わが国企業の低収益性等の制度的背景について

開催日 2013年6月12日
スピーカー 木下 信行 (日本銀行 理事)
コメンテータ・モデレータ 深尾 光洋 (RIETI ファカルティフェロー・プログラムディレクター/慶應義塾大学商学部 教授)
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開催案内/講演概要

日本企業は、長期にわたり付加価値生産性を低下させ続けており、とりわけ近年における資金余剰と低収益性は先進国の中で際立っています。企業や投資家が国際的な活動を展開している中で、このように特異な状況となる要因としては、企業を巡る法制度が考えられます。米国・ドイツと比較しながら、事業再生・企業買収・投資家行動・法執行をめぐる法制度が、企業財務に与える影響を検討します。

議事録

統計からみたわが国企業の低収益性

木下 信行写真財務省「法人企業統計」をみると、わが国企業の総資本営業利益率は製造業・非製造業とも趨勢的に落ちてきています。総資本付加価値率は、非製造業では80年代に下落を続けた後、90年代を通して横ばいに推移しています。その間、製造業はバブルや為替といった金融面の動きとは関係なく一貫して下落しています。これは、構造的要因によるものと思われます。

また、わが国企業の自己資本比率の推移をみると、非製造業では90年代終わりまで横ばいに推移し、2000年代に入って急激に上昇しています。これは、バブル崩壊に伴うデレバレッジが進んだためです。これに対し、製造業では70年代半ばから一貫して上昇しています。ここには、やはり為替や物価の短期的変動との関連性はみられませんから、循環的な要因ではなく構造的な要因によるものと想像されます。

そこで、日本銀行「資金循環統計」で企業部門の資金過不足の国際比較をみると、日本は1999~2012年の間、一貫して資金余剰を続けていることが特徴です。米国やユーロエリアでも、2008年~2009年には、リーマンショックの影響で一時的に資金余剰が強まりましたが、それを除くと概ねバランスしています。

また、上場企業の財務特性の国際比較をみると、キャッシュ/時価総額比率では、日本は欧米の概ね2倍程度の水準となっています。営業利益/売上高比率を比較すると、日本は欧米に比べ利益率が半分程度となっています。欧州は、2000年代初めは日本に近い水準でしたが、2000年代後半には米国とほぼ同水準に移っています。

欧州の中心であるドイツ企業の収益性について、上場企業のROEをみると、2004年辺りまでは日本とほぼ同水準でしたが、2005、6年辺りから水準を切り上げています。その後、リーマンショックに伴う変動はあったものの、日本の概ね2倍の水準で定着しています。また、中小企業の業種別ROA(2004~2007年の平均値)を比べると、製造業において、ドイツが日本の2倍以上となっています。建設業や卸売業は、会計や商慣行で数値が大きく変わりますが、製造業では、そうしたバイアスは比較的小さいことから、実態に近いと考えられます。

金融資本市場で国際的な裁定取引が行われることを考えると、このように国によって企業の収益性に大きな差があることは、不思議なことです。日本については、欧米の市場からかなり遮断された状況にあることが想定されます。

そこで2011年の直接投資残高の対GDP比を国際比較すると、日本は対外直接投資、対内直接投資ともに非常に低いことがわかります。ドイツ、フランス、英国といった欧州の国々は地理的にも近く高水準になりやすいわけですが、日本は米国よりも低くなっています。とりわけ日本の特徴は、対外投資に比べて対内投資が極端に少ないことです。OECDの統計をみても、ここまでアンバランスな国は珍しいといえます。

対内投資の極端な少なさに関し、ジェトロ「第13回対日直接投資に関する外資系企業の意識調査」(2008年3月)をみると、日本でのビジネスの阻害要因としては、人材確保の難しさ66.2%、ビジネスコスト60.2%、製品要求水準の高さ59.6%、閉鎖性・特殊性50.6%、といった要因が主な項目になっています。つまり、日本におけるビジネスのやり方自体が参入障壁になっている側面があるのだろうと思います。

こうしたビジネスの閉鎖性や企業の低収益性をもたらしている要因としては、人口構成や企業文化等、さまざまなものが考えられますが、以下では、合理的に議論可能な操作変数として、法制度を考えることにします。

事業再生

事業再生を考える際には、経営破綻と倒産は別であることが重要です。経営破綻は、支払いができなくなることを意味します。その時には、再生可能な事業の資産や人材の全てが失われることになるので、そうなる前に、裁判所のもとで資金繰り保護を受け、整然と整理をしようという枠組みが倒産制度です。従って、倒産制度による保護を受けやすいような社会では、現金準備が少なくてもよいと経営者が考えることになりますし、なかなか受けられないような場合には、支払い不能で倒れると恐ろしいことになるので、可能な限り多くの現金を貯めたいということが自然な行動となります。

そこで、各国の倒産制度を比較しますと、アメリカでは保護を受けるための要件が求められないのに対して、ドイツやわが国では、債務超過・支払い不能のおそれがあるということを示さない限り、裁判所が受け付けてくれません。しかし、現金を持っていて債務超過の場合に、どのような状況におかれるかについては、ドイツとわが国では全く異なります。わが国では倒産をしてもしなくてもよいし、現金があれば支払を続けてもかまわないのですが、ドイツでは、倒産の申し立てないし債務超過かどうかの調査を怠れば、民事・刑事の責任が追及されます。これは過酷な制度ではありますが、わが国では、とことん追い詰められて止めが刺されてしまうということと比べると、早期の事業再生を促している制度でもあります。

さらに、ドイツでは2012年3月に企業再建促進法が施行され、債権者の要望に沿った管財人の選任より、プレパッケージ処理を促進しました。また、再建計画の中で株主の権利を変更可能とし、DES(債務の株式化)を促進した結果、ドイツではDESによって早期に処理される倒産が増えているようです。

日本で大企業が倒産しづらい理由として、解雇権の問題が挙げられます。日本では、経済的理由による解雇は強く制限されており、整理解雇の「4要件」が示されています。人員削減の必要性、解雇回避努力義務の履践、解雇対象者の人選の妥当性、解雇手続きの相当性のうち、1つでも欠ければ解雇は無効であることが労働契約法の運用上も組み込まれています。

これに対し、米国は「任意雇用の原則」に基づいており、いつでも解雇されるかもしれないし、あるいは倒産しても解雇されない場合があるため、倒産手続と解雇は別の話です。ところが日本の場合、とくに解雇回避努力義務が広範囲かつ実質的に判断され、さらに従業員は、会社への忠誠心が高く相当の条件を受け入れるため、一定規模の企業が倒産もしないのに整理解雇をするなど、考えられないわけです。その結果、倒産申立ては解雇の引き金をひくこととなり、会社共同体意識の強い日本の経営者は、何としても回避したいと考えるのです。

ドイツの場合、基本的に日本と同じような構造となっていますが、2000年代前半の労働市場改革の一環として、補償金解決制度を拡充しました。制度上、労働者との協議のプロセスが大変デリケートに設計されています。これによって、企業が選んだ対象者に補償金を給付して解雇を通告し、経営の最適化を図ることが可能となりました。

こうした環境の違いによって、法的整理の件数は日米独で大きく異なります。2010年には、ドイツで2万2432件の法的整理が行われたのに対し、日本は1万1096件(うち再建型手続は529件)に留まっています。再生型については、米国のチャプター11は1万3583件となっており、日本は微々たる件数にとどまります。

その要因は、日本企業のパフォーマンスが高いためではなく、むしろ事業再生の着手を時間的に先送りしているためだと思われます。中小企業庁委託「中小企業の企業再生調査」をみると、わが国の民事再生手続においては、9割超の債務免除が26%、7~9割以下は51%、5~7割以下は11%となっており、全体の90%近くが債務の半分以上を免除されています。そうなると、債権者としては、債務企業に対し厳しくせざるを得なくなります。着手を先送りすることによって、どちらにとっても厳しい状況を招いているわけです。

このように、倒産に対する障壁を高くすれば、普通の経営者であれば現金をためるようになります。

企業買収関連制度の国際比較

企業が現金をため込む場合、通常であれば、企業買収が増えることになります。他企業の買収に使われたり、乗っ取りを招く契機となったりと、手元流動性と企業買収には必然的な関連性があるわけです。

しかし、企業買収関連制度は日米欧でまったく異なります。米国では、公開買付を行う場合、買収者の行動の透明性と公正取引が重視されています。対象企業における取締役の行動基準は各州法で定められており、代表的なデラウェアの州法では、対象企業の取締役には、レブロン基準(支配権異動時における株主の売却対価最大化)やユノカル基準(相当性、合理性)が設けられ、既存株主の利益最大化のための行動が義務付けられています。

ドイツの欧州式な考え方では、企業の支配権が移動する場合、少数株主が保護される制度となっています。買収者については、30%以上を保有する大株主が株を買い増す際は、基本的に全部買付義務、最低価格規制を課しています。対象企業の取締役には、企業買収法上に例外規定はあるものの、原則として中立義務が課されています。

日本では、買収側の規制は、大規模な株式買付が行われる場合に投資家が保護される米国的な仕組みであるほか、全部買付義務が3分の2を超える場合に適用されます。ところが対象企業における取締役の義務は、日本の会社法における株主公平の原則といった一般的な基準を前提としています。日本では、2006~7年に村上ファンドやスティール・パートナーズによる買収の動きを受けて、こうした法制度が設けられ、多くの企業で買収防衛策が導入されました。企業買収関連の業務に従事している人々に聞くと、日本の法制度には一貫した理屈がないため、うまく行くかどうかがよくわからず、取り組みができないと言われます。

米国におけるM&Aの推移をみると、ピークの2007年には約1万6000件、金額は2兆ドルを超えています。これに対し、ドイツでは、ピーク時でもおよそ3500億ドルにとどまります。しかし、日本はおよそ2000億ドルと、さらに小さいという状況にあります。ドイツの経済規模は日本の3分の2程度ですから、実質的に日本のM&Aはドイツと比べても半分程度の水準といえます。つまり、先ほどの法的整理件数と同様、日本の企業の新陳代謝は、米国よりはるかに弱く、ドイツと比べても不活発だと考えられます。

もう1つの特徴として、日本はクロスボーダーのM&Aが比較的少ないことが挙げられます。2006~7年に買収防衛策が設けられた結果、むしろ国内同業者に対する防衛が強くなりました。そのため、同じ分野に多くの会社が乱立する状態が温存されることにつながっています。

このように、M&Aと倒産は区切られた話ではなく、連続した経済現象としてとらえるべきだと考えられます。

株主によるガバナンス

日本における主要投資部門別株式保有比率の推移をみると、個人あるいは銀行のシェアが下がる一方で機関投資家や外国法人のシェアが上がり、事業法人は20%程度の水準をキープしています。

外国投資家のウェイトが上がることでコーポレートガバナンスが進むことが想定されますが、会社全般についてみると、必ずしもそうではありません。商事法務によるアンケート調査の結果によると、企業の考える安定株主比率は、資本金100億円以下の会社で「50%台」という回答が全体の26.8%、「60%台」が全体の36.7%を占めています。つまり、多くの会社が過半数を安定株主で確保し、株主総会にも万全の体制をとっているわけです。

この背景として、たとえば年金基金の資産構成は、米国では株式・出資金が37.6%を占めているのに対し、日本は9.0%に留まっていること等があげられます。機関投資家の影響力の違いがわかります。日本は、米国型の市場規制を取り入れてきたわけですが、それを使う投資家・企業の構造が異なるため、実効性に大きな違いがあります。

日本と同様に、市場を通じた投資家の発言力が弱いドイツでは、2000年代半ばには実態に見合った企業制度改革の必要性が議論されてきました。株主による情報アクセスの重視や資本市場法と会社法の横断的整備が進められています。

ドイツのコーポレート・ガバナンス・コードは、株式法において上場会社に対し義務付けられています。その内容は政府のコーポレートガバナンス委員会が制定し、実施状況をモニターし、改訂を行っていきます。法規定、勧告事項、奨励事項に分かれており、勧告事項には、非遵守項目に関する説明義務(Comply or Explain)が定められています。経営者には株主に対する説明責任があり、株主には質問権があります。つまり市場ではなく、会社という組織を通じたガバナンスといえます。ベースとなる市場の構造と、ガバナンスのやり方の組み合わせに大きなポイントがあり、機関投資家にも適用されるコーポレート・ガバナンス・コードの仕組みは、注目に値すると思います。

企業法のエンフォースメントの違い

企業法のエンフォースメントを比較すると、日本では、金融商品取引法に基づいて証券取引等監視委員会が告発する事件がよく報道されています。しかし米国では構造が異なり、基本的に投資家が不実開示に対して訴訟を起こします。日本にも似た制度はあるのですが、機能していません。米国のようなクラスアクション(オプトアウト方式)やディスカバリー(開示手続)の仕組みがないためです。

特にディスカバリーに関しては、日本では提訴前情報収集が営業上の秘密として却下されてしまうため、問題が顕在化した後の株主代表訴訟制度が多用されています。株主代表訴訟は証券訴訟と違い、会社ではなく取締役個人が被告となり、原告にとっての経済的合理性にも欠けます。経営者としては、証券訴訟よりも株主代表訴訟の方が明らかにリスクは高いわけです。

ドイツでは、米国と日本の中間に位置する「投資家モデル訴訟」を試行しています。濫訴を防ぎつつ集団訴訟を効率的に処理することを目指していますが、実はうまくいっていません。モデルとなった訴訟の費用は、その原告が支払う仕組みになっているためです。

一方、政府によるエンフォースメントにも差異があります。米国では、SECが民事訴訟を提起し、ディスゴージメントによって得られた利益は損害を受けた投資家に分配します。SECは約3750人の人員を擁し、ディスカバリーを出すことができます。日本の監視委員会が刑事告発や行政処分を中心としているのに対し、米国では民事訴訟によってディスカバリーのプロセスを経て、早期の着手と妥結を図りやすいといえます。

質疑応答

Q:

1960年代から、製造業、非製造業とも利益率が構造的に下落を続けてきた要因について、制度的な背景があればうかがいたいと思います。

A:

2つの候補が考えられます。1つは金融資本市場の構造変化で、銀行による制度的な役割が1970年代半ばに収束したことです。もう1つは、株主代表訴訟など、いろいろな制度の導入が利益率を下げる方向に進められてきたことです。懲罰的な目的による制度の導入が続き、傾向を加速させているように思います。

モデレータ:

日韓の電機産業もパフォーマンスが大きく異なっていますが、収益力が低下している日本企業の投資判断をみると、投資利回りではなく、従業員数が多いところに投資をするため、集中と選択ができず低下してきたと聞いています。どうすれば改善できるのでしょうか。

A:

会社間の資源移動や再編がスムーズでないことが本質にあると思います。企業買収に対する強い抵抗感がある結果、同じ産業内で買収防衛をしています。また、研究者のサイドでも、実証分析のサンプルが企業単位のため、「企業にとってよいことが産業にとってもいいことだ」という前提が無意識のうちに置かれることになります。事業、企業、産業を、区分して考えていく必要があるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。