保育所整備と両立可能性

講演内容引用禁止

開催日 2013年10月2日
スピーカー 宇南山 卓 (RIETI コンサルティングフェロー/財務省 財務総合政策研究所 総括主任研究官)
モデレータ 坂本 里和 (経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室長)
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安倍内閣の成長戦略の柱の一つである保育所の整備について、その意義・インパクト・問題点について分析する。保育所の整備によって、少子高齢化の進む日本において最も重要な指標の1つである「結婚・出産と就業の両立可能性」が高まると期待できる。しかもそのインパクトは、定量的にも大きいと予想できる。しかし、保育所の整備目標として待機児童の解消を掲げることには若干の懸念があることを示す。

議事録

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結婚・出産と就業の「両立可能性」

宇南山 卓写真女性が結婚・出産を機に労働市場から退出してしまう状況は、現在でも多くみられます。女性の労働力率は20代後半から30代前半に低下する傾向があり、仕事をしながら結婚・出産するのは難しいということが、ある種の常識になっています。

女性が「子供」か「仕事」かの二者択一に迫られるのは社会・経済の環境次第であり、その二者択一の度合いを「両立可能性」と呼びます。両立可能性が低い社会の場合、女性の社会進出を促進すれば少子化が進み、少子化対策を推進すれば女性を「家庭にしばりつける」ことになります。ですから二者択一の度合いを緩めることは、今の日本において極めて重要な政策課題といえます。

日本では、結婚と出産はほぼ「同値」の意思決定とみなされています。結婚せずに出産することを選択する人はほとんどなく、人口動態統計によると、出生数に占める「嫡出でない子」(婚外子)の割合は、2010年で2.15%しかいません。また、結婚の持続期間が15~19年の夫婦のうち、子供がいない世帯は2010年で6.4%に留まり、結婚後に第1子誕生までの期間が5年以内の比率は89.3%を占めます。このように日本では、結婚後に出産するかどうかの葛藤はあると思いますが、統計上は結婚と出産の意思決定は切り離すことはできず、1つの意思決定と見なさざるを得ません。

仕事と結婚・出産の両立可能性を考えるときに、よく出てくるグラフが「M字カーブ」です。女性の年齢を横軸にとって労働力率の推移をみると、高校などを卒業した後、ほとんどの人が就職をしますが、結婚・出産を機に働く女性は減少します。その後、子どもの成長につれて職場復帰し、年齢とともに引退をしていくという流れでM字を描くわけです。このM字こそが、まさに両立可能性の困難さを表しているということは、古くから注目されていました。

1980~2010年のM字カーブを比較すると、Mの底が極めて浅くなり、台形に近くなってきています。これによって、両立可能性が高まっているように思われがちでした。しかし、本当に結婚・出産と仕事の両立は、より可能になったのでしょうか。

20~39歳の女性について集計すると、労働力率は1980年に55%程度でしたが、2010年には65%を超えています。また同時に、この年齢層の女性の結婚経験率は、1980年に75%弱を占めていましたが、2010年には五十数%まで下落しています。つまり、より多くの女性が働くようになったのは事実ですが、その一方で結婚する女性も減少しているわけです。それは両立可能性が上がったとはいえないのではないか――。それが本研究のモチベーションとなります。

M字カーブの解消は、単に「20~39歳の女性は結婚している」という思い込みが壊れただけであって、両立しやすくなったわけではないと考えられます。それを明らかにするために、コーホート分析によって時点ごとの両立可能性を計測しました。

両立可能性の決定要因

結婚した人の割合(未婚者の割合の減少)を横軸に、退職者の割合(非労働力率の変化)を縦軸にとって図を作成し、両立可能性の推移をみると、現実のデータとは思えないほど右肩上がりの一直線を描いています。この結果から、より多くの女性が働くようになり、結婚する女性は減ってきたとしても、結婚した人と仕事を辞めた人の比率は1985年と2005年で変わらないことがわかりました。つまり両立可能性に変化はなく、女性の労働力率が向上した要因は、結婚・出産をしなくなったためであることを表しています。

このように、2005年以前の20年間にわたって両立可能性がほぼ変化しなかったことは、非常に重要なメッセージです。これと同様の分析を都道府県別で行うと、どの都道府県をとっても両立可能性はほとんど変化していません。ただし東京や大阪のような大都市部では、結婚した人の割合に対して退職者の割合が高く、ほぼ1:1に近い結果になっています。一方で、富山、福井、山形、石川、鳥取、島根などでは、結婚した人が多いにもかかわらず退職者はそれほど多くありません。言い換えれば、都市部では両立しにくく地方部では両立しやすいという地域差のあることが明らかになりました。

結婚・出産と仕事の両立可能性は、2005年までは時点を通じて変化しておらず、都道府県ごとに大きく異なり、かつ都道府県ごとの時系列的な変化も小さいことがわかりました。ならば両立可能性を規定する要因も、地域差が大きく、かつ時点を通じて変化していないものと考えられます。

これを当てはめて考えると、「育児休業制度」は1991年に導入されてから拡大傾向にあり、育児休業制度を活用する女性も増加してきました。つまり、時点ごとの変化が大きいにもかかわらず両立可能性は変化しなかったということで、育児休業制度は両立可能性を決める要因とはいえません。

次に「3世代同居」は、地域差については説明力が強いのですが、時系列で考えると急激に低下傾向にあり、とくに日本海側の各県では低下傾向が強くなっています。しかし日本海側の各県における両立可能性は以前から継続して高いため、3世代同居が両立可能性の決定要因であるとは考えにくいわけです。

同様に「保育所の整備状況」について、1985~2005年までの保育所の潜在的定員率(25-44歳の女性人口との比)をみると、全体的に概ね横ばいとなっています。これを都道府県別にみると、相対的に保育所の整備されていない大都市部では低く、保育所が整備されている日本海側の地域で高い傾向がみられます。この保育所の潜在的定員率こそ、地域差が大きく、かつ時点を通じて変化していないという観点で、両立可能性の決定要因であると考えられます。

その後、2010年の国勢調査のデータを用いて同様の手法で図を作成したところ、傾きに若干変化がみられました。結婚した女性のうち仕事を辞める人の割合が昔は8割近かったのですが、2010年には6割程度になったことがわかりました。つまり2010年になって、両立可能性の大幅な改善がみられるようになったのです。

そこで、保育所の潜在的定員率をみると2003年頃から上昇しており、ほぼ同時期に保育所の整備も大きく進んでいました。たしかに今、日本の両立可能性は高まりをみせており、それをバックアップしているのが保育所の整備であることは、間違いないと思います。

待機児童解消加速化プラン

通常よく使われる保育所定員率(保育所定員/0‐6歳人口)は、1980年から継続して上昇傾向にあり、一貫して保育所を整備してきたと主張することが可能です。しかし保育所定員そのものでみると、1980年台に215万人のピークを記録した後、2000年頃まで減少を続けました。1980年はいわゆる団塊ジュニアが保育所へ通っていた頃ですが、それ以降、子どもの減少に伴って保育所も減ってきたのが事実だと思います。ところが保育所を減らすペースよりも子どもの減るペースのほうが早かったため、保育所定員率は上昇していったわけです。

政策目的としての妥当性として、結婚・出産と就業の両立可能性は日本経済の将来を決めるカギであり、保育所の整備はほぼ「唯一」の両立支援策といえます。では、いざ政策として実行する際、どのような目標を立てるべきでしょうか。

かつては保育所定員率が注目されていたわけですが、最近は待機児童数を減らすことが、ある種の政策目標として掲げられています。しかし、これは非常に不安定な指標です。入所希望者が増えれば待機児童数は増加するため、保育所整備とのいたちごっことなり、入所希望者を減らせば待機児童数は減ることになります。実際、待機児童の定義は自治体によってバラバラで、「認可外保育所に入っている子どもは待機児童ではない」、「育休が延長できた家庭の子どもは待機児童として数えない」などと定義を変え、保育所整備によってではなく、入所希望者を減らすことで待機児童数を削減しようというインセンティブを与えてしまう危険性があります。そこで私は、潜在的定員率(保育所定員/25-44歳女性人口)によって保育所の整備状況を測ることを提案しています。

現在、第3の矢である「成長戦略」に基づき、「待機児童解消加速化プラン」が進められています。具体的には、緊急集中取組期間(2015年度まで)に20万人分の「保育」、2017年度までに40万人分の「保育の受け皿」を用意することを目指しています。これが実現すると、潜在的定員率を1.2%程度引き上げ、結婚・出産による離職率を36%程度低下させる効果が見込まれます。結婚した女性のうち、仕事を辞める割合が3分の1程度に留まり、毎年21万人の女性が労働市場に残る試算となります。

両立可能性と未婚化・少子化

ここまでで、保育所を整備すると両立可能性が高まることを説明してきましたが、両立可能性が結婚する女性の数に与える影響については、まだ触れていません。そこで次に、両立可能性を高めれば、婚姻率・出生率の上昇も期待できることを示したいと思います。

両立可能性には都道府県ごとに地域差がありましたが、1980年頃まで、都道府県ごとの婚姻率の差は小さいものでした。ところが2010年になると、両立可能性に地域差がある状況は変わらない中で、両立しやすい県ほど結婚する率が高く、両立しにくい県ほど結婚する率が低いという傾向が出てきました。

そこで、この結婚と就業の正の相関を生むメカニズムについて考えました。まず、どの都道府県・どの時点においても、20歳前後の結婚経験率はほぼ0%、労働力率は100%です。その後、39歳になった時点では都道府県ごとに差がみられます。つまり過去20年のうちに、両立可能性が結婚の意思決定に重要な役割を果たすようになったと考えられます。

両立しにくい都道府県に住む人は「結婚できない」と思い、両立しやすい都道府県の人は「結婚しよう」と思うわけです。そうなると、もともとの両立可能性の違いと意思決定の影響の度合いによって、結婚と就業に正の相関が発生することが説明できるのです。

このメカニズムと、両立可能性には地域差があり、かつ時系列的に変化していないことを組み合わせて考えると、両立可能性は、結婚するかしないかを決める重要なファクターになったことがわかりました。両立可能性が低くても、それだけでは未婚化の原因にはならず、2005年頃までに発生した何らかの要因によって、両立可能性が結婚の意思決定の重要な要因になったことが示唆されています。その何らかの要因については、現在執筆中のディスカッションペーパーにおいてメカニズムを解明中ですが、基本的には男女の賃金格差の縮小が原因であろうと考えています。

男女の賃金格差が縮小して女性でも1人で生きていけるようになり、結婚・出産と両立しにくい社会ならば結婚するのをやめようと考えるのは不自然ではありません。それが両立可能性を上げると何が起こるかを考えるときに、重要なカギを握ると思います。

残された課題として、認可保育所を増やすべきか、保育ママなどの「保育の受け皿」で代替が可能か、といった保育所の中身について議論する必要があります。また保育所でケアすることが子どもの発育にとっていいことなのか、あわせて考える必要があるでしょう。財政負担については、たとえば東京における保育所の運営費用は公営保育所で227万円、私営保育所で158万円とされています。こうした費用は誰が負担すべきであり、どういう負担構造が望ましいのか、といった研究も必要と考えています。

質疑応答

Q:

通勤時間も含めた仕事に占有される時間は、両立可能性に影響を及ぼすとお考えでしょうか。

A:

長時間労働も時系列的に大きく変化しているため、その意味では、おそらく両立可能性に与える影響は大きくないと思います。しかし長時間労働だからやめる、やめないという意思決定に影響はないとしても、両立を続けている人の苦しみは昔よりも大きくなったかもしれません。今後、政策を評価する際には配慮していきたいと思います。

Q:

2010年のデータでは、地域別の分析は行われたのでしょうか。

A:

2010年の国勢調査では不詳の項目が増えており、婚姻状態や労働力状態がわからない部分が多くなっています。全国に関しては補正できたのですが、たとえば東京の20歳前後で婚姻状態の分からない女性は20%近くに上ります。そのため、2010年のデータで都道府県別の分析を行うのは難しい面があります。感触としては、大都市が地方部に追いついてきた印象を受けています。

Q:

外国人の増加に関して、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

男女の賃金格差縮小に起因する未婚化の問題を考えると、低所得の日本男性も、依然としてアジア諸国の女性からみれば高所得です。アジア地域から花嫁を迎える国際結婚は、現実的な対策だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。