顧客満足経営に基づくサービス生産性革新

開催日 2012年11月16日
スピーカー 内藤 耕 (産業技術総合研究所 サービス工学研究センター 副研究センター長)
モデレータ 小西 葉子 (RIETI研究員)
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開催案内/講演概要

サービス産業が先進国のみならず多くの新興国でも経済活動の主役に躍り出始めた。

しかし多くの企業現場は経験と勘でサービス提供がなされ、無駄が多いだけでなく、提供しているサービスの品質も安定していない。

労働環境も悪く、離職率が高いだけでなく、所得水準も満足がいくレベルには及ばない。

サービス産業が労働集約的であることは多くの雇用を支えているということである。

特に製造業の撤退が続いている地方部でのサービス産業の役割は大きい。

本講演ではこれまでの数多くのサービス産業ーフィールドワークの結果を踏まえ、サービス産業の生産性向上の科学的・工学的アプローチが存在し、顧客満足と作業効率、従業員の作業負担軽減、労働時間短縮のいずれも同時の実現が可能であり、それに基づく企業の収益力強化へのロードマップを示す。

議事録

厳しい社会状況

内藤 耕写真サービス産業では、少子高齢化によりマーケットの収縮が続いています。しかし、企業はなかなか潰れません。マクロ経済学者は市場原理による自然淘汰の話しをよくしますが、実態はそのようには進まないのです。結果として何が起こっているのかというと、供給過剰による低価格競争の激化です。この状態は企業にとっては地獄ですが、消費者にとっては天国です。消費者は低価格に加え品質の維持向上も求めています。これは、売上げは下がるがコストは上がるということを意味しています。

サービス産業はグローバルな競争にさらされていないため、生産性向上への取り組みが遅れているとよく言われます。中でも厳しい状態をもたらしているのは、商品単位の少人数化です。たとえばバブル期に建てられた大型旅館は、基本的に5人1部屋を前提に収益計算されています。しかし、平均宿泊人数は減少を続けており、現在は1部屋当り2.8人です。ところが、客室稼働に大きな変化はありません。つまり、客数・売上げは減るが、清掃が必要な部屋数は変わらないということです。スーパーの場合はどうでしょう。独居老人の増加に伴い世帯数は増加していますが、世帯人数は減少しています。レジの通過人数は世帯数で決まりますのでレジ数を増やす必要がある一方、客単価は減っています。こうしたサービス産業の現場レベルの現状では、生産性が高い会社だけが勝ち残っていけるということに気がついた会社が、生産性向上への努力を始めています。

サービス企業の課題:顧客満足VS作業効率

では何がサービス企業の課題になるのかというと、顧客満足と作業の効率性です。この二律背反の関係が、サービス産業の経営者の頭痛の種なのです。今日の結論を先に申し上げますと、作業効率を上げることでしかお客さんの満足度を上げられないということです。この2点の一体改革ができれば、生産性は上げることができるのです。

事例を挙げます。まず、スーパーホテルというビジネスホテルチェーンです。全国に約100店舗あり、部屋数の総合計は1万室です。このホテルでは、ベッドメイキングの際のシーツの掛け方を変えることと、ベッドの足を取り外しベッド下の掃除の手間を省くことにより、清掃時間を5-6分短縮し数億円の節約をしています。東京都内の最低賃金は850円ですから、5-6分は85円です。よって、100室で8万5000円、100店舗85万円、それ掛ける365日ということで、塵も積もればということになります。一方で、お客さんはベッドメイキング方法の違いについては特に気にしません。作業効率と顧客満足が二律背反の関係にならず、お客さんの満足を犠牲にしないで作業の効率を上げている例だといえます。

もう1つの事例は広島にあるクリニックです。最大の問題は人が足りないこということでした。まず、スタッフが忙しく走り回り、お客さんへの挨拶もまともにできていない状態をなくすため、部屋の奥にあったレセプト入力用のパソコン端末1台を前面に移動しました。スタッフの女性には、患者さんが来た時は受付作業、それ以外は入力作業をしてもらいました。また、保険適用外の方や急いでいる方の会計を分けたり、ボールペンが滑ってシールラックに書けないという状態を改善するために、下敷きにするゴムマットを購入したりしました。これらの結果、スタッフに余裕ができました。現在、パソコン周辺で作業をする4人のスタッフは、お客さんが来ると「いらっしゃいませ」と迎えています。事務長が自ら患者さんの手を引いて外のタクシーまで連れて行ってあげる光景も見られます。

もちろん大きな投資して品質を上げる方法はいくらでもあります。しかし一方で、徹底的に無駄を排除して品質を上げる方法もあるのです。両方あるのですから、あとはやり方の問題、会社の経営の問題です。我々は、後者について考えていきましょうということで動いています。

サービスの強化

顧客ニーズを表す楕円があり、それに一部重なるようにしてサービス内容の楕円があったとします。2つの楕円が重なっている部分は「顧客満足」、サービス内容の楕円で重なっていない部分は「ムダ」、顧客ニーズの楕円で重なっていない部分は「機会損失」をそれぞれ意味します。お金がない状態の場合は、ムダを削って顧客ニーズの重なっていない部分に原資を持っていくことで、お客さんの満足度は上がっていきます。これは、効率性という問題と顧客満足は実は二律背反しないことを示しています。

たとえば、鳥取市の賀露幸という丼屋の生産性推移を見てみます。この店にはもともと行列ができていましたが、これは繁盛していたからではなく、現場の客回転率が悪かっただけだったのです。まず徹底的に整頓・改善し、店舗面積はそのままで座席数を増やすことができました。また、客回転率を上げる努力を行なっていった結果、まずお客さんを待たせなくなり、より出来立てを出せるようになり、そして毎年客数が伸びていきました。2011年にはスタッフ数は以前よりも減りましたが、労働生産性は2006年の5倍以上になりました。

もう1つの例は鎌先温泉・湯主一條の高級旅館です。かつては67あった部屋を24まで減らし、品質を上げていきました。部屋数を減らしたので客数が減った一方で、稼働は上がっていきました。できることをきちんとやり、お客さんが求めていることを徹底的に行なっていきました。その結果、2011年は震災の影響で1カ月休業したにも関らず増収になっています。同じ立地で潰れる旅館もあれば、このような旅館もあるということは、やり方の違いだけだということです。こうしたマネージメントの強化には投資は必要ありません。従って、マネージメントの強化を通じて生産性をアップしていくことがサービス産業にとっては一番大事だと感じています。

生産性革新の方法論

ムダを取り除いていくことによる利益アップはもちろんあるのですが、サービス産業の最大のムダは一体何かというと稼働変動なのです。たとえば季節毎の客数の違いや、週末と平日の違いなど、稼働変動が非常に大きいのです。20世紀は、ひたすらリピート率を上げていき、売上げが増えれば利益も増えるという極めてシンプルな戦略でよかった時代です。しかし今のような人口減少社会では、売上げが増えないことが前提であり、オフのコントロールをしなければ利益は減少の一方なのです。オフとは、売上げがなくても固定費はかかっているという状態を指します。

ただ、現場にいる人が実際に売上げ貢献作業をしているのかどうかは判りにくいのがオフです。たとえば仕事の準備作業やクレーム対応のような作業には売上げ貢献はありません。旅館等の場合は、朝の8時から9時の間に仕事のピークを迎えます。チェックアウトがこの時間に集中するからです。ピークの間にはフロントスタッフは4人必要となるとします。しかし9時以降はどうなるのでしょうか。どこの旅館やホテルに行っても、みんななんとなくフロントに立って仕事をしていますが、その仕事に本当に意味があるのか、本当に必要な適正人員が何人なのかが現場レベルで見えていないのです。そうした中で、どのように働き方をコントロールしていくかということが重要なのです。

事例:一の湯(箱根)/喜久屋(東京)

箱根にある一の湯さんという旅館では、フロント、レストラン、厨房の裏口を最短距離で繋ぐことで、お客さんが多いときには3カ所それぞれに人を配置し、少ないときには1人で3カ所を回せるよう設計されています。この旅館では1度経営状態が大変に厳しい状態から生産性向上に取り組み、20年間で人時生産性が4倍になっています。給料は1.5倍、昔は2軒だったのが今は8軒にまでなりました。つまり、生産性向上は従業員をクビにすることでもなければ、給与カットでも、品質を犠牲にすることでもないということです。

もう1つは喜久屋というクリーニング屋さんです。この店では毎日手書きでクリーニングする枚数をメモしています。スタッフは手書きにすることによって、毎時間、一定レベルで仕事ができるようにしているのです。よって、仕事量が少ないときには早く帰りますし、多いときには残業します。もっと多いと増員します。こうして作業時間をコントロールしていくことによって、いわゆるアイドルタイムを作らないようにしているのです。

また、先ほどの一の湯さんでは、どういう仕事がどこにあるということを全部標準化していった結果、モデルシフトというものを作っています。このモデルでは、彼らは15分毎に各スタッフの退勤時間を決めており、お客さんにジャストミートしてスタッフが動けるようにしています。これは人件費をコントロールしていくということです。また、日次で現場の作業管理もしており、お客さんの数によりスタッフの数を調整しつつオフの管理をし、固定費を変動化しています。

生産性革新のステップ

生産性革新のステップとしては、まず現場の作業をできるだけ簡素化しプロセスを作り込んでいきます。そうしてシフトがちゃんと組めるようになると、労務人事管理品質の向上に繋がり、次は働き方のコントロールになります。これができるようになると部署別の収益性が見えるようになり、事業戦略の再構築ができます。儲かっているところは強化し、ダメなところはてこ入れします。このためのツールとして最先端の企業は、日次・時間次の管理会計・作業管理を行なっています。また、月次の決算ではなく週次の決算を行うことも重要です。サービス産業では1カ月内の土日の数が違うだけで数字が変わってしまうからです。

私がいろんな会社を見て思うのは、生産性革新を上の逆のステップで行なっているということです。事業戦略だということで経営コンサルタントがやってきて、それにより部門別に予算を作り、人事評価で現場を縛り付けることに一生懸命になります。もし勝手に作った戦略がお客さんの求めていないものだったら、お客さんがいなくなってしまうリスクのほうが大きいのです。経営者はリスクを負うべきではありません。従って、戦術を積み上げた戦略であるべきだと思います。

働き方を作り込み、働き方を見えるようにし、そしてそれを週次で管理できるようにして、最後に戦略としての働き方を考えながら、経常利益プラス5%を目指しましょうということを、多くの会社と話し合っています。プラス5%実現のためには、マルチタスク化を進めなければならず、結果としてより少ない人数で同じ仕事をできるようにするために、まず外注作業を内製化し、また離職しても補充をしないことです。品質を上げて顧客数を増やしながら固定費を上げないようにすれば、売上げは伸びますがコストは上がりません。この5%の実施のためには、仕事の整理整頓や標準化、単純化、効率化も必要となりますから1年以上かかります。しかしそれを今しっかりやることによって、お客様の満足を犠牲にせず、作業の効率を上げていくことができるのです。

質疑応答

Q:

働き方を単純にし、1人当たりの生産性を上げていくというマネージメントについては、規模を拡大しても同じやり方を広げていけば良いような気がするのですが、サービス業でのチェーン展開の流れについて何かご見解がありますか。

A:

チェーンストア理論に関しては、サイゼリアやニトリなどがチェーンストア理論で現場の標準化、単純化、マネージメントの強化をすることで成功しました。ただ、コモディティ化してチェーン展開していくというモデルはもう限界なのです。今求められているのはローカライズです。しかし、チェーン展開とローカライズの相反する部分や、ローカライズしながらチェーン展開するモデル等については、まだ充分に議論されていません。1ついえるのは、人件費を原価と販管費に分け現場作業の効率性を見ることによって、売上げ貢献していないバックオフィスの人々の管理を行うべきだということです。バックオフィスを大きくせずにチェーン展開できるようになっていけば、もっと効率が上がっていくだろうと思います。

Q:

ホテル従業員の教育については、海外に比べ日本ではマネージメント教育があまり行なわれていない印象があります。これは今後変わっていくのか、または変える必要があるのでしょうか。

A:

変わっていくと思います。日本は現場が優秀だからこそ、あのように教育しなくてもここまでやってくることができたのです。しかしこれだけ過当競争になってくると、極めてきめの細かいオペレーションが求められます。そこで、海外にあるコーネルやローザンヌなどのホテル学校がやっているようなオペレーションが必要になっていくだろうとは思います。21世紀に求められる教育がどうあるべきなのかは誰にもわかりません。ただ、単純にこれらの和製版というのではなく、本当に現場で必要な、管理会計や現場改善手法を含めたカリキュラムを作っていくべきだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。