アントレプレナーシップとイノベーション・エコシステム ~新たなオープン・イノベーション・プラットフォームの構築~

開催日 2013年6月20日
スピーカー 各務 茂夫 (東京大学 教授・産学連携本部 イノベーション推進部長)
モデレータ 山城 宗久 (RIETI 総務ディレクター)
開催案内/講演概要

シュンペーターの「経済発展理論」を持ち出すまでもなく、我が国の閉塞感を打破するのは、資本主義の駆動力ともいうべき創造的破壊とそれに果敢に挑む起業家(アントレプレナー)であり、その意味において、我が国にとっての最大の課題の一つは、起業家精神(アントレプレナーシップ)とベンチャー企業を創出する起業文化の醸成にあるといえる。

本講演ではこのアントレプレナーシップの本質に触れるとともに、イノベーションを継続的に生み出すエコシステムについて検討する。大学の研究成果がイノベーションとして結実するための要件として、新たなオープン・イノベーション・プラットフォームの構築を提言する。

議事録

日米の代表的企業の会社創業年と時価総額

各務 茂夫写真日本の代表的企業の会社創業年をみると、トヨタ自動車、キヤノン(ともに1937年)、ソニー(1946年)、本田技研(1948年)など、わが国のイノベーションや経済は、今でもまだ戦中あるいは戦後の会社によって支えられていることがわかります。

もちろん輸出主導型の産業が発展することは重要ですが、一方で米国の状況をみると、古くはジョンソン・アンド・ジョンソン(1886年)やGE(1892年)、IBM(1911年)と続き、マイクロソフト(1975年)、アップル(1976年)、グーグル(1998年)など、ベトナム戦争で米国経済が停滞した時期以降に生まれたICT系企業も、代表的な企業群を形成しています。

もう1つの特徴は、時価総額です。日立製作所(1910年)の3.7兆円と、IBM(1911年)の23.8兆円(いずれも2013年5月21日終値、1米ドル=102.7円で計算)との違いは、どこにあるのでしょうか――。

ジャック・ウェルチ(GEの元CEO)は、1981~2001年までの20年間で890件のM&Aを行いました。いかに積極的に外部の技術や会社を取り入れてきたかがわかります。グーグルは、一昨年には69社を買収しています。

またIBMは、ワトソン研究所を解体し、ハードウェア事業を売却すると、会計コンサルティング大手のプライス ウォーターハウスクーパースを買収し、今では売上高の7割がコンサルティング等サービス部門の売り上げとなっています。つまり米国のリーディング企業には、会社としてのダイナミズムもあるわけです。

同時に、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンという2人の学生が作ったグーグルという会社が、トヨタ自動車の1.5倍の時価総額である、ということも考える必要があるでしょう。この違いをよく分析するところに、イノベーションのヒントがあるように思います。

米国企業でCEOが合格点をもらえるのは、ROEでいうと15~20%です。わが国の場合、中には高い会社もありますが、5%あればいい方でしょう。ROE20%を実現するためには、すべて自前で悠長にやっていくことはできません。それによって、経営者がM&Aという手法を強いられる面もあります。しかし同時に、それだけ厳しい収益性に迫られる中で、外部のテクノロジーや会社に対するウォッチの度合いが圧倒的に違うわけです。

そして、外部のテクノロジーや会社の多くはベンチャー企業です。グーグルが買った69社のベンチャー企業がある種のExitに成功しているわけです。彼らがまたスタンフォード大学に寄付をする、あるいはまた新しいベンチャーを作る、それが循環しているのが米国なのです。

もし、大企業がベンチャー企業を買わなければExitはIPOに限られ、市場が沈んでいればExitは進みません。それではベンチャーキャピタルも担げず、リスクマネー供給量が増えないという負のループとなります。それをどう断ち切るかが、日本全体のイノベーションのエコシステムを考える上では重要なことです。

大学・学生が社会を変える!

スタンフォード大学は、Silicon Graphics、ヤフー、サンマイクロシステムズなど教員や卒業生が関連するベンチャー企業が数多く、米国でもっとも進んでいる大学の1つといえます。中でも典型的なグーグルの業績推移をみると、2002年から売上高は右肩上がりで伸び、いまや3~4兆円規模となっています。これを従業員数で割ると、1人当たり1億円程度の売上高になります。

グーグル本社へ行かれた方もいると思いますが、大変自由な雰囲気で、仮眠室や娯楽施設、キオスクのような無料のスナックスタンドが至る所にあり、一見仕事場ではないようですが、生産性を考えると、実は1人1億円ずつ売り上げているのです。純利益では、ピーク時のトヨタ自動車とほぼ並ぶ水準にあります。

グーグルのこれまでのプロセスにも、イノベーションをみることができます。もともと基本技術はスタンフォード大学の大学院生の成果で、知財は大学に帰属していました。1996年、スタンフォード大学OTL(Office of Technology Licensing)が他社へのライセンスを試みたもののうまくいかず、1998年、ベンチャー企業としてグーグルを創業。当初、知財のライセンス・フィー(ロイヤリティ)として、現金とエクイティが大学に支払われました。

2004年8月に株式公開後、大学は、持分を売却して約400億円を獲得しました。それは当然、大学の研究・教育に使われます。このように米国の大学では、優れた研究者には十分な施設と報酬が与えられ、学生に対してはスカラーシップを給付できるという状況を実現できるわけです。

スタンフォード大学の寄付(Gift)調達状況をみると、2000年に約600億円など、尋常でない寄付額となっています。容易に想像できると思いますが、その多くは成功したベンチャー企業の経営者が寄付をしています。たとえば、グーグルが買収した多くのベンチャー企業などによる多額の寄付が蓄積し、2006年には約1000億円がスタンフォード大学へ集まっているのです。つまり、日本の1大学の年間総支出に近い額が、寄付されるということです。こうした財務基盤は、大学の競争力にも大きく反映します。

日本では、大学発ベンチャーや寄付の蓄積は遅れていますが、けっして挽回できないほど遅すぎるとは思っておりません。米国でもこの30~40年の動きであり、日本がキャッチアップできる可能性はあるはずです。米国にはキリスト教の文化があり、個人所得税制度も異なります。しかし、東大でも寄付の文化は始まっていますから、税制上の優遇策やエンジェル税制をさらに発展させることによって、日本の社会に広がっていく余地はあると思います。

Genentech社設立数年間の経緯

Genentech社は、1976年に設立された会社です。遺伝子組み換えの基盤技術を応用した遺伝子工学の科学的成果を商業利用するために生まれたベンチャー企業です。当時29歳だったRobert A. Swanson(1947-1999)は、生物学教授のHerbert W Boyer博士に面会を申し込み、その革新的技術の事業化を提案しました。かつて同社のホームページには、当初10分間のはずだった面会が3時間に延び、そしてGenentech社が誕生したというストーリーが載っていました。

このプロセスにも、産学連携に関する学びがあります。遺伝子組み換え技術によってインスリン製剤を量産化するというテーマが明確だったこと、Boyer博士のいたカリフォルニア大学サンフランシスコ校のラボを利用することで運営に付加的な資金が不要だったこと、そしてイーライリリーという糖尿病に特化した大企業が、最初からイノベーション実現に向けての「のりしろを出した」ことです。

とりわけ基礎研究をビジネスに結びつけるのは、極めて難しいものです。大学の基礎研究をいかにイノベーションに結びつけるか――。それがイノベーションにおける一番の難題であり、私に課せられた最も大きな課題だと思っています。

東大発ベンチャー育成のためのエコシステムの構築

国立大学の法人化が2004年に行われましたが、国立大学法人法第22条の5項には「当該国立大学における研究の成果を普及し、及びその活用を促進すること」と明記され、産学官連携を推進する組織が各大学に設置されるようになりました。

東大には、関連機関として「東京大学エッジキャピタル(UTEC)」というベンチャーキャピタルがあり、UTEC第1号ファンドは約83億円、第2号ファンドは71.5億円の規模となっています。しかし、東大が資金を投入しているわけではありません。国立大学法人法の規制によって、大学がリスク資産に投資することはできないのです。技術移転機関である東京大学TLOだけは、大学が直接出資することができます。

東京大学アントレプレナープラザ(本郷)、駒場・本郷インキュベーションルームといった施設には、現在二十数社ほどが入居しています。また、学生起業家教育「東京大学アントレプレナー道場」には毎年200名ほどの学生が参加しております。第1期生には、東大エッジキャピタルが出資したベンチャー企業(ネイキッドテクノロジー社)を起業し、後にミクシィに買収され、その後、本年4月には創業者である笠原氏にかわって同社の社長に就任した朝倉祐介氏がいます。

わが国のオープンイノベーション成立の要件

サイエンスの世界とビジネスの世界をどう結びつけるか――。技術を単に市場へ告知しても、なかなかうまくいかないものです。そこで、研究成果を多少ビジネスのにおいがする程度でいいので、ビジネスプラン化するという作業が重要です。これを米国では"Showcase"といいます。

基本的に、Showcaseには機密情報が含まれていません。わかりやすい概要を流すことによって、産業界あるいはベンチャーキャピタルとのキャッチボールが始まります。これには研究成果であるサイエンスに、ビジネスの「のりしろを出す」必要があり、ビジネスの視点からサイエンスの内容を噛み砕かなければいけません。平易な言葉で、わかりやすく図で説明する必要があります。

このShowcaseの作り方が米国は上手で、これを何とか日本でもやりたいと考えています。米国のビジネスプランコンテストに行くと、プランそのものは稚拙であっても、キャッチボールするには十分な程度に、こなれているのです。つまり、サイエンスとイノベーションを結びつけるには、Showcaseをいかに多く作るかだと考えています。

そのためには、Showcase(事業化構想)を立案し、検証・実行できる「イノベーション人材」を養成し、Showcaseをコミュニケーションの起点として、イノベーションのPDCAを回すための場となる「オープン・イノベーション・プラットフォーム」が不可欠です。そこには多くの大企業に入ってきてもらい、イーライリリーがGenentech社に出会ったような場となることが望まれます。また、NEDOやJSTといった助成金提供者にも参画していただき、有望な研究者の背中を押すようなメカニズムも考えられます。

これまで日本のオープンイノベーションの取り組みはなかなかうまくいかず、とりわけ大企業とベンチャー企業とのコミュニケーションがスムーズではありませんでした。現在、東京大学と企業の共同研究は年間約1500件に上り、大学発ベンチャーの取り組みも進んでいます。ただし、全体のエコシステムの要として、大企業がいかに戦略的にベンチャー企業を取り込んでいくかが重要です。

もしかすると、わが国は「ものづくり」に重点を置きすぎて、イノベーションが見えにくくなっているかもしれません。IBMのように、もともとはメーカーであっても、現在はサービスセクターが売上高の7割を占めている例もあります。また日本でも、製造業はGDPの二十数%に留まり、七十数%はサービスセクターが占めています。

楽天の三木谷氏やグリーの田中氏は有名かもしれませんが、日本のサービスセクターにおける代表的な企業の認知度は、メディアにおいても十分でないと感じています。もう少し、サービスセクターに目を向けるべきだと思います。

質疑応答

Q:

アベノミクスの第3の矢である成長戦略について、どのようにお考えでしょうか。

A:

前政権時に「ベンチャー」というキーワードはあまり出てこなかったのですが、アベノミクスの中ではベンチャー支援といった切り口がみられ、産学連携の予算も出ています。ただし、ベンチャーの本質を見極めた分析を共有化し、押すべきボタンを押していく作業が今後具体化されることを望んでいます。ぜひ、現場の経験をすくい上げていただきたいと思います。

基本的に、生産性や経済成長を押し上げているのは、海外からの直接投資や中小あるいはベンチャー企業であって、大企業は雇用を減らすばかりで生み出していません。いかに新しい産業を興し、ベンチャーを作るかにフォーカスし、それを通して生産性を上げるという議論に結びつくことができれば、ポテンシャルは大きいと思います。

Q:

スタンフォード大学に比べて、日本は大学と企業の接点が薄い気がします。毎日顔を合わせてコンタクトする空間がない限り、オープンイノベーションの構造にはならないと思いますが、どのようにお考えでしょうか。

A:

スタンフォード大学で技術移転が本格的に始まったのは1970年で、TLOが損益分岐点に達したのは、その17年後です。東京大学の産学連携は、国立大学法人化後やっと10年目ですから、ちょうど過渡期にあるといえます。時価総額1000億円を超えるユーグレナやペプチドリームのような会社が半年のうちに複数上場するということは、スタンフォード大学でも滅多に起きないことだといわれています。それが東大で起きているわけです。卒業生の企業家による寄付もみられるようになっております。

国立大学法人化以降の過去9年間の反省もあります。企業との共同研究を年間1500~1600件やってきて、製品化はあまり実現されていません。したがって、共同研究がイノベーションの手法としてどう進化すべきかを議論しているところです。改善しながら、先に進めていきたいと思っています。

Q:

企業の研究所でも、売れる製品づくりという発想が足りないと聞きます。そういうところが、ベンチャー志向を持って、イノベーションの仕組みを作れないものでしょうか。

A:

東大ベンチャースクエアで卒業生の話を聞いていると、研究者だけでなく日本全体に、「儲ける」ということに対する貪欲なインテリジェンスが問われているような気がします。日本のガバナンスと収益に対する意識が変わった時に、ノーベル賞を輩出するメカニズムとは別に、製品開発あるいはイノベーションにフォーカスした研究所を目指す企業進化が、急速に動き出すように思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。