シェール革命とエネルギー安全保障:経済産業省の現役諸君へのメッセージ

開催日 2013年4月10日
スピーカー 田中 伸男 ((一財)日本エネルギー経済研究所 特別顧問)
モデレータ 保坂 伸 (経済産業省 資源エネルギー庁 長官官房 総合政策課長)
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3/28付けの毎日新聞経済観測で「コーポレートガバナンス」と題して次のように書いた。

「帝人の独立社外監査役を引き受けているが、どうも「外国人」として自由に物申してくれと期待されているらしい。日本人だと組織や社会のしがらみにとらわれて正論が言いにくいが「田中さんは外国生活も長く、外国人のようにズケズケものを言うから」という。ある弁護士に言わせると、帝人は寂しいくらいに問題を起こさない会社だそうだ。社外の専門家の意見に真摯(しんし)に耳を傾ける経営に徹した成果であろう。

国際エネルギー機関にいた時は私もややもすれば自分の担当する限られた世界での議論に閉じこもるスタッフに対し「外の世界から何を期待されどうすればそれに応えることができるか」と問い続けた。

国の政策においてはどうか。政治が最終決断するにあたって、広く内外の専門家の意見に耳を傾けることは必要だろう。

しかし最近の原子力や中国に関する議論は、専門家の意見よりも選挙向けに大衆の声に迎合する、いわゆるポピュリズムに陥っていないだろうか。他方、専門家たる役人は、体を張って政治に直言してきただろうか。イラン危機を考えれば原発再稼働は日本の安全保障にとって極めて重要だが、経済産業省は東京電力福島第1原発事故の責任を負うからか、国論をリードできなかった。外務省は前政権による沖縄県・尖閣諸島の国有化で日中関係を危機に陥れる事態を止められなかった。日本の安全保障を支えるべき両省の失敗は、財務省が消費税引き上げと社会保障改革に向け、何とか国論をまとめたことと好対照である。

役人は政治の決めた政策の執行者であるが、場合によっては専門家として、国民に苦いが効く薬を飲む選択肢を示すべきではないのか。安全保障の正論を欠いた日本は世界の心配の種である。」

BBLではイラン危機への対応と原発再稼働の問題、将来の天然ガス調達と価格フォーミュラ、再生可能エネルギー利用へのネック、次世代原子炉と核燃料サイクル、水素利用経済、アジアでのエネルギー安全保障のあり方など「世界の心配の種」を現役諸君や参加した方々と議論したいと思う。

議事録

中東の石油がアジアへ:新たなシルクロード

田中 伸男写真IEAのWEO(World Energy Outlook)2012では、世界の一次エネルギー需要におけるシェアの推移について、1975年に全体の60%を占めていた先進国のエネルギー消費が減少する一方で、アジアにおけるエネルギー消費は増加を続け、2035年には逆転するものと予想しています。したがって、これからのエネルギーセキュリティを議論する際、エネルギーの取り合いとならないガバナンスを構築することが鍵となります。

現在、一次エネルギーのうち約80%を占める化石燃料は、2035年になっても約75%と高い比率を維持する見通しとなっており、特にアジアでは、石油とガスの奪い合いになるものと考えられます。

米国では、シェールオイル生産量が2020年にかけて急激に伸び、このままいけばロシアとサウジアラビアを抜き、世界一の石油生産国となる見込みです。ガスも同様で、米国が2020年に世界一の石油・ガス生産国となることは、世界中に大きなインパクトを及ぼすことでしょう。

また、イラクの石油生産量も急拡大しており、2030年代までには、ロシアを抜いて世界第2位の石油輸出国になるとみられています。中東の石油は主にアジアへ輸出されますが、特に最近、中国は積極的に中東への外交を展開しています。IEAは「中東からアジアへ、エネルギーの"新たなシルクロード"が生まれる」と表現しています。

石油、ガス輸入依存度のトレンド:米国の一人勝ち

中東からのEnergy Independenceが、シェール革命の大きな帰結の1つといえます。多くの国で石油・ガスの輸入依存度が増す方向にある中、米国はその流れに逆行する形で、2035年にはガスを輸出できるようになり、石油の輸入依存度も現在の6割から3割弱に縮小します。貿易収支が大幅に改善することによって、米国の競争力が高まることは明白なのです。

日本では、TPPによって「米国から農産品が入ってきて困る」という議論はするわけですが、「製造業が米国へ出ていって困る」という議論はしないでいいのでしょうか。それぐらいにインパクトのある変化が、いま米国で起こっているのです。その時に、"原発ゼロ"などと言っているのは、日本の自殺行為だと思います。それを何とか早く解決するために、経済産業省は努力をしなければいけません。

複合危機―原油高騰と国債崩落

短期的には、もしイラン危機が勃発し、ホルムズ海峡が封鎖された場合、カタールに全電源の4割を依存している中部電力管内では、たちまち電力不足に陥ります。中部地方にはトヨタやスズキをはじめとする大規模な工業地帯、さらに最大の輸出港である名古屋港があります。

イラン情勢は緊迫しており、イスラエルのネタニヤフ首相は、今夏までが待てる限界だと言っています。秋にかけて予断を許さない状況の中で、日本は緊急時対策を講じる必要があります。これも経産省の大きな仕事であり、そのためには原発の再稼働を確実にしておくことが重要です。

中国は、パイプラインに依存してエネルギーセキュリティを高める努力をしています。シーレーンの防衛を考えると、インド洋、ペルシャ湾を視野に入れざるをえないでしょう。そのとき中国が米国とG2で進めるのか、米国と対立しながら進めていくのか、そのシナリオによっても日本が進む道は変わってきます。日本の安全保障として、シーレーンの防衛をどのように考えるか。これも、経産省の人たちが考えるべきことの1つだと思います。

イラン危機が勃発すれば日本の経常収支はたちまち赤字化し、日本財政への信認崩壊が危惧されます。3・11の経験を通して、私たちは不測の事態を想定しておく重要性を学びました。これこそ、経産省がもっとも優先して取り組むべき短期的課題といえます。

長期的には、IEAのメカニズムそのものを見直す必要があります。米国のEnergy Independenceが進むと、IEAの備蓄義務量は、米国において減少することが予想されます。IEAの戦略石油備蓄放出が今後も同様の影響力を持ち続けるには、中国やインドといった新興国との協力が不可欠です。また中国はアジア版IEAの設立を唱え始めており、アジアにおけるエネルギーセキュリティのフレームワームをどう考えていくか、ということも経産省が考えるべき大きな課題だと思います。

天然ガス:グローバル化した市場に向けて

シェール革命によって非在来型ガスおよびLNGの供給は増え、取引の流れの多様化が促進します。その中でも、引き続き主要なエネルギー供給国であるロシアとの関係は大切です。ロシアは最近、サハリン1やヤマルといったLNGプロジェクトを進めています。経産省は昨年、ウラジオストクLNGプロジェクトに関する覚書に署名していますが、その他のプロジェクトに対する戦略、北方領土問題との関係が注目されます。交渉の過程で、パイプライン建設を迫ることも有効ではないかと考えます。その他にもアラスカなど、多様なソースを展開することが、ガス価格を抑えていく上で極めて重要です。

シェール革命以降、US(Henry Hub)のガス価格は、日本の6分の1、欧州の3分の1程度に下落しています。TPPを進める中で取引コストを低減し、米国のLNGを輸入することも重要なオプションだと思います。それ以外に、ガス価格を下げていくためには、仕向地の自由化も重要です。欧州では、ECの独禁政策によってガス価格が安くなっているように、アジアにおいても連合した取り組みが必要でしょう。そして日本は、原発を使って足元をみられないようにしなければなりません。シェールガスには、環境への影響や水の供給制約など、まだいろいろな問題があります。それを念頭に置き、動きをみていく必要があるでしょう。

最近、経産省が太平洋で行ったメタンハイドレートのガス生産実験は、大変有意義な成功を収めました。いずれ石油価格が高騰する中で、このメタンハイドレートが競争力を発揮する日は必ず訪れます。その日に向けて、研究をさらに進めていくことが重要となります。メチルシクロヘキサン(MCH)の活用による水素輸送と貯蔵は、興味深いところです。

再生可能エネルギーはコスト高

新興国の需要によって、2035年における世界の電力需要は2010年に比べ70%増加し、新規発電設備の半分を再生可能エネルギーが占めることになります。ここでは経産省に対し、再生可能エネルギーの買い取り価格が高すぎることを指摘したいと思います。

WEO2012では日本の電源構成について、原子力は2020年までに20%に回復し、その後2035年には15%まで減少すると予測しています。その穴を埋めるのは、LNGと再生可能エネルギーです。新規の石炭火力については、将来、CCS(二酸化炭素分離貯蔵)技術によって二酸化炭素を地中に埋められる場所で行うべきだと思います。

IEAの試算では、世界の再生可能エネルギー向け補助金は、既存の目標に必要とされるプロジェクト向けで約1兆ドル、新たに設定される目標に必要とされるプロジェクト向けで約2.6兆、合わせて4兆ドル近くになります。さらにバイオ燃料を含めると、2035年までに5兆ドル弱が必要となっています。

そうなると、再生可能エネルギーを利用する国の電力料金が高くなります。2022年までに脱原発を決定しているドイツでは、原発を多用するフランスに比べて非常に高い電力価格を強いられています。日本でも同様の事態を招くことが予想されます。

また日本では、系統網の周波数統一が課題となっていますが、それを実現できるのは今しかありません。最近、経産省が示している発送電分離を含む電力市場改革の方向性は、正しいものと評価していますが、あわせて周波数の統一についても、日程にのせるべきだと思います。国内のエネルギー市場を一層統合していくことで、変動型の再生エネルギー発電利用を拡大し、供給の安定性および経済効率性を確保していく必要があります。

再生可能エネルギー導入の技術的なポテンシャルとして、デンマークの60%に対し、日本は19%に留まっています。これは国内・国外において、系統網の連繋が悪いためです。韓国やロシアとの国際系統線連繋を整備することも、将来的なビジョンとして考えていくべきだと思います。

日本の家庭用電力平均価格は、2035年には米国の2倍、中国の3倍に上昇することが試算されています。そうなった場合の国際競争力低下、産業が海外へ流れていくリスクは相当大きなものです。

エネルギー安全保障=多様性の維持

原子力は今後も、中国やインドといった途上国を含め世界中で使われ続けます。原子力を安全に使用するためにも、福島第一原発事故の教訓をシェアしていくことが重要です。国会の事故調査委員会は「福島第一原発事故は人災」と報告しましたが、原発テロ対策「B5b」を実施していなかった経産省の責任は明らかです。

韓国では、統合型高速炉(Integral Fast Reactor)を導入しようとしており、現在、米国との間で米韓原子力協定の改定交渉を進めています。CSISナイ・アーミテージ報告(2012.8.10)では、「日本は一流国家であり続けたいのか、原子力をやめて二流国になりたいのか」と迫られています。もし日本が原子力の利用をやめた場合、米国は、韓国を新たなパートナーに選ぶ可能性も考えられます。

日本は福島第一原発事故を経て、国家安全保障にかかわる技術を、一定のリスクを考えた上で続けるかどうか、という「覚悟」を求められています。その時、経産省はこの問題について、明確な答えを表明していく必要があります。

エネルギー安全保障とは、いろいろなミックスを作ることです。欧州は、多様性に富む27カ国が互いに電力線やガスパイプラインでつながり、集団安全保障を実現しているわけです。日本も、アジアの中でそういう道を追求すべきでしょう。それが、経産省に対するもう1つの提言です。

中東北アフリカと欧州のグリッド接続「デザーテック計画」は、"Energy for Peace"と呼ばれ、21世紀のエネルギー安全保障のビジョンとして注目されています。ASEANでも、電力網やガスパイプラインの連繋が進められています。

日本海側と太平洋岸をつなぐガスパイプライン網の整備は、震災復興に大いに役立っています。国内のパイプラインを整備することは、海外との連繋にも役立ちます。北東アジアインフラ構想では、モンゴル、中国、ロシア、日本、韓国の5カ国によるガスパイプラインの計画がすでにできています。実際には、まだ中国国内でしか実現していませんが、韓国と日本、日本とロシアのパイプラインが実現すれば、より集団的な北東アジア安全保障に向かうことができます。こういった道を、日本がリードしていくことが重要だと思います。

孫正義氏が"Energy for Peace in Asia"と提唱する「アジアスーパーグリッド」は、大変面白いと感心しています。モンゴルから電力を買い、ロシアや韓国と電力線をつなぎ、中国、ASEAN、インドともつなぐというものですが、こういった構想も頭に置きながら、東アジアにおけるセキュリティを含めた日本のベストミックスを考えていく必要があります。

経済産業省が、福島第一原発事故から発言を控えざるをえなかったことは理解できます。しかし、「イラン危機対策としての原子炉再稼働を急ぐべき」といった対応を経産省が発言していかなければ、日本のエネルギー政策は間違える可能性があります。現役の諸君、頑張ってください。

質疑応答

Q:

ロシアとパイプラインで結べば、安くガスを買えるというのは幻想に思えます。ロシア人は、それほど甘い交渉相手ではありません。すでにロシアから輸入しているLNGを下回る価格で出してくるインセンティブはあるのでしょうか。

A:

ロシア人を甘くみているわけではありませんが、ロシアも今後エネルギー源として、特に中国を意識した政策を考えようとしているわけですから、そこに乗らない手はないと思います。ガスパイプラインはロシアも進んでやりたいわけではなく、簡単には実現しないと思いますが、ロシアが嫌がることを言うことは有効だと思います。今後もLNG一本やりで行くのは、いかにも芸がありません。

Q:

電気のエネルギーロスを考えると、直流送電のほうが効率的だという議論があります。そういった技術開発や仕組みづくりを日本が先導するという意味でも、検討していく必要があると思いますが、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

直流送電は面白い議論で、技術者に聞いても、あながち不可能ではないようです。東西が一気に50Vの直流に移行するというのは、アイディアとしてありえます。超伝導発電や直流水素利用など、世界を変えていく日本の技術の役割かもしれません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。