日本の労働市場の変化と求められる政策

開催日 2013年4月18日
スピーカー 川口 大司 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学大学院 経済学研究科 教授)
モデレータ 奈須野 太 (経済産業省 経済産業政策局 参事官(産業人材政策担当)(併)産業人材政策担当参事官室室長)
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開催案内/講演概要

日本経済が長期的に停滞する中いわゆる日本型雇用慣行は変容を遂げつつある。これまでの長期的変化を展望したうえで今後の長期的な変化を予想し、望ましい政策の方向性について議論する。

議事録

日本型雇用慣行の源流

川口 大司写真「長期雇用」「年功賃金」「企業別組合」という3つの特徴をもつ日本型雇用慣行は、急速な技術進歩の中で希少な技能労働者を育成していく仕組みとして、1920年代に内部労働市場が成立し、高度成長期にその完成形をみたといわれています。

流動的でない日本の労働市場のもとで、市場性の低い技能蓄積を労働者にさせるためには、企業が「長期雇用」を保障し、「年功賃金」を正社員に対しコミットするという制度的な仕組みが必要になります。そして「企業別組合」は、人的資本蓄積に対応した賃金支払いがなされたかどうかを監視し、長期的信頼関係の中で暗黙契約の履行を促してきました。この「企業別組合」は、日本型雇用慣行の中で、企業と一体になって労働者の技能蓄積を高める重要な役割を担う経済的な合理性があると考えられています。

高度成長期には人的資本に対する収益率が高かったわけですが、低成長の時代に入ると、収益率は低下します。そうなると、人的資本蓄積の重要性が低下し技能蓄積を促すためのシステムであった日本型雇用慣行がその重要性を失うのは当然の帰結といえます。

非正社員の増加

TFP(全要素生産性)は1990年頃まで年率5%程度で安定的に伸び続けましたが、バブル崩壊後は年率1~2%の低成長の時代に入りました。それに伴って失業率は上昇し、賃金は低下していることが明らかになっています。では、こうした失業率や賃金の変化は、日本型雇用慣行にどのような影響を与えたのでしょうか。

その1つの指標が、非正社員の増加だと思います。とくに「職場での呼称」「労働時間(週35時間未満)」「契約期間(1年未満)」という3つの定義による非正規労働者比率の変遷をみると、「職場での呼称」でみた非正社員数の増加がもっとも顕著になっています。この「呼称」について考えると、日本型雇用慣行の中に「あなたは入っています」というラベルが正社員、「あなたは入っていません」というラベルが非正社員といえます。企業は人員削減をする際、まずは非正社員から解雇等をすることで、正社員との長期的信頼関係を維持しながら雇用調整をすることができます。「職場の呼称」でみた非正社員数の増加がもっとも著しいことに、メッセージ性を感じます。

非正社員増加の年齢・コーホート・年次効果への分解

非正社員の増加を、労働者年齢の変化、世代ごとの変化、年次変化に分解すると、男性では若い世代で雇用の非正規化が進んでいます。つまり、すでに雇用している正社員はそのまま日本型雇用慣行のもとで信頼関係を保ちつつ、新たに入ってくる正社員の数を縮小する方向へ移行しているわけです。 女性では、年次効果で雇用の非正規化が進んでいることがわかりました。女性は、そもそも日本型雇用慣行の中に入っている人が少ないため、世代を問わず正社員から非正社員への転換が起きています。

コーホート別に分析すると、平均勤続年数の短期化は、かなり長期にわたって起こっていることがわかります。これは正社員・非正社員を問わず、同様の傾向がみられます。ただし女性でみると、勤続年数に長期・短期のトレンドが混在しています。

次に、年齢が同じときの世代ごとの平均勤続年数の変化を測定すると、男性は1944年生まれ(1967年に大卒入社)以降で単調に勤続年数が低下し、女性は1960-1970年生まれ以降で単調に勤続年数が低下しています。長期間にわたって勤続年数の短期化が続いていることは、規制緩和といった短期的なエピソードで労働市場の変化が起こっているわけではないと考えられます。やはりマクロ経済の環境の変化が、日本型雇用慣行の重要性の低下につながっていることを主張したいと思います。

残る日本型雇用慣行

すでに正社員として5年間働いている人は、その後の10年間も働き続ける確率が高い、といったリテンションレートを計算した研究があります。つまり、正社員の中では雇用慣行に大きな変化はみられませんが、そもそも正社員として働き始める人は減っていますから、市場全体でみれば、日本型雇用慣行の重要性が低下していることは覆い難い事実だと思います。

また最近、日本の大手メーカー2社の人事データをもとにした研究では、同期入社の人数が少ないと昇進確率が高まるという結果が得られました。日本の大企業は新卒一括採用をしており、同期入社を競争のプールとして人事管理をしているわけです。古典的な日本型の雇用管理がまだ残っていることが、この研究からわかりました。ですから日本型の雇用慣行は、正社員にフォーカスを当てると、まだまだ重要性をもっているようです。

今後の構造的見通しと望ましい対応

「正社員」制度には経済合理性がありますので、単純に既得権益者として正社員を攻撃するのは的外れです。 同時に、非正社員を現在のいわゆる「正社員」に転換させようとするのは、非常に難しいことです。しかし労働時間、待遇、キャリアアップの可能性といった面においても、正社員と非正社員の間で二極化が進み、非正社員の増加が社会問題化しているのは事実です。やはり、非正社員がいかに安定的な生活を営めるかという方向で、労働市場を構想していく必要があります。

こうした問題意識のもとで、さまざまな法改正が行われていますが、その一例として、労働契約法改正が挙げられます。これは雇用期間が5年以上になった場合、本人の申し出によって無期雇用にするという有期雇用規制です。しかし、この法改正が、本当に雇用の安定につながるとは思えません。

少なくとも私の知る範囲では、一部のデパート等で法改正を前向きに受け止める姿勢もみられますが、多くの企業では、基本的に雇用契約を5年以上継続しないという前提で採用しているのが実態だと思います。これによって、逆に雇用の安定が失われている可能性も考えられるわけです。

大学教員の世界では、テニュアトラック制によって若手研究者の研究意欲の向上を図っています。しかし5年で無期雇用に転換するとなると、4年目で研究成果を判断する必要が生じ、研究に時間のかかる分野では正しい判断ができないなど、多くの問題が生じます。やはり、専門職の適用除外といった調整が必要だと思います。

また、企業は優秀な従業員を囲い込もうとしますから、転職しながらキャリア形成することを阻害する「情報の非対称性」をどのように解消するか、ジョブカード制度において能力認定する主体のインセンティブをどう確保するか、といった問題を真剣に考えなければいけません。

解雇規制については、新しい労働市場と古い労働市場を両にらみした改革が求められます。職種や地域を限定した正社員制度を設け、明確な解雇基準をあらかじめ示すことによって、新しいタイプの仕事が生まれます。今、解雇規制改革を主張する経済学者は、解雇規制が厳しいために、あるいは解雇規制の適用基準が不明確であるために、企業が新しい職種を作り出すことを躊躇していると考えています。そこで解雇規制の緩和、あるいは適用基準の明確化を指摘しています。

大内伸哉氏は、政府のガイドラインに基づいて企業が解雇ルールを策定し、そのルールに基づいた解雇が行われているかを裁判所が判断するという制度改革を提案しています。企業に一定のフレキシビリティーを与え、試用期間における解雇ルールの適用除外も提案していますが、これには賛成です。一方で事業所規模に配慮した適用除外も主張されていますが、個人的には反対です。なお日本の解雇規制は、規制がほとんどない米国に比べれば厳しいですが、国際的にみると、必ずしもとても厳しいというわけではありません。

セーフティネットをどう張るか?

セーフティネットを考えるとき、「職」を守るのか、「労働者」を守るのか、という2つの視点があると思います。北欧のフレシキュリティーは、法的雇用保護を弱めて短期の失業保険を充実させるという「労働者」を守るアプローチです。

日本の失業保険会計による雇用調整助成金は「職」を守るアプローチですが、経済学者の一部では、衰退産業に労働者を留まらせることで、産業構造の転換を遅らせるという強い批判があります。しかしDaniel Sullivanらの実証研究によると、米国ですら、不況期に職を失うことが相当の長期にわたって所得減少を招くことが示されています。労働者と職のマッチングが壊れてしまうと、永遠に失われる生産性がありうるということです。このような研究が日本で行われたことはありませんが、社会保険記録を用いた実証研究が可能です。こうしたデータを研究者に提供していただき、労働者の失業によって発生する社会的なコストの現状を明らかにした上で、雇調金の存続を議論すべきだと思います。

日本の失業保険は国際的にも、米国と並んで期間・支払金額とも低い水準にあります。失業期間の長期化や雇用の非正社員化等によって、失業者に占める受給者比率は低下していることが、酒井正氏の研究によって指摘されています。社会の信頼水準が低い南欧では、失業保険のモラルハザードを恐れ、その代わりに雇用保護を強めているとの説明をする研究があります。では、日本はどういう組み合わせでセーフティネットを張っていくのかを考える必要があります。

ワーキングプア対策として、2007年に最低賃金法が改正され、生活保護との逆転現象を解消することが明確に政策目標として定められました。結果として、東京や神奈川といった生活保護水準の高い都道府県では、最低賃金が大幅に上がりました。

最低賃金を上げれば企業は雇用を控えるという議論もありましたが、意外と雇用は減らないという考えもあり、政府の報告書などでも実態は明らかにされていません。しかし、2007-2010年における最低賃金の変化と16-19歳就業率の変化を分析すると、最低賃金の上り幅が大きかった都道府県では10代の就業率が低下しています。つまり最賃を上げると、技能の低い労働者の雇用機会が奪われることは明らかだと思います。こうしたトレードオフを念頭に置いた上で、政策的な議論をしていく必要があるでしょう。

生活保護の問題は、基準額よりも、保護額を決定する算式にあると思います。大まかには「保護額=基準額-所得」ですから、頑張って2万円稼いでも、100%課税されているのと同じです。労働経済学の教科書をみれば、こういう形にすると労働者が働くインセンティブを失うと書いてあるわけですが、この点を指摘する声は大きくありません。給付付税額控除の導入による実質的賃金補助を考える必要もあると思います。

質疑応答

モデレータ:

高度経済成長期の日本型雇用慣行の前提となっていた、勤続年数に応じて人的資本が蓄積されるという仮説は、実証可能なのでしょうか。近年、年功賃金のフラット化が進んでいるのは、そもそも人的資本蓄積という過去の間違った考えが修正されている動きとも考えられるわけですが、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

賃金カーブのフラット化は日本型雇用慣行が弱まってきている証拠の1つで、「非正社員の増加」や「平均勤続年数の短期化」とも整合するため、同じフレームワークでとらえることができると思います。しかし中国をみると、高度経済成長にありながら労働市場は流動的であるという現象が起こっています。今後さらに精査し、考え直していく必要があるかもしれません。

モデレータ:

解雇規制が厳しければ、企業はこれに対応して正社員ではなく非正規を雇うはずであり、規制は失業率に対して中立的にも思えます。マクロ経済をみると、解雇規制を見直すべき別の理由があるように感じます。もう少し、ご見解をうかがいたいと思います。

A:

エドワード・ラジアー教授の伝統的な研究によると、やはり解雇規制が厳しい国では失業率が高いという結果が示されています。私自身も最近、これに関連した2つの研究をしていますが、解雇規制が厳しい国では、不景気が来ると若い人の失業率の上昇幅が大きい傾向がみられました。また、キャリアの入り口は新卒時に集中する傾向があり、一度失敗してしまうと、なかなかセカンドチャンスがないという結果が出ています。やはり、制度が労働市場の結果に大きな影響を与えていることは、国際比較のデータでは明らかになっています。

モデレータ:

経済産業省の視点としては、失業率への影響よりも、成長力との関連性が示されれば、解雇規制の見直しはサポートしやすいと思います。

またセーフティネットについては、一時的な不況であれば、最長3年の雇用調整助成金等で凌ぐことは有効かもしれませんが、構造的な変化の中では逆に調整を遅らせ、回復を阻んでいる可能性があります。むしろ転職支援など、積極的に構造の変化を促す仕組みにすべきではないでしょうか。

A:

雇調金が構造的な転換を遅らせるという議論は、非常に見分けが難しい点です。ローレンス・ボール教授は、一時的なショックで高まった失業率は、金融政策を行わなければ永続してしまうと述べています。雇調金で抑えたことによって、永続的な失業率の上昇を阻止した可能性もあるわけです。歴史的なデータを振り返り、過去の政策を冷静に分析する必要があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。