緊迫化する東アジア情勢と地域の課題 ―東アジア戦略概観2013を中心に

講演内容引用禁止

開催日 2013年5月10日
スピーカー 高見澤 將林 (防衛省 防衛研究所長)
モデレータ 後藤 久典 (経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部 安全保障貿易管理課 課長)
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開催案内/講演概要

近年、東アジアの国際関係は大きく変わりつつあり、特に日本周辺の安全保障環境は格段に厳しさを増している。2012年は、ロシア、中国、日本など主要国で指導者が交代する中で、北朝鮮によるミサイル発射、中国による多方面かつ急速な軍事力近代化や、東シナ海や南シナ海での活発な海洋活動が行われるなど、東アジア情勢の緊迫度がこれまでになく高まった。米国は、アジアを重視した戦略を鮮明に打ち出しているが、こうした状況の中で、この地域における同盟国や友好国との協力関係の拡大を追求した。

本BBLでは、3月に発表された防衛研究所の年次刊行物『東アジア戦略概観2013』の論点及び反響などを紹介しながら、日本とこの地域が直面する課題と新たな機会について議論する。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

『東アジア戦略概観2013』の構成

高見澤 將林写真東アジア戦略概観は防衛研究所が毎年発行し、今回で17回目の刊行となりました。『東アジア戦略概観2013』では、第1、2章で「東アジア安保に影響をおよぼす課題-インド、オーストラリアの安全保障政策-」を特集しています。第3~8章では日本、朝鮮半島、中国、東南アジア、ロシア、米国の各国・地域情勢について分析し、とくに注目すべき事象に関する解説コラムも付しています。

刊行の目的は、内外の一般読者や専門家に対し、東アジアの戦略環境や安全保障に関する重要な事象についての見解を研究者の立場から発信し、地域の相互理解と信頼醸成に寄与していくことです。

東アジア戦略概観の基本的性格は、東アジアの国・地域別に主として2012年に生じた安全保障上重要な事象、安全保障を考える上で重要な中・長期的課題についての分析です。国民あるいは政策上の関心を踏まえ、防衛研究所の研究者による日頃の成果がまとめられています。

第1章 インドの外交・安全保障政策 -地域的、グローバルな役割と影響力の増大-

第1章では、日本の外交・安全保障上、重要なパートナーであるインドについて分析しています。特徴として、インドは核実験後、2000年代に入って米国との戦略的パートナーシップ構築を進展させたわけですが、現在は「同盟」への進化には否定的で、むしろ「戦略的自立」を尊重する方向に動いているとみられます。

ASEAN諸国との防衛協力については長期的に取り組んできており、軍事組織間協調志向型(海軍協力など)で幅広いパートナーを求めていくと同時に、古典的な軍事協力志向型(装備・訓練の供与)で連携し、国ごとに変えながらうまくミックスさせていると思います。

また、かねてから参加している国連PKOにおいて、インドのウエイトが高くなっているようです。とくにインド国軍の持つ高い反乱鎮圧(COIN)能力は、現代の国際社会のニーズとマッチしており、難しい情勢になった場合にも、時宜を得た武力行使を大胆に行い、状況が悪化する前に事態を収拾することが可能です。

最近、インドの外交にみられる変化として、PKOの貢献を強調し、それをもって国連安保理常任理事国入りを積極的に働きかけていることが挙げられます。日印の協力にも積極的に取り組んでおり、武器輸出三原則の新しい基準が示されたことで、防衛産業協力に対するインド側の関心が非常に高まっています。今後、US-2といった具体的な装備の協力が一歩進めば、日印間における安全保障上の協力関係が幅広い分野で進展するものと考えられます。

図1-1「南アジアとASEANを架橋する多国間組織」をみると、インドが幅広い関係の中央に位置していることがわかります。日本もインドとの関係を強化することが中央アジア、あるいはアフリカとの関係において広がりを持つことにつながるのではないかという問題意識があります。

第2章 オーストラリア安全保障政策 -アジア太平洋への関与強化を目指して-

オーストラリアでは現在、国防政策の見直しが行われており、新たな国防白書も発表されました。「戦力2030」という言い方はしなくなりましたが、国防予算の大幅削減に伴う計画の見直しが行われました。2009年の白書ではやや大胆に感じられた内容が、新国防白書では実行可能なプロジェクトに絞られている、とみるべきだと思います。

図2-2「豪軍および米豪同盟の主な態勢見直しの動き」をみると、米軍のアジア太平洋地域のプレゼンスについて、オーストラリア側が積極的に対応していることがうかがえます。ダーウィン(米海兵隊のローテーション展開)だけでなく、ココス諸島における滑走路の強化、米軍との共同使用の拡大可能性、海軍基地のアクセス強化など、幅広い分野で米豪同盟の強化を意識し、アジア太平洋に「共に関与する」同盟とうたっています。

同時に、オーストラリアの国防政策の特徴として、南太平洋、インドネシア、中国に対する広範な関与を推進しています。今年に入ってギラード首相が中国を訪れ、豪州は米豪関係の強化を背景にした上で、中国との戦略的な関係を築いたといえます。最近、日豪防衛協力も発展していますが、それぞれの二国間関係が異なった特色を持つ中で日豪関係が強化されていくことは、今後の中国との関係においても大きな意味があります。

第3章 日本―検証・動的防衛力

現在、安倍政権の下で防衛大綱をはじめさまざまな見直しが行われている最中ですが、現防衛大綱には2つの課題があると思います。第1に、22大綱で欠落していた要素をどう補完していくか。第2に、東日本大震災の教訓や中国の海洋権益に対する動向、朝鮮半島の核・ミサイル問題といった近年の大きな情勢変化にどのように対応していくか――こういったことをいかに盛り込むかが、大きな課題だと思います。

さらに「南西諸島方面の防衛態勢の強化」「日米のRMC(Roles, Missions and Capabilities)協議とガイドラインの見直し」「アジア太平洋における多層的な安全保障協力」という3本柱をどのように推進していくかが、動的防衛力の課題であると指摘しています。

この検証・動的防衛力で書いている内容について、Japan Timesは「米国との統合された努力を求める」と述べていますが、むしろポイントは、地域協力を重視しながら米国との協力も進めていくという包括的な努力をオールジャパンで取り組むことの重要性を強調していることです。

第4章 朝鮮半島―経済強国へと始動する「核保有国」 北朝鮮と積極的抑止能力を追求する韓国

第4章では、北朝鮮が「核保有国」としての自信を示したことで、今後は経済を重視していく可能性に触れています。また金正恩第1書記長は、軍指導部の刷新を通して軍の掌握を強化すると同時に、経済に対する軍の既得権益をはがしており、これは金正恩自身が経済を直接コントロールしたいという意志の表れと分析しています。

韓国に関しては、朴槿恵新政権の誕生とその課題について述べています。朴政権は基本的に、対米・対中関係双方を強化しつつ北朝鮮との対話・交流再開を志向し、対日関係については慎重ながらも改善に肯定的だと分析しています。ただし、その後のさまざまな事態の展開の中で、なかなか進まなくなっている状況があります。

国防政策では、積極的抑止能力の確保を重視しています。弾道ミサイルの長射程化が行われており、これまで300kmだった射程が800kmに改定されました。最近、韓国内で北朝鮮に対する拡大抑止の有効性が疑問視されている面もあります。日本としても、米国だけでなく、韓国との協力を真剣に考えていく必要があるでしょう。

第5章 中国―次世代指導部を見据えた第18回共産党大会

中央政治局の新布陣について、表5-1では全25人を紹介しています。今後の動向を10年単位で見ていく上で、7人の常務委員だけでなく、中央政治局全体をみていく必要があります。また、これまで人民解放軍は透明性に欠けるという議論も多かったわけですが、最近の中国がさまざまなメディアを通じて、統合的な軍の演習や活動について、国内外へ積極的に公表していることは注目すべきだと思います。なお、中央委員や党大会の代表には軍関係者が多いという事実も忘れてはいけません。

日中関係は尖閣をめぐって厳しさを増していますが、ポイントとして、中国は尖閣に関する主張を周到に準備していたということです。昨年の国有化以降の中国側の対応や、これまでの尖閣に対する姿勢は、けっして日本側の国有化に対する反応というものではなく、それ以前からの準備によるものと分析しています。

第6章 東南アジア―米国の関与の強化とASEAN

ミャンマーでは政治改革が進展し、対米関係は改善しています。この動きは継続していくと思われますが、少数民族問題については積極的に取り組む必要があるでしょう。

南シナ海での領有権をめぐり、フィリピンやベトナムなど域内国と中国との緊張は継続しています。昨年のASEAN議長国であったカンボジアに対する中国の関係強化努力が功を奏した結果、ASEAN一体性の保持に懸念が生じたのが2012年の特色といえます。

米国のアジア太平洋へのリバランスに対する東南アジア各国の反応は、歓迎と懸念が交錯しています。タイは同盟国ながら慎重に対応し、シンガポールは戦略的・経済的利益の両立を図ろうとしています。インドネシアは、米中均衡を意識しながらASEANの戦略的自立性維持をうたっています。今後、ADMMプラス(拡大ASEAN国防相会議)といった枠組みを通じて、諸問題が議論されていくことでしょう。

第7章 ロシア―第2次プーチン政権の対中認識とアジア重視

ロシアでは、国防産業活性化のために国防費が増大しています。フランスやインドとの軍事技術協力も進展していますが、これは中国を意識したものと思われます。中国との対等な関係維持は難しく、中露戦略的パートナーシップの内実は複雑化しています。

図7-9では中国第5次北極調査における砕氷船「雪龍」の予定航路を示していますが、帰路が津軽海峡経由に変更されたことをみても、対中関係には、北極海問題も影響していると考えられます。中国の北方への海洋進出に対し、ロシアは北極・極東地域で海軍を強化しており、日米に対しても海洋安全保障協力を要請しています。

第8章 米国―オバマ第2期政権の挑戦と課題

米国は、アジア太平洋リバランスの一環としてフィリピンやベトナム、インドネシアといったASEAN諸国、インドなどとの関係を強化しています。

シンガポールへの沿海域戦闘艦(LCS)のローテーション配備、オーストラリアへの海兵隊のローテーション展開などを通じ、アジア太平洋への戦力シフトと東南アジア・インド洋におけるプレゼンス強化も推進されています。

南シナ海問題解決に向けた国際ルールの形成や、国連海洋法条約批准に向けた取り組みも注目されますが、進展はみられない状況です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。