日米関係を考える

開催日 2013年1月23日
スピーカー 藤崎 一郎 (前 在アメリカ合衆国特命全権大使)
モデレータ 高科 淳 (内閣官房 国家公務員制度改革推進本部事務局 参事官)
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開催案内/講演概要

アメリカ合衆国では昨年11月の大統領選でバラク・オバマ氏が再選を果たし、翌12月には日本で衆議院の解散総選挙が行われ、自民党が与党に返り咲き安倍新内閣が発足、今後の両国の関係がどう展開するのか注目されています。

今回のBBLセミナーでは2008年から昨年11月末まで在アメリカ合衆国特命全権大使を務められた藤崎一郎氏を講師にお迎えし、これまでの二国間関係と課題、そして展望について語っていただきます。

議事録

第二期オバマ政権と人事交代

藤崎 一郎写真オバマ政権の第二期がスタートしましたが、今、アメリカの政権がどういう状況にあるかと申しますと、一言でいえば人事交代の時期にあります。各省庁でも、日本の局長クラス以上に相当する役職は総取り替えになります。そうしますと、いかに大統領、副大統領は同じでも、ニュアンスの違いは出てきますから、そこを見極める必要があります。

ただし、オバマ政権が前政権と異なる点は、中央コントロールがはっきりしているというところです。2年程前にデビッド・ホルブルグという大使が病気で亡くなりました。彼は優れた問題解決能力や交渉力を持つ有名な外交官でした。亡くなったときの記事でこの人が、ある時NYタイムズマガジンの独占インタビューを受けて表紙を飾ったところ、ホワイトハウスに呼び出され、何を目立とうとしているのかと注意を受けたという話が出ていました。真偽のほどは知りません。しかし、中心はオバマであり、ホワイトハウスであるというスタンスを非常に明確にした政権なので、なるほどそういうこともあったかと思わせるものがあります。この政権でも第一期にはクリントン長官がある程度目立っていましたが、それ以外は特にスター性を持った人がおらず、そういう点でもこれまでの政権と違うのではないかと思います。よって、人事交代はありますが、中央コントロールはこれからもはっきりしているだろうというのが、この政権の特徴だと見ています。

共和党と民主党

アメリカの現在の内政ですが、オバマ大統領が今までやってきたこと、つまり医療保険改革や銃規制などは、日本人の目から見ると当然かもしれません。しかし、アメリカでは必ずしもそうではなく、むしろ半数近くの人が反対しています。オバマ大統領が就任式でも持ち出していた建国理念を考えますと、その中には自由、民主主義、幸福になる権利といったことが書いてあり、これらのどこに重きを置くかで政策への関り方が変わってくるのです。幸福になる権利については、皆に単に機会の均等が与えられるだけではなく、最低のことが補償されなくてはいけません。教育もそうですし、社会保障もそうだということになります。一方、自由に重きを置けば、そんなに国の役割を大きくしないでほしい、もっと自由にやりたいということになってきます。共和党と民主党の差はここにあります。

大統領選挙と今後の課題

この前の大統領選挙のとき、両方の党大会に行き、そのイメージの違いを感じました。共和党の党大会では、演壇に上がっている人にはさまざまな人種が混じっているのですが、代表団のほとんどは白人種です。民主党の方では、代表団もTシャツにGパン姿で、アジア系もいればヒスパニック系もいます。この差はどんどん大きくなってきているという気がします。移民が増えている今のアメリカの人口構成の中で共和党が盛り返すためには、もう少し多様性に対する寛容を広げないと難しいのではないかという感じがします。先の選挙でも、女性票やマイノリティの票では、オバマ大統領が10%以上勝っています。得票数では2%くらいの差しかないのですから、もし10%も差がなければ逆転していたかもしれないのです。この、女性やマイノリティの取り込みが共和党の今後の課題だと思います。

アメリカ外交

外交面では、アジア重視ということが言われています。オバマ大統領は2009年11月の日本でのスピーチでも、自分はアジア・太平洋地域出身の初めての合衆国大統領であると言っており、実際に東アジアサミットに入ったり、ASEAN大使を作ったりとアジア重視を一貫していると思います。では外交努力の多くがアジア・太平洋に割かれるかというと、そこまでのことはありません。これはやはり、中東の件が非常に大きいからです。中東和平が進んでいないため、アメリカに対する不満分子というものを焚き付けやすい状況があります。中東和平が本当に進んだことは過去にもほとんどなく、特使がちょっと行ったり来たりして動くというものではありません。この問題にどの程度取り組めるかが今後の大きな問題です。

もう1つはイランですが、今年は非常に大きな外交努力を払わなければいけないでしょう。方向性としては、今イランはEUと対話していますが、米と直接対話するべきです。中東の問題には相当の注視が必要ではないかと見ています。

日米中関係

日本と中国の関係に関連し、先日もクリントン国務長官が安保条約第5条に言及し、尖閣諸島が日本施政権下にある事実を変更させることは認めがたいと発言したことは、大きなステップであったと私は思います。これは安保条約を見れば明確なことですし、今や皆が明言していることです。しかし、90年代においては、できるだけそれを言わなかった時期があるのです。条約上は明確だとはいえ、それを確認することでメッセージを発しているという点に意味があり、それこそが抑止力となるのであろうと思います。抑止力というのは、たとえばヘリを何機持っているかということではなく、どういう意思を持っているかということを相手に宣言してくれることにあるのではないかと思います。

日本との関係ですが、日本が使うべきツール(道具)は、ルールだろうと思います。貿易、安全保障、海洋法、その他の面を含めましても、既存のルールをアメリカと一緒に守っていくという立場です。基本的なルールを守っていくことが民主主義であり、表現の自由等すべてに共通するのではないでしょうか。

米中は、振り子のようにプラスとマイナスを行ったり来たりするようなものではないかと私は思います。マイナスのほうにあるのは中国の軍備拡張、知的所有権のような経済問題、台湾問題、人権問題などです。プラスの方向に引っ張るものは、経済権益の問題、北朝鮮問題における中国との関係性、大国外交的な醍醐味を味わわせるという中国の戦略等が考えられます。これらの点において、アメリカの振幅がそれほど大きくならないことが、日本のメッセージだろうと思います。そして、こういうメッセージをきちんと伝えていくことが、日本の外交の最も大切なところではないかと思っています。

日本の課題と強さ

アメリカで日本の問題点を説明するときに私が話していた内容を10項目に分けて簡単にお話しします。1つ目は金融危機以降の為替相場についてです。たとえば、リーマンショック以降、昨年10月末までの間、円は約39%上昇しましたが、人民元は約9%しか上がらず、ユーロは約11%下がりました。これらから、日本円の置かれた厳しい状況を説明しました。

2つ目は米国の自動車生産に見るサプライ・チェーンへの影響についてです。バーナンキFRB議長がアメリカ経済に関し、石油価格・エネルギー価格の高騰と、日本の大震災が米国自動車産業のサプライ・チェーンに与えるダメージを、2つの心配な要因として挙げたことがありました。私はサプライ・チェーンがそれほど問題だと思えず、この点について大使館の経産省の仲間に調べてもらいました。その結果、2007年のアメリカの自動車生産を100とした場合、リーマンショック直後は需要落ち込みを反映して36まで落ちました。その後復調し2011年の大震災後も86に落ちた程度で、2012年の9月の段階では指数は100を超えています。ですから、震災後のサプライ・チェーンによって、それほどアメリカに迷惑をかけたということはないという議論をしました。

次に米国貿易赤字についてですが、二十数年前はアメリカの貿易赤字は70%が対日本でした。しかし現在、対貿易赤字は1位が中国、2位はEU、3位はメキシコで、日本は10%で銅メダルにも入っていません。しかし、この事実は意外に知られていないのです。

4つ目は米国からの農産物輸入状況です。農産物輸入について、日本は閉じているということをしきりに言われます。ところが、アメリカのトウモロコシの輸出先として1位なのは、日本なのです。大豆は3位ですが、たとえば小麦も豚肉も1位なのだということを、アメリカの政治家やプレスに説明しました。日本の方から見ると、輸入額に占める米国産の割合は、これらの品目全てにおいて1位です。

5つ目は日本の電力供給についてです。日本の電力供給は、2010年度には原子力が32%でしたが、2012年度は8月時点で原子力は2%となり、その分、天然ガスや石油でカバーしているという状況です。アメリカでは天然ガス法により、公共の利益に適うものについては輸出が認められるようになりました。しかし、この公共の利益の解釈は狭く、アメリカとFTAがある国だけということになっており見直しが行なわれるか注目されます。

日本の強さを表す指標の1つに、いわゆるジニ係数、つまり所得の分配がありますが、これが6つ目の項目です。世界で一番公平な国はアゼルバイジャンで、最も不公平な国はナミビアです。これに対し日本は3位、アメリカは76位ですから、日本は非常に公平な国であるということをいつも話しました。

次に7つ目の対外純資産(2011年度)については、日本が3.3兆ドルで、この額は2位の中国と3位のドイツの合計よりも大きくなっています。ただ、日本にはもっと海外投資が行なわれるべきであり、今の状況がよいというわけではありません。

それでは、将来の経済の強さはどうか。私はイノベーションを表すのは特許出願件数および研究開発費ではないかと考えました。2008年までの特許出願件数は、アメリカが1位、日本が2位、ドイツが3位であり、研究開発費でも米が1位、日本は2位でした。2009年は、研究開発費ではアメリカが1位、中国が2位、日本は3位となりました。しかし、これらの数字から総合すると日本経済には将来性があるのだと納得させることができると思います。

あと、世界への貢献という意味で話していましたのは、アメリカにとって特に重要なアフガニスタン、パキスタン、イラクの3カ国とパレスチナの復興支援についてです。経済支援はこれら全ての国でアメリカが1位であり、日本は2位です。実はこのデータを取り上げると意外だと驚かれます。この点は私たちがもっと伝えていかなければいけない点だと考えています。

最後は日米国民が相手に抱く親近感についてです。アメリカ人の8割以上が日本を好きだ(信頼できる)と言い、日本人の8割以上がアメリカを好きだ(親しみを感じる)と言っています。あれだけの戦争を重ねてきたこの二国間でこの結果がでるというのは、大変な努力の積み重ねの賜物であると思います。よく日本にいると「(アメリカでは)中国の陰が大きくなったでしょう」という会話をします。しかし実際は、ワシントンでもそれほど感じたことはありませんでした。ワシントンには、小さなサークルがいくつもあり、そこでどれだけ存在感があるかということが重要なのですが、アジアの国で日本ほど存在感のある国はありませんでした。

質疑応答

Q:

最近NYタイムズに、歴史認識に関連し安倍政権を牽制するような社説が出ましたが、アメリカがどのような目で日本の歴史認識を見ているのかということと、対応方法についてお聞かせ下さい。

A:

まず、中国の広告戦略に対しては、「目には目を、歯には歯を」というような形であまり同じレベルに降りてやらなくてよいと思います。一方、有識者にはきちんと事実関係を伝えていく努力が必要です。新聞の論説には色々なものが出ますが、何度も同じものが出るのではなく、一度きりであれば、それを修正していく余地はあるのではないかという気はします。政府内・外の人が、事実関係の説明を行うと同時に、シンクタンクや大学など政府外の方々が英文で投稿されるということをしながら対応していくことに、第三者的な力があるのではないかと思います。簡単ではありませんが、このような努力が必要だと思っています。

Q:

TPPの参加・不参加については日本が決めなければいけませんが、アメリカは日本の参加をどのように見ているのでしょうか。

A:

アメリカが公式に言っているのは、参加は日本が決めることであり、きちんとした形で入ってきてほしいということです。これは本音だと思います。つまり、アメリカは日本がWTO等で取ってきた対応をよく承知していますから、日本が入ることによって議論を後ろ向きのものにはしてほしくないということです。そして、前向きな議論ができるならぜひ入ってほしいということではないかと思います。ただ私は、TPPの問題では、日米関係のコンテクストを考える必要はなく、長い目で見てどちらが得なのかという観点から、得でなければ入らなくてもいいと思います。一方で、韓国、中国、その他の国の動向を見ながら判断することが賢明ではないかという気がします。現在議論している「入る・入らない」という点は、交渉に入るかどうかということであり、交渉の中で日本にとって都合が悪い状態となれば、その時にそれに応じた対応をすればいいのではないでしょうか。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。