新体制下の中国経済の行方

講演内容引用禁止

開催日 2013年3月14日
スピーカー 孟 健軍 (RIETI客員研究員/清華大学公共管理学院産業発展与環境ガバナンス研究センター (CIDEG) シニアフェロー)
コメンテータ 関 志雄 (RIETIコンサルティングフェロー/(株)野村資本市場研究所シニアフェロー)
モデレータ 高木 誠司 (経済産業省通商政策局北東アジア課長)
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開催案内/講演概要

2012年11月中旬、共産党の第18回党大会を無事に開催し、中国の指導部が10年ぶりに刷新されています。そして中国経済も新体制下に新たな局面に入ろうとしています。

新指導部は当面、"改革こそ中国最大のボーナス"という考え方のもとに、都市化の全面推進、政府と国有企業の改革、絶対貧困および“中進国の罠”の解消などを通じて、2020年までに「全面建成小康社会」(「衣食が満ち足りる状態は超えるが、富裕の状態までには至らない社会」)の実現を現実目標としています。

今回のBBLセミナーでは、以上の内容を含めて新体制下の中国経済運営上の注目点および当面の問題点について解説します。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

10年ぶりに平穏な指導部交代

孟 健軍写真孟氏:
2012年11月、共産党の第18回党大会が無事に開催され、中国の指導部が10年ぶりに刷新しました。第12期全人代は例年より3日延長され、3月5~17日の日程で行われています。本日14日には国家元首にあたる国家主席の選出、明日15日には国務院総理の指名が行われ、17日から新政府が正式にスタートする予定です。このように平穏な指導部交代、すなわち任期制・定年制度の導入は、経済の改革開放を推進したとともに鄧小平の大きな功績の1つといえるでしょう。

これから中国は、習近平と李克強の「習李体制」のもと、さらなる経済改革を中心に2020年までに「全面建成小康社会」の実現を推進する見込みです。

胡温体制2期目の中国経済レビュー(2008.3-2013.2)

過去10年間にわたる胡錦濤と温家宝の体制2期目の実績として、国内総生産は26.6兆元(360兆円)から51.9兆元(780兆円)、財政収入は、5.1兆元(69兆円)から11.7兆元(180兆円)となりました。都市部の新規雇用は年平均900万人増を計画していましたが、実際には年平均1170万人(昨年は1260万人)も増加しました。中国のGDP成長率が減速する中でも雇用は拡大しており、第三次産業が中国経済に大きく寄与する時代に入っています。

都市住民可処分所得の年平均増加率は8.8%、農民純収入の年平均増加率は9.9%とGDP成長率を上回っています。国内総生産に占める財政赤字は2009年の2.8%から2012年には1.5%に縮小しました。また、この5年間で9000km近い高速鉄道が開通し、中国全土で李克強が推進している中国の新型都市化政策に大きく寄与しています。

新指導部による経済運営の基本的な考え方

李克強は昨年、常務委員に選出された翌日に「改革こそ中国最大のボーナスである」と述べ、経済改革を全面的に推進していく姿勢を表明しています。

新指導部における2013年の経済運営目標として、成長率7.5%、物価上昇率3.5%、都市部新規雇用者数900万人、都市部失業率4.6%、財政赤字2.0%を計画しています。

習李新体制1期目の経済政策重点(2013.3-2018.2)

今月から始まる習李新体制1期目の5年間で、多くのことが変わると思います。経済政策の重点として、第1に、「中国の新型都市化の全面推進」が始まります。市民化を中心とした新型都市化の推進は、おそらく李克強自らが最大の課題として取り組むものと思われます。第2に、「政府と国有企業の改革」です。数日前に発表された鉄道省解体は、その象徴といえます。

第3に、「貧困の撲滅と“中進国の罠”の回避」です。昨年11月から今年2月10日までの約3カ月間に、習近平は4回、李克強は6回、中国で最貧困の地域を訪れており、徹底的に貧困を撲滅するという決意がうかがえます。実際に過去30年間、中国ではすでに5~6億人の脱貧困を実現してきました。

中国の経済発展は、まさに“中進国の罠”の時代に入ります。2012年の国民1人当たりGDPは6108ドルに達しています。そして都市民可処分所得は3900ドルですが、農民純収入は1200ドルに留まっています。

また中国は、2020年までに「全面建成小康社会」を実現することを目指しています。「全面建成小康社会」とは、衣食が満ち足りる状態は超えるが、富裕の状態までには至らない社会を指します。共産党の第18回党大会において、これまでの「全面“建設”小康社会」から「全面“建成”小康社会」へと、より実現性を高めた表現に変わりました。

新型都市化の全面推進

今後5年間、中国の都市化の進展が注目されます。スティグリッツはノーベル経済学賞を受賞した2001年、21世紀の人類社会発展プロセスおよび世界経済の成長に影響を及ぼす二大要素として、「米国におけるハイテクの進歩」と「中国における都市化の進展」を挙げています。

李克強はこの2年間、副首相として都市化を推進してきました。李克強による都市化の最大の特徴は「中国の新型都市化の全面推進」であり、具体的には戸籍制度の改革です。さらに温家宝政権最後の報告書には、「中国を自由移住の可能な国にする」という記述がありました。このような言葉が盛り込まれた報告書は共産党政権発足以来、初めてだと思います。温家宝が最後まで李克強を援護射撃してバトンタッチしたとも受け止められます。

李克強の新型都市化は、欧州連合を手本としていると思われます。2012年5月3日、李克強は30~40都市の市長を含む400人規模でブリュッセルを訪れ、中国欧州都市化パートナー関係ハイレベル会議を開催し、今年も継続される予定です。

中国が直面する「2つの罠」

関 志雄写真関氏:
1970年代末期から鄧小平の主導のもとで改革開放に転換した中国では、途上国から先進国へという「経済発展」の過程と、計画経済から市場経済へという「体制移行」の過程がほぼ同時に進行しています。それぞれの過程で待ち受けているのは、「中所得の罠」と「体制移行の罠」です。この2つの罠に共通する問題として「所得格差の拡大」「環境問題の深刻化」「官僚の腐敗」が挙げられます。また、それぞれの独自の問題として、「中所得の罠」は余剰労働力の解消とイノベーション能力の欠如、「体制移行の罠」は国有企業改革の遅れに焦点を当てています。

労働力が過剰から不足へ

中国は、1980年代初めから一人っ子政策を進めてきましたが、三十数年経った今、そのツケが回ってきています。当初は生産年齢人口(15-59歳)が増え続け、人口ボーナスも発生しました。中国の生産年齢人口は2015年辺りをピークに減少すると国連が2010年に予測を発表しましたが、実際には、それより3年早い2012年に減少し始め、人口オーナスの時代に入ってしまったわけです。

また、農村から都市部への大規模な人口移動を背景に農業部門における余剰労働力が解消し、中国はすでにルイス転換点に達したものと考えられます。「都市部の求人倍率」と「実質GDP成長率」の推移のグラフを重ねてみると、2つの線が足元で大きく乖離しています。本来は、成長率がよく(悪く)なれば求人倍率が上昇(低下)するという相関関係がみられますが、現在成長率が低下しているにもかかわらず、求人倍率は1.08と、史上最高の水準に達しています。つまり目下の労働力不足は景気要因によるものではなく、労働市場の構造変化を反映したものです。

こうした生産年齢人口の減少(人口オーナス)と、発展過程における完全雇用の達成(ルイス転換点の到来)は異なる概念であり、同時に到来することは稀です。日本では、1960年代初めから東京オリンピックが開催された頃に、ルイス転換点を通過したといわれています。そして30年後の1990年代半ば、高齢化社会の進展に伴って人口オーナスの時代が到来しました。日本は、この2つの転換点に別々に対応できたわけです。しかし、中国はそれが同時に到来するという厳しい状況にあります。

低下する潜在成長率

労働力が不足すると、潜在成長率が下がります。1995~2011年にかけて、中国の潜在成長率は平均9.9%となっています。これを要因分解すると、0.7%は労働投入量の拡大、5.3%は資本投入量の拡大、残る3.7%は全要素生産性(TFP)の上昇と考えられます。

これを踏まえると、現在は労働投入量の拡大による寄与が減少し、資本投入量の拡大による寄与も同水準は期待できません。高齢化社会が進展すると家計の貯蓄率は下がり、またルイス転換点を過ぎると、賃金上昇の圧力によって企業の内部留保が減少し、投資資金が減少するためです。

こうした環境で高成長を維持していくためには、全要素生産性の部分で工夫するしかありません。こうした考え方は、まさに胡錦濤政権から一貫して強調されているところです。投入量の拡大による成長から、生産性の上昇による成長へという「経済発展パターンの転換」にあたります。そして中国政府は、生産性を上げるために、企業が自主イノベーション能力を高めていくことを強調しています。

進む産業の高度化

より重要なのは、付加価値や生産性の低い部門から高い部門へと資源を再配分していくことだと思います。具体的には、産業の高度化と市場経済化です。産業の高度化は着々と進んでおり、中国は2001年のWTO加盟後、重工業の発展が加速しました。重工業比率(重工業生産/工業生産)は、この10年間で約10ポイント拡大しています。具体的に、自動車生産台数は2012年に1927万台と世界第1位になっています。また、粗鋼生産量も2012年に7億トンを超え、世界の5割弱を占めています。

中国における「経済発展パターンの転換」の世界経済への影響

中国のGDP成長率が従来の10%から7~8%に低下し、輸出の中心が労働集約型製品からより付加価値の高い製品へとシフトしていくと予想され、これらによる世界経済への影響について考えていく必要があります。貿易領域ではこれまで、中国の交易条件が悪化し、貿易相手国の交易条件は改善してきました。しかしルイス転換点を過ぎた今後は、中国発デフレが中国発インフレに変わっていきます。そして中国製品の価格が上昇するだけでなく、従来先進国から輸入していた製品の一部が国内生産によって代替され、また国際市場においても、中国製品の先進国の製品との競合度が高まることになります。

成長性を抑える「国進民退」

一方、中国における国有企業の比率は1978年の約80%から、近年は約30%まで縮小しています。過去30年間の中国の高成長は、国有企業が貢献した結果ではなく、むしろ国有企業に代わって拡大した、外資系を含む非国有企業によるものだといえます。しかし近年、国有企業の比率が下がらず、不動産部門といった一部の業種においては、国有企業の比率が大きくなってきています。

それが中長期的な成長を考える上でマイナスの影響を及ぼすことは、中国の経済学者の間ではコンセンサスとなっています。問題は、国有企業がさまざまな面において優遇される反面、外資系企業のみならず国内の民営企業も差別を受け、活力を失ってしまっていることです。増え続ける国有企業の利潤は、その大半が国に収められず内部に留保されるため、労働分配率の低下により消費が抑えられる一方で、無駄な投資も助長されています。また、独占企業は容易に利益を上げられるため、効率を向上させるインセンティブが働かず、国際市場において競争力が欠如したままになってしまいます。

求められる国有企業の民営化の加速

1999年9月の中国共産党第15期四中全会では、「国有経済の戦略的再編」という方針が打ち出されました。国有企業が主導する産業を「国家の安全にかかわる産業」「自然独占および寡占産業」「重要な公共財を提供する産業」「基幹産業とハイテク産業」に限定し、それ以外の分野では規模に関係なく民営化を進めるというものです。

しかし残念ながら、十数年経って振り返ってみると、民営化の対象は中小型の国有企業に限られており、大型国有企業には及んでいません。これはイデオロギーの問題ではなく、既得権益集団の反対が強いためです。

「体制移行の罠」に陥った中国経済(清華大学の研究グループ)

清華大学の研究グループは、中国が「体制移行の罠」に陥っているという仮説を提示しています。その中で、体制改革が停滞し、移行期の体制がそのまま定着してしまうことをはじめとする5つの病状を挙げるとともに、「体制移行の罠」から抜け出すための方策を示しています。具体的には、政治改革に加え、改革に関する意思決定を、これまでのように各地方政府や各政府部門に委ねるのではなく、政府の上層部によるグランドデザインの下で進めることなどを指摘しています。「体制移行の罠」を克服することは、新しい指導部にとって最優先の課題といえます。

質疑応答

Q:

将来的な中国の潜在成長性について、どのようにお考えでしょうか。

A (関氏):

海外から低コストで技術を導入する、あるいは産業の高度化の余地があるといった後発の優位性はまだ残っています。ただし、先進国との距離が縮まるにつれて潜在成長性は下がっていくでしょう。2020年辺りの潜在成長率は、6%程度と考えられます。その後も下がっていくことが予想されます。

Q:

PM2.5を含めた環境問題について、ご意見をうかがいたいと思います。

A (孟氏):

PM2.5については、2011年に基準を作って公表するという政策を打ち出しています。問題共有という姿勢は、これまでの政策には見られない特徴です。その上で、今後の解決に向けては中国のみならず世界中で考えていく課題だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。