消費税軽減税率導入の是非

開催日 2013年4月11日
スピーカー 森信 茂樹 (中央大学法科大学院 教授/東京財団 上席研究員)
モデレータ 藤木 俊光 (経済産業省 経済産業政策局 企業行動課長)
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開催案内/講演概要

軽減税率については、対象品目の線引きが難しい、インボイスの導入も含め消費者や事業者に多大の負担がかかる、高所得者ほど軽減税率の恩恵にあずかり政策効果が薄い、軽減税率導入による減収額を補てんする必要がある(消費税率1%のさらなる引き上げ)などが問題点であり、10%を超えるまで導入すべきではない。

低所得者対策は、簡素な給付、さらには簡素な給付付き税額控除で行うべきだ。その具体案を提示し議論する。

議事録

そもそも消費税とは

森信 茂樹写真消費税とは、取引の相手側に価格転嫁をすることによって、最終消費者に負担を求める税です。取引のリング(RING)の中で、売り上げにかかる消費税額から仕入れにかかる消費税額を控除する方法をとるため、タックスコンプライアンスが高い税といえます。卸売業者Bが生産Aから仕入れて小売業者Cに販売するというのを例に取ると、BはAからの仕入れにかかる消費税額は控除できる(仕入れ税額控除)ので、税務署にはその情報を正確に申告するインセンティブが働きます。その情報は、Aにとっては売り上げで、Bから税務署に届くはずなので自分もきちんと申告するというプレシャーが働きます。同様にして卸売業者Bも、Cへの売り上げが、Cの仕入れ税額控除という形で税務署に申告されることから、自らも正直に売り上げを申告するプレシャーが働きます。このように、適正な納税に向けての「けん制効果」が働くことが消費税の重要なメリットです。また、消費という事実行為をとらえて税負担を求めるため、所得税と比べ判別が容易で、負担が公平といえます。

もう1つ、消費というのは所得-貯蓄なので、消費に課税するということは、貯蓄から派生する利子や配当、キャピタルゲインには課税しないということです。これは、貯蓄・資本の増強を通じて経済成長を促進する税制ということになります。

このように、消費税は優れた税として、1960年代にフランスで導入されたのを始まりに、今では世界160カ国に広がっています。開発途上国においても、北欧の超先進国においても、消費税は重要な役割を果たしているのです。

価格転嫁と表示の問題

しかし実際の経済の中で、消費税法の建前である「相手側に負担を求める」ことは、それほど簡単ではありません。そのため「転嫁対策については、消費税の円滑かつ適正な転嫁を確保する観点から、独占禁止法・下請法の特例に係る必要な法制上の措置を講ずる」という三党合意をはじめ「消費税の転嫁拒否等の行為の是正に関する特別措置」や「消費税の転嫁を阻害する表示の是正に関する特別措置」を講じるということはやむを得ないともいえます。

しかし、表示を厳しく規制すること、とりわけ外税表示を認めることには異議があります。ようやく総額表示が定着しつつある中で、逆行して外税表示を認めるのは行き過ぎでしょう。事業者は、この消費税率が上がる機会をとらえて、たとえば3%増税のうち2%程度は生産性の向上で何とか吸収し、あとの1%は転嫁していけばいいと思います。消費者にとっては1%の負担増で済み、事業者が2%生産性を向上させることによって日本経済が2%の実質経済成長を達成したことになります。つまり、消費者に転嫁しないで生産性の向上を図ろうというインセンティブをつぶしかねないという問題が生じます。

フランスの大蔵省の幹部から聞いた話では、事業者は消費税率が上がる前日に、個別の商品すべての価格表示を貼り替えるようなことはしません。消費税率が上がる日が近付くと、エネルギーコストや原材料の値上がり等を勘案しながら、売れ筋のものは消費税引き上げ前であっても少しずつ値上げをしていくといいます。売れ筋でないものや目玉商品は、たとえ消費税率が上がっても値段は変えないそうです。

つまり機会をとらえ、価格をいかに設定するかが重要であり、逆に価格を下げるという戦略もあるわけです。需要と供給をみながら、自分のマージンを確保できる価格を設定すればいいわけで、消費税率だけを目の敵にして、引き上げの前日に表示を変える必要はないということです。その観点からも、外税表示を復活させるのは残念な気がします。

消費税率の軽減税率について

平成25年度の自民党税制改正大綱では、「消費税率10%引き上げ時に、軽減税率制度を導入することをめざす」としています。すでに与党税制協議会によるヒアリングが行われており、本年12月予定の2014年度与党税制改正決定時までに結論を出すスケジュールで進められています。

対象や品目、軽減する消費税率、財源の確保などが協議される中で、事業者の反対が強い「インボイス制度」の整備は、それ自体が大きな問題となる可能性があります。また、「免税事業者が課税選択を余儀なくされる問題への理解」という点は、政治的にも大きな議論となるでしょう。

インボイスは課税事業者が発行する制度ですから、課税売上高1000万円以下の免税事業者は、インボイスが発行できず取引から排除されてしまうことが危惧されます。たとえば、免税事業者が多い個人タクシーは、領収書は発行できても、消費税のインボイスは発行できません。そうなると事業者は、仕入税額控除ができないので、個人タクシーを敬遠する可能性が出てくる。それは困るので、個人タクシーは免税事業者ですが、課税選択をして取引から排除されないようにする、しかし事務負担が大変になるという難しい問題をはらんでいます。

軽減税率の問題点として、よくいわれるのは制度執行コストの増大です。また高額所得者にもメリットが及ぶため、再分配政策としての効果は乏しいといえます。逆進性も変わりません。そして軽減税率による減収分だけ、標準税率を一層引き上げなければなりません。そこで「簡素な給付措置」あるいはカナダ型の「簡素な給付付き税額控除」によることがいいのではないかと思います。

「マーリーズレビュー」では、VAT(付加価値税)はモノの時代の消費税で、サービスの時代は進化系のGST(Goods and Services Tax)であると明確に述べられています。VATは、土地取引や金融・保険サービス、医療・教育・福祉といった非課税取引の拡大によって連鎖(チェイン)が切断され、価格のゆがみをもたらします。そしてゼロ税率・軽減税率の広がりが税収を失わせ、政策効果としても問題を生じさせ、サービスや電子商取引の発達にもついていけません。そこで進化系のGSTがニュージーランドで導入されました。進化系といっても、要は、消費税に例外は一切作らず、金融取引も課税する、そういった税制で、中身が付加価値税であることは変わりません。低所得者への配慮は、社会保障(給付付き税額控除)の分野と割り切っています。

フランスや英国をはじめ欧州諸国では、食料品に対して軽減税率が適用されています。ファーストフードのハンバーガーでは、店内で食べる場合は標準課税、持ち帰る場合は軽減税率が適用されます。その際の区分が問題になり、現在英国では、温かいテイクアウト食品(ホットフード)は標準課税、冷たいデリカテッセンには軽減税率が適用されるというように、温度で区別しています。

このホットフードの概念をめぐり、英国では最高裁の判例が数多く存在します。定義として、「お客さんの求めに応じて温めるもの」「保温するもの」はホットフードとみなされ、ファーストフード店やデリカテッセンとの間で論争が続いています。

3年程前にロンドンを訪れた際、大手のスーパーマーケットで、ローストチキンを回転するケースに入れ、加熱しながら販売していました。そこで、「これはホットフードだろうね?」と聞くと、「これはホットフードではない。なぜなら、お客さんのために温めているのではなく、衛生上、虫がつかないためにやっているのだから」と言っていました。

ドイツでは、ファーストフード店のレジで必ず「持ち帰りますか? 食べていきますか?」と聞かれますが、価格は同じです。税務申告上、どちらの税率で販売したかを申告する必要があるため、店員がレジでカウントをとるようになっています。ここに重要なヒントがあります。消費税はコストの1つととらえており、税率は異なっても、販売価格は顧客の利便に合わせて決めているわけです。まさにドイツ人らしいと思います。

カナダでは、ドーナツを6個以上買う場合は持ち帰るとみなされ、食料品扱いで税率は0%になります。しかし、5個以下の場合はその場で食べる蓋然性が高いとみなされ、標準税率5%が適用されます。すると、顧客は見ず知らずの人と組んで、6個以上にして買うといいます。この個数による軽減税率は、まだ続いているようです。

軽減税率とインボイス

軽減税率を導入すると、取引にあたって逐一、軽減税率対象品目かどうかを判断する必要があります。そのような事務負担軽減のためには、品目ごとに軽減税率適用が判断でき、消費税額が別記されたインボイスの導入が必須となります。

売り手は低い税率で売ったことにすれば納付税額が少なくなり、買い手は高い税率で買ったことにすれば控除税額が多くなるため、インボイスがなければ、消費税制度のメリットである納税の正確性が担保されません。一方で、前述したように、インボイスを発行できない免税事業者の取り扱いが問題となります。

これに対し、「簡素な給付措置」あるいは「カナダ型の簡素な給付付き税額控除」が代替案として挙がっています。ここでは、後者を説明しましょう。そもそも給付付き税額控除には、4つの類型があります。まず第1類型の「勤労税額控除(EITC)は、クリントンやブレアのワークフェア思想に代表され、勤労によって自助努力で生活能力を高めていくことを支援します。韓国が導入し、生活保護受給者の低減に成功しています。第2類型は「児童税額控除(CTC)」です。第3類型の「社会保険料負担軽減税額控除」はオランダで導入されています。

第4類型の「消費税逆進性対策税額控除」は、消費税率引き上げによる逆進性の緩和策で、基礎的生活費の消費税率分を所得税額から控除・還付するものです。すでにカナダで導入されており、日本でも検討されてきました。

米国の給付付き税額控除は、勤労所得1万510~1万4730ドルを頂上にして、富士山のようなグラフになります。これが基本形です。一方カナダのGST/HST税額控除は、単身者には200ドル強、夫婦のみには400ドル強、ひとり親(子ども1人)あるいは夫婦(子ども1人)には約600ドル強を定額で還付し、世帯収入約3万ドル強を超えるとなだらかに消えていきます。単身者が1万ドル弱を超えると給付額が400ドル近くまで漸増しているのは、勤労税額控除の思想が入っているためです。

(図表)カナダのGST/HST税額控除の概要(資料P15)参照

日本で、所得階級別消費税負担割合を、軽減税率導入の場合と給付付き税額控除導入の場合で試算してみたのですが、軽減税率導入の場合では逆進性を緩和する結果は得られませんでした。つまり逆進性対策として軽減税率を導入しても、お金持ちも負担が軽減されるので、逆進性はなくならないのです。

一方給付付き税額控除については、いろいろな制度が考えられますが、軽減税率導入の減収額(消費税率1%分、約2.5兆円)と同じ財源で設計すると、低所得者層は累進性がみられることになります。このことから、給付付き税額控除の方が政策目標に合致しているということになります。その場合、カナダ型の制度を参考にすれば、基本が定額給付なので、執行も簡素で問題は少ないと思います。

諸外国の資料情報制度

給付付き税額控除を実施するには、世帯の所得を把握するために、「マイナンバー」が必要です。また、資産性の所得を把握しておく必要があります。これは、所得はないけれども高額の貯蓄がある場合には、低所得者対策の対象から排除するためです。そのためには、利子所得を源泉分離課税から申告分離課税に変え、番号付きで情報を取り名寄せする必要があります。

米国、英国、フランス、スウェーデンといった国では、給付付き税額控除を受け取る際、金融所得を報告する義務があり、たとえば米国の場合、250ドル以上の金融所得がある人は、適用されません。日本でも、このような制度を仕組む必要があり、年末の税制調査会で審議が始まるものと期待しています。

モデレータ:
明日から審議入りする予定の特別措置法案では、今後、消費税が比較的短期間に2度引き上げとなることから、小売店が商品の価格表示について「税込価格ではありません」、あるいは「税抜価格のため、会計時に別途消費税をいただきます」など、明確な店内表示を行えば、引き上げから3年間は総額表示でなくてもよい、といった内容が含まれています。ただし消費者の利便性を考えると、早い段階で総額表示に戻すことが必要です。そこで事業者に対しては、なるべく早期に総額表示へ戻すよう努力を求めています。

質疑応答

Q:

ハンバーガーを店内で食べるか、持ち帰るかによって適用税率が異なるというドイツの事例は、事後的な検証が難しく、脱税が懸念されます。インボイスをごまかすことも可能でしょう。そこで徴税のための人員を増やせば、制度執行コストが増大します。そう考えると、軽減税率導入よりも、給付付き税額控除のほうが問題は少ないようです。仮に軽減税率が適用され、実態をチェックできない場合は、どうすればいいのでしょうか。

A:

インボイスは金券のようなもので、これ自体偽物などが出回ると問題です。中国では不正インボイスが蔓延していると聞きますし、欧州でもさまざまな不正還付の問題が起きており、執行コストはそれなりに上がると思います。私は現在、カナダ型の「簡素な給付付き税額控除」を提案しています。これは児童手当と同様に人数に応じた定額給付で、所得制限が設定されており、執行が簡単です。

Q:

消費税は国際競争に中立的だと思いますが、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

メルケル首相の大連立政権が発足し、消費税が16%から19%に引き上げられ、同時に所得税の最高税率も引き上げられた当時、ドイツを訪れました。「経済界がよく納得しましたね」と聞くと、「消費税は輸出の際還付になるので、ドイツの経済力に傷をつけないから、経済界はそれほど反対しなかった」ということでした。消費税は仕向地で課税することが徹底されているため、輸出競争力には影響しないのです。

日本では、それが大企業優遇税制だと誤解されがちです。しかし、下請け業者も取引のリングの中で、自分の消費税負担を次の取引相手に送っているのです。大企業が還付で丸儲けをしているわけではありません。輸出競争力を傷つけない点は、消費税の大きなメリットといえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。