『アベノミクス』で日本経済は再生するか?

開催日 2013年6月27日
スピーカー 熊谷 亮丸 (大和総研 チーフエコノミスト)
モデレータ 田中 将吾 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 経済産業政策局 調査課 課長補佐)
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開催案内/講演概要

2012年12月に成立した安倍晋三政権は「アベノミクス」と称される経済政策を推進している。①大胆な金融政策、②柔軟な財政政策、③投資を喚起する成長戦略、という「三本の矢」から構成される「アベノミクス」は、本当に日本経済再生の起爆剤となるのだろうか?この講演では、「アベノミクス」の中間評価を行うと共に、今後の経済政策の課題や日本経済の展望などについて考察する。

議事録

「アベノミクス」をどう捉えるか?

熊谷 亮丸写真アベノミクスの「三本の矢」のうち、金融政策はうまくいっていると思います。昨年11月14日の野田前総理による事実上の解散宣言から、株の時価総額は150兆円以上増加しています。これは国家予算の1.5年分以上に相当する規模です。為替が20円程度円安となる一方で、長期金利は概ね横ばい圏に留まっていますので、今回のアベノミクスは相当プラスの効果が出ているといえます。

先日、スティグリッツをはじめ世界トップクラスの学者を招いて開催された内閣府による国際会議では、アベノミクスの「三本の矢」という基本的な方向性が、極めて国際標準に則った真っ当な経済政策であるとの見方が共有されました。ただし、財政規律の維持と成長戦略の強化が大きな課題であることが指摘されています。

日本企業は、円高、自由貿易の遅れ、環境規制、労働規制、高い法人税、電力不足・電力価格の上昇、日中関係の悪化という「七重苦」の状況に直面していました。海外設備投資比率(製造業)の推移をみると、2009年以降、わが国では悪い「空洞化」が進展していたことがわかります。

民主党政権では、子ども手当を中心としたアンチビジネス的な政策がとられてきましたが、アベノミクスは、供給側・需要側、内需・外需のバランスをとることによって、プロビジネスの方向へ明確に転換しています。

日銀の大胆な金融政策は、ストレートに人々の期待に働きかけていくものです。たとえば、胃の悪い患者(日本経済)が20年間にわたって胃の専門医に通院していたが、「あなたは脳に問題がある(構造改革が進んでいない)」、「呼吸器に問題がある(財政赤字が積み上がっている)」などと論点をずらし、胃の専門医としての薬を処方してくれなかった。または処方したとしても、「効かない」あるいは「副作用がある」などと繰り返してきた。その状況がアベノミクスによって適正化し、金融政策がうまくいっていると考えています。

とくに為替の影響は大きく、円高が日本企業の輸出収益力を圧迫する中で、同時に世界市場におけるシェアが低下するという状況が続いてきました。韓国のマーケティング力とドイツのブランド力に挟まれて、日本企業は苦戦を強いられてきたわけです。

日銀が目標として掲げる「物価上昇率2%」は、期待インフレ率が4.2%上昇すれば、GDPギャップ0%で達成可能です。米国はやはり期待インフレを持ち直すことに成功し、これからゆっくりと出口へ向かっていきます。大切なのは、日銀が物価上昇率2%を達成可能であり、何としても達成すると言い続けることです。そして成長戦略における規制緩和の推進を、車の両輪として取り組んでいくことがポイントだと思います。

アベノミクスに対し、長期金利上昇によるマイナスの影響の方が大きいという批判があります。これに対し、3つの反論が考えられます。第1に、現在の金利上昇は景況感の改善や株価上昇を受けた「良い金利上昇」である可能性が高いことです。第2に、実質金利は相当マイナスで景気に対し刺激的な状況です。第3に、定量的にみて、よほど金利が急上昇しない限り、円安・株高のプラス効果の方が大きいことです。

市場関係者の2000年辺りからの経験則として、日経平均株価が1万3000円とすると、つり合いのいい金利水準は10年債利回りで1.3%といえます。現在の金利上昇は、ファンダメンタルズの改善や株高から来る「良い金利上昇」の側面が強いわけですが、このペースで1%を超えてきた場合、日銀がさらに買い増すことによって、この1、2年は1.2~1.3%以下に抑えてくることが予想されます。

今後3~5年の中期では、日銀が極めて拙速に出口戦略を開始した場合、長期金利は3%を大きく超える水準まで上昇する可能性があります。また、穏当なシナリオを想定したとしても、出口に向かえば2%を大きく超えてくる可能性が高いと考えられます。さらに5~10年の長期的スパンでは、日本を除くOECD21カ国による推計結果の係数を日本に当てはめた場合、長期金利は4.7%程度まで上がってくる可能性があります。

アベノミクスが抱える3つの課題

アベノミクスは3つの課題を抱えています。1点目は財政規律の維持、2点目は中長期的な経済体質の改善・構造改革、3点目は雇用者所得の増加です。

基礎的財政収支/GDP比と年初一般政府債務残高/GDP比によって分析した「財政の持続可能性」を国際比較すると、各国とも持続可能であるのに対し、日本だけは持続可能性が低くなっています。

財政収支変動の要因を分析すると、日本の特徴として、財政の改善が歳出削減によるものではなく、歳入頼みであることが挙げられます。バブル景気で歳入が一時的に増加し、財政状況は改善するものの、歳出に対する切り込みが甘いため、持続可能性がありません。景気が悪くなれば、再び財政が悪化するという状況を繰り返してきました。

英国、ドイツ、スウェーデン、カナダなど諸外国の状況をみると、財政が改善している国は、歳入頼み・バブル頼みではなく、歳出をしっかりカットすることで財政再建をしています。また、税収構造でいえば消費税のウエイトを高め、歳出の面では社会保障費に抜本的に切り込むことで、持続可能性のある財政再建に取り組むことが重要なポイントであることがわかります。

1990年度から2012年度までに日本の歳出が24兆円増加した中で、15兆円弱は社会保障費が占めています。そして2020年度のプライマリーバランスをシミュレーションすると、唯一黒字化を展望できるのは、名目成長率3.0%、消費税を予定どおり10%まで上げていくこと、2010年代後半の5年間に社会保障費を毎年4.0%ずつ削減していくこと、この3つの条件をクリアできた場合、ようやく財政再建の入り口に立てるという結果になっています。

アベノミクスによって、今後2~3年のフロー経済は回復すると思います。ただし、現在の社会保障に対する取り組みをみると、財政再建の問題がアベノミクスの蚊帳の外に置かれている可能性があります。財政規律を維持し、社会保障を再構築することが、アベノミクスの大きな1つ目の課題として挙げられます。

2つ目の課題は、成長戦略です。日本の産業をマッピングすると、電気機械、化学、輸送機械等を含めた広い意味での環境分野が成長戦略の柱の1つとなっています。もう1つは、医療・介護を含むサービス業で、圧倒的な雇用の吸収力が存在します。今のところ、雇用者数が多く効率の悪い状況にありますが、IT化の推進、岩盤規制といわれる混合診療や農政の転換に取り組むことで、大きな伸びしろが期待されます。今後、規制緩和によってイコールフッティングを実現し、イノベーションを促進していくためには、成長戦略第2弾、第3弾とさらに踏み込んでいく必要があると思います。

3つ目の課題である雇用者の所得について、私はそれほど心配していません。これまでのサイクルをみると、はじめに売上高が増加し、半年から1年経つと名目賃金指数が上昇します。そこからさらに半年後、消費者物価指数に動きがみられます。したがって、まずは企業を元気にし、売上高を上げるプロビジネス政策を打ち出すことが、1丁目1番地といえます。その後、雇用促進に対する減税等を推進し、賃金上昇につながっていく政策を強化していくべきでしょう。

過去50~60年間、日本の労働分配率は上昇基調で推移しています。直近20年でも概ね横ばいといえる変動に留まっており、米国よりも高い水準にあります。大不況の時は、企業売上の急減に伴い労働分配率が跳ね上がるのは当然ですから、そこを基準に議論するのはフェアではありません。

日本経済のメインシナリオ

わが国の鉱工業出荷の内訳をみると、2012年11月に景気は底入れし、その後は輸出も回復し、エコカー減税やエコポイントの対象となるエコ経済対策関連が反動で急減したものの、持ち直しました。復興需要関連の出荷が底堅く推移する中で、年度明けからは大型補正予算が動き始め、日本経済は着実に持ち直しのサイクルに入っています。

個人消費の裾野も着実に拡大しています。加えて、わが国の地域別輸出動向をみると、世界経済は最悪期を脱し、少しずつ持ち直しの兆しがみられます。中国経済は警戒すべき領域に入っていると思いますが、米国の経済状況は極めて健全だと考えています。

円安により輸入価格が上昇しているとの理由から、「アベノミクスが国民の生活を苦しくしている」との批判も、的外れです。円安に伴う「Jカーブ効果」の見通しとして、短期的には円安が輸入品の価格を上昇させ、経済を押し下げる方向に働きますが、2014年1~3月頃には輸出数量が回復することによって、アベノミクスのプラスの効果が経済全体に広がることが予想されます。

「米国の日本化(ジャパナイゼーション)」の可能性は、極めて低いと思います。世界大恐慌と平成不況には、3つの共通点があります。(1)政策対応の失敗、(2)賃金の高止まりによる設備投資の長期低迷、(3)不良債権による金融システムの毀損です。この3点について、欧州の現状は、政策対応によっては警戒すべき状況といえます。

しかし米国の現状は、柔軟な労働市場を背景に設備のストック調整サイクルが完全にプラスの領域に入っています。また日本が10年かかった不良債権処理も、米国は2年も経たないうちにストレステストを実施し、金融は健全な状態に戻っています。他にも、シェールガス革命や移民による人口増加といった要因を考えると、長期的に経済の回復が続くことが見込まれます。

中国経済は、2015年にバブル崩壊の可能性があると考えています。政治的にも、硬軟両様取り混ぜる形で、主張すべきことはしっかりして、水面下で落としどころを探っていくべきです。企業サイドでは、ミャンマー、ベトナム、タイ等のより親日的な安全性の高い国に対して分散投資を行うといった中国へ極端に依存しない経営方針、すなわち「チャイナプラスワン」の推進が重要だと思います。

日本経済のリスク要因

日本経済には4つのリスクがあります。最悪のリスクは「欧州ソブリン危機の深刻化」です。蓋然性は1割以下ですが、実質GDPが4.1%(約21兆円)低下するテールリスクといえます。他に、「日中間関係の悪化」「米国の財政をめぐる問題」「地政学的リスクを受けた原油価格の高騰」が挙げられます。原油価格が50ドル/バレル上がると、実質GDPは1.0%(約5兆円)低下します。

また、グローバル・マネーフローが逆流した場合のリスクとして、米国の債券相場下落、世界的な株価下落、日本の債券相場下落、ユーロ安は、常に頭の片隅に置いておく必要があります。現実にはそれほど拙速ではないと思いますが、米国が出口に向かう中で、新興国の混乱を招くリスクを警戒しなければなりません。

日本の株は、依然として割高とはいえない状況にあると思います。歴史的に、日本の株はGDPのバンドの範囲で変動してきました。本年5月の急激な株価上昇は、スピード違反です。アベノミクスが財政規律の維持と成長戦略を推進していけば、日本のマーケットは着実に回復してくるでしょう。

1901年の「報知新聞」正月特集として掲載された「二十世紀の予言」23項目のうち、「人と獣の会話自在」等の6項目は、まだ実現されていません。他方で、7日間世界一周、人声十里に達す(電話)、写真電話(テレビ電話)、買物便法(インターネットショッピング)、暑寒知らず(エアコン)といった17項目は実現されています。

このように50年、100年でみれば科学技術の進歩に限界はなく、ダボス会議でも、日本のイノベーションのキャパシティは世界1位となっています。安倍政権は科学技術にも力を入れており、日本の将来はけっして暗いものではありません。

質疑応答

Q:

最近、日本の株価が不安定に変動しているのは、中国要因だという議論があります。中国は深刻な状況なのでしょうか。

A:

中国は、一言でいうと「短期楽観・中長期悲観」という立場でみています。所詮は社会主義市場経済ですから、今後1~2年程度はカンフル剤でごまかしながら、問題を先送りすることができるでしょう。

しかし2015年以降に関しては、バブル崩壊の可能性が高まると考えています。「一人っ子政策」による少子高齢化、一党独裁の崩壊、不動産バブル、設備の過剰、賃金インフレの進行といったリスク要因が複合的に起きてくる可能性があります。

中国問題にご関心のある方は、3月に講談社から刊行した、拙著・『パッシング・チャイナ 日本と南アジアが直接つながる時代』を是非ともご一読ください。

Q:

長期金利上昇による財政への影響について、どのように考えればいいでしょうか。

A:

長期金利が4%を超えると、将来的に財政赤字が発散するような状態が予想されます。マクロでは2~3年のうちに大問題化することはありませんが、5~10年といった中長期的なタイムスパンでは財政や金融システムなどの状況に関して警戒が必要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。