平成25年版通商白書:世界経済のダイナミズムを取り込んで実現する生産性向上と経済成長

開催日 2013年7月9日
スピーカー 青木 幹夫 (経済産業省 通商政策局 南西アジア室長(前企画調査室長))
モデレータ 佐藤 仁志 (RIETI研究員(非常勤)/アジア経済研究所開発研究センターミクロ経済分析研究グループ長/広島大学大学院国際協力研究科客員教授)
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議事録

世界各国と比較した我が国の生産性の状況

青木 幹夫写真平成25年版通商白書では、我が国が少子高齢化を迎える中で、中長期的な経済成長を実現するためにさまざまな施策の展開を通じた生産性の向上が必要であるという認識のもと、国際比較を交えて我が国の生産性の現状を分析しています。また国際展開戦略について、日本から海外へ出ていくアウトバウンド、海外から日本へ来てもらうインバウンドの双方が生産性向上に及ぼす効果を分析しています。

日本の実質GDP成長率の成長会計をみると、1990年以降、2000年代前半を除いてTFP(全要素生産性)の上昇による寄与が大きく低下しており、成長率の主な下押し要因となっていることがわかります。また、1人当たり実質GDP成長率を要因分解すると、労働生産性の上昇による寄与が低下しています。

労働生産性を国際比較すると、全産業では、日本は米国の6割程度に留まっています。90年代半ばまで、米国との差が縮まる傾向にありましたが、それ以降は開いたままです。製造業は、高度成長期には米国に肉迫し、90年代前半は米国の9割程度まで伸ばしていますが、その後、格差は拡大し、2009年には米国の7割弱となっています。非製造業は、継続して米国との差は縮まる傾向にありますが、絶対的な水準が低く、5割強という状況です。

製造業の主要産業の労働生産性について、2009年時点とピーク時の対米比の水準を見ると、一般機械や輸送用機器等、米国を上回る生産性水準を示す産業も存在しますが、いずれの産業もピーク時に比べて低下しています。とくに電気機器の低下は著しく、米国の急速な生産性の上昇によって、1991年のピーク時の対米比163.0%から、2009年には同47.7%に下落しています。

日本の産業別の生産性と付加価値シェアをみると、一般機械、化学、金属などの生産性の高い産業は国内シェアが低く、運輸・倉庫や卸・小売、飲食・宿泊といった生産性の低い産業で付加価値シェアが高くなっています。これが、日本全体の生産性が対米比で低い状況にある一因といえます。

この分析から経済全体の生産性の向上には、「高生産性部門の経済活動拡大」と「各部門の生産性上昇」という2つのアプローチがあることがわかります。高生産性部門の経済活動拡大のためには、輸出等によって海外需要を獲得していくことが重要です。

生産性向上における国際展開の役割

実証分析によると、業種、企業規模、企業年齢、所有構造(外資系か否か)の違いによる効果を除外してもなお、輸出を積極的に実施している企業、海外出資残高(対総資産比)が大きい企業、研究開発投資や情報化投資を積極的に実施している企業ほど、生産性水準および上昇率が高いという相関関係があります。

また、既に海外市場進出(輸出又は対外直接投資)している生産性の高い企業や、生産性が高いにもかかわらず海外市場進出していない企業が、その生産性を維持・向上しながら外需獲得によって経済規模を拡大すれば、経済全体の生産性を押し上げることになります。海外に進出していない企業の3割は海外に進出している企業の平均よりも高い生産性を有しています。

北米・欧州に輸出を開始した企業は、高度な市場における学習効果によって、生産性(TFP)成長率が輸出開始後、4年間にわたって向上する傾向にあります。今後、新興国市場が欧米企業の進出により高度化することによって、新興国市場への輸出による学習効果が現れることも期待できます。

オプトエレクトロニクスは、バーコード読み取り機器を製造・販売する企業です。創業から8年後の1984年、バーコード技術の本場である米国に現地子会社を設立し、本格的な海外展開を開始しました。米国進出により、日本で主流だったCCDではなく当時先進的だったレーザーによる読み取りへの特化に成功し、1989年には欧州へ進出し、更なる高付加価値製品の開発・生産性の向上に成功した結果、現在、同社はレーザーモジュールエンジンで世界シェア2位、国内シェア1位(90%以上)を獲得しています。

中堅・中小企業は、相対的に海外市場進出が遅れていますが、アンケート調査によると、海外市場に進出していない中堅・中小企業のうち、約4割の企業が海外市場進出に意欲を示し、約6割の企業は海外市場で自社製品が通用すると考えています。そして、海外市場進出に意欲のある企業は、解消すべき課題として「海外展開するための人材確保」、「海外展開するためのノウハウ獲得」、「海外市場に関する情報収集」を挙げています。

中堅企業は、雇用吸収や経済成長の源泉として世界的にも注目を浴びています。EU4カ国でみると中堅企業は全企業数の2%に過ぎませんが、売上高、雇用、GDPに占める割合は30%を超えており、経済活動を支える源泉となっているのです。その代表格として、ドイツ中堅企業(Mittelstand)が注目されています。

日本でも、中堅企業の売上高成長率は相対的に高い傾向がみられ、ダイナミズムの中心になっているといえます。日本にも、特定の分野に特化し、世界的なシェアを獲得している中堅企業が存在します。コンデンサ用セパレータ(世界シェア約60%)のトップメーカーであるニッポン高度紙工業、産業用冷凍機(同約35%)や冷凍船用冷却設備(同約80%)の製造・販売を主力とする前川製作所がその例です。

日本のサービス輸出額対名目GDP比(2010年)は2.6%で、英国11.4%、その他EU諸国12.5%と比較して非常に低い水準にあります。サービスの品質を日米比較したアンケート調査によると、概ね日本の品質の方が高いという結果が出ていますが、価格面を考慮すると日本の方が割高になる分野も存在します。コンビニや宅配便など、品質・価格の両面で評価の高いサービス業の分野において、海外需要を獲得できる可能性があります。

サービスから財の輸出拡大や他産業の海外市場進出に影響を及ぼしている事例として、広島の映像制作会社TSSプロダクションは、フランスの「NOLIFE」というテレビ局で毎週火曜日19:30~20:00の30分間枠で、「Japan in Motion」という日本に関する番組を放送しています。番組内で紹介した商品について、番組のHPでデザイン・価格等、その商品に関する視聴者アンケートを通しマーケティング調査をおこないます。桃太郎ジーンズは、アンケート結果を反映した商品をパリの2大有名ショップで取り扱ってもらい、パリの展示会にも出展するなど、フランスのみならず欧米各国、さらにはアジアへと販売を拡大しました。同じように、オタフクソースも番組を通し、海外での売り上げを大きく拡大しています。

我が国の生産性を上昇させるためには、海外の優れた企業・人材・技術を積極的に取り込み、国内のイノベーションを活性化させていくことも重要です。我が国で活動する外資系企業の生産性は内資企業のそれよりも高く、外資系企業が日本に来ることによって、産業の生産性が向上することが期待されます。他方、我が国の対内直接投資残高(GDP比)は国際的にみて低水準にあり、我が国企業が国外の外部組織と協力してイノベーションを進める割合も低くなっています。

R&D投資や情報化投資を積極的に実施している企業は、生産性(TFP)水準が高い傾向にあります。我が国の研究開発投資は、足もとでは伸び悩んでいるものの国際的にみて低水準ではありません。ただし、研究開発投資以外の人的資本や組織構造といった無形資産への投資割合が低い状況にあります。したがって、人的資本やブランド資産への投資も生産性向上に寄与すると考えられます。

実質IT資産の対付加価値比率の推移を、電気機器や通信といったITを生産する産業とITを導入する側の産業に分けてみると、我が国はITを生産する産業では比較的米国に近い水準でIT資産を蓄積しているが、ITを導入する側の産業では1990年代後半以降、米国がIT資産を急速に拡大し、日本は置いていかれている状況です。卸・小売や飲食・宿泊での対米生産性格差が大きいことを考えるとIT導入産業のITストック蓄積が期待されるところです。

我が国の国際展開のあり方

アウトバウンドとインバウンド双方からなる我が国の国際展開は、1)経済連携の推進、2)新興国等への戦略的な取り組み、3)海外の優れた人材・企業の取り込み、を軸に進めていくことが重要です。

経済連携については、TPP、RCEP、日中韓FTA、日EU・EPA等の交渉を多面的に進め、「経済連携の網」の構築を目指しています。経済連携の推進によって関税障壁や非関税障壁が取り除かれ、事業環境の安定性が向上することになれば、輸出促進や効率的なサプライチェーンの構築を通じて高生産性部門の経済活動が増大することが期待されます。

新興国地域では、2010~2020年にかけて中間層・富裕層が約14億人増加し、世界の消費支出増の約60%は新興国で生み出されることが予測されています。とくに、新興国で耐久消費財の普及率が急速に上昇するタイミングをとらえることが重要です。たとえば、インドネシアの冷蔵庫、トルコの電子レンジ、南アフリカの乗用車等の普及率は普及カーブの変曲点の手前に位置しており、今後急速に伸びる可能性があります。

新興国(インド、ロシア、ブラジル)の輸入額に占める各国の割合を見ると、我が国は米国、ドイツ、中国、韓国等に劣っています。今後、100万人以上の都市は新興国を中心に増大し、旺盛なインフラ需要が発生する見込みですが、インフラ受注においても、我が国は海外の競合に対して劣勢な状況にあります。

新興国等への戦略的な取り組みについては、成長戦略でも国際展開戦略として反映しています。中国・ASEANでは、既進出分野の更なる競争力強化、製造業だけでなく幅広い産業(クール・ジャパン等)における市場獲得を目指す「FULL進出」を目標とします。

南西アジア、中東、ロシア・CIS、中南米では、有望分野への本格進出と一定のシェア・存在感の獲得、投資拡大・技術協力推進による資源国との関係を強化する「CRITICAL MASS到達」を目指します。アフリカでは、日本の認知度も低く不戦敗状態にあることから、まず1つでも多い「成功事例の創出」から取り組んでいく必要があります。

このように地域別にきめ細かく分析し、「日本企業(優れた中堅・中小企業、サービス業)の海外展開支援」、「インフラ・システム輸出支援と戦略的経済協力」、「相手国からの資源供給確保」の取り組みを進めていきます。

海外の優れた人材・企業の取り込みについて、日本では、技術在留資格を持つ高度人材の新規入国者数がリーマンショックを契機に大きく落ち込んでおり、ショック前の水準を取り戻せていません。アジア・オセアニア地域統括拠点の進出状況をみると、日本に設置されたのは152拠点に留まっており、中国(350拠点)、シンガポール(343拠点)、香港(286拠点)を大きく下回る水準となっています。今後、出入国管理上の優遇制度、規制改革、特区制度の強化・活用等を通じ、国内の事業環境を整備することが必要です。

質疑応答

Q:

生産性の分析において、為替の問題はどのように反映されているのでしょうか。

A:

為替の影響ができるだけ出ないよう購買力平価を用い、数量の概念で生産性の比較をしています。

Q:

たとえば米アップルの付加価値の多くはサービス業のため、製造業として分析するのは実態的でないと思います。最近のビジネスモデルの変化について、どのようにお考えですか。

A:

サービス産業化する製造業の付加価値の高さは容易に想像されます。しかし統計的な限界があり、製造業の工程の中でサービスの部分を分けて比較することが困難でした。やはり、製造業のサービス産業化を急速に進展させたと思われる米国のコンピューターエレクトロニクスの生産性は、大きく上昇しており、サービス的な活動が大きな付加価値を生んでいると考えられます。他方、先進国で経済全体がサービス産業化する圧力が強い中で、ドイツでは、製造業がある程度の比率で存在し、高い生産性を示しています。製造業で、輸出を維持することも1つの方向性としてあり得ると考えます。

Q:

インバウンドの効果は、どの程度見込まれるのでしょうか。

A:

スピルオーバーを定量的に示すのは難しいところですが、生産性の高い外資系企業が日本で活動することによって、日本全体の生産性が向上する効果があると考えています。たとえばファストフードは外食産業の生産性を向上し、スピルオーバーも起こっていると思います。そのような効果を日本に呼び込むための施策を講じる必要があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。