。英国、フランス、ドイツでは、政権が発足した翌日につくることも可能で、首相あるいは大統領が事実上の権限を持っています。しかし日本は法定事項としているため、法案を提出して国会を通す必要があります。これが今の時代に合っているのか、疑問に思います。

政治家、政府の首脳に時間がなさすぎるのは、日本の大きな特徴だと思います。その最大の要因は、国会との関係が難しすぎることでしょう。与党内で反対のある状態で国会に持っていくと収拾がつかなくなるため、とにかく与党事前審査を経て、あとは野党との駆け引きだけにして何とかしのぐという大変な交渉をしているわけですが、国民からは国会・議員が仕事をしていないと不信を買っています。

機能する議院内閣制の実態的骨格

議院内閣制には、いろいろな定義の仕方がありますが、根本的には政権の存続が下院の信任に依存するということです。そして、国民が直接選挙で議会を選び、議会から首相を選ぶ。首相は大臣を任命し、政府を構成します。その大臣が官僚を指揮して行政を執行し、その結果が国民に戻ります。このように、委任と責任の連鎖が一本化されています。

そこで、下院多数派の支持による政権の存続 (Survival) と統治の有効性 (Effectiveness) の確保という2つの骨格をみることで、議院内閣制のあり方を考えることができます。政府は、議会多数派に対して常にアカウンタブルでなければならず、信任を維持できなければ政府は崩壊します。こうした点も、大統領制とは異なります。他方で、Effectivenessが実態的に意味するのは、予算・政府立法・任命の実行です。この3つは、ねじれ国会においては致命的に難しくなりますが、実は日本の場合、ねじれていなくても有効性についてのパフォーマンスが大変に悪いといえます。では、国会をうまく回すには、どうすればいいのでしょうか――。

機能する議院内閣制の実態的骨格として、まず「国民の選択を基礎とするマニフェスト・サイクルの確立」が挙げられます。日本は55年体制の間、常に自民党が勝利してきたため、いろいろな人が勝手なことをして、事後の交渉で決めるようになり、そんなやり方にブレーキをかけるため、国会の中でいろいろな仕組みがつくられてきました。特徴として、交渉ごとが異常に多く、実行のフェーズが異常に遅い状況がありました。そこで、国民の選択を基礎とするマニフェストを実行させて、アカウンタブルにした上で国民が選挙で選び直すというサイクルによって、少しずつ改善していくということです。

討論することはもちろん重要ですが、決定と実行をしていくことも必要です。野党や大臣の役割も、そういう意味では補完的な機能になるということです。また、政党は組織・機関として責任を負うべきですが、これを担っていないのが、日本の難しさの1つの側面です。中選挙区制の最大の問題は、派閥と個人後援会の選挙が有効に機能する仕組みのため、政党よりも派閥が重視されるようになっていたことです。これに似ているのはイタリアです。

主要国における2つの議院内閣制のモデル

主要な国の中で、議院内閣制がうまく回っている国として、英国、フランス、ドイツを挙げることができますが、私の判断では、英仏モデルとドイツモデルは大きく異なります。英国とフランスは、制度化された権能による議会内部の立法プロセスにおける政府の主導権の確立によって、審議日程・順序、修正・議決など、審議打ち切り・出口の設定がすべてできます。また、政党内部での集権化と党規律の確立によって、Effectivenessの3つの側面、つまり予算・政府立法・任命の実行をクリアしていくことができます。

ドイツはまったく異なります。詳細な連立合意と政党・会派の規律による内閣提出法案の立法であり、制度・権限による政府の議会内主導権はほとんどありません。これは日本と非常に近いところです。ドイツは、議会の自律的な権能を重視し、議会内の立法過程において政府は強力な権限は与えられていません。それを代替するために、実務者レベルまで下ろした詳細な連立合意を作成し、その実現・立法化を党規律(会派規律)によって担保する仕組みです。

しかしドイツでは、首相に非常に強い権限を与えています。首相は守られており、安易な不信任案は通らない仕組みになっています。建設的不信任という制度を聞いたことがあると思いますが、日本でいうならば、自民党と共産党が手を組んで民主党政権を倒すといったことができません。同時にドイツの首相は、行政をコントロールする強い権能を持ち、政府の基本政策方針は首相1人で決められるようになっています。首相が単独で行政組織を編成する権限も持っています。

議院内閣制からの深刻な逸脱ではないか?

日本の体制は、本当に議院内閣制と呼びうるものになっているでしょうか。我々は、考え直すべきときに来ていると思います。議院内閣制とは、国民から議会、首相、そして国民へ戻っていく権限委任と責任の連鎖であるわけですが、日本にはまず、それが効いていない部分が多い状況にあります。それが表われているのが、「弱い首相」とトップリーダーシップの脆弱性です。

「弱い首相」については異論を唱える人もいて、たしかに戦前の首相に比べればはるかに権限は強いため、研究者の中には「首相支配」という人もいます。そういう側面もあるとは思いますが、冷静に比較すると、やはりこれは難しいと思わざるをえないところがあります。

たとえば、わが国でも閣議決定をずっとしてきたわけですが、閣議で決定する案件は、ほとんど事前に結論が出ています。つまり閣議決定の文書が、一字一句変わらない状態まで詰められて、それが閣議の場所に出てオーソライズされていきます。これは、たしかによくできた1つの仕組みといえるでしょう。しかし私はある時期から、これに疑問を持つようになりました。

閣議という場で政治的な意思決定をしないことにどういう意味があるのか、いろいろ考える必要がありますが、やはり首相が弱いということは、ほとんど疑いないと思っています。橋本行革のとき初めて、首相が閣議に対する議題請求権を持っていることを正式に認めたくらいですから、英国やフランスとは比較にならないと感じています。

日本の実態として、与党事前審査システムは欠かせないという人も多いと思います。しかし、それは国会が難しすぎることに起因しています。与党、さらには政府にとって二重に難しい状況のために国会内でやるべきことができず、オーバーフローを起こして、事前に外でやることになってしまうわけです。

私は、安倍政権の「決めたら、スピード感をもってやらなければならない」という意識は評価しています。おそらく最初からその意識はあったのだと思いますが、一度下野した後で政権に復帰し、明らかに今回はもう勝負するしかないという取り組み方に大きく変化したとみています。政権交代効果は上がっているということです。

ただし、安倍政権を支えている制度基盤は、依然として極めて脆弱といえます。憲法や国会をめぐる仕組みはほとんど変わっていない中で、変わったのは前民主党政権との相対的な評価や支持率であり、それが政権を支えています。しかし、その土台は弱く、一旦支持率に異変が起こり始めると、転がるように駄目になる可能性も考えられます。ネガティブに考えるよりも、とにかく頑張ってもらうしかないわけですが、先行きはなかなか大変かもしれません。

質疑応答

Q:

日本には、内閣の決定事項以外に、閣僚懇談会のフリーディスカッションで事前にうまくこなしたり、持ち回り閣議でサインして決定したりと、英国と同様の慣習的な仕組みもあります。そのため、党内ガバナンスがしっかりすれば、日本の首相も強いリーダーシップをとれる気がしています。制度的な面では、どのような部分を直せば、首相が強いリーダーシップをとれるようになるでしょうか。

A:

制度的には、英国には憲法がないため明文化されていませんが、ドイツやフランスでは、憲法に首相の権能が書き込まれています。慣習的には、英国は閣僚委員会を設置する権限を首相が持ち、その委員長を任命できます。その委員会で、全体閣議と同様に委員長に「要約」する形で決定する強い権能を持たせることを通じて、全体として首相がコントロールする仕組みを構築しているわけです。また、首相は行政組織を自由に改編することができます。こうした2つの仕組みは、日本ではできないと思います。発想を変えれば可能な部分もあると思いますが、合わせ技になると動きがとれないのが困ったところです。

モデレータ:

日本は、引き続き英仏モデルを目指していくのでしょうか。それともドイツモデルのほうが日本の風土に合うとお考えでしょうか。

A:

英仏モデルを追求していくことが、いいのかどうか。その実現性を考えても、疑問符のつくところです。一方で、ドイツモデルの難しさは連邦制です。日本の参議院がドイツの連邦参議院ほど大きな権限を持ち、現在よりさらに手ごわい相手になる状況を想定すると、実現は難しいと思います。英国やフランスは大陸型の仕組みを一部導入し、2つのモデルは収斂しつつある面もありますが、政府権限には大きな違いがあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。